+++ 飛 翔 +++


20.小さき光


















オーブ旗艦、タケミカズチは紅蓮の炎に包まれ、海に呑まれて行く。
その鉄槌を振り下ろしたのはミネルバを常に守り続けてきたインパルスだ。

結局は守ることができなかった。

通信から聞こえてくるカガリの慟哭に、キラはひそやかに眉を寄せる。
自分たちの声は、届かなかったのだろうか。この手は、何もつかめなかったのだろうか。
脳裏には、強い言葉を叩きつける親友が浮かび、それを振り払う。

また繰り返すのか、あれを。

それだけは―。

<キラ>
「ミリアリア?」
<カガリさんを連れて、戻れる?>
「うん、そのつもりだけど…」
<オーブのひとたちがね、アークエンジェルに来てるの。一緒に戦いたいって>
「…!?…分かった、すぐ戻る」

いまだに操作できる状況ではないカガリの様子に、キラはルージュの腕部をつかんで上昇する。脱出した兵たちのほとんどは、無事だったオーブ艦かもしくは連合の空母をめざして落ち延びたはず。
それなのにアークエンジェルに乗り込んでくる者がいるとは。

格納庫に入ったキラはすぐさまフリーダムから降り、リフトを使ってルージュの操縦席へと上がる。いまだに泣いているのか、カガリが開いてくれそうもないことを悟りマードックに頼んでロックを解除してもらった。
操縦席で丸くなっている半身の姿に眉を顰めるものの、上半身を乗り入れてキラはカガリのヘルメットをはずす。
ふわりと零れ落ちる金糸の髪をゆっくりと撫でて、できるだけ優しく聞こえるようにキラは声をかけた。

「カガリ、アークエンジェルに帰ってきたよ」
「……っ……わ、たしは」
「大丈夫。全部が終わったわけじゃない。無事なひとたちもいる」
「………え?」
「アークエンジェルに来てるオーブの人たちがいるみたいだ。会うだろ?」
「…どう、いう…」
「一緒に戦いたいって。僕も詳しいことは分からないけど、とりあえず話しを聞いてみよう」

まだ自分たちは頑張れるのかもしれない。
ね?と紫苑の瞳を和らげて微笑む少年に、やっと顔を上げたカガリは泣き腫らした目にさらに涙をためはじめた。本当に、最近の彼女は泣いてばかりだ。

こんなときに涙をぬぐうのは、自分ではなく彼の役目なのだろうに。

「行こう。着替えて、あと顔を洗わないと」
「……ん」
「目、真っ赤だよ」
「仕方ないだろ」
「うん。でもそんな顔で会ったら、オーブのひとたちびっくりするんじゃないかなぁ」

いや、きっと彼らならそこまで自分たちを思ってくれていたのかと感激するかもしれない。
わざわざアークエンジェルに乗り込んできたということは、恐らくカガリの言葉に賛同して集まってきた者たちなのだろう。オーブの理念を、その胸に抱いている者たち。

自分たちの小さな火が、少しずつ大きくなっていけるかもしれない。
そんな希望めいたものが胸をよぎるが、まだ安心はできないと自分に言い聞かせる。

まずは、彼らの言葉を聴いてみてだ。

ふらふらのカガリを支えながらロッカーに向かい、ちゃんと顔洗ってね?と念押しすると、うるさいな!といつもの調子で怒鳴られてしまう。それにくすくすと笑いながら、自分もスーツを着替えるために男子ロッカーに向かった。

軽くシャワーを浴びてから着替え、ふと手を止める。
怒りにまかせてアスランの機体を墜とした記憶が甦ったのだ。
これではまたあの頃と同じだ、と閉じたロッカーにごつんと頭をぶつける。
互いの言葉はすれ違い届かず、結局は力で捩じ伏せる。
それがいかに無益なことか、自分たちはとうの昔に知ったはずなのに。

目を閉じれば思い出す、ピンクの髪、穏やかな空色の瞳。
あえやかなあの声を求めている自分に気付いて、深々と溜め息を吐き出した。

「キラ?」

着替えが遅いと心配になったのだろう、カガリが更衣室の扉を開く。
せめてその前に声をかけてくれないだろうか。自分が着替え中だったらどうするつもりだったんだ。そう心の中で考えるものの、いつでも自然体な彼女に何を言ってもムダだろう。
ロッカーに頭を押し付けた状態で顔だけ振り返るキラに、カガリは怪訝そうな表情を浮かべていた。うん、いつもの彼女に近い。

