+++ 年を重ねて +++ 今年もまた一年が過ぎる ただひとり、重ねていく年月にいつも苛立ちはつのる 画面の中の家族たちはもう変わることがないのに 自分だけは、変わっていくのだから 「あ、お姉ちゃん」 「メイリン、どうしたのよ走って」 「どうしたの、じゃないよ。今日が何の日か忘れちゃったの?」 「今日?」 射撃場から出たルナマリアは、ぱたぱたと駆け寄ってきた妹に不思議そうに首を傾げた。彼女がここに顔を出すのも珍しければ、慌てた様子で走ってくるのもあまりない。 それにしても今日が何の日、とはどういうことだろう。 「うーん…?」 「もう!今日はシンの誕生日!」 「……え………ああー!!」 「すっかり忘れてたんでしょ」 「あちゃー、どうしよう。最近忙しかったから…」 しまった、と額に手をあてれば仕方ないんだからとメイリンが腰に手を置いて溜め息を吐き出す。 妹はこういったイベント事に敏感で、仲間の誕生日や好みなど詳細に把握しているらしく、そういう女の子らしさは自分とは無縁だ。たまにうらやましいな、と思うこともあるけれど自分は自分なんだからと言い聞かせている。 それよりもいま考えるべきなのは。 「シンに何プレゼントしようかしら」 「私はヴィーノたちとパーティの準備するから、それまでよろしくね」 「よろしく…って何を?」 「ほら、シンっていつも誕生日だと暗くなるじゃない」 「………そういえばそうね」 アカデミーで一緒になってから数年が経つ。 何度かそれぞれの誕生日を過ごしたことがあるが、確かにシンという少年は自分の誕生日のときには酷く塞ぎこんでいたような気がする。 「だから、お姉ちゃんがパーティまでにシンの機嫌直しておいてよね」 「ええ〜?」 「恋人なんでしょ!」 「そりゃ…そうだけど」 自分に出来るだろうか、と不安になるがメイリンはほらほらと強引に背中を押してきた。 意外と彼女は押しが強いところがある、と知ったのはつい最近のことである。アスランとの逃亡に始まり、メサイヤでの戦闘。それらを真っ直ぐな瞳で、必死に妹が切り抜けてきたことを知って驚いた。自分は彼女のことを、まだまだ知らなかったのだと気付かされて。 新しくメイリンのそんなところを知っていくのも、また楽しくてくすぐったい。 お互いに生きているのだと、確認できるから。 「分かったわよ、仕方ないわね」 「頼んだからね」 渋々といった様子で返事をしながらも、ルナマリアの表情は柔かい。 早くもパーティの準備が楽しみなのかメイリンも笑顔を浮かべて、よろしくねと駆け出していった。 その背中を見送って、さてとルナマリアは方向転換する。 あの少年はいま、どこにいるのだろうか。 「こんなところにいたのね」 「………ルナ」 屋上に出ていたシンは、呆れたような表情で隣に並んできたルナマリアにかすれた声で返す。 どんな顔をすればいいのか分からなくて、そのまま手すりに置いた腕に顔を埋めてしまう。今日は誰とも話したくない気分だった。 「ちょっと、暗いわよ」 「うるさいな…」 「関係ないだろ、なんて言ったら怒るからね」 「………」 言いそうになった言葉を見事に言い当てられてしまい、シンは開きかけた口をまた閉じる。 しかしルナマリアもそれ以上は何も追及してこなくて、そのまま隣に立っているだけ。 風が髪を揺らして顔にかかり、鬱陶しくてわずかに頭を振る。 今日は憎らしいほどの良い天気で。 あまりにもいまの自分の気持ちと正反対だ。 「………誕生日って嫌いだ」 「………どうして?」 「ルナだって、いつも誕生日だとひとつ老けた〜って大騒ぎしてるだろ」 「それとこれとは別!それに私は女だもの、シンとは違うわよ」 「そんなもん?」 「そんなもんですー。………シンが嫌いっていう理由は、私とは全然違うものなんでしょ?」 