憩いの時




※この話はもしクルーゼ隊が生き残っていたら、というものです。



















「おお、ここが噂の!」
「すごいですね、艦内にこんなものがあるなんて」
「ふんっ、不謹慎にも程がある」
「とかなんとか言って、いそいそと準備してたのはイザークじゃん」
「何だとラスティ」

苛々といつも以上に睨みつけてくる戦友に、当のラスティはどこ吹く風で笑っている。
これではいつまで経っても目的地に辿り着けない、とミゲルが隣で呆れたように溜め息を吐いているディアッカに声をかけた。

「んで?案内役のアスランはどこにいんだよ」
「さあ?」
「ここで合ってますよね?」
「たぶんな。これがノレンってやつなんだろ?」
「ふん、それ以外の何だと言うんだ」
「いや。俺らお前みたいにこういう風習とか、全然分からないから」

民俗学が趣味のイザークは、入り口にかかっている暖簾を興味深そうに眺めている。しかしディアッカたちにしてみれば、ただのカーテンのようなものだ。

しかも何て書いてあるのか分からないし。

「この字、お前読める?」
「いいえ僕は。たぶん日本語、ですよね」
「だろうな。アジア圏で使われてた、漢字だろ」

「オーブの公用語はそれなんだ」

落ち着いた声が聞こえて、それがアスランなのだと皆振り返らなくても分かった。
やっと来たかと安心する者もいれば、途端に機嫌が急降下する者もいる。

「アスラン貴様!集合の時間に遅れてくるとはどういう了見だ!」
「はあ?まだ五分はあるじゃないか」
「軍人たるもの、十分前行動は当然だ!」

ぎゃいぎゃいと、いつもの喧嘩が始まりミゲルはあちゃーと額に手を当てる。

「いくつになっても、あいつらは変わらんわけね…」
「仕方ないですよ。何とかは死んでもなおらないって言いますし」
「………………なあニコル、その何とかって」
「聞くなディアッカ、それは聞いちゃいけない」

聞き覚えのある言葉だ、とディアッカが尋ねようとするが青褪めたミゲルが阻止する。しかし好奇心旺盛なラスティも興味を持ってしまったらしく、嬉々としてニコルに詰め寄った。

「どこかのことわざだっけ?それ」
「たぶんそうですよ。ことわざなら、イザークに聞くのが一番ですよね」
「だな。あいつ民俗学専攻なわけだし」
「すみませんイザー………」

「「ちょっと待て!」」

呑気に恐ろしいことを実行しようとする面子に、ミゲルとディアッカは慌てて声をかける。がしりと肩をつかむ力が強くなってしまったのは勘弁していただきたい。

「何ですか?」
「どうしたんだよ、二人とも」
「い、いいから。それよりも早く入ろうぜ?」
「そ、そうそう。これじゃいつまでたっても、目的地に着けないだろ」

どうか言い訳が不自然でありませんように。
必死な自分たちの様子にもあまり気付かないようで、しばらくふたりでうーんと唸った後に仕方ないと諦める方向に流れてくれた。

「じゃあ、せっかくですし入りましょうか」
「だな。おいイザーク、アスラン行くぞー」

いまだ言い合いを続けている二人に声をかけて、ニコルとラスティはさっさと暖簾をくぐって中に入っていってしまう。置いていかれることを最も嫌うイザークは、すぐさま待て!と怒鳴りながらずかずかと入っていった。

「………は、はあ」
「とりあえず第一の危機は去ったな」
「大丈夫か二人とも。何だかやけに疲れてるみたいだが」
「気にすんな………つーか放っておいてくれ」
「そうか?」
「あ、アスラン」
「?」

暖簾をくぐろうとしたアスランは、かけられた声に顔だけ振り返る。

「それで、このノレンって何て書いてあるんだ?」
「あ、それ俺も気になる」

あぁと納得したように頷いて、微妙に複雑そうな表情を浮かべた後にアスランは答えをくれた。


「天使湯」


…………いったいどういう意図でそんな名前をつけたのか、という質問には答えてもらえなかった。
















「貴様らあぁぁぁ!まずは身体を洗え!」
「えー、普通はバスタブの中で身体は洗うもんだろ」
「バスと温泉は違う!まずは身体を洗うのが常識だ馬鹿者!」

脱衣所を出た途端に鼓膜を襲うお馴染みの声に、アスランは眉間に皺を寄せディアッカとミゲルは苦笑を漏らした。ここは彼の言う常識に従っておこう、とシャワーの方へ移動して身体を洗い始める。