「…何やってんだお前」
「……なんでもない。いこっか」

変わらず不審そうな顔をしていたが、オーブ兵が待っていることを思い出したのだろう。カガリは無言で頷いて艦橋へと続く廊下を歩き出した。ミリアリアの説明によると、彼らはひそやかにボートやMSでアークエンジェルに辿り着いたらしい。

今回派遣された軍の一握り、という話ではあったが。
実際に艦橋に顔を出してみると、その数の多さにキラもカガリも少々圧倒されてしまった。格納庫にもかなりのMSが収納されているとのことで、戦力としては無視できない大きさである。
こちらに気付いたオーブ兵は、カガリの姿に居住まいを正し深々と礼を取った。
それだけで、彼らがカガリをオーブの代表として認めていることが分かる。

「…お前たち、なぜここに」
「私たちも、カガリ様と共に戦いたいと思ったからです」
「いや、しかし…」
「ここまでの責めは自分が負う。すでにない命と思うなら、アークエンジェルへ行け…と。今日、無念に散った者たちのためにも、と……。それがトダカ一佐の最期の言葉でした」

トダカ、というひとがオーブ艦隊を率いる人物だったそうだ。
そして彼はタケミカズチと運命を共にしたのだという。副官のアマギらに全てを託して。
その言葉を聴いて、カガリの瞳は揺れた。
あの混乱の中にあって、彼らはトダカの言葉を聴き、そしてアークエンジェルへと来てくれたのである。彼らの中の理念もあるとは思うが、何よりトダカという人物が部下たちの信認を得ていたということも大きいのだろう。
そんな人を、失わせてしまった。カガリが悔いるのも無理はない。

「幾度もご命令に背いて戦い、艦と多くの兵の命を失いましたことは、まことに……お詫びのしようもございません!」

アマギが深く頭を下げれば、他のオーブ兵たちもそれに倣う。

「ですが、どうか…!トダカ一佐と我らの苦渋をお分かり下さいますのなら、この後は我らもアークエンジェルと共に!どうか!」
「アマギ一尉っ!そんな……私の方こそっ」

カガリが堪えきれなくなり、アマギに駆け寄ってその腕を取った。
すまぬ、すまない、と何度も声を震わせて詫びる。
彼女の真摯で汚れのない姿に、アマギは目を見開いた。

「カガリ様…」
「私が愚かだったばかりに……非力だったばかりに……オーブの、大事な…心ある者たちを…っ…!」
「カガリ様……!」
「私は……私はっ……!」
「いえっ、カガリ様!いえ……!」

膝から崩れ落ちるカガリを支えながら、アマギは苦渋の表情で首を振る。
他のオーブの軍人たちの目にも涙が浮かんでいるのが分かった。彼らの胸中にはさまざまなものが去来しているのだろう。信頼する上官を失い、けれど自分たちが真に指導者と仰ぐ者が、同じ痛みを感じてくれていることに安堵し。

泣きじゃくるカガリと、それを受け止めるオーブのひとたちに、キラはほっと息を吐き出した。自分たちの介入も、決して無駄ではなかったのだと。かすかにでも思えたから。

けれど。
彼らに協力してもらうことになるのなら、はっきりさせておかなければ。
表情を引き締めたキラは、静かにカガリたちのもとへ足を進めた。
ぽん、とカガリの肩に手をかければ、泣き腫らした目が自分を見上げる。
せっかく顔を洗ったのにあまり意味はなかったな、と苦笑が浮かんでしまいそうだった。

「キラ……」
「泣かないで、カガリ」

それからオーブの兵たちを見回して、キラは静かに口を開く。

「いま、僕たちに分かってるのは、このままじゃ駄目だっていうことだけです」
「キラ・ヤマト……」

自分の名を呼んだアマギは、まじまじとこちらを見やる。
オーブの軍人たちは自分の名を知っているのだろう。フリーダムを駆った過去の戦歴は、それほどに大きい。わずかな居心地の悪さを感じながらも、キラは彼らが黙って耳を傾けてくれていることに感謝した。

「でも、何をどうしたらいいのかは、分からない。…たぶんザフトを討っても駄目だし、地球軍を討っても駄目だ。そんなことはもう、散々やってきたんですから」

始まりはなんだっただろう。
そんなことを考えてしまうほどに、繰り返され続けてきた戦いの連鎖。
一発の核、そこから始まった世界を二分する大戦。そして互いを滅ぼそうとするほどに大きな力のぶつかり合い。
そうした泥沼の戦いの先にあるのは、ただただ、怒りと悲しみばかりで。

「だから、憎しみが止まらない。戦いが終わらない」

どちらか一方に味方したとしても、戦いの連鎖に巻き込まれるだけ。
戦う者たちのほとんどは、自分の陣営が正しいと信じている。そうでなければ、ひとの命を奪う戦争など出来はしないのだから。

