+++ こころ +++












「キラあぁぁぁ!」
「あはは、ごめんってばカガリ」
「謝って済む問題か!」


マルキオの伝道所に顔を出すなり弟の胸倉をつかむカガリに、アスランは諦めの溜め息と共にラクスに借りていたバスケットを返した。
美味しかった、と告げるとプラントで歌姫として今だ愛される少女はほんのりと嬉しそうに笑う。

「ゆっくり、カガリさんとお昼ご飯を楽しめたのですね」
「まぁ……。そのためにキラが何をしたのかバレて、ああなってるわけだが」
「ふふ、ああしてるとカガリさんらしくて安心しますわ」
「………」

それはそうなのだが、彼女にそういうことを言ったら怒り狂いそうだなと思った。怒ってるのが私らしさなのか?とか何とか。彼女がラクスに対して怒ることなんて滅多にないけれど。
ぐらぐらと姉に揺さぶられながらも、珍しく穏やかな笑みを浮かべているキラにアスランはほっと翡翠色の瞳を細めた。今夜は自然体の彼らが見られている。

「アスランは何かご用意しまして?キラに誕生日プレゼント」
「あぁ…いや。ただハロの改造をしたいから、そのアドバイスをしてくれればいいと言われたから。それにしようかと」
「まあ、ハロをですか。どんな風になるのか楽しみですわ」

ぽんと両手を合わせて喜ぶ少女に、引き攣った笑みを浮かべて頑張りますとアスランは答えた。

「カガリ、そろそろ家に入ろうよ。子供たちも待ってるんだからさ」
「お前本当に反省してるのか!」
「してるってば。ハッキングなんて犯罪行為、したらマズイよねって」
「マズイとかそういう次元じゃないだろぉー!」
「さあ、お二人とも。食事が冷めてしまいますわ」
「せっかくのお前たちの誕生日パーティだろう。楽しんだ方がいいと思うが」

アスランとラクスの言葉にさすがにカガリは言葉を詰まらせる。
しばらく心の中で葛藤を繰り広げてから、ゆっくりとキラの襟から手を離した。げほ、と小さく咽ている様子に力いっぱい揺さぶられていたのだろうことが分かる。

カガリが激昂していた理由は、昼での事件が原因だった。

本日はカガリとキラの誕生日。夜には子供たちが自分たちのためにパーティを開いてくれることになっていて、そのことには感謝してもし足りない。
しかしカガリはそれまでオーブの代表として仕事がみっちりで、昼食も満足にとれないようなスケジュールになっていたのだ。それではアスランが彼女におめでとうと言う暇もない。

そこで協力を申し出たのがキラだった。

昼食の次にスケジュールにあった軍本部の視察。それを少しだけ遅らせるから、お昼食べられる時間増えると思うよ、と無邪気に言われたときは本気で頭を抱えた。やっていることの重大性に気付いているのだろうかと。
軍にハッキングするなんて、キラほどの腕を持っていなければやろうとも思わないだろう。そして例えそれほどの技術を持っていたとしても、やってはいけない。犯罪だ。

「あ、カガリとアスランだー!」
「いらっしゃーい」
「お誕生日おめでとー」
「おめでと!」
「みんなでケーキ作ったんだよ〜」
「おいしくできたんだから!」

家に足を踏み入れると、室内はとても綺麗に飾りつけしてあって。それも子供たちの手作りらしく、温かい空気に満ち溢れている。
そして迎えてくれる子供たちの笑顔が、よりそれを強めていた。

だから一瞬びっくりした顔を浮かべたけれど、カガリはうるうると瞳を揺らしてそれから子供たちにがばっと抱きつく。

「ありがとな!」

感激屋さんの彼女に、アスランとキラは顔を見合わせて苦笑し、ラクスは楽しげにころころと笑っていた。




















夕食も済ませて、たくさんゲームをして遊んで。

子供たちから溢れんばかりの手作りのプレゼントをもらって。

夜の浜辺に腰掛ながら、幸せだなとぼんやり思う。


「もう怒ってないのか?」
「………別に怒ってたわけじゃない。ただ姉として、常識というものをだな」
「そうか」
「キラの気持ちは嬉しいし…。昼アスランと過ごせたのも……嬉しかった」

