+++ 飛 翔 +++


15.迷いの行方













理解はできても…納得できないこともある……俺にだって








そう苦渋の表情で告げた親友は、真紅の機体へと乗り込んでしまった。
夕焼けの空に溶け込んでいくそれを見送りながら、ただキラは静かに目を細める。
親友の顔にあったのは怒り。すれ違う言葉と思い。
いったい、自分たちは何を知らないというのだろうか。

「キラ…」
「ミリアリア、ありがとう。アスランと会えてよかった」
「けど」
「…うん。分かり合うことはできなかったけど、僕たちがまだ知らないことだらけなんだっていうのは、はっきりしたから」
「そうね。…キラたちはアークエンジェルに戻るの?」
「とりあえずは。ミリィは?」
「仕事で来てるから街に戻らないと。あ、でも後でまた連絡するかも」
「え?」
「いろいろと片付けたら」

にっこりと笑って肩を叩いてくる友人に、キラははてと首を傾げた。
こういうときの彼女は、何かを企んでいることが多い。よくトールとこんな表情を見せ、自分たちを驚かせるようなイベントを起こしてくれていたものだ。

いまだに沈んだ表情のカガリの肩もぽん、と叩くとミリアリアは車へ戻る。
またねー!と手を振る仲間に、キラもカガリも手を振った。

「…キラ、アスランのやつ…どうしたんだろうな」
「分からない。でも、アスランは正しいと思ったから、戦ってるんだと思うよ。間違ったことが誰よりも嫌いだから」
「それは…分かってるけど」
「連合についてはもちろんだけど、プラントのことも僕たちは何も知らない」

だから、結論が出せない。

アスランがあそこまで信頼する議長。
自分たちが懸念していることは、やはりただの杞憂なのか。それとも。


















アークエンジェルへと戻ったカガリは、フリーダムから降りるとすぐに自室へと戻ってしまった。食事にも手をつける気になれないらしく、本当に珍しい。それほど、アスランとの物別れ状態がショックだったのだろう。

特に何をするでもなく、キラも自室でパソコンを開きニュースを閲覧していた。
ぼんやりと画面を眺めているだけで、思考がまとまらない。

すると、部屋の扉が開いてピンクの髪を揺らした少女が顔を見せる。

「キラ、こちらでしたか」
「…ラクス」
「そろそろ夕飯になさいませんか?」
「…もうこんな時間なんだ。気づかなかった」
「せっかくですから、お部屋でいただきます?」
「うん、そうしようかな」

なんとなく今日は食堂で食べる気にはなれなかった。
そうおっしゃると思って、とラクスが嬉しそうに微笑み、廊下からワゴンを引き入れる。すでにそこに食事は用意してあるようだった。
本当にラクスには見抜かれているな、と苦笑してキラも手伝う。

ふわりとおいしそうな匂いが室内に流れ、お腹が鳴った。
そのことに眉を顰めて恥ずかしさを紛らわせるが、少女にはしっかりと聞こえていたようで、くすくすと可愛らしい笑みがこぼれる。

「アスランとのお話は、うまくはいかなかったのですね」
「…うん。アスランは議長のこと、信頼してるみたいだったから」
「そうですか」
「僕としても、議長が本当に戦うのを嫌ってて、そのために頑張ってるひとなら良いと思う。上に立つひとがそんなひとなら、きっと世界は良い方向に行く」

けど、とスプーンを握る手が止まる。
顔を上げれば、すぐ傍で微笑んでいてくれるラクス。
このたおやかな少女の命を奪おうとしたのは、いったい誰なのだろう。

暗殺部隊がコーディネイターであったことは確かで。
襲撃してきたMSは軍にロールアウトされたばかりの機体。ということは、確実にザフトが絡んでいる。
つまりはザフトの上層部が関係しているということだ。

