+++ 飛 翔 +++


12.目覚める意志








比較的穏やかな時間を過ごしていたアークエンジェル。
その情報網に、大きな獲物がかかった。








「オーブがスエズに軍を派遣?」

艦橋にてクルーが集合し、新しく入ったばかりの情報について検討している。
戸惑ったように声を上げるカガリを見つめながら、皆も表情を曇らせた。それも当然だろう。

新たに入った情報というのは、オーブ軍が連合の指揮のもと、軍を派遣したというものだった。

いまや連合と同盟を組んでいるのだ、それはおかしなことではない。だが、他国を侵略せず、また侵略させないという理念を掲げるオーブが、という想いは強い。それは何より、カガリ自身がそう感じているはずだ。理念のままにその身を捧げた父を、間近で見ていた彼女なら。

「そんな、ウナトは首長会はいったい何を!?」

進んで戦争などというものに関わる、その決定を首長会は認めたというのか。そう言外に含ませるカガリに対して、バルトフェルドが普段よりも幾分か真剣味を帯びた声で答えた。

「だが仕方なかろう?同盟を結ぶということはそういうことだ」
「っ…!」

冷静な言葉だからこそ、頭に血がのぼりかけているカガリの胸を刺す。
もう充分に苦しんでいる彼女に、厳しい言葉を向けるのは気が引けたが、それでもキラは言うことにした。これは避けてはいけないこと。誰かが言わなければならないことなら、半身である自分が。

「そして、それを認めちゃったのはカガリでしょ」

淡々と感情を含ませないように告げる。そうでなければ、伝えたいことが伝わらない気がした。
カガリが息を呑む声が聞こえ、それに気付いたラクスが不安気に「キラ」と涼やかな声で呼ぶ。
それにちらりと視線を向けて応えれば、彼女は自分がやろうとしていることに気付いたのか、短い沈黙の後に口を閉ざしてくれた。そのことに感謝して、キラは再び自分の姉を振り返る。
俯いている姿は、普段の活発な様子とは正反対で。それでも言葉を続けた。

「こうなるとは…思わなかった?」
「そう言わないの。私たちだってあのとき、強引にカガリさんを連れてきちゃって。彼女がオーブにいたらこんなことにだけは、ならなかったかもしれないのよ」

マリューが柔らかな声でたしなめるが、優しいその言葉にもカガリの表情は明るくならない。
自分にとって逃げ道ともなるその言葉を、カガリ自身が受け付けないのだ。それは、己の責任を自覚している証拠でもある。だからこそ、甘えさせてはいけない。過去に温もりにすがり溺れてしまったことのある自分だからこそ、キラは厳しい表情のまま首を振った。

「いえ同じことだったと思いますよ。あのときのカガリにこれが止められたとは思えない」

そこまで彼女を追い込んでしまった理由の一端は、自分にもあるのだけれど。
何もかも、国や民をその細い肩に背負い込んで、それでもがむしゃらに頑張っていたカガリ。それを知りながらも、何もしなかった自分。虚ろに過ごしていたあの日々に、自分はただ閉じこもっていただけで。何もカガリだけが悪いとは思わない。だから共に、進んでいきたい。
そのためには、彼女には折れてしまいそうな心を奮い立たせてもらわなければならない。
自分が歩んできてしまった道を振り返るのは、とてもとても怖いことだけれど。

人形のように国のためにと結婚まで決意した彼女といまは、明らかに違う。
こうして皆がいる場所で悩み、苦しむことができる。それはひとりで戦うのとは全く違う。
それを証明するかのように、あえやかな声が場に響いた。

「でもいまはきっと、違いますでしょう?」

穏やかな声と、柔らかな微笑み。
それらが傍にあるのを感じるだけで、キラ自身も心が落ち着いていくのが分かる。
瞳を揺らして顔を上げるカガリに、ラクスは優しく青い瞳を細めた。

「いまのカガリさんなら、あのとき見えなくなっていたものも、お見えになってらっしゃると思いますわ」
「ラクス…」

その言葉に、カガリの顔にわずかに光が戻る。自分も彼女の言葉に歩く力をもらったことがあるキラは、やはりラクスには敵わないなと心の中で苦笑してしまった。
そうしていると、大人たちが現実的な問題について話し合いはじめる。