ぽつりと素直な気持ちを打ち明けるカガリの耳が、闇の中でも赤いと分かってアスランは柔かく笑んだ。
政治の中枢にいるとささくれだってしまう心が、ここへ来るといつも静かに凪いでいくのが分かる。優しい気持ちを思い出させてくれる。それはきっとカガリも同じで。

この場所を守るために、自分たちは努力しているのだと。

穏やかな時間の中で、静かに日々を生きるキラとラクス。あの戦いの中で傷ついた彼らだからこそ、その場所を守り続けてやりたいと思った。改めてその思いを胸に刻む。

「そういえば、結局カガリはキラにプレゼントあげるのか?」
「どうしようか悩んでる。確かにアスランの言う通り、キラからの贈り物はろくでもなかったしな」
「………まあな」
「………………けど、やらないと私が落ち着かないし。おめでとうぐらいは、言っておくか」
「お前らしいよ」
「何か言ったか?」
「別に」

反対側の浜辺にいるであろうキラに会うために、カガリは立ち上がって歩き出す。
その後を追いながら、自分は彼女のこういうところが好きなんだろうなと思った。

真っ直ぐに前を見て進んでいくその姿。

大切なものを大切だと言える、強さと優しさ。

それら全てが愛しいと。

そう思った。





















寄せる波音と、そして隣に寄り添う少女の歌声に目を閉じて。キラは穏やかな夜を楽しんでいた。
自分がこんなに幸せでいいんだろうか、そう不安になってしまうほどのたくさんの優しさを今日はもらったような気がする。

「素敵な歌だね。新曲?」
「はい。気に入っていただけて良かったですわ、特別な歌ですから」
「特別?」
「キラのためだけの、歌です」

ふふ、と悪戯っぽい笑みを浮かべてラクスが人差し指を口にあてて内緒のポーズをとる。その仕草が愛らしくて、キラも柔かい微笑みを返した。惜しみなくいつも優しさを与えてくれる少女に、感謝の気持ちがとめどなく溢れてくる。

「…ありがとう、ラクス」
「いいえ。私の方こそ、素敵な夜の時間をありがとうございます」

夜の海というのは、様々な記憶を呼び起こすものだった。
痛みや、悲しみ、失ってしまったものの記憶を。

夜の浜辺をひとりあてもなく彷徨い、涙を流す日もあったけれど。

同じ景色のはずが、今夜はこんなにも優しさに満ちている。

それは隣にいてくれる存在のおかげなのだろうか。それとも自分のために必死に頑張ってくれた子供たちや、母やマルキオ。そしてカガリやアスランのおかげなのだろうか。
きっとその全部なのだろう、とぼんやりと思う。

「あ、いたいた」
「カガリさん、アスランも」
「邪魔して悪い。ちょっとキラに言いたいことがあってな」
「え?」

まだ何か文句でもあるのだろうか、と振り返ると恥ずかしそうに視線を不自然に逸らしたカガリがいて。どうしたんだ?と思う。

「その、お、おめでとう!」
「………え」
「まだ言ってなかったからな。中身はともかく、お前の気持ちは嬉しかった!」
「あぁ……そういうこと。………ぷっ」
「な、何がおかしいんだよ」
「ううん、カガリらしいなって思って」

ありがとう、と笑顔で答えれば照れ臭そうにしながらも頷いてくれた。
本当に素直な彼女には、昔から助けられてばかりで。

「そうだ、キラ。誕生日のメッセージを預かってきてるんだが」
「え?」
「これがディスクだ」
「……えーと。あ、バルトフェルドさんとマリューさんだ」
「まあ、おふたりからですか」
「仕事でパーティには参加できなかったのを、残念だって言ってたぞ」

ディスクをありがたく受け取って、じゃあ早速見ようかと立ち上がる。誕生日メッセージなのだ、今日のうちに見ておいた方がいいだろう。それにアスランたちもついてくる。
自室に入ってディスクを挿入すると、画面に懐かしい人物が映った。


