+++ 萌 芽 +++

9.憂いの横顔




どうすればいいのだろう。

どうしてこんなにも、思い通りにいかないのだろう。



抗えば抗うほど、見えていた未来が遠ざかっていく。

つかみとれると思ったものが、手をのばすと案外遠い場所にあって。

やはり届かないのか、と諦めに似た溜め息が零れる。





年齢にそぐわない憂いを帯びた表情に、かける言葉は見つからず。

ここから動くことのできないまま。

全ては、いまだに現実味のないものとして。

ただ眺めているだけだった。
















今日は朝から賑やかだな、と思ってキラは居間に顔を出す。するとこちらに気付いて、わっと子供たちが雪崩れ込んできた。ものすごい勢いに、よろりとバランスを崩しかけながら、なんとか踏み止まる。

「ど、どうしたの?」
「今日は来るんだって!!」
「やっと帰ってくるの!」
「たくさん遊んでもらうんだー」

甲高い声が鼓膜を刺激するが、どうにも肝心な内容がつかめない。
誰かがここに来るらしいことは分かったのだが。

「みなさん、まだ食事の準備が終わっていませんわ」
「「「はーい」」」

元気良く返事をして、嵐のように台所へ消えていく子供たち。それを唖然として見送ると、ピンクの髪を柔らかく肩に流して、サファイアの瞳を楽しげに細めながらラクスが近付いてくる。エプロンをつけているということは、彼女も食事を作っているところだったのだろうか。

「今日、何かあるの?」
「ふふ、久しぶりにカガリさん達が顔を見せてくださるのですわ」
「へえ」

ユニウス条約が締結されて数ヶ月、やっと安定してきた情勢に時間のゆとりが出てきたらしい。
今までずっと働き詰めだった代表への、ささやかなお礼ということで。二、三日はここで過ごせるのだという。

「確かに久しぶりだよね」
「えぇ、子供たちも大喜びで」

本気で相手をしてくれるカガリや、色々なものを修理してくれたり作ってくれるアスランはとても人気がある。そんな二人が戻ってくるというのだから、子供たちのあのはしゃぎっぷりも納得がいった。

「いつくるの?」
「夕食には、いらっしゃるということですわ」
「そっか。何か手伝うことある?」
「子供たちが頑張ってくれていますから、キラには後片付けの法をよろしくお願いしますわね」
「うん、分かった」

このまま家にいても準備の邪魔になりそうだ、と判断したキラは外へ足を運ぶ。
だいぶ長くなってきた陽も、傾いて間もなく夕方だと教えている。何度見ても飽きない自然の美しさに幾度、こうして立ち尽くしただろう。



静かにゆっくりと流れる時間。

刻々と表情を変えていく景色を、ただ瞳に映して。

ぴくりとも動かない視線の先には果たして何があるのか。

砂浜で佇むキラを見たなら、誰もがそう思うだろう。

それほどに、まだ彼の心は虚ろだった。















「ふうー、やっと到着だな」
「仕事も手につかないぐらい、楽しみにしてたからな」
「ちゃ、ちゃんと仕事はしてたさ!」
「そうか?」

ぎゃいぎゃいと賑やかなやり取りを響かせて、自分の親友と姉がヘリから降りてくる。
苦笑しながら出迎えると、二人とも目を輝かせて喜んでくれて。そんな些細な反応に、キラはアメジストの瞳を小さく細めた。

「久しぶり、二人とも」
「あぁ」
「短い時間だけど、よろしくな!」
「うん。みんな楽しみにしてたんだよ」

潮風がそれぞれの髪を撫でていく。
夕日の荘厳な光にしばらく海を眺めていると、こちらへ笑みを浮かべて少女が歩いてくるのが見えた。

変わらない穏やかな空気を纏って、あえやかな声で告げる。

「お元気そうで、安心しましたわ」
「おう、ラクスも元気そうだな」
「はい」
「子供たち、待ちくたびれてるよね」
「えぇ。今か今かと」
「それは……大変そうだ」

興奮した子供たちの様子を想像してしまったのか、アスランがげっそりと溜め息を吐いた。その動きに合わせてさらりと青みがかった髪が流れる。
それを慰めるように、肩をぽんぽんと叩いてカガリが歩き出す。

「よし、私も今日はぱーっと騒ぐぞ!」
「ふふ、是非そうしてくださいな」
「ほら、行くぞ!キラ、アスラン」
「あ、うん」
「はあ………」














予想通りというか、それ以上というか。
子供たちのはしゃぎっぷりは凄いものだった。

あのカリダやマルキオですら苦笑してしまうほど、心の底から子供たちは喜んだのである。身体いっぱいに表現してくれるため、それを感じるのは嬉しいものの体力がもたない。もう限界、と思った頃になってやっと大人しくなってくれた。

