それは一番難しいことだと思うんだ



+++ 気付いたもの +++




メンデルでの戦闘から数週間。
やっと落ち着いてきた艦内で、乗組員たちは何があっても良いようにそれぞれ準備に余念がない。
かくいうディアッカとアスランもそのひとりだったりするわけなのだが。


「なんかすごいよなぁ」
「は?」


とりとめのない事を考えていた自分は、どうやら声に出して呟いてしまったらしい。
隣で自機のデータチェックをしていたアスランが怪訝そうな声で答えてくれた。
やばい、と思う心をさり気なく隠して、ディアッカはいつものように肩をすくめる。


「なんでもない」
「?……ならいいが」


そしてまた画面の方へ視線を戻すアスランに、相変わらず人間に対しての関心が希薄なヤツだと安堵しそうになる。

なんだか自分たちが、どこか遠い場所へ向かっているようで。こうして変わらない仲間の様子を見るとほっとするのだ。

確かにこれから成そうとしている事は、途方もなく長い長い道のりの先にある。
それを考えるだけで、少しだけ気が滅入るのも事実なのだが、そんなことを口に出そうものならあの少女に睨みつけられそうだ。

敵であったはずの相手と手を取り合う道を選んだアスラン。
あれほど堅物で真面目な人間が、まさかそうくるとは思っていなかった。

だから見直したし、勇気づけられもしたのだ。


「アスラン、ディアッカ。それくらいにして、ご飯にしない?」
「キラ」
「あー…そういや腹減ったなぁ」


でしょ?と微笑む少年に、ディアッカは目を細める。
幾度も剣を交え、銃を向け合った相手。
何度も自分たちの任務を邪魔してくれた、本当に厄介なMS。

そのパイロットが、こんなに穏やかな少年だったとは。

亜麻色の髪を無重力の中で遊ばせ、アメジストの綺麗な瞳を瞬かせている。
可愛いとさえいえる容姿と、決して強いわけではない性格。

そんな少年が、あの恐ろしい機体を操っていたとはどうしても思えない。

しかもアスランの幼馴染。


「ほんと、すごいわ」
「何か言った?ディアッカ」
「別に」


小さい頃から一緒にいた人間と戦わなければならないというのは、一体どんな気持ちなのだろう。
自分には全く想像できない状況だ。

それをずっと続けてきた、アスランとキラ。

互いに仲間を奪い合い、一度は完全に殺しあったという。

それでもいまは、こうして笑って肩を並べているのだ。そうできる二人を、本当にすごいよなと心の中でもう一度呟く。

食堂に近づいてくると、良い匂いが鼻をかすめてディアッカの腹が豪快に合唱を始めた。










「………………俺はどうなんかなぁ」
「どうしたの?ディアッカ」


食事も終え、のんびりと食堂で過ごしていたキラはディアッカの声に首を傾げた。アスランはマードック軍曹に呼ばれてハンガーへ行ってしまっている。

アスランにこういったことを打ち明けるのは少々癪だが、キラにならまぁいいかと口を開く。


「この間、イザークに会っただろ俺」
「あ、うん。デュエルのひとだよね?」


コロニーメンデルでの戦闘のときに、ディアッカはイザークと再会していた。
相変わらずのやり取りに苦笑したのを覚えている。

「そ。お前がそんときに言っただろ」


    僕とアスランみたいには ならないで下さいね


「あれ聞いて、俺ぞっとした」

こうも簡単に自分たちは銃を向け合わなければならないのかと。
相手を憎んでいるわけでもなく、自分の守りたいものが変わったわけでもない。
それなのに陣営が違うというだけで、敵と味方に分かれてしまう戦争の恐ろしさ。

こんな得体の知れないものと、自分たちは戦わなければならないのかと。
そして戦い続けてきたのだろう、キラとアスランは。いま共にいるクルーたちも。


「俺は、お前たちみたいに強い覚悟があるわけじゃない。ただこのままでいいとは、思えないんだやっぱさ」
「うん」
「ただそれを理解してもらって、自分もあいつのことを理解するってのは…案外難しいもんだなと」
「そうだね……」