<こんにちはキラくん。あ、これを見る頃にはこんばんはかしら?>


穏やかな声で包み込むような笑顔を浮かべてくれているのは、自分たちが大戦の間ずっと世話になったマリュー。愛するひとを亡くしても変わらない優しさに、キラはほっと安堵した。


<誕生日おめでとう。何だかこういうの照れるけれど、いいものね。プレゼントは何がいいかしら?今度教えて頂戴ね。奮発しちゃうから>


お姉さんらしくウィンクして申し出てくれるマリューに、本当にどう感謝したらいいのかと思う。並んで画面を見ている皆の表情も、それぞれとても柔かいものになっていて。


<なかなか仕事が忙しくて会いに行けないけど。こっちは元気でやってるので安心して下さい。キラくんたちも、身体には気をつけて>


その言葉を最後に画面が切り替わる。
次に映ったのはお気に入りのマグカップを手にした男性、バルトフェルドだった。相変わらずの飄々とした姿に、なぜかくすりと笑いが漏れてしまう。


<よぉ、皆元気かい?僕たちはまあ、それなりにやってるよ>


ひらひらと手を振ってコーヒーを口に注いでから、これはいけると楽しそうに舌鼓をうつ姿は相変わらずだ。
自分たちの近況のようなものを分かりやすく説明してくれてから、誕生日おめでとうの言葉を添えてくれる。こういうのを贈るのもたまには良いね、と笑って。


<僕からのプレゼントはそうだな…大人からのアドバイスでもあげようか>


アドバイス?と画面の前でキラは首を傾げる。
しかし続く言葉に一瞬、固まってしまいそうになった。


<決めるとき決めるのは大事だぞ。とりあえずせっかくの誕生日だ、これほどのチャンスは滅多にない。何か欲しいものはあるかと聞かれたら、そのときが勝負だ。あとは躊躇わずに、にっこり笑顔で君が――>


ぶつっ。




「………………え、おい、キラ?」
「どうなさいましたの?」

いきなり無言でディスクを切った少年に、カガリとラクスはきょとんと目を瞬いている。一番キラの近くにいたアスランは、親友から溢れ出る冷気に顔を引き攣らせた。これは怒っている、しかもかなり。

「キ、キラ?」
「………………アスラン」
「な、何だ」

ゆっくりと紫の瞳が自分を捕らえる。
その動作がひどく遅く感じられて、アスランの緊張はどんどん強まる。

しかしキラはにっこりと、笑顔を浮かべてみせた。

「マリューさんとバルトフェルドさんに、ありがとうございますって伝えてくれる?」
「わ、分かった」
「気持ちだけで十分ですからって」

その言葉がとっても低く聞こえて、アスランはこくこくと必死に頷く。
そんな男同士のやりとりを相変わらず不思議そうに眺めている少女たちに、キラは笑顔のまま振り返った。

「そろそろ遅いし、もう寝る準備しようか」
「それは良いけどさ…。ディスクまだ途中だろ?」
「後でゆっくり見るから」
「……そうか?」
「それでは寝る支度を整えましょうか」
「あ、私も手伝う」
「ありがとうございます」

談笑しながら少女たちが部屋から出て行く。
取り残されたアスランは、親友の少年がどう出てくるか分からず困った。

「………アスラン」
「…何だ」
「どうして大人って、ああいうこと言うんだろうね」
「さ、さあ」
「ラクスはそういうこと疎いから助かったけど。でも心臓が飛び出るかと思ったよ」
「俺もだ」

別の意味で心臓が潰れるような気分を味わい、アスランはぐったりと肩を落とす。確かにラクスもカガリも、そういった方面には基本的に疎い。ラクスに関しては本当に疎いのかどうか、疑問になるときもあるけれど。

「あ、ハロのことだけど」
「………あぁ、そうだったな。いまのうちにやっておくか」
「うん」

まあでも普段はあまり感情を動かすことが少ないキラが、一日のうちに様々な表情を見せてくれたのだ。それだけで良しとすべきなのかもしれない。

諦めの境地に立ったアスランは、静かにそう思った。














fin...