++ 共に歩く幸せ ++ 










「代表、おめでとうございます」

「カガリ様、おめでとうございます!」

「姫様、おめでとうございます」


たくさんの温かい祝いの言葉。それらに笑顔を返しながら。
同時に、親しい者とこうした特別な日をのんびり過ごせないことが、ほんの少しの寂しさを生んだ。











仕事を終えての移動の車の中、カガリはふうと小さく息を吐き出す。
本日の職務は終了したが、ここからが本番だ。今日は自分の誕生日を祝したパーティが開かれる。
そこにはオーブの首脳陣はもちろん、各界の著名人や芸能人など、様々な客が招かれているのだろう。
いちいちその祝辞を受けなければならないのかと思うと、いまから気が重くて仕方ない。

車内を見回すものの、ここにアスランはいない。
今日は公式も公式な場で、外国からの客人も多い。
そんな中でアスランの存在というのは微妙な立場だ。

自分は気になどしないが、周りはそうではない。対面というものをとても重視する。
何より当人のアスランが一番そういったことを気にするため、今日ばかりは護衛も別の者達が担当しているという状況だ。そのことがやや不満で、カガリは眉間に皺を寄せる。
デュランダル議長に始まったあの長い戦いから時間が流れ、世界は失敗を繰り返しながらも一歩一歩を進んでいる。まだ未熟な身ではあるが、カガリも一国を預かる身として日々奮闘中だ。

そのために、いまは個人としての心を抑えようと決意した。それを後悔はしていない。
自室にある化粧机の引き出しに仕舞われた指輪を思い出し、そっと目を閉じる。

あれをまたこの指に嵌められる日が来るまで、自分はただ前へ進もう。
その思いはきっとアスランも同じだろうと思う。そのために、彼も精力的に働いている。
おかげでお互いに行動が別になることが増えたが、昔のような不安はない。
歩き続けていれば、いつかまた道が重なるだろうと。いまはそう信じられるから。

「代表、到着しました」
「あぁ」

車から降りれば迎えの者が恭しく頭を下げる。
控え室にてお召し替えを、と言われて思わず渋面を浮かべてしまう。
だがまあときには着飾ることも必要なのだ、といまは納得しているため渋々ではあっても頷いた。

さあ、カガリ・ユラ・アスハの戦いの始まりだ。

そう拳を握って男らしい足取りで歩き出す。
誕生日に思うようなことじゃないよね、とキラがいたなら苦笑していたことだろう。











「アスランくん、今日の仕事はこれで終わり?」
「え?あ、あぁ、はい」

マリューの柔らかい声音に我に返ったアスランは、慌てて今日の仕事内容を反芻する。
モルゲンレーテのこの仕事で最後だったはずだ、と確認して再度頷く。
それを確認してから、よかったとマリューが微笑む。それはどういう意味だろう。

「ちょっと頼みごとしちゃってもいいかしら」
「俺にできることでしたら…」
「そんな大層なことじゃないのよ。届け物をお願いしたくて」
「届け物?」
「カガリさんの本邸に。私たちだとちょっと敷居が高いの。あなたならよく足を運んでいるし、大丈夫でしょう?お願いしてもいいかしら」
「あ、いやそれは…」

確かにカガリの護衛として出入りすることはあるが、一人であの敷地に足を踏み入れたことはない。
代表の護衛であり、彼女と共にいたからこそ、自分はあそこに入ることができていたのだ。

「もう先方には連絡してあるから、安心して」
「ええ!?」
「おーっと、いたいた」
「あら、ムウ?」
「間に合ったか、セーフ。これも一緒に届けてほしくてさ」
「………これ、プレゼントですか?」
「そ」
「私がお願いしたいのもそうなの。マルキオ様たちから、カガリさんへ」
「…そうですか」
「お前もちゃんと何か用意していけよ〜?」
「…いえ俺は」
「でないと、あの姫さん一発きつーいのが飛んでくるかもしれないぜ」
「ムウったら。いくらカガリさんでも」
「………パーティで疲れて苛々してるでしょうし、その可能性は捨て切れませんが」
「あらそう?ふふ、じゃあ頑張って…って言うまでもないかしら」
「いえ、その…まだ用意できてはいなくて」

