+++ 思い出の場所で 後編 +++
渋々ではあるが、アスランは結局一緒に行くことにしたようだった。 メイリンもラクスからの誘いに戸惑ったようだったが、すぐに了承してくれた。 月面都市コペルニクス――――――― まさかまたこうして来ることになるなんて。 とても感慨深い気持ちでキラは市内を見回した。変わっているところもあるけれど、懐かしい面影は残っている。 「まあ、キラとアスランはこちらで?」 「うん、コペルニクスにいたんだ。ここの幼年学校で会って……」 それからはずっと兄弟のように過ごした。 アスランの家は父はプラントにいたし、母も研究員として忙しい毎日で誰もいないことが多かった。 だからキラの家で共に過ごすことが多かったのだ。 「いつもいつも面倒みてもらってて」 「お前は苦手な課題があると、本当にやらなかったからな」 「ごめんってば」 謝りながらもキラの顔は微笑みを浮かべている。それは懐かしさからなのだろう。 ここへ来たらどう思うのだろう、そう考えていたアスランは目を細めた。 懐かしい、と自分も思うから。 「綺麗なんですね、月面都市って」 メイリンもラクスと同じで、月は初めてだと言う。 きょろきょろと辺りを興味深そうに見回している。 一応彼女も護衛として来ているのだが、完全にショッピング気分だ。 「それよりも、それだけでいいのか」 「何が?」 「ラクスの変装だ。ばれたらどうする」 変装とすら言えない。 特徴的な彼女のピンクの髪はフードを被って覆っているだけだし、ましてハロまで連れているのだ。これでばれない事の方がおかしいだろう!?と心の中でアスランは叫ぶ。 「大丈夫ですわ。まさか私がここにいるとは、誰も思いませんもの」 「だがっ」 「あ、アスラン。ちょっと寄り道していい?」 いまの会話の流れを理解しているのか、というようなタイミングでキラが口を開いた。 何かいらずらを思いついたような親友の顔に、アスランは眉間に皺を寄せる。 「寄り道?」 「どこか、行きたい場所があるんですか?」 メイリンが尋ねると、うんとキラがとても楽しそうな笑顔を浮かべて頷いた。 「いい?ラクス」 「もちろん構いませんわ。どちらへ行かれますの?」 「内緒」 ラクスの許しも出てしまったようだし、これは向かうしかないようだ。 軽快なステップで前を行くキラに、アスランは諦めてついていくことにした。 「キラとアスランはここで過ごしたのですね」 「うん。楽しかったな」 「そうだな……」 いまでも鮮やかに甦る記憶。 互いが隣にいることが当たり前で、いつも笑顔を浮かべていた。 何も知らずに、ただ毎日を楽しく過ごした幸せな日々。 「………………おい、キラ」 「ん?」 「まさか………」 何かに気付いたようにアスランが歩調を弛める。 「気付いた?」 「この、道は………」 話の見えないラクスとメイリンは首を傾げるばかりだ。 だがアスランはそんな二人に気を回す余裕もなく。 「………………キラ」 「ほら、もうすぐだよアスラン」 見えてきた光景にアスランは息を呑む。目の前にあるのはただの並木道。 だが自分たち、自分にとっては強い強い思い出の宿る場所。 「ここは、変わらないね……」 「あぁ………」 楽しい日々はこのまま続くのだと、何の疑いもせずに過ごしていた自分たち。 だが戦争の気配は確実に世界を覆っていき、そして別れの日が訪れた。 そのときに最後にキラと会ったのが、この場所だった。 「こうやって立ってて」 くるりとキラがアスランに向き合う。 あのときから五年。 もう少年から青年へと変化している自分たち。 幼い頃の面影を残しながらも、それでも向き合う姿は記憶とは違っている。 あの頃から、自分たちはなんて遠くまで来たのだろう。 二年前。フェンス越しに向かい合ったときも、そう思った。 けれどいまは一緒に同じ未来を目指すことができている。 こんなに遠くまでやって来れたのは、たくさんの仲間たちと愛する者たちのおかげだ。 「ねえアスラン。ちょっとだけラクスと歩いてもいい?」 「な」 「危険だってことは分かってるよ。だけど、少しだけ。遠くには行かないから」 「………………すぐに駆けつけられる所にいろよ」 「ありがとう」 嬉しそうに破顔して、キラはラクスの手をとって歩き出す。 