+五周年記念・アンケート企画「星は謳う」+


4.アスカガ編













「別にもっとゆっくりしてきてもよかったんだぞ?アスラン」
「…代表の護衛という名目で来てるんだ、そういうわけにもいかないだろう」

控え室で紅茶を飲みながら足を組むカガリに、アスランは渋い表情を見せた。
いま自分たちがどこにいるのかを分かっての発言だろうか、と睨むに近い表情を浮べてしまう。
二十代になろうとも奔放というか大らかなところは変わらないカガリは、頭固い奴だなぁと笑った。

「プラントに戻るのも久しぶりだろう?会いたいひととかさ」
「…ラクスの計らいで大体には会えた。充分だ」
「にしても二、三時間で戻って来るとは思わなかったぞ」
「カガリの傍をそれだけ離れていたことだけでも、俺としてはありえないことなんだが」
「頭でっかち」
「そういう問題じゃない」

いつもの問答を繰り広げる二人に、くすくすと穏やかな笑みが割って入った。
視線を向ければ、ザフトの白服を身にまとったキラが楽しげに口元を押さえている。
アスランが出かけている間、実はキラがカガリの護衛を務めてくれていたのだ。
ひとつの国家の代表を、違う国の軍人が護衛するというのもどうなのか。
そうは思うものの、ここはプラントで最高主権者はラクスであると言っても過言ではない。
よって、こういうありえない状況がまかり通ってしまうわけである。

…このままで大丈夫なのか、プラント。
そう不安がよぎるものの。基本的にラクスは政治には関与しない。
というより、民意や議会の採択をできるだけ優先させる。今回は特殊な例、ということだ。

「久しぶりに会っても変わらないね、二人とも。なんだか安心した」
「…むしろ俺としては少しは変わってほしいものなんだが」
「なんだよ、少しは貫禄が出てきただろ」
「自分で言うものじゃないだろう」
「でもカガリ綺麗になってきたよね。やっぱり女の子なんだな、って思う」
「なっ!そういうことはラクスに言ってやれよ!」
「え、ラクスは昔から綺麗だし」
「………おいどういう意味だ場合によっては殴るぞ」

地を這うようなカガリの声に、あははとキラは笑って誤魔化す。
この双子こそ、相変わらずではなかろうかとアスランは何度目か分からない溜め息をこぼした。

だがキラの言う通り、カガリはだんだんと女性として成熟してきたように思う。
勝気な瞳は強い意思を宿した、凛とした眼差しへと成長し。
凛々しい横顔は、少し気の強い美女へと変貌しているように感じられる。
それは自分の欲目なのかとも思っていたのだが、どうやらキラにもそう見えているようだ。

「そういえば、カガリって結婚の話とかどうなってるの?」
「あぁ…うるさく言う奴等もいるにはいるけどな。前の件で懲りてもいるから、そうでもない」

カガリの夫としてオーブを危機においやりかけた、ユウナ・ロマ・セイラン。
すでに故人となっているひとを悪く言いたくはないが、彼とその父は己の利権にしか興味がなかった。
その結果が、数年前の戦いである。

「アスランとのことは、認められてないの?」
「………そもそも、まだ正式に恋人に戻ったわけでもないしな」
「ようやくオーブも落ち着いてきたが、いまはそれどころじゃないって感じだよな。まあ最終的には、私の夫はオーブだ!でもいいんだけどさ」
「………………その漢前なところも変わらないね」
「カガリだからな…」

部屋のインターホンが鳴り、キラを呼ぶ声が聞こえた。
どうやらそろそろラクスの参加している会議が終了するらしく、じゃあ行ってくるねと立ち上がった。
一応、カガリやアスランの接待という名目でキラはここにいたのだけれど。
恐らくはラクスの会議が終わるまでの時間潰しだったのではないか、と思う。