プレゼントに何を贈ればいいのか、いつも迷う。その結果がラクスのもとにいる大量のハロだ。
ああいったものを準備する時間はないし、アクセサリー類もどうかと思う。
現在の自分たちは強い絆で結ばれているものの、恋人という関係とは呼べないもののように感じるからだ。いまはまだ、恋人というよりは同志といった意味合いが強いのかもしれない。昔、キラとラクスがそんな関係だったように。

強い信頼がそこにはあるが、男と女特有のものはいまはまだ。
なすべきことがあり、目指す未来がある。そこに到達できたときにやっと、自分たちは再び一歩を踏み出せるのかもしれない。

「…とりあえず、届けさせてもらいます」
「えぇ、お願いね」











長いパーティが終わり、窮屈な空間と意味のない社交辞令のオンパレードにカガリは疲れきっていた。
ドレスを着替える余裕もなく、早く部屋に戻ってこれを脱いでベッドに倒れこみたいと息をつく。
すでに夜中に近い時間になっているため、邸の中も静かだ。起きて待っていてくれた者に感謝し、荷物を預ける。すると客が広間で待っていると言われて眉を寄せた。疲れているというのに、いったい誰だ。

さっさと終わらせて眠ろう、と広間に向かう。
荒くなりかける足音を必死に抑えて、カガリは扉を開いた。

「………ってアスラン?」
「………………、………………」
「おい」
「………そうか、そうだよな、パーティなんだから当然だ」
「はあ?」
「いや、ドレス姿に驚いた。よく似合ってる」
「や、やめろよ、私はさっさと脱ぎたくて仕方ないんだ」
「着替えてきてもいいぞ、別に急ぎの用じゃない。…あぁ、いややっぱり駄目か」
「へ」
「あと数分で明日になってしまう。子供たちに怒られそうだ」

苦笑して立ち上がったアスランは、何やら紙袋を手に近づいてくる。
子供たち、というのはマルキオのもとにいる子らのことだろう、と分かってカガリは目を瞬いた。

「これ、お前に」
「え?」
「ラミアス艦長に頼まれて。誕生日プレゼントだそうだ」
「あ、そ、そっか、なんか悪いな」
「いや。こっちが子供たちからで、こっちはフラガ一佐たちから。あと…」
「?」

どこか躊躇うようにして、アスランはテーブルの陰に隠していた花束を取り出す。
それこそ驚きに口をあんぐり開けるカガリに、彼は恥ずかしそうに目を逸らした。
そういえば、あの指輪を渡されたときもこの青年はこんな風に照れ臭そうにしていた、と思い出す。
まるで乙女のように恥らう姿に、カガリは逆に冷静になる。

よって、ドレス姿のまま腰に手をあててふんぞり返ってしまった。

「なんだ?渡すなら男らしくさっさと渡せ」
「………お前こそ、もう少し女らしく受け取る姿勢を見せたらどうだ」
「今日の分の女らしさはパーティで使いきった。アスラン相手なんだ、いまさらだろ?」
「…違いない」

小さく笑って、アスランは手にした花束を差し出してくる。
それを受け取れば、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐって思わず微笑んだ。

「なかなかまともなプレゼントじゃないか」
「…いままでが、まともじゃなかったみたいな言い方だな」
「キラにはトリィ、ラクスにはハロ、私には何の了承もなく指輪」
「う」
「普通のプレゼントもできたんだな、お前」
「…おい」
「ありがとう。今日一日で、一番嬉しい贈り物だ」

肩の力を抜いて柔らかい表情を見せるカガリに、アスランもほっと胸を撫で下ろす。
どんなプレゼントがいいか、ぎりぎりまで悩んで。結局、当たり障りのない花束になってしまって。
でもそれで充分だと微笑んでくれるカガリに心の中で感謝する。
そして、伝えたかったあの言葉を。

「カガリ」
「ん?」
「誕生日、おめでとう」
「………あぁ、ありがとう」

その瞬間、時計の長針と短針が重なり合った。













「お、キラからメールきてる。ラクスと連名だ」
「そういえばキラも誕生日だったな…」
「こっちからも連名でお祝いメール送っとくか?一日遅れだけど、むこうも同じだからいいだろ」
「そうだな。何か贈るべきか?」
「私たちのツーショットでも撮って送ってやろう」
「…それはプレゼントになるのか微妙な気が」
「いいんだよ。今日も無事にやってるぞ、っていう報告だ」
「はいはい」








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