+++ 明日への道のり +++ シンSide
―――――― 誤魔化せないってことかも ―――――― え? ―――――― いっくら綺麗に花が咲いても、ひとはまた吹き飛ばす ―――――― き、み? あのときは誰かなんて知らなかった。ほんの一瞬の交差。 口数も少なく、何かを語り合ったわけでもない。 夕暮れのこの場所で、本当に言葉を交わしただけだった。 そのひとが。 ―――――― フリーダムのパイロットだ 目の前にいるのは優しげな風貌に、翳りを秘めた表情と透き通るような瞳を持った青年。 ほっそりとした体からは、とてもあの伝説の機体を操っていた姿は想像できない。 猛者の気配などなく、むしろ儚げでさえある。 ―――――― このひとが? 彼がぽつりぽつりと呟く。 その声はとても柔らかく、耳に心地良い。 隣ではピンクの髪を風に遊ばせ、穏やかに微笑む少女。彼女の視線は優しく、包み込むように目の前の青年に注がれている。 俺はこのひとを殺そうとした。 その事実とあのときの憎悪がよみがえり、シンは眉をよせた。 こんなに優しそうなひとを、自分は。 「それじゃあ、そろそろ行くね」 「そうですわね、まいりましょう」 ふわりと小さく笑ってキラが歩き出す。軽くこちらへ手を振ってから、ラクスも歩き出した。愛しそうに大切なひとの腕をとって。 寄り添う二人の姿はどこか幻想的で、夢だったのではないかと思わせる。 それほどに美しく、そしてなぜか切ない。 いったいどれだけの悲しみを見てきたのだろうか。 ―――――― どんなに吹き飛ばされても…また僕たちは花を植えるよ、きっと 強い決意を宿した言葉。そう口にできるまでに、数え切れないほどの出来事を乗り越えてきたに違いない。 自分は何を知っていたのだろう。何を理解したつもりになっていたのだろう。 何か間違っている。それだけは分かっていても、だからどうすれば良いのかは分からなくて。 ―――――― 思い出せシン! 必死に自分へと喉を嗄らして叫んでくれたアスラン。静かに慰霊碑を見やって、彼も小さく笑った。 「これからまた、大変だな」 「…そうですね」 争いが終局したとはいえ、根本の解決にはまだ程遠い。 これからが本当の意味での戦いなのだ。 「それじゃあ…俺も」 「あ、はい」 ゆっくりと、それでもしっかりとした足取り。振り返らずに進んでいくアスランを見ていると、隣に並んでいたメイリンが走り出した。 「メイリン?」 ルナマリアが驚いたように自分の妹の名を呼ぶ。 その声に顔だけ振り返り、メイリンはふふっと可愛らしく笑って手を振った。ツインテールの髪を揺らしながらアスランを追っていく少女に、ルナマリアもシンも何を言ったらいいのか分からない。 「メイリン…」 「アスランと、行くのか…?」 「みたいね。あーあ、結局アスランなのねえ」 不貞腐れたような声に、シンは真紅の瞳を細める。 その視線に気付き、ルナマリアが何よと口を尖らせた。 「…いや。やっぱりアスランなのかなって」 「はあ?」 呆れたような表情を浮かべられ、シンは戸惑う。だって以前は、あれだけちょっかいかけてたじゃないか、と内心で呟きながら。 「違うわよ。姉離れされちゃったのね、って思っただけよ」 「…仲良かったっけ?」 どちらかというと、互いにコンプレックスをぶつけあっていたような。 「メイリンの方が、先に道を見つけちゃったのよね…」 「ルナ…」 「メサイアを守ってたときに言われたの」 何で戦うの!?何で戦うのよ!! 誰が本物のラクス様か どうして分からないの!? 「びっくりしたわ、あのときは」 どちらかというと、正面からぶつかってくる事がなかった妹。 そんな彼女が声を上げて訴えた。 「そんな事があったのか」 「うん。まあ、アスランの脱走の手助けをしたのにも驚きだけど」 「あのときから気付いてたのかな、メイリンは」 「うーん?それは違うみたい。ただ必死で、アスランを助けたかったって」 今思えば、あのときが自分とアスランとの歩む道を隔てた。 自分は何も考えず、ただ裏切られたことへの怒りに燃え、悲しみさえも心の奥に封じ込めて。 「…生きてて、良かった。アスランも…メイリンも」 「そうね」 「それに…あのひとも」 「………シン」 憎しみの全てを、あの蒼い翼にぶつけた。そうすればこの苦しみから逃れられるのだと。 「あんなに優しそうなひとだなんて…思わなかった」 「うん」 「俺、勝手にっ……思い込んで……」 自分を殺そうとした相手に、なんの躊躇いもなく差し出された手と言葉。何も知らない事の恐ろしさを、実感した。 「大丈夫。あのひとは、シンを責めてないよ」 「………うん」 あれだけの大きな力を手にして、揺らぐことない視線。 自分とはあまりにも違う気がして。 ―――――― お前が本当に欲しかったものは、そんな世界か!力か! 今なら言える。違うと。 こんな力を望んでいたんじゃない。壊すための力ではなく、守るための力が欲しかったんだ。 「今度、あのひととゆっくり話してみたいな」 「シン怒らないでいられる?」 「なっ!当たり前だろ!」 「本当かしら」 からかうような視線に、シンは言葉を詰まらせる。 自分の過去の行動を思い起こせば、否定できないのが悔しい。 「…たぶん、あのひとなら大丈夫」 「そうね。大人だもんね、彼」 その言い方も、なんだかひっかかる。 海からの風が一際強くなり、自分たちの髪や服を揺らしていく。 これから、どうしようか。 「出来ること、さがさないとな」 「いーっぱいあるんじゃない?出来ることじゃなくて、やらなきゃいけない事!」 「そうだな」 お互いに見つめ合い、同時にぷっと吹き出す。 やっと一歩を踏み出せる。 あのひとの温かい手を思い出し、シンは手を握り締めて身を翻した。 ―――――― 一緒に戦おう そう言ってくれたあのひとに、今度は涙ではなく笑顔で応えられるように。 「大変だと思うけど、頑張ろうね!」 「うん。俺も」 もし迷ったとしても、きっと大丈夫。 同じ夢を追うひとたちがいる。 ―――――― お前は本当は何が欲しかったんだ! 自分が欲しかったものは思い出と過去。もう取り戻せないもの。 決して失った痛みは消えないけれど。 でも今は、また穏やかな場所を見つけた。 隣で笑っていてくれるルナマリアに、シンもそっと笑顔を返す。 今度こそ見失わないように。 そう願いをこめて、彼女の自分より小さな手を繋ぐ。 明日へ進む道にある、小さな光を離さないようにと。 fin... |