+++ 飛 翔 +++


2.焦燥



















「バルトフェルドさん」
「よぉ、元気そうだねぇ」
「そちらも、ご無事のようで安心しましたわ」

マルキオの伝道所にやって来たヘリに回収されたキラたちは、無事にアスハ家の別邸へと住処を移すことができた。
先にそこで暮らしていたバルトフェルドは杖をつきながら、以前と変わらない飄々とした様子で笑う。

こんな状況だというのに、それだけで少し気持ちが落ち着くような気がした。

「さあ、皆。ここが新しいお家ですよ」
「すごーい」
「探検してもいい?」
「いいでしょー?」

元気いっぱいの子供たちに、カリダとマルキオも穏やかな表情を浮かべる。それじゃあ少しだけ見て回りましょうか、と提案すれば喜びの声を上げて子供たちははしゃぎだした。
賑やかな一団が去っていくのを待って、バルトフェルドはキラとラクスを自分の部屋へと促す。

扉を開けると、一般の家庭にはないような精密機器がたくさん並んでいてキラは驚きに目を瞬いた。それらからは、各地の情報が次々と送られてくるらしい。

「………いかがですか、世界の状況は」
「良くないね。被害が大きすぎる。破壊されたものもそうだが、何より津波や大量に舞い上がった粉塵が空を覆って大変だ」
「これでは…太陽の光が地上に注がれませんわね」
「あぁ。そのせいで植物にはかなりの被害が出る可能性がある。大気の方も心配だし」
「………プラントと地球の関係はどうなんですか」

キラが重々しく口を開くと、ふむとバルトフェルドは黙って何かのスイッチを押した。

<――― 受けた傷は深く、また悲しみは果てないものと思いますが……でも、どうか地球の友人たちよ、どうかこの絶望の今日から立ち上がってください。同胞の想像を絶する苦難を前に、我らも援助の手を惜しみません……>

これはプラントの最高評議会議長、ギルバート・デュランダルのものらしい。沈痛な声で語られる言葉は、地球の人間を思ってのもので。プラントは出来るだけの協力をしたい、と申し出るものだった。

「この言葉通り、デュランダル議長の行動は早い。被災地域への救援物資や救助要員をすでに派遣してるし、本国から増援も来るそうだ」
「じゃあ…とりあえずは大丈夫そうなんですね。良かった」
「地球の方々が、冷静に対処してくださればいいのですが……」

不安そうに眉を寄せる少女に、キラも表情を曇らせる。いくら手を差し伸べようとしても、失ってしまった命は戻らずその悲しみや怒りも消えない。
これがまた、新たな火種になってしまう可能性は十分にあった。

「ところが、そうもいかなくてね」
「え?」
「こんな情報も世界には流れてる」

バルトフェルドが別のモニターを開くと、そこには何かの映像が映し出されていた。

最初は何か分からなかったが、だんだんと理解するにつれてキラとラクスの表情が驚愕に歪む。

「こ、れは……」
「ユニウスセブンの映像、ですか?」
「あぁ。どうやら、プラントも一枚岩ではないらしいな」

映像にあるのは恐らくユニウスセブンのものなのだろう。明らかにザフト製と思われるモビルスーツが、何かの機器を操作しているのが見てとれる。これを見てしまえば、地球の人々はプラントのことを疑わずにはいられないはずだ。
どう見ても、あの墓標を彼らが故意に落とした証拠にしか見えないだろう。

「また、大変なことになりそうだねぇ」
「………そんな……」
「キラ……」

話を切り替えるように、モニターのスイッチを切ってバルトフェルは振り返る。

「それから、我らがオーブの代表の行方も分かった」
「本当ですか?」
「カガリさんとアスランは、無事なのですか?」
「とりあえずは無事らしいね。ミネルバに乗ってるって話だが」
「え……」

ミネルバといえばユニウスセブンの破砕作業を行った戦艦のことだろう。
その情報にキラとラクスは顔を見合わせる。

「あら、ふたりともいらっしゃい」
「「マリューさん」」
「ふふ、これから賑やかになるわね。よろしくね?」

部屋に顔を覗かせた女性に、ふたりは表情を和らげた。栗色の髪を揺らした女性マリューは以前と変わらず、優しい微笑を浮かべてくれている。
どこかほっとする空気にキラは懐かしいなと思った。

