+五周年記念・アンケート企画「星は謳う」+
1.イザシホ編 「隊長、緊急事態予測訓練、無事に終了いたしました」 「そうか。あとは式典当日を待つばかりだな」 「はい。……当日は隊長は別任務に赴かれると聞きましたが」 「あぁ…内密の仕事を与えられている」 式典の準備のため慌しい空気が流れる通路を、イザークはいつものように迷いない足取りで進んでいく。それに従う黒髪の少女も慣れた様子で、一定の距離を保ちながら上官の声を聞き逃すまいと生真面目な表情を浮かべつつ追う。 少女というよりは、すでにひとりの女性と言うべきかもしれない。ふたつの大きな戦を前線で乗り越えたイザークとその部下は、軍部にその名を知られており、重要な役目を与えられることも多い。そんな隊長と己の隊を、赤服を身にまとうシホは尊敬し、また淡い恋心を抱いてもいた。 恋愛とかそういったことに無縁だったあの頃。 ザフトのトップガンとしてクルーゼ隊に配属され、そのままジュール隊へ。 戦場に出るようになってそのほとんどの時間を、目の前を行く青年の背中を見て過ごした。 さらりと流れる銀髪、鋭い色を浮べるアイスブルーの瞳。 気高さを失わない横顔としゃんと伸ばされた背中を見つめるだけで、良いと思っていたのに。 いや、いまでもそれで充分だと思っている。けれど、ほんの少し欲張りになったみたいだ。 ずっと彼の姿を見ることのできる距離にいられたらいいのに、といつの間にか思うようになっていて。 そんなことを思う自分に、軍人が何を考えているのだと頭を振ったことは数知れない。 こんなことを考えていると知られたら、イザークに叱責されるのは目に見えているというのに。 (むしろ失望されたりしたら…) 「まったく、この忙しいときにわざわざ俺に別任務か」 「…あ……内密ということですから、重要な役目なのでは?」 「俺はそうは思わん」 渋い表情を浮べるイザークに不思議に思って首を傾げる。 けれど嫌悪の色は浮かんでいないから、悪い仕事ではないのだろうと思う。それぐらいは分かるほど、長い時間が流れた。 ということは、元クルーゼ隊に絡む何かなのかもしれないと予想する。 彼は気心の知れた仲間を相手にすると、よくこんな表情を見せるのだ。 「あぁ、これはジュール隊長」 柔和な笑みと共にやって来た他の部隊の隊長に足を止め、最終確認の報告を済ませる。 それが終わると、相手の隊長はどこか高揚した様子で窓から式典会場となる場所を見下ろした。 「よく、ここまでこぎつけたものですね」 「……あぁ。確かに長かった」 「さすがラクス様です。我々も、もっと精進せねば」 「そうだな」 「そういえばジュール隊長、明日の晩餐会には参加されるのですか?」 「………………招待状が来ていたな、そういえば」 「各国の賓客もいらっしゃるようですし、その場に招かれるとはうらやましい」 心底彼は思っているようだったが、イザークはやや疲れた溜め息を吐いてみせる。 それでは何かあれば報告を、と短く会話を終えて再び歩き出す。ぺこりと頭を下げてから、シホもイザークの後を追って通路を歩き出した。 メサイアの戦いから三年ほど。 大戦の傷も少しは癒えて、ようやく各国も非常事態から回復した。 そうなれば様々な条約や法律の整備が始まり、その調整も先日ひと段落したところ。 とはいっても、大綱ができただけで細かい部分の話し合いはまだまだこれからだ。 「呑気に晩餐会を楽しんでなどいられるか。各国の首脳が集まるということは、それだけ警戒も増しておかねばならないということだろうに」 「そうですね、こういった式典の場はテロの標的になることも多いですし」 「あぁ。特に今回の式典は反デスティニープラン派が多く集まる。それを面白くないと思う者には格好の標的だろう」 「…何かしかけてくると思いますか?」 「それを未然に防ぐのが、我々の仕事だ」 「はい」 「そのためにシホ」 「はい?」 「晩餐会のパートナーにお前を連れて行くつもりだが、予定は空いているか」 「は」 何を言われたのか分からず、ぽかんと口を開け思わず足を止めてしまう。 しかしイザークはといえば真面目な表情のまま、同じく足を止めてくるりと振り返った。 その拍子にさらりと彼の髪が揺れて、あぁ綺麗だなんて思ってしまう。現実逃避かもしれない。 「晩餐会はパートナー同伴が基本だろう。