沢山の悲しみと怒り、苦しみを経てキラたちは辿り着いたのだろう。

ニコル……そしてトール。

大して仲間意識をもってもいなかったニコルが死んだときでさえ、自分は悲しいと思った。
そしてニコルを奪ったストライクと足つきを憎みもした。

だがキラがトールを失ったときは、もっと激しい感情が渦巻いていただろう。


「キラってさ……トールってやつと仲良かったんだろ」
「………うん。ちょっとひょうきんっていうか、まぁ場を明るくするのが上手だったんだトールは。僕がコーディネイターだっていうのも気にしないで、友達だって言ってくれてた」
「そっか」


思い出すようにどこか遠くを見るキラの目は、切なさと懐かしさに揺れている。
それだけで、キラがどれほどトールという人物と親しかったかが伺える。

そのトールを奪ったのが、他でもないアスランなのだ。


「お前らってすごいよな」
「僕とアスラン?」
「もだけどさ、あとミリアリアとか……あーサイだっけ?」
「うん」
「敵だった俺たちを、当たり前みたいに受け入れてんだから」


あの少女のように憎悪を向けるのが普通ではないだろうか?だが最初は怒りをぶつけてきたミリアリアも、いまでは自分のことを仲間として扱ってくれている気がする。たぶん。


「だから、強いなって思うわけ」
「ディアッカだってそうじゃない?」


当たり前のように紡がれた言葉に、ディアッカは一瞬反応が遅れた。
誰が、強いって………?

自分の抜けた顔にも気付かないようで、キラはにこりと微笑む。


「僕とこうして一緒にいるんだから、強いんじゃないかな」
「はあ?」
「僕だって、きみの仲間を奪ったんだよ」


静かな声にディアッカははっとする。確かにキラはニコルを奪った。

「みんな、そうなんだよ。ここにいるひとは」
「………なるほどね」
「なんだ、まだここにいたのか」
「アスラン」
「整備は終わったのか?」
「あぁ。ディアッカを呼んできてくれと頼まれたんだが」
「今度は俺の番か。りょーかい」

よっこらせ、と立ち上がって食堂を後にする。ちらりと見えたキラの柔らかい笑顔に、なぜか分からないが軽い敗北感を味わいながらハンガーへ足を向けた。
アスランもとても穏やかな顔をしている。あんな表情もできるのか、と最初は驚いたものだ。そしてそんな表情を浮かべられる相手と、ずっと戦い続けてきたのかと。

俺だったら、やっぱ無理かな。

イザークが銃を向けてきたとき、自分は何もできなかった。いや、したくなかった。
あいつだけじゃない、俺は………。


「そのままいくと正面衝突するわよ」
「あぁ?」

ごすっ。

「………だから言ったのに」
「………………もうちょい早く言ってくれると嬉しいんだけど」
「言ってあげただけ感謝しなさいよ。無視して通り過ぎても良かったんだから」


ふん、と少し意地悪な表情でミリアリアが立っている。
せっかく可愛いのに、どうしてこうも刺々しいのだろうか。まあ出会い方というか、自分の態度が悪かったから仕方ないとも思うのだが。

「はいはい、それはどうも」
「まったく…。マードックさんが探してたわよ」
「あぁ、いま行くとこだって」
「早くしなさいよ」

そしてさっさと去っていく後姿に、ディアッカはひっそりと溜め息を吐く。
彼女は強い。

いや、性格ではなく。トールを殺したといって切りかかってきた姿を見ているから、ミリアリアの恋人を失った深い悲しみを知っている。
なのに自分はおろか、アスランに対してさえ普通に接している。というか、むしろ自分に対しての方が接し方がキツイ気がするのだが。

悲しみが癒えたわけでないだろう。喪ったものは戻らない。
だがそれに溺れてしまうのではなく、いまを懸命に生きようとしている少女。


そんな少女を、その意思を守りたいと思った。


何かを守りたいと思う気持ちは、自分も同じだから。


あらゆる負の感情を乗り越えられる強さを。


難しいと分かってはいるけれど、それを求めて歩き続けよう。


眩しい姿で進み続ける少女と、仲間たちに力をもらいながら。




fin...