穏やかな祈り 「ラクス、キラいるか?」 「キラなら海岸ですわ。どうかしましたか?」 カガリの表情をみてラクスが不思議そうに首を傾げる。 「い、いや……たいしたことじゃないんだ。ちょっと行ってくる」 慌てて海岸へ走っていくカガリを見送って、ラクスは後からやってきたアスランに微笑みかけた。 「プラントへ行かれるそうですわね」 「ああ。デュランダル議長と直接交渉がしたいと、カガリが」 「ふふ、アスランも大変ですわね」 「あ、いや……」 表情を曇らせるアスランに、ラクスは気付かないふりをして視線を海へ向ける。 夕陽が水平線の彼方へ沈んでいく。 オレンジに染まった波を眺めているキラのもとに、カガリが走り寄っていくのが遠目に見えた。 「また……雲行きが怪しくならないと、いいですわ」 「……そうだな」 あれから二年。 ユニウス7の跡地において、停戦協定が結ばれてやっと世界は平和への道を歩み始めた。 オーブも国としての立場を取り戻し、国民も祖国へ戻ってきている。 「カガリさんは大変なのでしょうね。オーブの国家元首となられて」 「ああ……カガリひとりに責任を負わせている気がする」 「まあ、そんなことはありませんわ」 心底驚いたように目を見開くラクスに、アスランは戸惑う。 「え?」 「アスランがいつもそばにいて、カガリさんを支えていらっしゃるのでしょう?それに勝る支えはありません」 「……そう、か?」 そう呟いてアスランも夕陽を眺める。 それ以上はラクスも言葉にしなかった。 これはカガリとアスランの問題だから、なのだろう。 あれから二年、か。 「キラー!」 大声で呼んだのに反応が無い。 聞こえなかったのか、ともう一度声を出そうとするとゆっくりとキラが振り返った。 「……カガリ」 「なんだ、聞こえてないのかと思ったぞ」 「ごめん」 「何考えてたんだ?」 心配そうに見上げてくるカガリに、キラは小さく笑う。 「僕の心配より、自分のことは?」 「え」 「何かあったって顔してる」 「そ、そうか?」 びっくりしながら自分の顔に触れるカガリに、キラは微笑んで視線を海へ戻す。 「明日は……晴れかな」 「夕焼けだもんな。晴れるぞ、きっと」 「うん」 一度目を閉じてから、開ける。 そして再びカガリへ視線を動かした。 「アスランと何かあった?」 「わ、分かるか?」 「なんとなく。アスランも機嫌悪かったから」 長い付き合いなのだから、それくらい空気で分かってしまう。 「それがな……私、どうしたらいいのか」 「?」 「えっと……あの、新しい議員達いるだろ。その中にユウナっていうのがいてさ」 確か若い青年だった気がする。 流してみていたニュースで登場していた。 顔も整っていて、愛想の良い。 「そのユウナさんとうまくいってないの?」 「そ、そうじゃなくて……あーなんて言ったらいいんだ!」 「カ、カガリ?」 頭をわしゃわしゃと掻き毟る。 混乱しているときの彼女のクセだ。 「そのユウナが、私とよく一緒にいたがるんだ。なんかアスランのこと嫌いなのか、いっつも私から引き離そうとする」 「…………ああ」 納得したように頷くキラに、カガリが顔を上げる。 「なんだ?」 「それは、アスランに直接言った方がいいんじゃないかな」 「分かってるよ、そんなこと。でも……なんて切り出せばいいものか」 カガリにしては珍しく消極的だ。 言いたいことがあれば、そのまま直球で言ってしまうのが彼女の良いところでもあり、悪いところでもある。 「そのまま。ユウナとはなんでもないって」 「なんでもないに決まってるだろ!」 「い、いや……それは僕もわかってるから」 カガリにそんな器用な真似ができるはずはない。 「アスランだって分かってるよ、きっと」 感情がついていかないだけで、目の前でそんな事をされたら、どうしたって複雑な気持ちにはなるだろう。 「………………よし、行ってくる」 「うん」 ずんずんと気合いの入った足取りで、カガリはこちらを眺めているラクスとアスランの方へ歩いていく。 それを見送ると、キラはまた海面を眺め始めた。 ほとんど夕陽は沈んで、星が輝き出している。 「キラ」 「……ん?」 横からいつもの優しい声がする。 いつもそばにいて、自分を待っていてくれる存在。 「今日も星が綺麗ですわね」 「うん、そうだね……」 「明日も晴れますわ、きっと」 穏やかに流れる時間。 聞こえてくる波音。 「……思い出すな」 「え?」 「アスランと闘って、目が覚めたときのこと」 「そうですわね」 目が覚めた時、視界に飛び込んできたのは柔らかい日差し、美しい花。 そしてそこに立って優しく微笑む彼女。 「最初……どうなってるのか分からなかった。僕は死んだと思ってたから……どうして寝てるんだろうって」 「そうですか。あのときのキラは……とても辛そうでしたわ」 そして傷ついた自分をラクスは癒してくれた。 あの楽園のような場所で。 「あそこも、こうして穏やかな時間が流れてた。