ではそれを止めるためにはどうすればいいのか。
それはキラにも、カガリにも分からない。
結局自分たちが行っているのも剣を取ることであり、悲しみを生んでいる。
譲れない思いがあるために。

「僕たちも……戦い続けるから。本当は駄目なのかもしれない。僕たちはたぶん皆、きっとプラントも地球も、幸せに暮らせる世界がほしいだけなんです。だからあの……」

自分の思いを率直に話したキラは、ここでわずかに躊躇うように言葉を濁らせた。

「みなさんも、そうだっていうんでしたら……あの……」
「無論です。キラ様」

………様?
わずかに動きを止めたキラには気付かず、アマギはどこか晴れ晴れとした笑顔を浮かべてみせた。そこには軍人らしい確信のこもった瞳がある。

「仇を討つためとか、ただ戦いたいとか、そのような思いで我らはここに来たのではありません。我らはオーブの理念を信奉したからこそ、軍に身を置いたオーブの軍人です。ならば、その真実のオーブのためにこそ戦いたい」

アマギの言葉に、多くの兵たちがしっかりと頷いた。
カガリも立ち上がり、どこか茫然とした様子で自国の民たちを見回す。
そんな彼女にアマギは穏やかに微笑した。

「それが難しいことは承知しております。だからこそ我らも、カガリ様と、この艦と共にと」
「アマギ……」

ようやくカガリの顔にも笑顔が浮かぶ。
そのことにほっとして、キラは眉を下げて笑った。

「分かりました。失礼なこと言ってすみません」

彼らは違えることなく、自分たちと同じ意志を持って戦いたいと言ってくれている。ならば自分の心配は杞憂だったようだ、と肩の力を抜いた。
これほどに真っ直ぐな心を持つ仲間が増えることは、自分たちにとっても心強い。だからキラは素直に頭を下げた。

「よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ!」

オーブ兵が一斉に自分に向かって敬礼してみせたため、キラはぎょっとする。
先ほども「様」づけで呼ばれたし、なんて礼儀正しいひとたちなのだろう。
カガリはともかく、なぜ自分にまでそんなに礼を尽くすのだろうか、と戸惑ってしまう。そんなキラの様子に、後ろにいたマリューが笑みを零した。













「良かったじゃない、キラ様?」
「…もう、やめてよミリアリア」
「ふふ」
「………でも、カガリの顔も明るくなったし、それはよかったかな」

食事を取りながら淡く微笑むキラに、向かいに腰掛けていたミリアリアが頬杖をついた。
そうして空いた手の方で友人の眉間をちょん、と小突く。
いきなりの接触にキラはきょとんと目を瞬いた。

「キラもね」
「…え?」
「ふとしたときに難しい顔してたけど、いまは自然に笑えてる」
「…そっか。ミリィには敵わないな」
「女って怖いのよー?きっと艦長も気付いてるとみた」
「マリューさんには頼りきりだな…」
「いいじゃないの。頼れるところは頼って。私たちだって、キラには頼ってるわけだし」
「ミリアリア…」
「それでいいのよ。お互い様でしょ?」

にこっと笑う友人に、そうかもしれないねとキラも頷く。
きっとそれはカガリやアスラン、そして自分たちに欠けがちのもの。

相手を思うあまり、自分の中で全てを解決しようとしてしまうところがあるのだ。
特にアスランとカガリにはその傾向が強いように思う。似た者カップルだ。
ひと一人に出来ることなど、限られているのに。自分たちはついそれを忘れてしまう。

こうして支えてくれる仲間がいることのありがたみを実感するたび、思い知らされるのだ。

傍にいてくれる大切なひとたちの、力というものを。











「……人員が増えたのはいいんですけど」
「男ばっかでむさくるしいよなぁ、ヤマト」
「いえ、僕は別にそういうことが言いたいわけじゃ」
「風呂掃除当番のサイクルが長くなってよかったじゃないか」
「いえ、そういうことが言いたいわけでもなく」

「ほらほら、お前らどけ!仕事の邪魔だ!」
「カガリ様!洗濯でしたら我々が!」
「女物を任せられるかっ!お前たちは自分らの洗濯物をなんとかしろ!」
「あ、カガリ様!」

「………なんていうかこう…」
「オーブのひとって基本ああなんですかね?」
「あぁ…いたな、ああいう感じの」
「………キサカさんとか、マーナさんとかですか」
「「そうそう」」
「…賑やかになるのは、良いんですけどね…はあ」

















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