+++ 明日への道のり +++ アスランSide


素直にほっとした。

キラがフリーダムのパイロットだと伝えた瞬間、シンの瞳が炎のように揺らめいた。だがすぐにそれは静かな色に変わり、今度は戸惑いに震えている。

きっと初めて向かい合った、敵であったはずの存在に衝撃を受けているのだろう。
思い描いていた様とはあまりにも違う。憎しみをぶつけることが、おかしいとも考えもせず、当然とさえ思っていた相手。

だが実際に出会ってしまえばどうだろう。

相手も自分と同じ、ひとりの人間でしかない。



気持ちの整理もつかないまま、けれどしっかりとキラの手を握ったシン。
もう大丈夫だ、と胸を撫で下ろす。




―――――― ここ、ずっと嫌で……




家族を失った場所。
自分から全てを奪った場所は、きっと傷のようにシンに痛みを与えている。
それは自分も同じだから。




―――――― でも…ずっと気になってて




忘れたいと、消してしまいたいと思っても。何度も思い起こされる記憶。押し込もうとすればする
程、止め処なく溢れ出していく心。

やっと向き合えたのかもしれない。過去と、自分と。

それは自分にも覚えのある感情だ。

キラの横顔を眺めながらふと思った。




―――――― お前がニコルを殺したぁぁぁぁ!!



全てを焼き尽くすかのような激情。
あれ程の時間を共に過ごし、守りたいとさえ思えるはずの存在に向けられた憎悪。

大切だからこそ、信じていたからこそ。裏切られたと感じる心の傷は深くて。それを振り払うかのように、キラの命を求めた。

けれど根底にあったのは、悲しみに震える心。
失ったものは戻らないと分かっているはずなのに。




―――――― キラだって守りたいもののために戦っただけだ



涙に声を詰まらせ、それでも強い眼差しで自分を見据えた少女。




―――――― それなのに、どうして殺されなきゃならない!?




敵ならば討つ。それが自分に与えられた責務。
ましてや大切なものを奪った相手ならば、尚更ではないか?だが少女の言葉に、それはただ必死に思い込もうとしていただけなのだと知る。




―――――― それも、友達のお前に!!




と、もだち。そう、友達だったはずなのだ。
長い年月を共に過ごし、笑って怒って。次々とキラとの思い出が脳裏に浮かび、それに応えるように涙が目から零れた。

殺した、もういない……俺が殺したんだ、キラを。

そして共にキラのために瞳を濡らす少女に、アスランはどれだけ救われただろうかと思う。
迷うときはいつも、そのひたむきな目が光を与えてくれる。だから守りたいと思ったんだ、
カガリを。


互いに銃を向け合い、けれどいまはこうして想いを同じくできている。


柔らかく微笑むキラを見て、アスランも小さく笑んだ。
大丈夫、きっとシンなら向き合い乗り越えることが出来るだろう。あのとき自分にカガリがいてくれたように、シンの隣にはルナマリアがいる。


「それじゃあ、そろそろ行くね」
「そうですわね、まいりましょう」

シンのことを気遣うように笑い、キラとラクスがいとまを告げる。いままで散々敵対してきた相手にも普通に接するキラたちに、シンは戸惑っているようだった。

その様子を見て、キラがこちらへ視線を向ける。
大丈夫だ、という意味をこめて笑うと、頷いてキラは踵を返した。小さく手を振ってから、ラクスもピンクの髪をなびかせキラの元へ駆けていく。

寄り添う二人の姿に、なぜか小さな切なさを覚えてアスランは目を閉じた。



―――――― どんなに吹き飛ばされても、僕たちはまた花を植えるよ、きっと



何度、願いを打ち破られただろうか。それでも諦めることなく歩もうとするキラとラクス、そしてカガリ。


「これからまた、大変だな」
「……そうですね」


長い長い道のりだ。終わりがあるのかも分からない。

けれど、やめることなどできない。




―――――― それが俺たちの闘い、だな




辿り着くのかさえも分からない。だが、失ってしまったもののためにも、進み続けばければならな
い。

それをほんの少しでも、理解してもらえたら。
透き通るように、本来の色を取り戻した赤い瞳に、アスランは笑みを深くした。


「それじゃあ…俺も」
「あ、はい」


自分も歩き出さなければ。
いまもこうして、前を見て進んでいる仲間たちと共に。

ゆっくりと歩き出すと、しばらくして軽快なリズムで足音が追ってくることに気付いた。

「メイリン?」

驚いて目を瞬くと、いたずらが成功した子供のようにメイリンが笑う。なぜ彼女がここに?

「いいのか、ルナマリアと一緒にいなくて」
「いーんですよ。お姉ちゃんにはシンがいるし」

あっさりと言い放つ少女に、アスランはしばし動きを止める。随分と変わったものだ。
以前は姉を気にしている節があったのに、今ではすっきりとした表情で笑顔を見せている。

思い返してみれば、メイリンは自分と共にザフトを飛び出し、アークエンジェルに来て。
それからしっかりと意思表示するようになった。

メサイヤでの戦いの後に、お姉ちゃんに叫んじゃったんですよ私、と報告もされた。

「きみ…明るくなった?」
「え?」
「あ、いや……すまない」
「いいえ。そうですね、色々なものが見えるようになったからかも」

今まで何も知らず、考えず、そのことにすら気付かなかったと彼女は言う。それでいいと思っていたのだと。

「いつも自分のことばっかりで。私に持ってないものを持ってるお姉ちゃんがうらやましくて」
「……そうか」
「そんな事よりも、もっと大切な事があるんだなって。アスランさんのおかげで分かったんです」
「………俺?」

思ってもみなかった言葉に、アスランは戸惑う。
いつも迷ってばかりで、上手く想いを伝えられなくて。だからシンと何度も衝突した。
そんな自分が?

「真剣にたくさんのことを考えてるなって。私が見たことのないものを、たくさん見てきてるのか
なーと」

ひとそれぞれ見えるものは違う。
キラにしか見えないものがあり、シンや自分にしか見えないものがあるように。

「だから、それをひとつひとつ見てみたいんです。今まで知らなかった、別の世界を」

にっこりと強い意志を見せるメイリンに、アスランは表情を弛めた。もう決めたのだろう、彼女は彼女なりの道を。

「…分かった。頑張れ」
「はい!あと、アスランさんも」
「え?」
「代表と上手くいくと良いですね」
「メイリン!?」

真っ赤になって慌てると、本当に楽しそうにメイリンが笑い声を上げる。

「私、アスランさんにはあのひとしかいないって思います」
「……メイリン?」
「誰よりも、平和な未来を願っているお二人ですもん。幸せになってほしいです」

俯きがちに呟かれる言葉に、胸の奥に沈み込んでいた何かが、ゆっくりと流れていくのを感じた。

「……なら、本当に頑張らないとだな」
「そうですね」

今は傍にいることができない、遠い存在。
少しだけ寂しいと思う気持ちはあるけれど、不安は感じていない。夢は同じだから。

常に前を見て、傷ついて泣いても、ただひたすらに駆け抜ける彼女。


いつか並んで、共に未来を目指すことができるように。そんな自分になるために。

歩き出そう、ここから。


何ができるのか、分からないことも多いけれど。


同じ夢を追う仲間と共に。




いつかまた、彼女と道が交わることを信じて。




そう決意を抱くアスランと、横で微笑むメイリンを、海の風が包んでいった。


fin...