何処かで人が憎みあって、傷つけあってるなんて思いもしないほど」 「……心配ですか、これからのこと」 「分からない。でも……」 それっきり黙ってしまうキラに、ラクスは微笑する。 そして静かに歌い始めた。 「アスラン!」 「な、なんだ」 ものすごい形相で歩いてきたかと思えば、掴みかかるような勢いで迫ってくる。 「ちょっと来い!」 「え、おいカガリ」 ろくに抵抗もせずに引きずられていくと、島の反対側に出た。 「ここならいいか」 「どうしたんだ?」 深く深呼吸してから、意を決したようにカガリが顔を上げる。 「わ、私が頼りにしているのはお前だ。それだけはっきりしておきたかっただけだ」 「カガリ……」 「じゃな」 「ちょ、ちょっと待てカガリ」 あっさりと去っていこうとするカガリに、慌ててアスランが腕を掴む。 「なんだ?」 「なんだって……言い逃げするなよ」 「ば……、別に逃げてなんか」 「悪かった」 いきなり謝られ、今度はカガリがぽかんとしている。 「頭では分かってるんだが、それでも気に入らないものは気に入らなくて」 そう言ってもらえて、安心したようにカガリは肩の力を抜いた。 「そっか……」 「でも、カガリにそう言ってもらえてよかった」 「なんだよ、疑ってたのか?」 「まさか」 分かってる。彼が信じてくれていることは。 それでも、このぐらいのいたずらは許してもらおう。 「近いうちにプラントだ。そのときはアスラン、お前が頼りなんだからな」 「ああ」 「頼んだぞ、ボディーガード」 にっと無邪気に笑うカガリに、アスランも微笑む。 「さーてと、夕飯の準備だ」 「これからしばらくは、忙しくなりそうだな」 「だな。キラとラクス……子供たちにもしばらく会えないかもしれない」 ゆっくりと時間が流れるこの島。 穏やかに、静かに。 「とりあえず、いってきます、だ」 ラクスと海岸を眺めていたキラは、もうすっかり夜になっていることに気付いた。 「……そろそろ戻ろうか、ラクス」 「ええ。その前にもう一曲歌ってもよろしいですか?」 「?」 わざわざここで歌いたいのだろうか。 いつも子供達の前で歌っているのに。 「新曲なので、まず最初にキラに聴いて頂きたいんです」 「うん、ありがと」 微笑むとラクスも柔らかく笑顔を浮かべる。 まるで空から降ってきそうな星達を見上げて、ラクスが歌い始める。 それは優しい愛の歌。 星も彼女を愛するかのように、静かに瞬く。 歌の余韻に浸っていると、ラクスが振り返って笑ってみせた。 「いかがでしたか?」 「……綺麗な歌だね。いつか、そうなるといいな」 キラの言葉にラクスが可愛らしく首を傾げる。 「いつか……子供みたいに、みんなが笑えるように」 「そうですわね」 ふわりとラクスが笑顔をくれる。 「さあ、家へ戻りましょうか?カガリさんとアスランはしばらくここへ立ち寄れないそうですから」 「うん」 ラクスの細い腕が自分の腕に絡む。 その温もりに、キラは切ない想いに囚われる。 あれから、二年。 それなのにいまだに戦いの火種は燻り続け、危うい均衡の上に平和が存在している気がする。 あの長い戦いで、人は多くの悲しみを知ったはずだ。 それなのに。 「キラ、どうかしました?」 「ううん、カガリ達がうまくいくといいなって」 「そうですわね」 停戦協定が結ばれても、軍備を備える諸国家。 果たしてこのまま、本当に平和になるのだろうか。 奔走しているカガリとアスランを見ると、それが難しいことなのはよく分かる。 「僕には……何ができるんだろう」 「それを見つけるのは、とても難しいことですわね」 穏やかにラクスが答える。 「はじめからすべき事が決まっている人は、そう多くはありませんわ。でも出来る事が見つかったなら、そのときは動きましょう」 「……できる、こと」 漠然とした事に考えていると、ラクスが「ふふ」といたずらっぽく笑った。 「とりあえず今は、笑ってくださいなキラ」 「え?」 「今ここにいる人のために。お母様やカガリさん、アスラン、子供達。……そして、私のためにも」 「ラクス……」 「あなたがここにいる。それだけでも、私達は嬉しいのですから」 今出来ること。 それが何かはまだ分からない。 それでも、生きることをここにいることを望んでくれる人がいる。 「ラクス」 「はい」 「……ありがとう」 まだ世界には霞がかかっていて、鮮明に見えるものは少ない。 それでも彼女達のために、何か出来ることがあるなら自分は歩きだそう。 「おーい!キラとラクスー!全部食べちゃうぞー!」 窓からそう叫ぶカガリにキラとラクスはきょとんとする。 そして互いに見つめ合った後、ぷっと吹き出して笑った。 「行こう。カガリに全部食べられちゃうから」 「はい、キラ」 「おい!誰も私が食べるとは言ってないだろー!」 明るい光の灯る家。 帰るべき場所へ、ラクスの手をとってキラは歩き出した。 fin... |