+五周年記念・アンケート企画「星は謳う」+
3.ディアミリ編 シャトルから降り立ったミリアリアは、重い機材を手にプラントの空港をぐるりと見回した。 ナチュラルである彼女は中立国オーブの出身とはいえ、 なかなかプラントまで足を運んだことはない。数年前までは戦争が幾度となく行われていたのだからなおさら。 好奇心と喜びを瞳にたたえ、カメラマンとしての仕事を再開させた彼女は颯爽と歩き出す。 こうして自分が新たな場所へ足を踏み入れられるのも、世界が少しずつ平和に近づいている証だ。 空港を出てから予約しているホテルまでの道のりを案内図で確認する。 ここからはいくつもの交通手段が用意されており、誰も不便を感じないようになっている。 ただ、とミリアリアはちらりと不審にならない程度に目を動かす。 シャトルから降りるときもそうだったが、さりげなくされる警戒は厳重なものだ。 今回行われる式典はかなり大がかりなもので、世界的にも意味のある重要なもの。 失敗は許されないし、邪魔されることも容認してはならない。その気負いが窺えた。 まだ小さな一歩。けれど大事な大事な一歩。 共に戦場を駆け抜けた仲間たちが、必死に進んできた結果のひとつがここにある。 ならば自分にできることは。それを記録すること。 「女の荷物は多いっていうけど、これは相当なんじゃね?」 「………………来なくていいって言ったはずだけど」 「仕事だったらおとなしく待ってるつもりだったけど。残念でした、さっきあがったとこ」 ひょいと手にしていた荷物を奪われ、半眼になって振り返る。 するといつものように飄々とした笑顔を浮かべる青年がそこにはおり、ミリアリアは不機嫌な表情を浮べた。これはもうすでに条件反射のようなもので、実は彼女本人にもどうにもできなかったりする。 しかし彼はそれを気にすることもなく、コートを揺らして歩き出した。 「ちょっと、どこいくの?」 「駐車場。車で来てっから」 「………安全運転なんでしょうね」 「何度か乗ってるでしょーに。モビルスーツ乗りは、普段は安全走行だぜ?」 「どうだか」 そう返しながらも、ミリアリアは荷物を奪い返すでもなくディアッカの後を追う。 建物から出れば広がる駐車場。そのうちのひとつの車に荷物を積み込み、座席へ。 エンジンをかける青年の隣りに乗り込みながら、ミリアリアは見える景色を感慨深げに眺める。 ヘリオポリスだって、宇宙にある人工の都市だった。 そしてここプラントも人工によって生まれた人の住む場所。 この青い空も、見える木々だって自然のものではないのだ。 けれどそれらを感じさせない景色に、つい感嘆してしまう。 「まだ観光地にも行ってないのに、楽しそうじゃん」 「ちゃんとプラントに来るの初めてだもの」 「そうだっけ?」 「そうよ。メサイア戦の後でちょっと滞在したけど、ほとんどアークエンジェルからは出なかったし」 「あぁ…。そういや、あっちの艦長さんたち元気?」 「元気よ。マリューさんたちも顔出したかったらしいけど、さすがにこういう大きな式典の場は立場が微妙だから遠慮するって。でも一度、プラントには来るって言ってた」 「へえ」 「ミネルバの…グラディス艦長の息子さんに、会いたいんだって」 「………そっか」 本人の宣言通り安全運転でディアッカはハンドルをきる。 その点は信頼しているミリアリアは緊張することもなく、風を受けながら近づく町並みに目を細めた。 「…怖くねーのかな」 「え?」 「………その息子からすりゃさ、艦長さんたちは母親の仇ってことだろ」 「厳密には違うけど…まあ、そうとるかもしれないわね」 「自分が死なせたかもしれない相手の家族に会う。それって、怖いことだと思うぜ」 そう呟くディアッカの言葉には重みがあって、ミリアリアはうんと小さく応える。 彼とミリアリアが初めて出会ったとき、まさに同じ状況だった。 恋人としてずっと共に過ごしてきたトールが殺され、目の前にザフト兵が現れたのである。 実際はディアッカが殺したわけではなかったけれど、あのときのミリアリアには関係がなかった。 大切なひとを奪った、敵。彼はもういないのに、なぜ敵が目の前でのうのうと生きている。 真っ黒に染まった自分の心を、いまでも覚えている。 ああして戦いはより大きく、悲しみや憎しみを生み出していくのだと。己の経験から知った。 「………ディアッカは、だからすごいと思うわ」 「は」 「馬鹿だとも思うけど」 「おい」 じとりと睨んでくる視線に、ほらほら安全運転とひらひら手を振る。 納得がいかない、といった表情にくすりと笑ってミリアリアはシートに頭を預けた。 「私に刺されそうになった後なのに、トールが乗ってた機体のこと…聞いてきたじゃない」 「あれは…」 「また同じ目に遭うかもしれないのに。…自分がやったんじゃない、って分かった後でも私のこと責めなかったでしょ?むしろ、殺したいなら殺せばいいみたいなこと言うし」 「……俺がやったわけじゃなかったけど、敵として戦ってたのは事実だろ。なら仇と同じじゃないか、って思ったんだよ」 「うん。