「だがどうするこれを。オーブがその力をもって連合の陣営についたとなると、またいろいろと変わるだろうな、バランスが」
「…えぇ、そうね」
「それが今後…」
「キラ、発進してくれ」

毅然とした声で割って入る声に、バルトフェルドもマリューも、他のクルーたちも目を瞬く。

「カガリ…」

だが、向かい合う少女の瞳には以前に見た強い煌きが戻っていて。
周りに気付かれない程度に、キラは柔らかく目元を細めた。それにただひとり気付いたラクスが、やはり同じように表情を和らげる。

「いまさら馬鹿げた感傷かもしれないが、この戦闘できることなら私は止めたい」

ぐっと拳を握り、カガリは真っ直ぐにこちらを見つめる。

「オーブはこんな戦いに参加してはいけない。いや、オーブだけではない、本当はもうどこも誰も、こうして戦うばかりの世界にいてはいけないんだ。だから頼むキラ!」
「…カガリ」
「そうして少しずつでも間違えてしまった道を、いまからでも戻らねば。オーブも!」

力強い言葉。射抜くような眼差し。懐かしいとも言える、彼女らしい姿にキラはやっと笑みを見せた。大丈夫、きっといまからでも戻ることはできる。一度は失いそうになった強い心を、カガリはこうして取り戻すことができたのだから。
自分たちが動くのは、遅かったのかもしれない。それでも、何かができることを信じて。
ふと視線を動かすと、その想いを肯定するかのように穏やかに微笑んでいてくれるラクスがいて。
互いに笑みを返し、それからアークエンジェルも動くことを決定する。

再び、海上へと出るために。











「キラ」
「?どうしたのラクス」
「お疲れ様でした」

戦闘になる可能性も捨てきれないため、パイロットスーツに着替えようと思ってロッカーに向かっていたキラは、ラクスに声をかけられて振り返った。
何もかもを見通すような彼女の言葉に、キラは困ったように首を傾げる。

「う…ん、上手くできてたかな?」
「はい。カガリさんが、またああして動き出せたのも、キラの叱咤のおかげですわ。きっと」
「でも、やっぱり僕はこういうの向いてないって思ったよ…カガリとラクスはすごいや」
「え?」
「昔はよくカガリに怒られてたから。でも遠慮なく話してくれるから、逆にすっきりもしたけど」
「ふふ、そうですか」
「ラクスも、優しいだけじゃなくて、ちゃんと現実を教えてくれる。それってすごいことだよね」

ゆっくりとした足取りで廊下を歩きながらそう呟くキラに、ラクスは目を瞬いた。
それから、少しだけ恥ずかしそうにほんのりと笑って彼の隣に並ぶ。

「ですがそれは、キラが受け止められると分かっているからですわ」
「…うん、ありがとう」
「キラも、そうだったのでしょう?」
「え?」
「カガリさんなら、厳しい言葉を向けたとしても立ち上がることができる。そう思われたから、あのようにされたのではないのですか?」
「あはは…そこまで考えてたわけじゃないけど。でも…うん、そうだね。きっとカガリなら大丈夫って、なんとなく思ってたのかも」

そしてその信頼に、カガリもあの真っ直ぐな瞳で応えてくれた。そのことが、嬉しい。

「キラ、お気をつけて」
「…うん」

軽くぶつかるように頬にキスをしたラクスは、軽やかに身を翻すとブリッジへと戻っていった。
ちょっとだけ体温が上昇したのを感じながら、キラは更衣室に入ってパイロットスーツへと着替える。

戦場にカガリが介入したところで、戦闘は止まるのかどうか。

答えは否。

すでに連合と同盟を結んでしまっている以上、派遣の要請がくれば断ることなどできないだろう。オーブの体面というものもあるだろうし、連合には国を焼かれたという過去がある。指揮官が優秀な人物であれば、何か別の動き方もあるかもしれないが。
戦闘が止まってくれるなら、それに越したことはない。だが、最悪の状態も想定しておかなくては。