「みなさん、眠ったようですわ」
「ふう、元気だなみんな」
「カガリが一緒になって騒ぐからだろ」
「アスランだってむきになって、ゲームやってたじゃない」

くすくすと、心地よい笑い声が夜の浜辺に響く。
皆が寝静まって、やっとのんびりと再会を喜ぶことができた。

月明かりに照らされた砂浜に座り、ポットから注いだコーヒーに口をつける。

じんわりと広がる苦味を感じて、カガリが沈黙を破った。

「オーブのことなんだけどさ」
「はい」
「………まだまだ課題は多くて」
「カガリ……」

少し低くなったカガリの声に、気遣わしげにアスランが肩に手を添える。
大丈夫、と小さく笑って少女は月を見上げる。

その横顔が、ひどく大人びて見えた。

「出来る事よりも、出来ない事の方があまりにも多くてさ。ちょっとへこみかけてたんだ」
「そうだったのですか」
「ん。でも、元気出た」
「お前のそういうところ、羨ましいよ」
「どういう意味だアスラン」

じとりと睨んでくる恋人に、誤魔化すように視線を巡らせる。するとぼんやりと空を見上げて、ひとり無言でいる親友に気付いた。確かにここにいるのに、どこか別の場所にいるようで。なぜか感じる隔たりに、アスランは眉を寄せた。

いまだにキラは、空虚の中にいるのかと。

「確かに今の情勢は、難しいことも多いですわ。けれど、出来ることもちゃんとあるのでしょう?」
「うん、まあ」
「それならば、それは誇るべき部分ですわ。たくさんの責任を負っていらっしゃるのですから、難しいことかもしれませんけれど。成すことが出来たものにも、目を向けなくては」
「ラクス………」
「カガリさんも、アスランも。世界のために、私たちのために頑張ってくださっています。それだけで……感謝をしても足りないくらいですから」

落ち着いた言葉は、すっと胸の中に入ってくる。
それは彼女がいつでも真実しか言わないからなのだろう。

出来ないことはある。己の力が足りないために、失敗することの方が多いくらいだ。

けれども、ちゃんと形を残してこれたことも確かにある。

「ありがとな」
「いいえ。私の方こそ、ありがとうございます」
「へへ、なんか照れるな」
「まあ」

華やかな笑い声を背中に聞きながら、アスランはキラの隣に腰掛けた。
ちらりとこちらに視線を流して、すぐに親友は夜空をまた見始める。それに倣って自分も顔を上げた。

「すごいな、星」
「………うん。綺麗、だよね」
「人工の明かりがないせいか、随分たくさん見えるもんだな」
「圧倒される。………もっと見えるときなんて、星が降ってくるような感覚になるんだよ」

淡々と語る言葉は静かで、その中から感情を読み取るのは難しい。
何か自分にも出来るのではないか、とこの島を出てから月日が流れて。変わらないこの場所に安堵したと同時に、止まってしまった時間の中に佇むキラに落胆もした。あぁ、やはりまだ駄目なのかと。


癒えない傷を抱えて、彼はいつまで闇に囚われていればいいのだろう。

もどかしく思いながらも、何もできない自分が口惜しい。


「こんなふうに、誰かも空を見てるのかな………」
「え?」
「………見てるといいなって、思っただけ。こんなに綺麗な夜空なんだから」
「あぁ……。そうだな」


誰か大切なひとと、夜空に輝く星を見上げていられたら。
それがキラの望む幸せなのかもしれない。



大きな力なんていらない。莫大な富が欲しいわけでもない。ただ欲しいのは、大好きなひととゆっくり寄り添う時間と場所。誰もが持つ権利があるはずで、また望むもの。




決して不可能な願いではないはずなのに。




だが、きっといつかそんな世界を手に入れてみせる。

傷ついて、いまだにこの場所に座り込む親友のためにも。

そしてまた、光り輝く未来を望む愛しいひとのためにも。



そう拳を強く握るアスランの、端正な横顔を、こっそりとキラは見つめていた。













いつの間にか、それぞれが違う方向を目指して歩き始めていて。

望む未来は同じもの。けれど生きる場所はだんだんと違ってくるのかもしれない。

幾分か大人びた横顔に、ふと思う。

屈託なく笑っていたあの日々が懐かしい。


願いを叶えるだけの力と知識を手に入れたはずなのに、それは腕の中に収まることもなくするりと零れ落ちていく。

けれど諦めるわけにはいかない。






その憂いに満ちた顔が、どうかいつの日か優しいものとなりますように。



満天の星を見上げ、そう願った。









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