+++ つかの間の
自由 +++



今日も良い天気になりそうだ、と窓から見える景色を眺めながら男は思った。
ここから見える空と海は、いま戦争のただ中にいるということを忘れさせるほど穏やかで。
だがそんな考えも、部屋に響いた電子音に遮られた。

「なんだ?」
『大佐のご命令通り、みな出発いたしました』
「そうか」

画面に映る研究員の顔は少しだけ不満気だ。
その理由が分かるため、男は仮面から唯一見える口元を笑みにかたどる。

「そう渋い顔をしなくてもいいだろうが」
『は……しかし』
「少し散歩をさせるぐらい問題ないだろう。気分転換も必要だ」
『………………了解しました。それでは』

そして通信がオフになり、また部屋に静けさが戻ってくる。
きっと研究員はこう言いたかったに違いない。

気分転換など必要ない、揺り籠で十分だと。

あの子たちは人間としては扱われていないのだ。
ただモビルスーツを動かすために必要な電池のようなもの、消耗品。

「それしか生きる道がないんだ………あいつらには」

戦って戦って。そして勝ち続けることでしか、生きる場が与えられない。
そんな彼らにできるのは、こんなことしかないのだ。

ほんの少しでも外の世界に触れさせることができるのなら。
我ながら愚かな願いだ。
いつかは戦場で散らす命だというのに。

「今日も空は青いな………………」












青い空、青い海。
ここでいったいどうしろというのか。

とりあえず軍港から出たスティングは車を運転しながらそう思った。
助手席に座っているステラはさっきから海を見て楽しそうに微笑んでいるし、後部座席にいるアウルは退屈そうな表情である。

「どこにいく?」
「知らね。この辺りの地理なんて、俺詳しくねえし」
「だよな」

ステラにも聞こうと思ったが、やめた。
この少女は海が見られればそれだけで満足なのだ。
その思考回路が羨ましい、と内心で溜め息を吐きながらスティングはアクセルを思い切り踏む。

「そういやさ、昨日行ったザフトの基地。楽しそうだったよなー…」
「けっ、くだらねえ」

アイドルだか歌姫だか知らないが、大の大人が歓声を上げている姿はむかついた。
俺たちは生きるか死ぬか、そんな戦いをしているのに呑気な事だ。

「あ、俺ここら辺見たい」
「あぁ?」
「ここの店」

小物や食べ物、洋服や雑貨など様々なものがあるようだ。
何か興味をひくものがあったのか、アウルがそう言ったため車のスピードを落とす。邪魔にならなそうな場所に駐車すると、ひらりとアウルは車から降りた。

「俺もこの辺りで時間つぶすか」
「ステラはどうする?」

アウルが尋ねているのが聞こえ、スティングもステラへ視線を向ける。
問われたステラは不思議そうに首を傾げた後、ふわりといつもの笑顔を浮かべた。

「海、見る」
「お前ほんとーに好きな」
「うん、ステラ海、好き」

舌ったらずな調子で言う少女に、アウルとスティングは呆れたように肩をすくめる。

「じゃあ四時にまたここに集合な」
「オーケイ」
「うん、分かった」

思い思いの場所へそれぞれが向かい、スティングはどうしたものかと考える。
今日はなぜか全てが静かすぎる。
平穏な日々、周りの人間が笑顔を浮かべ、声をたてて笑っている。
その何もかもが気に入らなくて、スティングは歩き出した。早くこの場から離れよう。

いつも自分たちのそばには死があって、血は水のように自分たちを濡らし続けた。
それが自分たちにとってのあるべき日々だからだ。
そのせいか、こうして突然穏やかな時間を与えられても困る。
何をすればいいのか分からない。落ち着かない。

「………ちっ」

早くまたカオスに乗りたい。
あれは俺の力を引き出すのに、最高の道具だ。
敵はどんどんと落ちていくし、その瞬間に放つ光はとても見ていて楽しい。
どれだけ落とせたかを三人で競うのも楽しいよな。

また戦場に戻るときのことを想像して、少しだけ気分を高揚させながらスティングは雑踏の中に消えて行った。










青い空、青い海。
どこまでいっても青、青、青。つまんねーの。

スティングが運転する車に乗りながら、アウルは視線をどこへやっても変わらない風景に辟易していた。
前に座るステラの楽しそうな様子に、だんだんとイライラが増していく。

「どこにいく?」

スティングがやや不機嫌な声で尋ねてきた。
そんなもんこっちが知りたいってーの。

「知らね。この辺りの地理なんて、俺詳しくねえし」
「だよな」

それ以上尋ねようとしないのは、スティングも同じ気持ちだからだろう。
こちらのそんな空気に気付くことなく、ステラはうっとりと海を眺めている。
いったい海の何がそんなに楽しいんだ?