何か不測の事態があったときに、お前なら問題なく対処できるだろうと思ったのだが」 「は…あ…え……ありがとう、ございます?」 「予定は空いているんだな」 「はあ…恐らく。式典の仕事が延長する可能性も考えて、明日は何も予定を入れてませんでしたから…」 「なら付き合え。ドレスはこちらで用意しておく」 「ええ!?」 「こちらの勝手な要請だ、それぐらいは当然だろう。…あぁ、好きな色はあるか」 「え」 「それぐらいの希望は聞いてやる」 「あ、え、えっと………赤、ですかね」 こういうときにザフトの赤服しかイメージがわかない自分が恨めしい。 本当ならイザークと同じ瞳の色が好きなのだけれど。そんなこと恥ずかしくて絶対言えない。 まああの色は眺めていたい色であって、自分が身にまといたい色ではないわけだが。 ひとり悶々とそんなことを考えていると、ふむとイザークが顎に手をあてる。 それから満足気に頷いて、唇の端を吊り上げた。 「赤か。お前にはふさわしい色かもしれんな」 「え」 「赤服に恥じない働きにいつも感心している」 「…っ……あ、ありがとうございます!」 「それに」 「?」 一歩二歩と近づいたイザークが突然手を伸ばしてくる。 そして頬の横を通り過ぎて、さらりとこちらの髪に彼の指が触れた。 その瞬間、シホの身体が湯沸かし器のように一気に熱くなる。 だが動揺する部下には気づかないまま、イザークはシホの黒髪を軽くまとめて上へ持ち上げた。 自分の首筋が涼しくなるのを感じるものの、もう顔を上げることもできずシホはされるがまま。 しかしイザークはそれでは気に入らなかったのか、空いた手でこちらの顎をついと引き上げた。 「……!!!?」 ものすごい至近距離にある端整な顔に、このまま卒倒するのではないかと思う。 頭がぐるぐると混乱して、動悸が激しくなる。息切れまでしてきそうだ。 「この黒髪に、赤は映えるだろうな」 「………は、は、い…」 「?どうした」 「な、なんでもありません」 そうか、と呟いてようやくイザークは元の距離に戻る。 どっと身体の力が抜けてシホは胸に手をあて、乱れる鼓動と息を整えた。 ただこの距離で見つめているだけで満足していた身に、あの距離は毒でしかない。 変な挙動をとりはしなかっただろうか、と不安になるこちらには全く気づいた様子もないイザークに、ほっとするやら悲しくなるやら。乙女心は複雑である。 「式典の間は俺は恐らく戻ってこられないだろう」 「…………」 「シホ?」 「あ、はい!別任務がありますものね、了解いたしました」 「ジュール隊のことはお前に一任する」 「………あれ、副長は?」 「ディアッカも任務に同行することになっている。そうなると、必然的にお前が代任することになるだろう」 「こ、光栄であります」 「何かあれば連絡しろ、すぐに戻る」 「え………重要な任務でしょうに、大丈夫なのですか?」 「問題はない。むしろ、俺が行く必要性を感じていないんだがな…」 「?」 まあいい、と歩き出そうとしてイザークはわずかに振り返った。 「式典が終わったら、連絡する。迎えに行くから、お前はその身ひとつでついてこい」 「は、はい」 「通信はいつでも繋いでおけ」 「了解いたしました!」 一応、同じ部隊であるためイザークの個人通信の連絡先も知っているのだが。 それが使われたことなどほとんどなく、けれど彼のアドレスがあるだけで喜んでいた。 まさか、こんな形で使うことになろうとは。しかもイザークから連絡が来る。 どうしよう、今日は眠れないかもしれない。 ああでも寝不足で式典に影響が出てはいけないし、隈をつくって晩餐会に出るわけにも。 だがしかし、動揺するなという方が無理だろう。 これは、どこかで精神集中しなければ。 「俺はこの後は部屋に戻るが、お前はどうする」 「本日の予定は終了いたしましたので、射撃場に向かおうかと思います」 「余念が無いな、さすがだ」 「ありがとうございます」 「…後で俺も顔を出すか。最近、ろくに訓練をしていない」 「へ!?」 「何だ」 「あ、いえ、なんでも!」 もしかして、結局気持ちを落ち着けることはできないのではないだろうか。 そう頭を抱えるシホ・ハーネンフース。 二十代に入ろうとも、あまり状況は変わっていないように思えた。 NEXT⇒◆ |