その背中を見送ると、アスランは並木道へ視線を戻した。 変わらない、ここは。 「とっても静かでいい場所ですね」 「あぁ」 キラの手の温もりを感じながら、ラクスは周りの風景を楽しんでいた。 「ここでアスランと別れたんだ」 「そうでしたの」 「そのときに、トリィをもらって」 「そういえばトリィは?」 確か一緒に連れてきているはずだ。 ラクスが不思議そうにしていると、キラが小さく笑ってあそこと指差した。 そちらへ視線を移すと、メタリックグリーンの翼を輝かせトリィが悠々と空を舞っていた。 「トリィも懐かしいのかな」 「えぇ、とても嬉しそうですわ」 しばらく空を飛んでいるトリィを見ていたキラは、ゆっくりと過去を振り返るように話し始めた。 「ずっと一緒にいたから、アスランがいなくなるっていうのが信じられなかった。すごい悲しくて、寂しくて。多分あの日は泣きそうな顔をしてたと思う」 「はい」 ラクスはただ穏やかな表情で聞いてくれている。 「トリィをもらったときはもう驚いた。まさか造ってくれてるなんて思いもしなくて」 自分がマイクロユニットの課題で作製しようと思っていて、キラに鳥は難しすぎると言われて悔しかったけど、それも事実だったから諦めたものだったのに。 それでもアスランは造ってくれていた。 「余計に泣きそうになっちゃったよ」 「ふふ、そのときのキラが思い浮かびますわ」 「恥ずかしいな………。それから大丈夫だってアスランに言われて」 プラントと地球が争うはずはない。だからまたすぐに会えると。 そう必死に慰めてくれた。少しでも別れの辛さを紛らわせようとしてくれた。 「僕もそう思った。いつかまた会える、またあの楽しい毎日を送れるって」 風が吹く。 あの日と同じように、優しく辺りを包み込むような柔らかい風。 茶色の髪を風に揺られながら、キラは菫色の瞳をどこか遠くへ向ける。 「その日はね、季節が春に調節された頃で。この辺りは桜が満開だったんだよ」 「まあ桜ですか。とても綺麗なのでしょうね」 「うん、この並木道全部が桜なんだ」 ラクスの髪と同じ美しい色の世界で、はらはらと花びらが降っていた。 「いまは春じゃないから見れないけど」 「残念ですわ。是非見てみたいですのに」 「じゃあ春になったら、来よう」 「はい!」 透けるような真珠の肌をわずかに紅潮させ、ラクスが微笑む。 桜色の季節に彼女と訪れたら、きっとその景色に溶け込む姿が見られるのだろう。 「キラ、そろそろいいか」 「うん。じゃあ次はラクスの行きたい所に行こうか」 「はい。キラとアスランのお話が聞けて、とても嬉しかったですわ」 にこりと笑ってラクスは歩き出す。 そしてそれに続くアスランとメイリンの背中を眺めながら、キラはぼんやりと思った。 こんなに遠い場所にまでやって来た。 世界にある様々な苦しみを知らず、ただ遊んで笑いあった日々からこんな場所まで。 「キラ?」 「あ、いま行く」 長い長い時間がたって。 五年前信じた再会とは、何もかもが違っていた現実。 そして生み出された、悲しみ憎しみ怒り。 決して二度と分かり合えないのではないのかと、そう思うほど激情をぶつけ合ったりもした。 けれどいまこうして長い道のりに立ち止まってみれば、隣にはやはりアスランがいて。心から大切だと思えるラクスがいて。自分を支えてくれる仲間がいて。 「ねえアスラン」 「何だ」 「また春に、ここに来れるといいよね。今度はカガリも一緒に」 「はあ!?」 「まあ、それは素敵ですわ。あとメイリンさんのお姉さまも、ご一緒できるといいですわね」 「お姉ちゃん、もですか?」 こうして笑い合えるひとたちがいる。 遠い場所でも、そばにいる存在は変わらない。 そしてあの日、思い描いていた夢と未来も変わらない。 ――――――――――きっと、また会える ――――――――――願う未来は君も僕も同じだから ただ愛する人たちと、笑って遊んで。そんな穏やかで幸せな優しい世界を。 あの日僕たちが手にしていた小さな安らぎを。 また再び手にいれよう。 思い出の溢れるこの場所に戻ってこよう。今度はカガリも一緒に。 新たな決意を抱いて、キラはラクスの隣に並んだ。 fin... |