ラクスがいなくなることで得をする人物は誰か。
そう考えると、自然と浮かぶのはプラントにいるもう一人のラクス。
そして彼女と共にいるデュランダル。

これほどに一本に線は繋がっているというのに、アスランは拒絶した。
拒絶できるだけの信頼を、議長に感じているということ。

「……どうも、僕たちとアスランで持ってる情報が食い違ってる気がするんだ」
「はい」
「それが…もどかしい。アスランの言うことも、分かるつもりだけど」
「アスランもキラと同じ、真っ直ぐなひとです。なら、信じましょう」
「ラクス…」
「そしてもし間違ったことに気づいたのなら、またそこからやり直せばいいと思われませんか。そうやってひとは、生きてきたのですから」
「…うん、そうだね。間違わないに越したことはないけど…間違ったのなら、やり直さないと」
「はい。何が正しくて何が間違いなのか…まずそこを見極めないとなりませんわね」

そう告げたラクスは、空色の瞳に強い光を宿し、どこか遠くを見据えていた。
なんだか彼女が手の届かない場所へと行ってしまいそうな予感がして、咄嗟にその白い手をつかんでしまう。
驚いたように視線を合わせてくるラクスに、キラは戸惑った。考えるより先に、身体が動いてしまったようなものだったから。

「…ラクス。きっと一人一人がばらばらに頑張っても駄目なんだ」
「はい」
「だから一緒に、頑張ろう」
「はい、キラ」

ふわりと微笑んでくれる少女に、ほっとする。
自分がいま戦う意味はきっと、目の前にいる大切な存在を守りたいから。
カガリやアスランはもちろん、アークエンジェルのみんなやミリアリア、母やマルキオそして子供たち。守りたい存在がこんなにもたくさんいる。

みんなが生きるこの世界を、守りたい。
それはとても幸せなことで。この思いを信じていきたい。

だからいま、道が分かれてしまった親友のことも、信じたい。

きっといつか道は重なると。


















食事を終えてキラの部屋から出たラクスは、食器を片付けにワゴンを押して廊下を進む。カガリもキラも表情は曇り、アスランとの会話は厳しい内容だったのだろうことが分かる。
アスランはとても生真面目なひとで、一人で抱えて頑張ってしまうところがある。いつもならカガリが上手くガス抜きをさせてくれるのだが、いまは傍におらず、またカガリ自身も余裕のない状態だ。

「一人でパンクしてしまわないといいのですが…」

キラと同じく、自分もアスランの真っ直ぐさは信じている。
だから彼がデュランダルを信じるというのなら、それなりの理由があるのだろう。
ではデュランダルは正しいのか。プラントはいまどう動こうとしているのか。

戦争というものは、はっきり白黒つけられないところが難しい。
どちらにも背負う正義があり、抱えた憎しみや怒りがある。
そして新たに悲しみは生まれ、戦いの連鎖は切れることなどない。
いったいどこでそれを断ち切ればいいのか、人間は常に歴史の中で迷いあがいてきた。
それでも、いまだに答えは出ていない。


まず決める。


そう自身に言い聞かせてきた言葉を思い返し、ラクスは目を閉じる。
自分がいますべきこと、この大勢の中で立つべき位置を見極めるために。
真実と嘘の境なく混じり合うこの状況を、打破するために動くべきなのだ。


そしてやり通す。


必要なのは真偽を見極めるための情報。
動くべきときにすぐに反応できるための用意。それらを整える必要がある。

「あら、バルトフェルド隊長」
「よぉ、ラクス。キラはちゃんと食事はしたのか?」
「はい。ただ…カガリさんは」
「まあショックだったらしいからな」
「早くお元気になられるといいのですが…」

食堂の前で遭遇したバルトフェルドに、そうですわとラクスはぽんと両手を合わせた。
きらきらと目を輝かせる少女に、何か面白いことでも思いついたのか?と男も笑う。
それを胡乱げな目で見つめ、通り過ぎようとするノイマン。

「実は、ご相談がありますの。プラントに行きたいと思っておりまして」
「ほう」
「は!?」
「あぁ、ちょうどいい。このワゴン、片付けておいてくれ」
「あ、はい。…って、いやそうじゃなくて!」
「それは面白そうだなラクス。ずっと受身なのにも飽きてきたところだ、すぐに計画を練ろう」
「はい!」

悪戯の相談でもするかのように楽しげな二人は、そのまま去っていく。
ワゴンと共に取り残されたノイマンは、いいんだろうか…とむなしく伸ばした手を下ろした。
そしてすごすごとワゴンを片付ける。無茶なひとだとは聞いていたし、知っていたけれど。

「あのひとの部下は…大変そうだ」

しみじみと呟いた。


















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