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4.アスカガ編

















「ほらアスラン、しゃきしゃき歩け」
「…普段の仕事も、それぐらい精力的にできないのか」
「何言ってるんだ、私は仕事もやる気満々だぞ」

車を降りたカガリはずんずん前へ進んでいってしまう。
溜め息を吐きながらそれに続いたアスランは、ふと遠くで感じる喧騒に翡翠の瞳を細めた。

「代表自ら視察するって…ただの祭りだろう?」
「甘い!いままで戦争続きで中止になってた祭りが、ようやくまたできるようになったんだぞ。平和に近づいてる証拠なんだから、ちゃんとこの目で見ておかないとな」
「……はあ」
「それに、楽しそうにしてる民の姿を見るのはいいものだ」
「…そうだな」

なんだかんだいいつつも、やはりカガリはオーブという国を民を愛していて。
そんな彼女を、アスランは誇らしいと思うと同時にとても眩しく、そして愛しく感じるのだ。

だが。

「いくらなんでも、護衛が俺だけというのはどうなんだ」
「他の連中がいたらのんびり楽しめないじゃないか」
「…やっぱり遊ぶつもりなわけか」
「祭りだぞ?遊ぶに決まってるだろ」
「決めるな。代表としての仕事で来ているんだろうが」
「あーうるさいうるさい。ほら、行くぞ」
「ちょ、おま、カガリ!」

こちらの手をとって駆け出すカガリは、代表として政務に明け暮れるようになっても変わらない。
以前よりは翳りを帯びた表情を見せることも増えたけれど、それでもこの自然さはそのままだ。
素直に生まれる笑顔や、ころころと変わる表情。怒って、泣いて、笑って。
いつも忙しく変化する彼女の心や表情は、自分には少し足りない部分でもあって。

だからこそ、それらが大切なもののように感じるのだろう。
賑わう人々を見て、嬉しそうに顔を綻ばせる少女の姿にそう思う。

「そういえば、キラたちも店出してるんだよな」
「…あぁ、ヨーヨーを山のように作っていたような気が」
「どの辺りだったか…んー」
「あれ、アスラン?」
「え?……あ、シン、ルナマリア。君たちも来てたのか」

浴衣を着た少年少女がぱちくりと目を瞬いており、カガリが笑顔でよっと手を挙げる。
軽く会釈した二人は仲睦まじく手を繋いでおり、なんだかアスランの方が恥ずかしくなってくる。

「アスランたちもなんで…って、その格好ってことは仕事ですか?」
「まあな。一応、視察中だ」
「祭りでも仕事なんて、大変ですねー」
「本来なら必要はないように思うんだが、カガリがどうしてもと言って聞かなくてな」
「む。いいだろ、たまに息抜きするぐらい」
「たまに、ならだ」

お説教モードに入りそうなアスランに、カガリの眉もどんどん寄っていく。
この二人も相変わらずだなぁ、とルナマリアとシンが思わず心の中で呟いても仕方のないことだろう。
恐らく恋仲なのだろうに、どちらかというと喧嘩をしていることの方が多いのではないだろうか。
せっかくの祭りの夜ぐらい、楽しめばいいのに。

「あ、そうだ」
「?なんだよルナ」
「代表もせっかくなんだし、浴衣とか着てみません?」
「私が?」
「お祭りといったら浴衣じゃないですか。きっと似合うと思います」
「い、いや、だが」
「ならアスランも浴衣にならないと」
「…護衛が動きにくい姿をしてどうする」
「でも、その姿の方がもろ代表だってバレて危険だと思いますけど」

ルナマリアの指摘にそれもそうか、とカガリはあっさりと頷いてしまった。
着飾るのは苦手な彼女だが、せっかくの祭りだし、という思考も働いているらしい。

「こっちに浴衣貸してくれるところあるんですよ。案内しますね」
「うわ!いきなり手を引くなルナマリア!」
「さーさー、行きますよー」
「………ノリノリだな」
「ルナ、ああいうの大好きなんで」











