++ 雪の日に ++ キララクver
「これが、自然そのままの雪なのですね」 「うん、綺麗だね」 プラントで生まれ育ったラクスも、宇宙で生活することの多かったキラも、それを見るのは初めてで。 白く舞う雪が視界いっぱいに広がり、ピンクの髪を揺らした歌姫は楽しげに空を見上げている。 「明日には景色が真っ白になるのでしょうね」 「楽しみ?」 「はい。そうしましたら、カガリさんとミリアリアさんと雪合戦をすることになってますの」 「え」 「それから、かまくらというものを作って…。ふふ、キラも手伝ってくださいますか?」 悪戯に輝くサファイアの瞳にキラは戸惑ったような表情のまま、ぎこちなく頷いた。 いま自分たちはオーブを飛び出してアークエンジェルに乗りながら、世界の情勢を見つめているところ。息抜きにとラクスと共に外へ出ることを許可されたキラは、無邪気な少女の様子に心癒されながら、それでも周囲への警戒を怠ることはなかった。 ここにアスランでもいてくれれば、自分がこうする必要はないのだが。 「でも大丈夫かな?皆で外で遊んで、バレたりとか」 「まさかラクス・クラインとオーブの代表が、こんなところで雪遊びをしているなんて思いませんわ、きっと」 「…それもそうか」 アスランがその場にいたなら、おいっ!と制止したに違いない二人の会話。しかし幸か不幸かアスランはこの場にはおらず、キラとラクスを優しく見守っているのは降りしきる雪のみ。 そっと手を伸ばして雪を受け止めれば、ゆっくりと雫へと変わっていくそれ。 「キラは、雪はお好きですか?」 「うん…嫌いじゃないよ。ただちょっと、恐いかな」 恐い?とラクスがことりと首を傾げた。 その愛らしい姿に小さく笑みを浮かべて、キラはそっと空を見上げる。 舞い散る雪と、冷えた空気、そしてしんとした音のない静寂の世界。美しいものではあるけれど。 「雪が降ると、静かだから。この世界に、僕だけが取り残されてるような感覚になる…かも」 「キラ…」 「なんてね。あんまりに雪が綺麗だから、感傷的になっちゃうのかも」 「キラ、あなたはひとりではありませんわ」 そっとラクスの手が触れてくる。自分よりも白く細い彼女の手は、この冷たい空気のせいか随分と冷えてしまっていた。その冷たさに小さく眉を寄せて、キラは両手でラクスの手を包み込む。そうすれば、あったかい…と少女は笑って目を閉じる。 こうしてお互いに触れている温もり。 自分も、彼女も、ここにいる。 そう教えてくれているかのようで、キラは白い息を吐き出した。 「………うん、わかってる。ラクスがいてくれて、皆がいてくれること」 「はい」 「それでも…ときどき、不安になるんだ。たくさんの血を流してきた僕が、ここにいていいのかって」 「………はい」 「こんなに綺麗な景色を見ると、余計にね。この真っ白さが、恐い」 数え切れないほどの命を奪って、戦いの渦に身を投じてきた過去。そしていまもその道を自分は選んだ。それは大切なものを守りたい、という想いからだったけれど。それでも、やっていることは結局同じで。誰かの大切なひとを奪っているのかもしれない、と考えれば思考は沈み込んでいきそうになる。同じ想いを持つ仲間がいてくれるのに。 「キラ」 「…ん?」 「でしたらやはり、明日は皆で雪遊びいたしましょう?」 「え?」 「そうすれば、雪が降ってもきっと大丈夫ですわ。楽しい思い出が、あるのですから」 「ラクス……」 「私は雪は好きです」 ほんわりと笑って、ラクスは温められた自分の手を見つめて、そっとキラに歩み寄る。 「綺麗で、世界に静かな安らぎを与えてくれる雪が」 「うん」 「見る者全てがきっと、美しいと思えるこの雪が好き」 「…綺麗、だよね」 「はい。それによって浮かぶ感情は様々でしょうけれど、それでも美しいと感じる気持ちは同じ」 「………ラクス」 「キラも、私たちと同じ存在です。悲しいことを悲しいと感じて、美しいものを美しいと感じて」 少女の深く真っ直ぐな瞳が自分を見つめる。この目に、何度自分は救われただろうか。 いつも悩み苦しみ、迷路を彷徨うような感覚にとらわれていた自分に、あなたは何を望むのかと問いかけてきた穏やかな声。ただ選択を待つ、凛とした瞳。 いつだって自分を解き放ってくれるのは彼女で、それが嬉しいと同時にひどく申し訳なくもあって。 けれど彼女は、お互いさまですものと笑うから。 「こうして、キラと一緒に雪が見られて、幸せです」 「………うん。僕も、ここにいるのがラクスでよかった」 「そうですか?」 「うん。