「こんな時間に君が戻ってくるなんて、珍しいね」
「忘れ物を取りに来たのよ」
「忘れ物?」
「そう」

頷いてバルトフェルドのことを指差す。僕?と驚いて自分を指差す男性に、そうよと笑ってから早く準備してと促した。

「ミネルバがオーブに入るみたいなの」
「……じゃあ」
「カガリさんたちも、戻られるのですね」
「えぇ。………大変だったでしょうね、色々と」
「………そうですね」

地球へ星が降り注ぐのを、目の当たりにしたのだろう。それはいったい、どんな気持ちだっただろうか。
それを思うとキラはもどかしさに拳を握った。

自分はいつまでここにいるのだろう。

いつになれば、立ち向かえるようになるのだろうか。

アスランもカガリも、世界のために頑張って傷ついているのに。

「それじゃ、行ってくるよ」
「はい」
「気をつけて」

そしてバルトフェルドやマリューたちだって。
何もできず、またしようともしない自分に気付いていながらも。動けずにいる。

そんなキラを励ますように、そっとラクスの手が触れた。



















「キラー、お外出たいー」
「お散歩行こうよー」
「あらあら、もう探検は終わったのですか?」

すでに屋内探検は済ませてしまったらしい子供たちは、口々に外に出たいと訴える。

ずっとシェルターに閉じこもり、それからは引越しで。のびのびと外で遊べなかったのは事実だ。
カリダとマルキオもそのことはよく分かっていて、連れ出してやってくれないかと言ってくる。

断る理由もないため、キラとラクスは子供たちと一緒に外へ出ることにした。

もうすでに空はオレンジ色に染まっているが、夕飯の時間までは少し余裕がある。浜辺を散歩するぐらいはできるだろう。

「見てー、お空が真っ赤ー」
「すごいねー」
「そうですわね」

子供たちのさえずりと、歌うような心地良いラクスの声を聞きながらキラも紫苑の瞳を空へ向けた。

まるで血の色だ、と思う。
それは空を覆う砂塵のためなのだろうけれど、これからの事を予兆しているようで。

晴れ渡った空が見たいと、そう思った。

水平線を黙って見つめる自分の肩に、トリィが静かにとまる。小さく首を傾げる仕草が、まるで自分を心配しているようで。そっとその頭を撫でた。

「あ、アスランだ!」
「違うよ!アレックス!」
「アスランだよっ!」

興奮する子供たちの声にゆっくり振り返ると、車を停めて降りてくる親友の姿が見えて。子供たちと一緒に近づいていった。
どこか疲れたような友人の顔に、それも当然のことかもしれないと思う。責任感の強い彼のことだ、自分よりも思い悩んでいるに違いない。

だからキラはできるだけ穏やかな表情で声をかけた。

「アスラン」
「お帰りなさい。大変でしたわね」

ラクスもとても柔らかい声で労う。それだけで、アスランは肩の力を抜いた。
それを狙ったかのように子供たちが彼を囲み、もみくちゃにする。久しぶりに会えたアスランに、皆も嬉しいのだろう。

「君たちこそ……。家、流されてこっち来てるって聞いて……大丈夫だったか?」

心配そうにアスランが気遣ってくれるが、それにキラとラクスが答えるよりも早く子供たちが反応した。

「そー、おうち、なくなっちゃったの!」
「たかなみ、ってのがきて、おうちバラバラ!」
「秘密基地に隠れてたんだよー」
「あたらしいのができるまで、おひっこしなんだってー」

だからオノゴロ島まで来たのだと、一生懸命に説明してくれる子供たちに押され、アスランは困惑気味である。これではいつまでたってもキラとアスランが会話できないと気付いたラクスが、楽しそうに笑いながら子供たちを浜辺へ促した。
そのことに感謝しつつ、キラはそっとアスランに近づく。彼がここへ来た理由が、分かるような気がして。

「………マルキオ様に?」
「ああ」

これから世界はまた、争いの時代へと突入してしまうのかもしれない。それをなんとかしたい、とアスランは動いているのだろう。

「キラは先に行っててくださいなー。私は子供たちと浜から戻りますわー!」

手を振ってそう言ってくれるラクスに、こちらも小さく振り返す。恐らくふたりで会話ができるように、気を遣ってくれたのだろう。アスランの運転する車に乗り込んで、しばらくは無言のまま走り続ける。

「………カガリは?」
「行政府だ。仕事が山積みだろう」

オーブという国を護り支える立場にいる少女。

彼女がこのような大変な事態のときに、じっとしていられるはずもないことを知っているキラは小さく苦笑した。きっと精力的に走り回っているに違いない。
それから今度はアスランが重々しい雰囲気で口を開いた。