落ち着いたルナマリアの声に、シンは赤い瞳をゆっくりと閉じる。 いまでも鮮明に思い出せるあのときの惨状。ただの物体となってしまった家族の姿。 それを振り払うように顔を上げて、ポケットから携帯を取り出して画像を呼び出した。そして携帯をルナマリアに無言で渡すと、不思議そうな顔をしていたものの受け取って彼女はそれに視線を落とす。 「………これ、シンの家族?」 「そう」 「……似てるね」 「ん」 優しそうな両親、無邪気に笑う妹。 様々な画像が次々と表示されていく。それらを穏やかな瞳でルナマリアが見つめていく。 その横顔を見やり、シンは視線を空へと向けた。 「その中の家族はもう年をとることはないんだ」 「うん…」 「もう変わらない、永遠に」 「…そうね」 「なのに、俺は…!」 毎年、ひとつずつ年をとっていく。成長していく。姿だって、変わっていく。 あの時よりも背は伸びたし、顔つきも少し大人びてきたように思う。声だって低くなった。 皆は変わらないのに、自分だけが変わっていく。なんで、どうして? 「生きてるの、辛い?」 「………なんで俺だけ生き残ったんだろう、っていつも思ってた」 「…うん」 「皆いないのに、なんで俺はここにいるんだろうって」 だからせめて、自分のような悲しい想いをするひとが少しでもいなくなればと。そう思って剣を手に取った。誰かを守れる力が欲しかった。そうして手に入れた力をもってしても、守れなかったものは多くて。失ったものはたくさんあって。 自分がしてきたことは何だったのだろうと、ときどき思う。 すると肩にぽすんと軽い震動があって、横を向くとルナマリアの柔らかな髪が頬に触れた。 「………ルナ?」 「私は、シンがいてくれて嬉しいけどな」 「………うん」 「シンの悲しみは私には分からないかもしれない。でも、だから言えるの。シンがいま生きてここにいてくれて、よかったって」 「………………分かってる。ありがとう、ルナ」 いつまでも過去ばかりを振り返っても仕方のないことだと、分かってはいる。 だっていま、自分は生きているのだから。この世界に存在し、そして立ち続けているのだから。 「ま、色々と考えちゃうのは分かるけどね」 「え?」 「………レイのこととかも」 「………あぁ」 レイ、ハイネ、タリアやデュランダル………そしてステラ。 彼らもまた、もう年月を重ねることは出来ない。深く深い眠りについてしまった。 でもいま自分たちは生きていて、だからこそ年をとって、変わっていく。それがいまここにいるということなのだから。 「ねえ、シン」 「ん?」 「絶対に、みんなのこと覚えてようね」 「ルナ…」 「それで、胸張って、生きれるだけ生きたわよ!って言えるようにしないと」 「はは、ルナらしいな」 「何言ってんのよ、そうでもないとレイとかハイネに殴られるわよ」 「…うわ、本当にありそう」 嫌そうに顔を歪めるシンに、ルナマリアが楽しそうにくすくすと笑った。 「それで、お母さんとお父さんに私のこと紹介してよね」 「え」 「あ、何。私のことは遊びなわけ!?」 「だ、誰もそんなこと言ってないだろ!!」 「ならいいのよ」 けろりとした表情でまた寄りかかってくるルナマリアに、ぐったりと手すりに頭を預ける。何か、からかわれてるような気がするのは自分だけなのだろうか。 けれど傍にいてくれる温もりが、少しずつ自分の棘々した気持ちを溶かしていってくれる。 シンもルナマリアの頭の上に、自分の頭をこつんと乗せた。 「………俺の親見て、文句言うなよな」 「言わないわよ。あ、でも妹さんには言いたくなるかも」 「はあ?マユに?」 「だってシンってシスコンっぽいところがあるから」 「は!?」 「心当たりがないとは言わせないわよ」 そう言われても、シスコンだと自分で認める人間はあまりいないと思うのだが。 