楽しいといえば………………。

「そういやさ、昨日行ったザフトの基地。楽しそうだったよなー…」
「けっ、くだらねえ」

憎々しげに吐き捨てるスティングの声に、アウルはにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
怒ってる、怒ってる。

だが昨日の出来事を思い出してアウルは視線を遠くへやった。
偵察もかねて覗いたザフトの基地では、なんでか知らないがアイドルが来ていて、兵士たちがわーわー騒ぎまくっていたのだ。
あんな情けない大人の姿は、そうそう見れないだろう。

だっせえの。
昨日散々聞いた少女の曲が、どこからか聞こえてくる。
どうやら市で流しているようだ。
何の気なしにちらりと目を向けると、小物を売っている店が見える。けっこうおもしろそうじゃん。

「あ、俺ここら辺見たい」
「あぁ?」
「ここの店」

声をかけると、最悪といえる状態まで機嫌が下がっているスティングが車の速さをゆるめた。それにおびえる様子もなく、アウルはさっさと車を飛び降りる。
ずっとあてもなくドライブしているよりは、余程マシだ。

「俺も、この辺りで時間つぶすか」

疲れた様子で運転席から降りるスティングを見やってから、いまだぼけっとしながら助手席に座っているステラに声をかける。

「ステラはどうする?」

尋ねてから一拍置いて、ステラが不思議そうに振り返る。
小さく首を傾げた後、良いことを思いついたのかふわりと笑った。

「海、見る」
「お前ほんとーに好きな」

結局それかよ、という意味をこめて言うとステラにその皮肉は通じなかったらしく、満面の笑みが返ってくる。

「うん、ステラ海、好き」

もういい、という思いもこめて肩をすくめるとスティングも似たような顔をしていた。
いちいちそれに取り合っていても仕方ないことを学習している二人はさっさと頭を次へ切り替える。

「じゃあ四時にまたここに集合な」

スティングが時計を見ながら集合時間を決め、アウルも時計を眺め確認する。あと二時間か。

「オーケイ」
「うん、分かった」

あとは思い思い好きな方向へ足を向ける。
アウルはさっき気になった市の方へ歩を進めた。
まあわりと賑わっているようだが、少々田舎っぽい。

そのことに眉をひそめながらも、小物が置いてある店に辿り着くと無意識に小さく笑った。

けっこういいのそろってんじゃん。

現地の民芸品なのだろうか。センスの良いアクセサリーが並んでおり、鈍い輝きを放つ小物にアウルは満足げな表情を浮かべた。これを眺めるだけで時間をつぶせそうだ。

「あいつらに何か買ってくかな………」

ふと考えて、やめた。
ステラはあまりお洒落に関心がないのか、アクセサリー系を身につけたりはしない。きっと似合うだろうに、あの容姿なら。
そしてリーダー風をふかせているスティングも、少々独特なセンスをしている。自分とは好みが違うのだ。

あのインナーなんて、ありえねえって。

アーモリーワンに潜入したときの私服を思い出し、アウルは心の中で溜め息を吐いた。
つまり、あいつらに何かしてやるだけ無駄という事だ。

あいつら自身のことは、けっこう気にいっているのに。

まあ、これは秘密だけど。











きらきら、きらきら。
今日も青い海が、すごい綺麗。

優しい海の色を眺めていたステラは、スティングたちの会話を聞きながらも、意識はずっと目に飛び込んでくる景色に集中していた。

「どこにいく?」
「知らね。この辺りの地理なんて、俺詳しくねえし」
「だよな」

二人の声は、いつもよりつまらなそう。
こんなに気持ちの良い日、滅多にないのにどうしてだろう。

「そういやさ、昨日行ったザフトの基地。楽しそうだったよなー…」
「けっ、くだらねえ」

昨日?昨日は何があったっけ。
そう三人で、敵の基地に行ったんだった。とっても騒がしくて、ステラはあまり好きになれなかった。もっと柔らかい歌なら良いのに。

「あ、俺ここら辺見たい」
「あぁ?」
「ここの店」

うっとりと海を見ていたステラは、車が減速するのに合わせて体が傾き、顔を上げた。

「俺も、この辺りで時間つぶすか」
「ステラはどうする?」

スティングの声が聞こえたと思ったら、今度はアウルが声をかけてきた。
好きなことをしていいという事なのだろうか。
そういえば今朝、三人で出るときにネオが頭を撫でながら、ゆっくり楽しんでこいって言ってた。

ネオは大好き。とっても優しいし、一緒にいると安心するから。
スティングとアウルはときどき恐い顔をするけど、でもステラをいつも助けてくれるし、不機嫌な顔をしていてもいつも待っていてくれてるのを知っている。だから二人のことも大好き。

それと同じくらい、好きなもの。

「海、見る」

そう答えると、二人は疲れたような顔をした。

「お前ほんとーに好きな」
「うん、ステラ海、好き」

ネオとか、スティング、アウルも好き。同じくらい好きなの。
だから二人が肩をすくめる理由が分からず、ステラはことりと首を傾げた。

「じゃあ四時にまたここに集合な」
「オーケイ」
「うん、分かった」

二人は確認を終えてから、別々の方へ歩いていった。
その背中を見送って、ステラはゆっくりと海の方へ歩き出す。

綺麗。
きらきら、きらきら。
青くて優しい海。海を見てると、怖いことを考えなくて済むの。幸せな気持ちになるの。
どうしてなんだろう、とても不思議。

海沿いにほてほて歩いていたステラは、ふと足を止めた。街からずいぶんと離れた場所らしく、道路はすでに横が断崖になっている。
ここから見えるのは、青い海と青い空。
ステラの好きなものしかない空間。

「きれい………」

どこが境なのか分からない、優しい世界。
嬉しくなってステラは走り出した。今日はなんて素敵な日だろう。
今朝は綺麗な可愛い貝殻を拾った。帰ったらアウルに首飾りにしてもらおう。そうすればいつもつけられるし、見たいときにこの貝殻を見ることができる。

そんな事を考えていたら、自然と嬉しくなってステラは鼻歌を歌っていた。
楽しくなって、くるくると回りスカートをふわりと風に揺らす。




その光景を、ひとりの少年が見ていたことにステラは気付かなかった。


fin...