食 事 事 情





「くそ!」
「いいかげん、諦めたらいいじゃん。頭の血管切れても知らないぜ」
「なんだと貴様、喧嘩を売ってるのか」
「まさか」

こういった問答をするのは何度目なのだろうか。
もう悟りを開いているかのような心境で、ディアッカは落ちてきた前髪をかきあげた。
厳しい訓練を終えて、やっと昼食にありつける。
しかし素直に喜べないのは、隣を歩くルームメイトが怒り心頭だからで。

「飯食べるときぐらい、怒るのやめればいいのにな」
「そうですよね。血圧上がって危ないですよ」
「二人とも、あまりイザークを刺激するな」

一番イザークを怒らせる原因であるアスランが、同期の二人をたしなめる。
それに素直にはーいと答えて皆はラウンジに入った。

昼休みの今現在はけっこう混み合っていて、席をとれるか微妙そうである。

「あ、あそこ空きましたよ」
「ナイスタイミング」














やっと食事ができる、と並べられた物に目を向ける。
美味しそうな料理なのはもちろん、訓練で本当にお腹が減っているためすぐさま手をつけ始めた。
それは他のメンバーも同じで。黙々と皆食べている。

「ニコル、そっちのソースとってくれる」
「はい」
「サンキュー」

食事も半分ぐらいまでくるとやっと落ち着いて、ぽつりぽつりと会話が出始めた。

「次はさっきの訓練の続きだろ?面倒くせー」
「ラスティ、そんなこと言って大丈夫ですか?確かあんまり良い成績じゃなかったような」
「苦手なもんは苦手なの。いいんだよ、クリアさえできれば」
「ふん、随分と低い目標だな」

馬鹿にしたようにイザークが鼻でせせら笑う。
しかしラスティはそれに気を悪くした風でもなく、口の端を吊り上げた。

「お前らの不毛な戦いに加わるほど、俺恐いもの知らずじゃねーもん」
「あぁ…それ納得」
「そうですね、僕もです」
「何の話だ」

眉間に皺を寄せて睨むイザークに、ディアッカは素知らぬふりで通す。
しかしラスティはえぇ?と呆れたように肩をすくめてみせた。

「どうせ後半だって、アスランとイザークの一騎打ちだろ。そんなとこに割って入ってったら、すぐにアウトになるのが落ちだって」
「二人の首位争いは、いつもすごいですからね」
「俺ら入ってく余地なし」
「ふん」

先ほどと同じように鼻で笑うが、ちょっと喜んでいるのがなんとなく分かる。
なんて現金なやつなんだろうか、とディアッカは苦笑を漏らした。
もうひとりの会話の当事者であるアスランは、さっきから一言も喋っていないというのに。

「って………あれ?」
「どうしたんですか、ディアッカ」
「?いや………」

自分の食事の皿を見て訝しげな表情になるディアッカに、ニコルとラスティも首を傾げる。
じー、と睨んでいるディアッカの視線の先を追って、ラスティはあれ?と首を捻った。
揺れるオレンジの髪に、どうしました?とニコルが顔を上げる。

「ディアッカの混ぜご飯、そんなんだったっけ?」
「お前もそう思うか」
「………あ、なんだか豆が多いですね」

今日のご飯は白いライスではなく、グリンピースの混ぜご飯なのだ。
塩味がして、疲れた体にはとても良いものらしい。

「それじゃグリンピース丼だな」
「お前か、イザーク」
「………何がだ」

低く唸るような声で、イザークが青い瞳を向けてくる。
微妙に恐いが、それをけして表には出さずにディアッカは視線を合わせる。

「お前の飯だけ、白い」
「底の方にたまっているだけかもしれんだろう」
「どう見たってそれはライスだ。混ぜご飯なんかじゃねえ」
「あはは、イザークってグリンピース嫌いなんだ?」
「嫌いなものか!苦手なだけだ!」
「………やっぱお前なんじゃん」

疲れたように溜め息を吐いて、ディアッカはやれやれと首を振る。
仕方なくすでに混ぜご飯とは言えないほどに、緑色の山になったご飯に手をつける。

「………………………」
「食べにくそうですね」
「ぼろぼろ落ちるもんな。頑張れー」

これを食べるのはかなり技術がいるかもしれない。
しかしこうなるまで気付かない自分も自分だが、気付かせないまま皿にグリンピースを移し替えていたイザークの技量も素晴らしいものだ。こんなショボイことで敬服されても、全く嬉しくはないだろうけれども。

「あれ?アスラン、もう行くんですか」
「あぁ。さっきやった訓練の復習をしたいからな」
「貴様!抜け駆けは許さんぞ!」
「はあ?」
「俺も行く!」

いつの間に食事を終えたのか、綺麗に何もなくなったトレイを持ってイザークは立ち上がる。
ものすんごい迷惑そうにアスランは眉を寄せたが、反論するのも面倒なのか無言で踵を返して廊下へ出て行く。それをぎゃいぎゃいと騒ぎながら追いかけて、銀色の頭は見えなくなった。

「はあー……」
「お疲れ、ディアッカ」
「そう思うんなら代われ」
「無理無理。俺たぶん、イザーク怒らせるだけ」
「僕も同じだと思います」

どうしてこんな貧乏くじばっかり引かされてるんだろうか、とディアッカはグリンピース丼を見ながら思った。口の中が豆だらけで、他のおかずを食べようと視線を移す。

「………………あれ?」
「今度はなんだディアッカ」
「ニンジン丼にでもなってましたか」
「いや……」
「え、何。イザークってニンジンも駄目なわけ」
「いえ、イメージです」

そんな二人の会話も聞こえず、ディアッカはおかず全部をチェックする。

「やっぱり……」
「何がやっぱりなんだよ」
「俺の嫌いな具がなくなってる」
「え」
「………イザーク、ですかね?」
「しかいないんじゃん?」

自分の苦手なものを押し付ける代わりに、こちらの苦手なものを食べてくれたということだろうか。どこまで素直じゃない男なんだか。んでもって、なんでそんなところで力を発揮するのだろう。それとも自分が鈍いだけなのか。

「んで、ディアッカの嫌いな具って何?」
「教えるかよ。ぜってーお前らからかうだろ」
「よく分かってるな」
「僕はそんなことしませんよ。良い弱味だな、とは思いますけど」
「「………………」」

ニコルの無邪気なようでいて真っ黒な笑顔に、ディアッカもラスティも見なかったことにする。
やっとグリンピースとの戦いに打ち勝った頃には、昼休みは終わろうとしていた。

慌てて片付けて訓練所へと戻る。

そこではすでに、まだ休み時間だというのに熱い戦いが繰り広げられていた。

「アスラアアァァァン!!」
「いいかげん、諦めたらどうだイザーク」
「ふざけるなあぁぁぁ!」

いまからこんなにとばしていて、訓練は大丈夫なのだろうか。
そんな自分の心配は、きっと無駄なことなのだろう。

気にするだけ疲れるだけだ。









しかし後でどうしても気になって聞いてみた。なぜグリンピースが駄目なのか。

緑色がご飯の中に入っていることも許せないらしいが、何よりあのぼそぼそした感じが嫌なのだとか。嫌な記憶でもあるのか、語りだしたら急に怒りはじめたイザークに、ディアッカはこの話はもう振らないようにしようと思った。

そして自分の嫌いな具を食べたのが彼なのかどうか。

それはいまだに聞けていない。

もしそうだったとしても。素直じゃないイザークは怒鳴るぐらいしそうだから。









fin...