ヘルメットを手に更衣室を出ると、カガリもちょうど着替え終えたところのようで。
オーブ軍の女性用のパイロットスーツに身を包んだ姿で顔を見せた。

「久しぶりなんじゃない?MSの操縦」
「そういえば…そうかもしれないな」
「ウェディングドレスで乗った経験はあっても」
「あのことは忘れろ!」
「なかなか出来ない経験だと思うけどなぁ」
「お前な…」
「アスランに見せてあげたいよね」
「やってみろ、ぶん殴るからな!」

真っ赤な顔で睨みつけてくるカガリに、キラは思わず笑ってしまう。
それを憮然とした様子で見つめる少女と共に、格納庫へと向かうために歩き出した。

「………キラ」
「ん?」
「ありがとな」
「………え」
「多分、お前にああ言ってもらわなかったら、私はずっと甘えたままだった」
「カガリ…」
「自分で、今回のことが自分の責任であると分かっていて、それでも皆の優しさに甘えそうになってたんだと思う。けど、それじゃいけないってことも自分で分かってたから…だから、ありがとう」
「カガリ。今回の戦闘に介入すること、自分のわがままだと思ってない?」
「え」
「自分のわがままに、僕たちを巻き込んでしまった…とか思ってるでしょ」

足を止めてカガリの瞳を覗き込むと、彼女は言葉を詰まらせる。どうやら当り、のようだ。

「そういうとこ、アスランと似てるよね」
「な!あのハツカネズミと一緒にするな!」
「五十歩百歩っていうんだよ、そういうの。ねえカガリ、二年前…もうすぐ三年になるけど。アークエンジェルに僕がいたとき、僕も色んなひとを巻き込んできた」
「…キラ?」
「そのせいで傷つけたひともいる、失ったものもある。僕が選んだ道に並んでくれたために、ラクスもアスランもカガリも…マリューさんたちだって、たくさんのものを失くした」
「それは、それはお前のせいじゃないだろ。私たちが選んだ道が、お前の選んだ道と同じだっただけで。お前が責任を感じることはない。他人の痛みまで、抱え込むな」
「………それと同じだよ」

ふっとアメジストの瞳を細めて笑うキラに、カガリは何のことだと首を傾げる。
だが先ほどの会話を思い出したのか、だんだんと彼女の金色の瞳が見開かれていった。

「キラ…」
「今回のことも同じ。カガリが望んだことが、僕たちの望んだことと同じだったってだけ」
「お前…」
「だから、変に力入れないで。そんなだとルージュ、海に落ちるかもよ?」
「そんなことするわけないだろうっ!」
「あはは、そうだよね」

歩くのを再開して格納庫へ辿り着くと、整備を終えたところだったらしいマードックが手を上げてくれる。それにキラもカガリも返して、それぞれの機体のもとへと移動していく。
コックピットに乗り込む直前、カガリが拳を突き出してこちらに向けたのが見えた。彼女なりの気合を見せたのだろう。そのことに苦笑を返して、キラもフリーダムに乗り込む。アークエンジェルも発進準備が整ったようで、ゆっくりと潜航しそれから浮上していく。

<キラ、ダーダネルス海峡の方で戦闘になりそうだ>
「え、もうですか?」
<予想より衝突が速そうだな>
「分かりました。フリーダムで先行します」
<頼む>

カガリの想いを、言葉を届けるためにも。被害が大きくなってからでは遅い。
戦いの連鎖が深まれば深まるほど、そこから抜け出すことは難しい。そのことを、キラたちは嫌というほど知っていた。だから出来るだけ早く、オーブ軍がいるところへ。

自分たちがいまからしようとしていることは、正しいとはいえないもの。
それが分かっていながらも、やはりやめることはできなくて。戦いをなくすために戦う、その矛盾を抱えながらもそれでも。あのような悲劇を繰り返さないためにも、いままだ間に合うというのなら。

<フリーダム、発進よろしいですわ>
「フリーダム、キラ・ヤマト。いきます!!」










いまにも消えてしまいそうな、けれど強い灯火を抱いて。

自由の名を冠する機体は、蒼穹へと舞い上がった。












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