憮然とした表情で押し黙ると、またルナマリアのくすくすという笑い声が聞こえる。 不思議だな、と思った。 家族の話をこんなに自然にできるだなんて思わなかった。 いつだって家族のことを思い出すときは、胸に鈍い痛みを感じてしまって。強い怒りや悲しみが、ないまぜになったどうしようもないあの感情。けれどいまはそれがほとんどない。むしろ穏やかな気持ちで、家族のことを語ることが出来ている。 そのことに素直に驚いて、シンはルナマリアのことを凝視してしまった。 「………何?」 「…あ、いや。ルナって実はすごいなって思った」 「何それ」 「別に。そろそろ携帯返せよ」 「いいけど。あ、ねえシン。これでもう一枚写真撮ろうよ」 「え?」 「私とシンのツーショット。一緒に、老けてく記念に」 「老け……嫌な表現するな!」 「はいはい、いくわよー」 「ちょ、おいっ」 ぐいっと腕を引かれたかと思うと互いの頬がぶつかるような距離まで顔が近づいて、シンは慌てる。しかしそれを全く気にせず、ルナマリアは撮影ボタンを押した。カシャ、という音が響いて手際よくそれを保存してしまう。あまりの展開にシンは目を白黒させるばかりだ。 はい、と満足気に映し出された画像にシンは顔を真っ赤にさせる。 ヨウランあたりが見たら、バカップルだなぁとからかわれそうなほど、二人の距離が近い。 「シン、もうシンはひとりじゃないんだからね」 「……は?」 「私がいてあげるって言ってるのよ。ありがたく思いなさいよね?」 「…何でそんな偉そうなんだよ」 「ご家族の代わりに、シンの保護者だからに決まってるじゃない」 「いつ決まったんだそんなこと!」 「さ、そろそろ準備もできただろうし。行くわよ」 「行くってどこに」 「鈍いわねー。誕生日っていったら、やることはひとつでしょ。ほらほら」 「わ、ちょ、押すなって!」 ぐいぐいと背中を押されて抗議するが、楽しそうなルナマリアに何かを言う気もなくなってきてしまった。諦めて歩き出すと、よろしいと頷いて隣に並ぶ彼女。ちょっと強引なところがあるけれど、それに救われているのも事実だ。あまり認めたくないから言わないが。 傍にいてくれる存在が、自分にはまだいる。そして生きているということを、喜んでくれる仲間たちがいる。それがどれだけ幸福で、奇跡に近いことなのか、やっと分かったから。 もう見失いたくない。 二度と戻ることのない、大切なひとたちのためにも。 「お、やっと主役のお出ましか」 「まったく、重役出勤だなシン」 「料理冷めちゃうところだったんだからね。遅いよお姉ちゃん」 「ごめんごめん」 当たり前のように傍にいてくれるひとたち。 たくさんの優しい言葉に、シンは赤い瞳を揺らした。 俺はまだ生きてる。これからも出来る限り、生き続けていきたい。 もういないひとたちのためにも。 ルナマリアが言っていたように、いつか胸を張って自分は生き抜いたと言えるように。 「…なあ、ルナ」 「んー?」 「………ありがと」 消え入りそうな声でそう言えば、柔らかな微笑を浮かべてくれる少女。 こちらこそ、と続けるルナマリアにシンは首を傾げた。不思議そうな自分に彼女は大人びた笑みを浮かべる。 「生まれてきてくれて、いまここにいてくれて。ありがとう」 「……うん」 自分なりに、頑張ってみようと思うんだ。 何をすればいいのかとか、まだ分からないけれど。でも、守りたいひとがいるから。 手を伸ばせば、優しく重なる温かい自分よりも小さな手。 この温もりを、守りたい。 そしていなくなってしまったひとたちの記憶を抱いて、生き続ける。 それが俺なりの、生き方だ。 そう思えるようになったのを、両親は誉めてくれるだろうか。 いつかその答えを聞けるときまで、精一杯生きよう。 そう思えばとても久しぶりに。 自分の生まれた日に穏やかな笑みを浮かべることができた。 fin... |