++ 雪の日に ++ ディアミリver



















「ハウ、その辺りの片付け頼むぞ」
「はーい」

先輩のカメラマンの指示に明るい声で返事を返したミリアリアは、広げていた機材を丁寧にしまっていく。最近になってやっと慣れてきた、自分の大事な仕事のパートナーだ。
壊さないようにとそっと扱いながら、身体をぶるりと震わせる。今日はとても寒い。
これでもけっこう着込んできたというのに思い出したように震えが走り、この地方は冬なのだと感じさせる。

カメラマンとして海外を飛び回っていると、季節の感覚というのはほとんどなくなってしまうけれど。
それでもこの冬特有のぴん、と張り詰めた空気は嫌いではない。

「難点を上げるとすれば、指先がかじかんで動かなくなることぐらいよねぇ」

手袋をしたいのはやまやまなのだが、まだ不慣れな自分がするのはちょっと恐い。つるっとカメラを手からすべらせでもしたら、弁償なんてことになりかねない。まだまだ新米の自分にそんな金銭的ゆとりがあるはずもなく。何よりカメラを壊してしまうこと自体が許せないし。
でも寒いものは寒い、と白い息で指先を暖めつつ、作業をまた再開させる。

別に冷え性でもなんでもないが、ひんやりと寒い空気で冷めてしまった手。

それにふわりと重なる誰かの手が思考をよぎり、げっとミリアリアは可愛らしい顔を歪めた。

思い出したくないものを思い出してしまった、というようにはぁー…と溜め息を吐き出す。
やっと機材を収納し終えてファスナーを閉め、肩に担いで立ち上がった。よりによって、何でこのタイミングで思い出してしまったのだろうと心の中で呟きながら。

















「うわ、冷た!」
「………そう?」

アークエンジェルの食堂に響いた少年の驚愕の声に、やや不機嫌そうな少女の声が続く。
その発信源は金髪を揺らした浅黒い肌のディアッカと、アークエンジェルの管制を担当している少女ミリアリアで。少年が少女の手をつかんでまじまじと見つめている。

「女ってこんなに冷たいもん?」
「さあ。でも私、これでもあったかい方よ」
「はあ?」
「他の女の子は、もっと冷たい子もいたし。ミリィって手あったかいよね〜って言われたりしてたもの」
「これで…?」
「これで」

こっくりと頷けば、信じられないというように目を瞬いてディアッカはまた指先に触れてくる。
それがなんだかくすぐったくて、すぐにも手を離してしまいたいのになぜかそれが出来ず。結果、不機嫌そうないつもの表情で誤魔化すしかなくなってしまう。
変な風に緊張するからやめてほしいのに、と思うものの、そう言ってしまえば目の前の少年は面白がって調子に乗るだろうから言わない。だって癪じゃない、そんなの。

「っていうか、あんたが温かすぎるんじゃないの」
「俺はこれが普通だぜ?」
「他の男はどうなのよ」
「はあ!?野郎と手を繋ぐ趣味は俺はない!」
「そうよね、そんなのあったら気色悪いわ」
「………なんかさ、いつもいつも冷たくない?」
「原因に心当たりは?」
「………スミマセン」

両手を挙げて降参のポーズをとるディアッカにふん、と鼻を鳴らして視線を逸らす。
他の男、と自分で口に出してしまって、胸がちくりと痛んだ。

トールの手は、どんなだっただろうと。

いま目の前にいる男のように熱い手ではなかったけれど、それでも充分に温かかったと思う。
優しく、穏やかに、そっと包んでくれていた彼の手。

それを思い出してしまって。

「あ、二人ともいま食事?」
「おう、キラ」
「いままで整備?お疲れ様」
「僕はいいんだけどね。アスランがまだ手こずってるみたい」
「あいつはメカオタクなんだから好きにさせとけって。そうだ、キラ手出してみ」
「?はい」

食堂に現れたキラはディアッカの言葉に素直に自分の手を差し出した。それをぎゅっと握ってきた少年に、え?とキラは驚いて目を瞬いている。それまでの経緯を知っているミリアリアはどうとも思わないが、キラにしてみればいきなりのことでびっくりだろう。
しかしそれに構うことなく、ディアッカはんー?と首を捻った。

「キラ、お前の手……ぬるい」
「ぬるい?」
「だーかーらー、あんたの手が温かすぎるんだって言ってるでしょー?」
「え、何の話?」
「キラ、ちょっと手貸して」
「う、うん」

よく分からない、といった表情でディアッカに握られている手とは逆の手をミリアリアに差し出す。
それを握った少女は、あったかーいと可愛らしい笑みを浮かべた。

「キラのあったかさ、ちょうどいいじゃない」
「そうか?俺は何か変な感じすんだけど」
「………ねえ、二人とも何がしたいの?」
「「手の温かさの調査」」

こういうときばかりタイミングが合う二人に、はぁ…?とキラは首を傾げる。
そしてディアッカとミリアリアがそれぞれ空いた手でお互いの指に触れて、どうやらキラの手との違いを確認しているらしかった。手を繋いでトライアングルの完成、という何とも不思議な空間が広がっている。

