++ 幸せな悩み ++
「何だと!?貴様アスラン、なぜそれを先に言わない!!」 「なぜって……別に仕事に関係ないだろう」 テーブルを叩いて立ち上がるイザークと、書類を手に渋面を浮かべるアスラン。 いい年した大人になった二人の相変わらずの様子に、ディアッカは深々と溜め息を吐いた。 プラントにて、オーブ代表の訪問があり。 ラクスやカガリを中心に、いまだ山積する各国の問題についての話し合いが行われている。 当然のようにカガリに随従したアスランは、空いた時間に旧友と顔を合わせていた。 プラントとオーブで連携して動いている分野は多い。様々な技術や情報がやり取りされているのだ。 合同演習が行われることもあり、イザークはそれに参加する機会が多いとか。 そのため、イザークとアスランは互いの状況を確認し合う場を設けたのであった。 デスティニープランが提唱されてから何年が過ぎただろうか。 それを推進しようとする国家と、そうではない国家とで何度も摩擦は起きている。 個人がデスティニープランに従うことを選ぶのであればそれは当人の自由。 ラクスもカガリもそう考えているが、全ての人が彼女たちのような考えであるわけでもない。 小さな諍いはいつでも起きており、イザークらもアスランも頭を悩ませているのが現状。 キラやシンも日々飛び回っているようで、連絡がつくことは稀だ。 だというのに、なぜかイザークやディアッカとは会う機会の多いアスランである。 「そういやお前って今日が誕生日だったっけ、すっかり忘れてたぜ」 「覚えられていても驚くが」 「ミゲルとかいりゃ、じゃあ祝うか!って騒ぐんだろうけどな」 「そんな年でもないし、時間もないだろう」 「おいアスラン」 低く声を絞り出すイザークに顔を向けると。 いまにも睨み殺す、といわんばかりの鬼気迫る視線がそこにはあった。 「………なんだ」 「欲しいものはあるか」 「は?」 「それほど時間はないから制限されるが、近場で手に入るものなら用意してやる」 「はあ?」 「こいつ、義理堅いんだぜ」 「こいつとはなんだ。ひとが生を受けた日だ、記念すべきときだろう」 「………………」 「な、義理堅いだろ」 確かに、と頷いてしまいそうになる。 しかし欲しいものと言われても、とアスランは戸惑った。 自分たちはとっくに大人として分類される年齢であり、大抵のものは手に入る。 そしてさらにはアスランは物欲に乏しい。趣味のマイクロユニットは最近触れていないし。 「あ」 「?なんかあったの」 「近くにマイクロユニットのパーツを扱ってる店はないか」 「………あるが」 「じゃあそこに連れてってくれ。それで十分だ」 「誕生日に頼むもんじゃねえよなぁ、それ」 「俺にとっては大事な息抜きなんだ、いいだろう別に」 「…分かった。なら仕事を終わらせて向かうぞ」 「へいへーい」 案内された店はなかなかの品揃えで、最新の部品もかなりの数並んでいた。 存分に堪能させてもらったアスランはカガリのもとへ戻ったものの、会議が長引いているらしい。 もうしばらく待機している時間があるらしい、とあてがわれた部屋で買い物袋を広げる。 色々と眺めていてぱっと浮かんだものがあったから、それを造っていよう。 イザークとディアッカの二人に合うと、いつもいつもうるさくて疲れる。 けれど互いに言いたいことをはっきり言えるから、すっきりもするのだ。 人見知りの節がある自分はなかなか本音でひとと話せない。 というよりも、どう伝えていいか分からず、うまく表現できなくなってしまう。 キラやカガリにはもうそんな遠慮はいらないし、ラクスは全てを受け入れ包み込む。 イザークとディアッカは遠慮のない物言いをするから、自分も肩肘を張らずに済む。 プラントの改善点、オーブの改善点、諸外国への対処法。 様々な鬱憤や不満を吐き出した後は、自分たちなりの対策を検討する。 そうした有益な時間を過ごすことができるのもまた彼らだった。 「おいアスラン、終わったぞ」 「…え。あ、ああ、お疲れカガリ」 「おう。なんだ珍しく没頭してたんだな」 「久しぶりに触ってたら……もうこんな時間か」 時計を確認して驚く。こんなに集中したのは久しぶりだ。 イザークたちと過ごした時間のおかげで、雑念が振り払われたのかもしれない。 「そうだアスラン。今晩なんだが」 「なんだ、会議が終わらなかったのか」 「いや、今回の議題はなんとか。また開く必要はあると思うけど」 「そうか」 「今晩、ラクスが私的にって家に招いてくれてさ」 「え」 「お前の誕生日を祝おうって。いいだろ?」 