「お、おもしれー」
「これ桶ってヤツだろ」
「温泉って暗いんですね。雰囲気あっておもしろいですけど」
「けどさ、なんかこれってラブ……」
「文化を侮辱するような事を言ったら命はないものと思え」

ぎん!と凄まじい殺気を放たれ、さすがにラスティは押し黙った。
基本的にAD時代の言い方だと欧米文化のプラントで育った彼らは、温泉という独特の文化をあまり知らない。

そのためこれが夜の露天風呂をイメージして造られたものなのだ、ということも想像できないわけで。

ひとり温泉という文化に触れられた喜びを噛み締めているイザークは、そんな連中を見てもどかしい思いと共に苛立ちも感じた。

「アスランは良いよなぁ、こんなのがある戦艦でさ」
「え?」
「そうですね。ローラシア級やナスカ級じゃこうはいかないですし」
「いや、普通に地球軍にもないと思うぞこんな設備」

最もな意見をミゲルが述べるが、それはあえなく却下される。
隣でアスランもオーブ軍にだって普通はない、と呟いているが。

「アークエンジェルってすげえよな」
「さすが伝説の戦艦って?」
「あ、それじゃエターナルとかにも新しい設備あるんですかね?」
「え………」

絶句するアスランをよそに、ニコルとラスティが楽しげに様々な予想をたて始める。ラクスのコンサート会場があるとか、虎のコーヒー研究室ができているとか。ダコスタの人生相談所とか、わけの分からない想像まで飛び出し始めて、アスランは自分の頬が引き攣るのを感じた。

「大丈夫か、アスラン」
「ミゲル………」
「何か、本当にあったりするんじゃないだろうな」
「さあ………。自分に関係ない場所には行かないから、分からない」
「おいおい」

本当に何かあったらどうしよう、とアスランはとぼとぼと湯船に歩いていった。その背中がどんよりと暗い影を背負っていたのは言うまでもない。

「苦労してんのな、あいつも」
「あいつもって」
「お前も苦労してるよな、ディアッカ」
「洒落になんねーっての」

そう軽口を叩くディアッカは現在進行形で、イザークの背中をなぜか洗わされている。これも温泉の文化らしいが、本当なのだろうか?

こんなおかしなものを造ってしまったり、アスランですら改造しているのを否定できないエターナルの存在があったり。
確かにあのピンクのお姫様や、何でも楽しんでしまいそうな砂漠の虎を思い浮かべると自分も否定できないのだが。

本当に恐ろしい相手を敵に回していたんだなぁ、と。
かなりどうでもいい場所で認識する。

これじゃ勝てるはずなんてなかったのだ。

というか、勝ててしまったらきっとひととしてマズイ。

「おいディアッカ!貴様もう少し真面目に洗え!」
「へいへい」
「おちょくってるのか貴様!」
「風呂場で騒ぐなよ、響くだろ。ったく、これがミリィとかなら喜んでやるけどさぁ」
「………………随分と不埒なことを考えるなディアッカ」

イザークの声が一際低くなり、ディアッカは身の危険を感じた。
誤魔化すように一生懸命背中をごしごしと洗い始める。その様子がおかしくてミゲルは、くすくすと笑いを漏らしてしまった。それを恨めしそうに見てくるディアッカに気付き、頑張れと口ぱくて伝えてから湯船に向かう。

「ふう、やっとひと心地………ってまだ落ち込んでんのかよアスラン」
「………ラクスならやりかねないと思って」
「悪い、俺も否定できねえわ」

そう言うとますますズーンと落ち込まれてしまい、ミゲルは放置することに決めた。
先に入っていたニコルとラスティが大人しいな、と視線を巡らせると真っ赤になって意識を飛ばしている二人がいてぎょっとする。

「お、おいどうしたんだお前ら!」
「うう……景色がゆが、む」
「目が、回るんです……ふし、ぎ」

「それはのぼせてんだー!」

温泉は水温が高いため、慣れていない人間には長時間の入浴はキツイ。
ましてや初めてなのだから当たり前だ。


のんびりと温泉を楽しむ余韻もなく、ミゲルは慌ててニコルたちの介抱に回ることになった。


もうこいつらと一緒になんて、二度と入るもんかと固く誓って。


それは散々背中洗いをさせられたディアッカも思ったらしい。










今度、二人で静かに入るかと声をかけると、哀しそうな顔で頷きかけてディアッカは首を振った。


なんか余計惨めにならねぇ?と言われて、確かにと納得してしまう。


やるせない気持ちだけを抱かせて、温泉体験は幕を下ろしたのであった。