どうしたらいいんだろう…と悩むキラの後ろから、ひょこっとムウ・ラ・フラガが顔を覗かせた。

「お、なんだなんだ?何かの儀式でもやってんのか」
「あ、ムウさん。なんかよく分からないんですけど、手の温かさの調査らしいです」
「へえ?俺も参加してやろっか」
「おっさんはいい」
「だからおっさんじゃないって言ってんだろーが!」

触らなくてもあんた暑苦しそう、と呟くディアッカに生意気な口利くじゃねーの、とムウが首を絞める。笑顔ではあるが力はかなり入っていそうだ。慌ててキラが止めに入る。
賑やかな男連中に溜め息を吐いて、それからミリアリアは目を細めて自分の手を見つめた。

彼が触れた温もりが、まだ残っているような気がして。
















「………なんで、こうも鮮明に覚えてんのよ私……」
「どうしたハウ?体調でも悪いのかー?」
「何でもないです先輩」

今日の宿泊場所まで戻ってきて、ミリアリアは頭を振る。
心なしかぐったりとした様子に先輩は気遣ってくれるものの、心配ないと笑って自分にあてがわれた部屋へとすぐに入った。

荷物を置いて、パソコンを開けば何通かメールが届いている。

その中に見たくもない人物の名前があって、なんでこのタイミングでくるかなと眉を寄せた。

放置しようかとも思ったが、緊急の場合だったら困るからと自分に言い聞かせてメールを開く。内容は他愛ない世間話のようなものだったけれど、スクロールしていたミリアリアの指が途中でぴくりと止まった。
プラントの季節が冬へと調整され、昨日と今日は雪の日だった、という内容に。

「プラントでも雪が降ったんだ」

人工の雪ではあるが、それでも綺麗なんだと笑っていたディアッカを思い出す。
だからどうして彼の言葉のひとつひとつを覚えているのだろう、自分は。それが無性に悔しくて、パソコンを閉じてしまう。

ホテルの窓から外を眺めると、空は灰色で何だかとても空気が静かだ。

そう思ってぼんやりしていれば、視界にちらっと白いものがよぎる。

「え……?」

驚いて目をぱちくりと瞬いてから、がばっと窓を開ける。途端に冷たい風が室内に入ってくるが、それさえもお構いなしにミリアリアは身を乗り出した。ちらほらと空から降ってくる白い雪が見えたから。
手をのばせば雪が触れ、自分の体温でじわりと溶かされ消えていく。

きっと彼の手に触れられてしまったなら、一瞬で溶けてしまうのだろうと思った。

どうあってもあの少年のことが頭から離れず、今日は厄日なのだろうかと溜め息を吐く。
もうこうなったら逃げていても仕方ないか、と諦めることにしてミリアリアは最近になってやっと手に入れた自分専用のカメラを手にとった。


















「あーやっと今日の仕事も終わり、と」

軍人としての仕事よりもイザークのフォローが多いのはどういうことか、と思うものの。それがもう日常となりはじめているのだから、もうこれは受け入れてしまうしかないのだろうと溜め息を吐いた。俺って大人になったよなぁと呟きを漏らしながら、軍服を脱ぐ。
パソコンをつけてメールを確認すれば、滅多に返事などくれない少女の名前があって。
慌ててメールを開けば彼女らしい素っ気無い文章が出てくる。


       こっちは真冬の外で仕事してんの 雪だなんだで喜んでる暇なんてないのよ
       あんたも建物の中ばっかりにいないでたまには外に出なさいよね
       それで私のこの寒さを感じるといいんだわ

       あ 指がうまく動かないからここで
       いーわよね あんたの指ならこんなこともないんだろうし?

       ま 愚痴言っても仕方ないけど 餞別よ受け取りなさい
       自然の雪のすごさを思い知れ


なんだってこう喧嘩腰なのだろうか、と思いつつもミリアリアが寒さで不機嫌なんだということは分かった。女の中では温かい方だと言っていた彼女の指先は、自分からすれば充分に冷たいものであったことをいまでも覚えている。寒さの中にいれば余計に冷えてしまっているのだろう。
手袋でもすりゃいいのに、と思ったが口答えをして良い反応が返ってきたことはないため、ディアッカはそれを返信するのはやめておこうと思った。それから添付ファイルがあり、開いてみる。恐らくミリアリアの書いていた餞別なのだろう。

「………す、げ……」

ときどきこうして仕事先の写真を送ってくれることがあるが、今回のはまた凄かった。
灰色の空の下、真っ白な雪が降りしきり、街だけでなく遠くにある山をも白く染め上げていく。

この景色の中にミリアリアがいるのか、と思うと笑みが浮かんだ。とても彼女らしい、と。

ありのままを受け止めることができる少女は、やはりこうして自然の中を飛び回っている姿がよく似合っている。滅多に笑顔なんて見せてくれず、不機嫌な態度ばかりなのは自然界そのもののようではないか。
………そうなると私は自然災害か何かかと雷が落ちてきそうだ。

そんなどうでもいいことを考えながら、ディアッカは自分の手に視線を落とす。

いまもまだ、この手は熱を持ったまま。

もし同じ場所に自分も立っていたなら。彼女の冷えた指先を温めることができただろうか。

果たして彼女がそれを許してくれるかどうかは別にして。




返事はどうしよう、と唸るディアッカの元へ。
理不尽な理由で怒髪天の上司が駆け込んでくるまであと数秒。















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