+10万ヒット記念企画「夏」+
1.クルーゼ隊編 「なぁ、イザーク」 「…何だ」 久々に休暇を得ることができたイザークは、同じく休暇に入るはずのディアッカが顔を見せたことに怪訝そうな表情を浮かべた。自分たちは共に戦う同僚ではあるが、わざわざ休暇前に挨拶をし合うような関係でもない。無論、たまたま廊下で顔を合わせれば挨拶ぐらいするが。 「この休暇中、地球に行ってくる」 「は?」 アタッシュケースを手に部屋を出たところでそう言われ、イザークは足を止めた。背後で部屋の扉が閉まる音が聞こえる。だがそれに構うことなく、アイスブルーの瞳を目の前の男に向け、遠慮なく眉間に皺を刻んだ。 その反応も予測済みだったのだろう、廊下を歩き始めながらディアッカはいやぁ…と苦笑を漏らす。 「オーブにさ、行ってこようと思って」 「………貴様の頭にはそれしかないのか」 「年中春頭だと思うなよ?ちゃんとした目的ってのもあるからな」 「ほう、言ってみろ」 「オーブで祭りってのが開かれるらしいんだ」 「………何?」 「まあフェスティバルってところ?けっこう独特な文化らしいからさ、後学のためにもいいかなーと。土産買ってきてやるからさ」 「断る」 「え?」 「それならそうと早く言え。よし、俺も行く」 「はあ!?」 急に機嫌を上昇させたイザークは、銀髪をさらりと揺らしてずんずんと早足になる。 慌てたのはディアッカの方だ。彼も一緒に行くってどこに、オーブに? 「ちょおっと待て!いきなり何言ってんの」 「俺が民俗学に興味を持っているのは知っているだろう」 「あぁ…そりゃまあ、あれだけ部屋の妙なガラクタ見てりゃ」 「ガラクタと言うなと言っているだろう愚か者!」 「…へいへい」 「お前の選んだ土産など当てに出来るか。自分で見る」 「そーかよ」 火が点いた彼を止める術など、知らない。 暴走するイザークに付き合わされるのが自分なのだ、と早くもディアッカは諦めの境地に立っていた。あぁ、何も言わずにさっさと地球に行ってればよかったかもしれない。 涙目になりながら肩を落としていると、ちょうど角を曲がってきたシホと対面した。こちらに気付いた少女はわずかに顔を赤くし、イザークへ敬礼する。いつでも生真面目で、そして想いの真っ直ぐな少女である。 「隊長、休暇楽しんでらして下さい」 「あぁ、お前もな。………そうだ、シホ」 「は、はい!?」 「お前、以前に民俗学に興味があると言っていたな」 「あ、はい」 戸惑ったように頷くシホを見やりながら、それはお前が民俗学好きだから興味を持ってくれたんだろうに…と心の中で呟くディアッカ。きっとイザークが彼女の動機に気付くことなどないに違いない。恐ろしいほどに鈍い男だからだ。 ふむ、と考え込む憧れの隊長にシホは不安そうにしている。 そんな彼女の様子にも気付かず、イザークは結論が出たのか頷いて口を開いた。 「シホ、お前の休暇の予定はどうなっている?」 「え!?…必要な物の購入と、家族に顔を出すことと…後は、通常通り訓練でもしていようかと…」 「はあ〜…お前と同じぐらい真面目」 「お前が不真面目すぎるんだ。シホ、その姿勢さすがジュール隊の一員だ」 「…っ…ありがとうございます!」 直角に頭を下げるシホは本当に嬉しそうである。 まあ当人が幸せなら何も言わないが、それにしても妙な関係の二人だ。 一方は完全な恋情だというのに、相手の方は全くそれに気付いていない。 しかも少女の方もそれでいいのだと思っている節があるし。 完璧な師弟愛のようなものが生まれている。 「だがそれなら幾日か余裕はあるだろう。俺たちと共に地球に下りないか」 「え?」 「オーブに民俗学の関係で行くことになってな。都合がつけば来るといい」 「い、行きます!行かせていただきます!何がなんでも!」 「そうか」 きらきらと目を輝かせて拳を握る部下に、イザークは満足気に微笑んだ。それを直視してしまい、シホはぼんっと顔を赤くする。なんとも分かりやすい少女である。 だがイザークからすれば、勉強熱心な部下だと喜んでいるのだろう。 この見事なすれ違いっぷりが素晴らしい。 「細かい予定は後で送る」 「承知いたしました!」 びしっと敬礼し、失礼しますとシホは去っていく。 その足取りは心なしか軽かった。 「あーあ……」 「…何だその目は」 「お前ってさ、けっこう罪つくりだよな」 「は?」 「アスランほどじゃないにしても」 「…あいつの名前を出すな」 「なぁなぁ、面白そうな話してんじゃんか!オーブに行くんだって?」 「いきなり圧し掛かるなラスティ、暑苦しい!」 「えー」 背後から飛びついてきた戦友に、イザークは額に青筋を浮かべる。 すぐさまぱっと身体を離したラスティは、いつもの朗らかな笑顔で怒るなよとひらひら手を振った。その後ろからはニコルが穏やかな表情でお疲れ様ですとやってくる。 ミゲルは?と声をかければ、最後の点検してますという答えが返ってきた。 「イザークたちがオーブなんて珍しいですね。何かあるんですか?」 「祭りがあるんだってさ。俺だけで行こうと思ってたのに、なんかメンバーがどんどん増えて…」 「なら俺たちも行かないと。な、ニコル」 「でも迷惑じゃないですか?」 「…もう迷惑も何もねえよ。こいつが来る時点で同じだ」 「おい、どういう意味だディアッカ」 「別になんでも」 じゃあ行くの決定!とラスティが笑顔で指を鳴らす。 なんで休日でまで彼らと過ごさねばならないのか、とディアッカは頭痛がしてくる。この流れだとミゲルも巻き込まれるに違いない。そして彼も頭を痛めるはずだ。可哀相な目に遭う者なんて、決まっているのだから。 「そうだ、浴衣だっけ?あれ着てみたいんだよなぁ、俺」 「あ、僕も興味あります」 「オーブにいくらでもあんじゃねえの、そんなん」 「お前たちが着ると、せっかくの浴衣も崩れそうだがな」 そう言いつつもイザークの機嫌は悪くない。 いつも隊務のことしか頭にない彼が、少しでも羽を伸ばせればいいか。 そう思ってしまう自分を、微妙に殴りたくなったディアッカであった。 NEXT⇒◆ |