浴衣を着付けてもらって通りに戻ると、先に着替えを済ませていたアスランが振り返る。
いつもと違った青年の姿にカガリは顔を赤らめ、思わず視線を逸らしてしまう。
アスランが怪訝そうな表情を浮かべているのが分かったが、どうにも顔を見ることができない。

「カガリ?」
「な、なんでもない。いやー久々に着るとキツイな浴衣」
「太ったんじゃないのか」
「………アスラン、私を怒らせたいのか」
「冗談だ。…よく似合ってる」

ふわりと瞳を細めて微笑むアスランに、ぼんっと音をたてて顔が赤くなった気がする。
この男は、本当に無自覚にこういうことをやらかすから厄介なのだ。
やってられない、とばかりに去っていくシンとルナマリアの反応がまた恥ずかしい。

そういうことさらっと言うなよな!とくるりと背中を向ける。
なんで怒ってるんだ、と不思議そうなアスランに何でもないっと言い返して歩き出す。

「カガリ、そう早足で歩くと転ぶぞ」
「うるさい」
「ただでさえお前は危なっかしいんだ、ほら」
「………?」
「下駄で歩きにくいし、人も多い。何かあったら困るだろ」

アスランが手を差し伸べ、それをカガリは硬直して見つめる。

別に彼と手を繋ぐことが初めてなわけではない。互いに好意を持っているのだ、色々とあった。
だが、こういったシチュエーションで改めて、となるとなんだか妙に気恥ずかしい。
しかも相手が素でこれをやっていることが悔しい、と思いながらもカガリは手を伸ばした。

触れれば少し強くでも優しく握ってくれる彼の手。
このちょっと不器用な、アスランの気遣いが実はとても嬉しくて。

「なあなあアスラン、綿飴食べていいか?」
「好きだな…」
「あれ食べないと祭りに来た、って感じしないんだよな」
「…他に何を食べるつもりだ?」
「んー王道は焼きそば、カキ氷、たこ焼き、お好み焼き、リンゴ飴、イカ焼き、ラムネ、ホットドッグ」
「そんなに食べる気か!?」
「さすがに無理だろうなぁ。う〜ん、どれにしようか迷う」
「………」
「なんだよその目は。アスランは何か買いたいものとかないのか?」
「俺?………そうだな」

辺りの店を見回した青年は、ふとある方向で目を留めた。
いったい何があるのかと視線を追おうとしたが、それよりも早くアスランが歩き出してしまう。
訳が分からないまま手を引かれて歩いていくと、小物が並ぶ店の前に辿り着いた。

「カガリ」
「?」
「少し、じっとしててくれ」

急に自分の髪に触れてくるアスランに、カガリはわずかに緊張する。
じっとこちらを見つめる翡翠の瞳にドキドキして、自分の髪に触れる彼の指を妙に意識してしまって。
なんだか時間の流れがとても遅く感じて、いつまでこの緊張が続くのかと心臓が大変なことになる。

ようやくアスランの手が離れたことにほっとしていると。
こちらを見て満足気に微笑む彼を思わず直視してしまった。

「……っ」
「うん、よく似合ってる」
「え?」
「すみません、これもらっていいですか」
「あいよ、値段はそこに書いてあるからね」
「はい」

アスランが支払いを済ませている間に、カガリは自分の髪に触れる。
しゃらん、と涼やかな音をたてるものが髪にあり、恐らく髪飾りなのだろう。
店にある小さな鏡を手にとってみると、浴衣と自分の髪の色によく合う可愛らしいもので。
まさかあのアスランがこんな贈り物をくれるとは思わず、またもや顔が火照ってくる。

「お、おま、アスラン」
「ん?」
「お前は私を殺す気かっ…!」
「何の話だ」

思い切り怪訝な顔をする男が本当に憎たらしい。

「ほら、まだ回るんだろう?」
「当たり前だ!見てろ、絶対にぎゃふんと言わせてやるからな!」
「だから何の話だ」

悔しそうに顔を真っ赤にして自分を指差すカガリ。
訳が分からないと眉を顰めるアスラン。

こうしていつものやり取りを始めてしまう二人だったが。

その手は、互いに繋がれたままだった。






















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