キラの背中を見送って、アスランは冷めた紅茶に口をつけた。
あと一時間もすれば式典が始まる。そして夜には晩餐会が開かれる。

どうやってカガリにドレスを着てもらうか、それを頭の中で必死に考えながら。











デュランダル議長の提唱した、デスティニープラン。
それらを受け入れた国とそうでない国とに、世界は二分されている。
国がどのような政策をとるかは自由であるため、ラクスもカガリも取り立てて行動は起こしていない。
だが、それが新たな戦いの火種となる可能性も否定することはできない。

そのため、いかにそういった国と融和政策をとっていくべきか。
プラントやオーブ、スカンジナビア王国などを中心に幾度となく話し合いの場がもたれた。

プラントと敵対していた、元地球連合軍の国家の多くがデスティニープランを受け入れている。
その事実は皮肉にも思えた。
自分の才能を知り、それを生かしていく。悪いことではない、むしろ良い面もたくさんあるだろう。
けれどそれが強制されては、ひとは夢見ることを忘れてしまう。その先に、未来はない。

《しかし、我々もまた、他の者の意思を否定することは許されない。よって他国を強制するようなことはしない。理念を貫き、他国の理念を否定しない。それはオーブが昔から守ってきた想いでもある》

多くの人々が集まり、世界各国の首脳陣や報道陣が集まる式典会場で。
カガリは迷う様子もなく力強く、己と己が守る国の意思を表明する。
ステージ袖に待機しながら、アスランはその言葉をじっと聞いていた。

《それぞれがそれぞれの未来を描き、進んでいく。それが許される未来がこれから広がっていくことを、切に願う。そしてそのために、私も進んでいきたい。もう二度と、あのような争いの起きることがないように。自分に何ができるのか、諦めることなく考えていってほしい》

何も考えず、ただ従っていくことはとても楽な道。
ほとんどのひとが、そうやって毎日を生きていくだろう。
けれどその結果、何も知らずに取り返しのつかない状況に辿り着いてしまったら。
その恐ろしさを知っていながらも、自分たちは再びの戦いを止めることができなかった。

今度こそ、繰り返すことがないように。
この後悔や悲しみを忘れてはならない。そして、明日への希望も。

カガリの真っ直ぐな言葉に、会場から拍手がわきおこる。
ここに集う人々には笑顔が浮かんでおり、未来の明るさを信じられそうだった。
きっと、この演説を複雑な思いや否定的な気持ちで見ているひともいるだろうけれど。

カガリがマイクから離れ、代わるようにラクスが前へと進み出た。
穏やかさの中に静けさを沈めた横顔は、柔らかな表情にどこか老獪さを感じさせる。
澄んだ瞳は冷たくも温かくも見え、彼女特有の深さをたたえていた。

《私たちは常に迷います。迷い、壁にぶつかり、ときには争い傷つけあうこともあるでしょう。けれど、それで終わりにしてはなりません。ぶつかってしまったのなら、そこから互いの手を取り合い、どうすれば理解し歩いていけるかを考え続けねばならないのです。ひとりひとりが、その答えを探し歩んでいくことで、より良い未来へと辿り着けるのだと、私は信じております》

凛とした声が会場に響く。
正しい答えは見つからない。だからこそ、皆で探していかなければならない。

いつも自分たちが迷うとき、道を指し示してくれたラクスやカガリ。
彼女らとて迷っている道の途中で、答えを持っていたわけではなかったのだ。
それでも少女たちは諦めなかった。問うことを、やめなかった。
そのひたむきな心が、こうして人々の胸を震わせ、大きな波紋として広がっている。

だからこそ、彼女たちを守りたい。
そう思う、キラとアスランは剣と盾であることを望んだ。

《見失うこともあるかもしれません、道が見えないこともあるでしょう。けれど、どうか。そのときには思い出して下さい。皆さんが、私が、真に欲していたものは、守りたかったものはなんだったのかを。………きっとそれは、とても近くにあって、けれどすぐに分からなくなってしまうもので。それでも、最後には私たちを救ってくれるものなのですから》