だからまだ、こうして立ってられる。ラクスがいるから、まだそんなに恐くない」 すぐ傍にある温もりを抱き寄せ、そして頬を寄せる。 くすぐったそうに腕の中で肩をすくめる少女が愛しくて、キラはアメジストの瞳を細めた。 「明日、楽しみだな」 「雪遊びですか?」 「うん。カガリも加わるんじゃ、本当に大騒ぎになりそう」 「ふふ、そうですわね」 いつだって全力投球の姉を思い出しキラは小さく笑った。 オーブのことで沈んでいる彼女だからこそ、気分転換は必要なのかもしれない。 そしてここにいるラクスも、微塵も出さずにいるけれど、やはり苦しんでいるはずだ。 世界は争いへと再び転がり落ちていて。そしてその歯車のひとつに、自分の名を語る存在がいる。二年前の戦いの後で、抱えた傷を癒すことに精一杯だった自分たちは、世界がこんな状態になるまで何もしてこなかった。その責任を、きちんと果たさなければならない。 「あんまり外にいると風邪ひいちゃうね。戻ろうか」 「はい」 「お、キラ、ラクス。外はどうだった?」 「雪降ってたよ」 「明日には積もると思いますから、皆さんで遊びましょう。カガリさんも参加してくださいませね?」 「え、いや、私は…」 「せっかくだからやろうよカガリ。雪合戦とか、かまくら作ったりとか」 「………どれも体力勝負じゃないか」 「まあ、カガリさんは経験がおありなんですのね」 「さすが」 「どういう意味だキラ」 ぎろりと見つめてくれる姉に、得意なんでしょ?と笑えば反論できないのか言葉を詰まらせるカガリ。その様子にラクスは楽しみですわね、と相変わらず場の空気を気にしないのんびりとした口調で告げた。無邪気な笑顔でそう言われてしまえばカガリも何も言えないらしく、そうだな…とつい頷いてしまっている。 「じゃあ、明日は皆で雪遊びだね。ラクスもカガリも、あんまり冷やさないようにあったかい格好してね」 「はい」 「遊んで風邪引いたんじゃ、様にならないもんな」 「カガリならありえそうだけど」 「キラ!」 「ふふ」 予想通り、雪はしっかりと積もっていて。 目の前に広がる銀世界にカガリもミリアリアもわあ…!と表情を輝かせる。 マフラーに顔の下半分をうずめながら、綺麗だねとキラが呟けば、隣でラクスがはいと頷く。 本当に、世界はなんて美しいのだろう。 「よーし、じゃあまずは雪だるまを作るか」 「じゃあ私は頭をつくるわ」 「了解。よし、ラクス一緒に胴の部分を作るぞ」 「はい!」 「僕は?」 「キラはかまくらを先に作ってろ」 「え……ひとりだとキツくない、あれ?」 「男だろ、それぐらい根性出せ」 ふんぞり返って言われた内容に、キラはそんな無茶な…と肩を落とす。雪だるまが完成したらお手伝いしますわ、とラクスが小さく笑って励ましてくれた。ああ、うん、結局は僕が作るんだね…と物悲しい気持ちになったものの、女の子だらけの空間で自分が優位に立てるはずもなく。 なぜ戦艦にあったのか分からないスコップを手に、キラは積もった雪を掘って一箇所に積み上げていく作業を開始した。その間に賑やかに笑いながら、少女たちが雪をごろごろと転がしてだるまを作り始める。 途中で休憩に入ったらしいマリューやノイマンたちも、入れ替わり立ち代りで顔を出したりもして。 なぜか雪合戦が始まったりと、脱線しながらも雪だるまが完成し、その間にかまくらもだいぶ出来上がってきていた。意外と重労働なかまくら作りのため、キラの額には汗がにじむ。体も火照ってきて、コートがちょっと熱いかもと乱れた息を整える。 「キラ、見てくださいな。雪だるま」 「あ、可愛いね」 「はい。顔はカガリさんが書いてくださいました」 「へへーん、なかなか愛嬌のある顔だろ」 「うん。微妙にバランスが悪いところが良いよね」 「………褒めてないぞ、それ」 「でもなかなか良いんじゃない?キラの方も、かまくら随分と出来てきたわねー」 「うん。あとは中を掘るだけかな」 「よっし、じゃあ私が手伝う」 「崩さないようにお気をつけて下さいな」 「じゃあ私は皆を写真に撮ろうかな」 子供のようにはしゃぐカガリやラクスを、ミリアリアは楽しそうにシャッターに収めていく。 これだけ笑って過ごすのは、いったいどれぐらいぶりだろうか。 本当にいつも彼女たちには助けられている、とキラは柔かく目を細めた。 ちらりと視線を雪だるまに向けて、あれ?と首を傾げてしまう。 「ラクス、あの雪だるまのマフラーって…ラクスのだよね?」 「はい。この寒空の下ですもの、防寒具がないと辛いだろうと思いまして」 「ラクスらしいね。