「あの落下の真相は、もう、みんな知ってるんだろう?」
「うん………」

あの情報のために、コーディネイターが地球を破壊しようとしたのだと、人々の気持ちは傾いてしまっている。自分たちが恐れる方向に、世界は凄まじいスピードで転がり落ちていっているのだ。
またこのまま、二年前のような戦いが起こってしまうのだろうか。

「連中の一人が言ったよ」

苦々しい友の声が耳に流れ込む。

「撃たれた者たちの嘆きを忘れて、なぜ、撃った者たちと偽りの世界で笑うんだ、お前らは……って」

そこまで聞いてキラは眉を寄せた。つまりアスランはユニウスセブンを落とそうとした者たちと、接触したということだろう。それが可能な状況はひとつしかなく、驚きに目を瞠った。

「戦ったの?」
「ユニウスセブンの破砕作業に出たら、彼らがいたんだ」

つまりあの星を砕くための作業にアスランも加わっていたということ。それでも完全には破砕できなかったことを、きっと悔やんでいるだろう。自分が同じ状況だったとしても、やはり同じことをしたかもしれない。

だからキラは、何も言わなかった。

車は滑るようにキラたちが滞在している家の駐車場に入り、アスランはエンジンを切る。ハンドルに手を置いたまま黙り込む親友に、キラは彼が言葉を発するのをただ待った。

「あのとき……俺訊いたよな。やっぱり、このオーブで……」

搾り出すような声に、ゆっくりとアスランの横顔へ視線を向ける。

「俺たちは本当は、何とどう戦わなきゃならなかったんだ?って……」
「…うん」

二年前のあの日。

やっと互いに手を取り合うことができて、同じ道を歩める希望に溢れていたあの頃。

「そしたら、お前言ったよな。………それも皆で一緒に探せばいい、って……」
「うん……」

世界はまだ戦いの真っ只中で、絶望だけが大地を支配していたけれど。同じ志を持つ仲間がいてくれれば、大丈夫だと思えた。いつかきっと、望む未来へと辿り着ける。
そう希望を持つことができた。

そんな日々がいま、こんなにも遠い。

「でも……やっぱりまだ、見つからない」

悄然とかすれた声で呟かれる言葉に、キラは何も言うことができなかった。

こうして仲間はすぐ傍にいるのに。いまは何の希望も見えてこないように思える。

このままではいけない、そのことだけははっきりとしているのに。自分たちがどう動けばいいのか、それさえ分からない。再びせりあがってくる焦燥に、そっと眉を顰める。だからアスランの次の言葉は意外だった。

「俺は、プラントに行こうと思う」
「………え?」
「何か俺にできることがあるなら、したいんだ」

苦しげな声で、それでもなお動こうとするアスラン。
さらりと揺れる青みがかった髪を見つめながら、キラは瞳を伏せた。世界のために進もうとしている彼を、なぜ自分が止めることができる。彼が出来ると思うことがあるのなら、それを反対する理由はないのだ。

例え、言いようのない不安が胸に広がっていたのだとしても。

「……うん」

ただそれだけを返して、キラはアスランの肩に手を置いた。

そこから流れ出す感情を、共有するかのように。

しばらくふたりは動かなかった。




















「キラ、お茶にしませんか?」
「ありがとう」

テラスでぼんやりと過ごしていたキラは、ラクスがティーセットを手に姿を見せて小さく笑みを見せた。
すっかり暗くなって、いつの間にか夜になっている。本当に自分には時間の感覚がなくなっているんだな、と呆れたような感情が浮かんできた。

「アスランの様子はいかがでしたか」
「………やっぱり大変そうだったよ。カガリもずっと会議だって」
「そうですか……」
「………………アスランが」
「え?」

少しだけ躊躇って、キラはそっと呟く。

「プラントに行ってくるって」
「まあ」
「何か出来ることがあるかもしれないって」
「アスランらしいですわね」
「うん」

本当に、彼らしい。

不器用なくらい真っ直ぐで、一生懸命で。

カガリと良い勝負だ。

「………そうだ」
「キラ?」
「明日、行きたい場所があるんだ。付き合ってもらってもいいかな」
「はい。喜んで」

ふわりと柔らかな微笑みを見せてくれる少女に、ありがとうと呟いて温かい紅茶に口をつける。

ずっと逃げ続けていたのかもしれない、自分は。

立ち上がる力がないのではなく、立ち上がったときにまた傷つくのを恐れて。だから躊躇っていたのかもしれない。

そろそろ整理をつけるべきなのだ、自分の心に。




だから明日、あの場所へ。


行ってみようと思った。
















NEXT⇒