そう考えられるディアッカが、すごいなって思ったの」 誰だって死にたくないし、殺されたくない。 それと同じように、誰だって死なせたくないし、殺したくない。 けれど戦争というものは、そんな当たり前の感情すらも飲み込んでいってしまう。 あのとき自分たちは、恐らくひとつの根本を知った。 ひとの生命を奪うことがどんなことか、奪われることがどんなことなのか。 「あの後も、なんだかんだでアークエンジェルに残っちゃうし」 「考えもしてなかったんだな、って気づいてさ。戦争を本当の意味で終わらせるにはどうしたらいいのか。…それはいまでも考えてるところだけど」 「考え続けることが大事、でしょ?」 「なんだろうな。俺には苦手な分野だけどさ」 「苦手を克服してこそ、ひとは大きくなっていくものよ」 「なんだそりゃ。つか、俺のこと馬鹿と思う理由は?」 「聞かなくても分かってるでしょ。まだ軍人続けてるところよ」 「んじゃキラとかアスランもそうなるじゃん」 「そうよ、みーんな。………でも力が必要なときもある、って…分かってはいるから」 少しだけ切なげにミリアリアの瞳が揺れた。 なんだかんだで長いこと彼女を見続けてきたディアッカには、そのささいな変化に気づく。 これは彼女がほんのちょっとだけ泣きたいのを我慢しているときだ。 弱りそうになる心を押し殺して、いつもの自分であり続けようとするとき。 その強さに惹かれたし、すごいとも思うけど。 やはりあの頃から自分が思うのは。 泣き顔よりも、笑顔が見たいということだった。 「で?ここ私の泊まるホテルじゃないんだけど。というか、ホテルですらないじゃない」 「寄り道ぐらいいいだろ。チェックインまではまだ時間ある」 「なんでチェックインの時間まで知ってるのよ」 「まあまあ」 車から降りたディアッカは、助手席のドアを開けてやって手を差し出す。 ぶつぶつ文句を言っていたミリアリアは諦めたのか、ひとつ息をついてその手をとった。 そしてそのまま二人手を繋いだまま歩き出す。 「ちょっとここ高台になっててさ。眺めが気持ちいーのなんのって」 「へえ」 そうしてディアッカに手を引かれて辿り着いた場所からは、今回式典が行われる街が一望できて。思わずわあと声を漏らしてしまうほどだった。 平和への式典のため、今回のプラントは軍事要塞的なものではなく。どちらかというと観光メインの場所となっている。そのため景色はかなりのものだ。 湖がきらきらと輝いているのが見えるし、小さな山がいくつも作られている。 夕方になるともっと綺麗だ、と笑うディアッカにそうなんだろうなと頷いた。 こうした場所で、大切なひとと笑って生きていければいいのに。まだまだ道は遠い。 「……やっぱり、そうなのよね」 「?」 「あんたは止めるけど、私はやっぱり写真を撮りつづけていくわよ」 「ミリアリア…」 「銃を持つことは私にはできないもの。でも、別の戦い方がある」 美しい地球を、これ以上傷つけないために。 「あんたが軍人であることを私も止めない。…あんまり応援もできないけど」 「正直だねぇ」 「だってキラなら安心して送り出せるけど、ディアッカは危なっかしいんだもの」 「なんかそれ複雑なんだけど?」 「そこはほら、やっぱり培ってきた信頼関係の違い?」 「こらこら。せめて、友人と恋人の違いと」 「誰が誰の恋人ですって!?」 「ちょ、タンマタンマ!お前の拳けっこう痛いんだぜ!?」 「痛くしてるのよ当たり前でしょ!」 逃げろ、とばかりに車までダッシュするディアッカをミリアリアも追いかける。 子供みたいなことをしている、と自覚はあったけれど止めることもなく。 こんなくだらないことができる。それはとても幸せなことだから。 「あーもう、汗かいちゃったじゃない信じらんない!」 「意外に足早いのな」 「そりゃ鍛えてますから。逃げ足と体力は必須よ」 「…頼むからあんま危険なことはしないでくれよホント」 「命を粗末にはしないわよ。生き残った人間の義務でしょ」 「かっこいいね、お前」 ホテルに行くかとエンジンを再びかける。 車で風を受け、さらには走ったせいだろうか。ディアッカのセットされた髪がはらりと落ちる。 自然とミリアリアは手を伸ばしてその髪を払ってやっていた。 サンキュ、と嬉しそうに笑う彼は少し幼く見えて。ちょっとだけ、可愛いなと思えてしまう。 けれどそれを認めるのは癪で、別にとそっぽを向いてシートベルトをしめた。 「夕食はどうする?ホテルでディナーとか」 「ディアッカのおごりなら食べてもいいけど」 「へいへい。最高のディナーを提供させていただきます」 「ふふ、やった」 「んで、その後は」 「………何期待してんのよ」 「だって俺たちとっくに大人だぜ?そんな雰囲気になったって問題ないだろ」 「んー…じゃあそれは、夕食の良し悪しによるってことで」 「言ったな。期待してろよ」 自信満々ににやりと笑う彼に、やっちゃったかなぁと内心で苦笑う。 けれど、いつも自分のことを見守ってくれている彼だから。 たまには、素直に甘えてみたっていいかもしれないとどこかで思ってもいた。 それは小さな、けれど確実な一歩。 NEXT⇒◆ |