でもそれじゃ、ラクスの方が風邪引いちゃうよ。よかったらこれ使って」 生きてないものに対しても優しく接する彼女に温かい気持ちになるけれど、自分のことを忘れてしまいがちなところは困ってしまう。そう思いながら、キラは自分の使っていたマフラーをラクスの首にそっと巻いた。 きょとん、と青い瞳を瞬いてから、ラクスは小さくはにかむ。 「ありがとうございます、キラ。ですが…よろしいのですか?」 「うん。かまくら作りで身体があったまってるから、大丈夫」 「………キラの温かさが、マフラーに移ってるみたい…ふふ」 「あ、ごめん」 「いいえ。嬉しいだけですから。キラ、もし寒くなったら言って下さいな」 「え?うん」 「二人で、マフラーを使いましょう。ね?」 「え」 可愛く小首を傾げながら歌姫が提案してきた内容に、キラは絶句してしまう。 一緒にマフラーを使おう、という意味なのだろうかいまのは。二人でひとつのマフラーを……? 想像しただけで再び身体が熱くなってきたような気がして、キラは視線を思い切り泳がせてしまう。 しかしそんなこちらには気付かない様子で、ラクスは嬉しそうに笑ったあと、そのままカガリとミリアリアの方へ行ってしまう。そのことにひどく安堵しながら、赤くなってしまった頬に手の甲で触れてから、いつもいつもどうしてこうなんだろう…と情けない気持ちになった。 無邪気な少女がくれる言葉のひとつひとつが、本当に優しくて。 その甘さに酔ってしまいそうな自分がいる。 ダメだよ、と自分に言い聞かせるものの。いつか歯止めが効かなくなるんじゃないか、という不安が頭をもたげてしまって。この雪のように真っ白で綺麗な彼女を、壊したくなんてないのにと思う。自分の手はあまりに汚れてしまっているから、手にしようと伸ばしたのなら、この雪のように鮮やかに手の平の中でそれは溶けていってしまいそうで。 「キラ、完成ですわ!」 「え?」 「よーし、なかなか上出来じゃないか」 「初めてでここまで出来たらなかなかなんじゃない?」 自慢げな少女三人が笑顔で手招きする。 かなりの大きさになったかまくらに入っていくと、なんとかぎりぎり四人が入ることができた。 身を寄せ合う感覚に、なんだか照れ臭くなる。 「あ、見ろよキラ」 「?」 「ほら、私たちが遊んだから、雪がすごいことになってるぞ」 「あはは、足跡でいっぱいね」 「ふふ、けれどそれだけ楽しんだということですもの。足跡を見るだけで、嬉しくなりますわ」 「確かに。真っ白なだけじゃつまんないもんな。いっぱい遊んでやらないと、雪にも申し訳ないし」 「………ぷ、カガリらしい考え方だね」 「けれど雪もきっと、ただ眺めてもらうだけより、一緒に遊んでもらえる方が楽しいんだと思いますわ」 ラクスが柔かい声で呟いた言葉に、思わず目を瞠ってしまう。 確かにとカガリとミリアリアも頷き、雪合戦を再び始めようという話になぜか発展していた。 再び外へと引っ張り出され、顔を出したマードックやチャンドラたちも交えて、賑やかな時間が過ぎる。カガリから強烈な雪球をもらい、お返しをしながら、気がつけば笑っている自分がいて。その隣には、一緒に笑っていてくれるラクスがいて。 騒ぎが収まって、疲れが出て来たのかカガリとミリアリアはそろそろご飯にしようと艦内に戻っていった。残されたキラは、そっとラクスの手へと手を伸ばす。少しだけびっくりしたような表情を浮かべた後で、少女は嬉しそうに目を細めてくれた。 「…ちょっと冷えたかも」 「では使いますか、マフラー」 「うん、お願いしようかな」 笑ってマフラーの端を差し出してくるラクスにキラは身体を寄せる。 ラクスの首を覆っていたマフラーは、いつの間にか彼女の香が移っていて、甘い匂いに眩暈がしそうで。そしてラクスが分けてくれた温もりが、とても温かくて。穏やかな気持ちに包まれる。頬に触れるピンクの髪、すぐ傍にある彼女の肌。 「楽しかったですわ」 「…うん、僕も。こんなに楽しかったの、久しぶりかも」 心地良いラクスの声がすぐ傍でする。それは本当に至福の時。 「……ねえ、ラクス」 「はい?」 「こうやって、一緒に時間を重ねていけたらいいよね」 「はい」 「また雪が降ったら、一緒に遊ぼう。できたら今度は二人で」 「はい、喜んで」 花がほころぶように柔らかな笑顔を浮かべる少女に、頭をこつんとぶつければ、悪戯っぽい瞳を浮かべてラクスも頭を寄せてきた。互いの温もりを感じて、美しい世界に包まれて。 大切なものを、改めて感じながら。 f i n ... |