「しかし、対外的には…」 「別に珍しいことじゃないだろー、代表同士の家に招いてパーティってのはさ」 それに、とカガリは会議の疲れも見せず悪戯っ子の笑みを浮かべた。 「護衛って名目でキラもくるし、シンとルナマリアもいるらしい」 「………それに対してオーブの護衛は俺ひとりか」 「気心知れてるメンバーだし問題ないない」 「あのな…」 「みんなお前のことを祝いたいんだよ。幸せ者だな」 「国を挙げて祝われるお前に言われたくないが」 「あれはちょっと…」 けれど気持ちは嬉しいため、アスランは苦笑してありがとうと返す。 うん、と満足げに頷いたカガリはそれであのーと急に歯切れが悪くなった。 どうかしたのかと首を傾げれば、視線をあちこちに飛ばした彼女がきっとこちらを睨む。 ………なんだか、数時間前にもイザークが似たような形相を浮かべていた気がする。 「アスラン、お前何が欲しい!」 「…カガリもか」 「は」 「いや。……というか、カガリに祝ってもらえるだけで十分だ」 「…っ……そ、そういうことを言ってるんじゃない。私の気が済まないだろ!」 「と言われてもな…」 困った、本当にどうしよう。 むしろいつもたくさんのものをもらっているから、彼女からさらに贈り物をされるのは。 「………考えさせておいてくれ」 「おう、でかいの期待してるからな」 「………………ハードルを上げるな」 「アスラン、誕生日おめでとうございます!」 「あ、あぁ、ありがとうルナマリア」 「……おめでとうございます」 「…シン、無理しなくてもいいんだぞ」 ラクスの私邸へとカガリと共に訪れれば、まず出迎えたのはシンとルナマリアだった。 二人とも変わらず元気そうでほっとする。シンは相変わらずの仏頂面だけど。 無理やり付き合わされたんじゃないだろうか、と同情の眼差しを向けてしまうと。 シンはどこか慌てた様子で口を開いた。 「ちがっ、別に嫌ってんじゃなくて。なんていうかその、気恥しいじゃないですか」 「シンは素直じゃないからねー」 「なっ、ルナ!」 「相変わらず仲良いな二人とも」 「代表とアスランには負けます。なんでしたっけ?痴話喧嘩は犬も食わないとかなんとか」 「………俺とカガリはいつも喧嘩してるイメージなのか」 「つかアスラン、痴話喧嘩につっこめ!」 玄関先で賑やかにやり取りをしていたものだから、中まで聞こえたのだろう。 扉が開いてそこからキラが顔を出した。軍服ではなくみんな私服である。 「アスラン、カガリ、いらっしゃい。中に入って」 「…すっかり我が家だな」 「同棲って素敵ですよねー」 「いや…ラクス様が同棲って微妙なんじゃないの?」 「そろそろ結婚してもいい頃だよな。キラ、ラクスとはそういう話してないのか?」 自分のことじゃなければ割と恋愛話もあけっぴろげなカガリ。 遠慮のない質問にアメジストの瞳を瞬き、キラは少しだけ眉を下げて笑った。 考えてないわけじゃないんだけどね、と苦笑して入るよう促す。 客間へと向かうキラについていくと食事の準備を整えたラクスがそこにはいた。 「皆さん、いらっしゃいませ」 「うまそーだな。これラクスが?」 「いえ、さすがに会議がありましたので…。キラとカリダさん、あとメイリンさんが」 「え、メイリン?」 「あの子ここにいたんですか!?」 「はい。アスランへのプレゼントをそこに置いて、これからデートに行かれると」 「………ちゃっかりしてるわ」 自分のために、こうして集まってくれるひとがいる。 温かいものを差し伸べてくれるひとがいる。 幸せだな、と素直に思える。 「よっし、んじゃ食べるか。あ、誕生日ケーキは?」 「ふふ、それは昨日のうちに私が用意させていただきました」 「ろうそく立てる?」 「キラ…もうそんな年でも」 「いいじゃないですか、やりましょうよ!」 「うっわ、恥ずかしい」 「シン、あのな」 運ばれてくるケーキにキラが楽しげにろうそくを立てていく。 ルナマリアがそれに火を灯し、ラクスが部屋の電気を消した。 皆で歌う誕生日を祝う歌。シンがものすごく渋い表情だったのがおかしくて。 皆の期待に応えて、仕方なく火を吹き消す。 そうして賑やかな食事が始まった。 キラやシン、ルナマリア。忙しい面々をよく集めたものだと感心しながらナイフを動かす。 「アスラン」 「?」 隣にいたカガリが心底楽しそうに笑って。 「贈り物、思いつきそうか?」 「……そうだな」 こんな風に、悩めることが幸せで。 もうそれだけで、満たされていて。 それでもまだ与えてくれようとする大事な人たちに。 感謝した。 f i n ... |