いまこの胸に、自分なりの答えがある。
そうしていくつもの答えと願いが煌き、この夜空の星のように瞬き世界を彩っていく。

そう信じて、自分たちは前へと進んでいく。

それが、生きていくということなのだ。














「いーやーだー!」
「だから諦めろ。晩餐会なんだぞ、正装せずにどうする。国の威信にも関わる」
「この服でいいだろ!?別にドレスでなくても」
「………式典と同じ格好で出席する者がどこにいる」
「ここにいる」
「開き直るな!」

式典を終え、晩餐会までの時間をアスランはカガリと共に控え室で過ごしていた。
控え室とはいっても、国の代表が滞在する場所だ、ホテルのスイートルームといってもいい。
そこに広げられたいくつものドレスは、マーナがはりきって持たせてくれたものである。
可愛らしいものからシンプルなもの、大人っぽいものまで様々だ。

「だいたい、俺がタキシードで参加するのにカガリもパンツでどうする。妙な組み合わせだろう」
「ならアスランがドレスでもなんでも着ればいいじゃないか」
「………………本気で言ってるのか」
「…いや、すまん、ちょっと想像して複雑になった」

そんなものを想像するな、とアスランがげんなりと肩を落とす。
腕を組んでふんぞり返る代表に溜め息を吐いて、散らばるドレスに視線を向けた。

「カガリも分かってるんだろう、駄々をこねずに早く決めてくれ」
「………晩餐会までまだあるだろ。もう少し、楽な格好でいさせてくれ」
「…なら、せめて着るドレスぐらい選んでくれないか」
「アスランが決めてくれればいい」
「は?………散々俺のセンスはどうとか言ってなかったかカガリ」
「でも今夜はそんな気分なんだ。アスランの選んだドレスなら、着てもいい」

言われて嬉しい台詞ではあるが、果たしてこの状況で喜んでいいものか。
ぶつぶつと呟きながら、アスランはそれぞれのドレスに目を走らせた。
そしてそのうちのシンプルな一着を指差し、これでいいかと確認をとる。

「これでいいのか?」
「…カガリはあまり派手な装飾はいらないと俺は思う。ありのままの姿に近い自然なものが、一番だろ」
「………それは私にお洒落は似合わないと言うつもりか」
「なんでそうなるんだ。そのままのカガリに近い方が、俺はいいと思うってだけだ」

自然体な彼女だからこそ、自分は惹かれたし、国民もついてくるのだ。
もちろん、つけるべきけじめはつけてほしいものだが、と顔を上げると。

なぜか顔を真っ赤にしたカガリがそこにはいた。

「………え?」
「お、おま!そういうことは素で言うなよな!」
「そういうことって…」
「ほんと恥ずかしいことさらっと言うよなアスランって」
「それはむしろカガリの方だろう?」
「どこが」
「思ったままを言うのは分かるが、俺はいつも心臓に悪い」
「………そうか?」

キラやラクスがいれば、お互い様なんじゃないかと言うことだろう。
だが、あの二人にこそ言われたくないものである。

「…女性のドレスを選ぶことなんてないから、本当にこれでいいのかは分からないが」
「いーんだ、私のドレスを選んでいい男はお前だけなんだから」
「え」
「機会があったら、ウェディングドレスも選ばせてやるよ。いつになるか分からないけどな」

そもそもその機会があるのかすら微妙だけどな、とわずかに赤い頬でカガリが笑った。

まだ彼女の薬指に指輪は戻っていない。

幼すぎた自分たちの、早すぎた愛の証。
それがいつか本当の証として、再びあるべき場所に戻るまで。
自分はこうして彼女に振り回されながら、一歩一歩を進んでいくことになるのだろう。

「…選んだドレスに、文句つけるなよ」
「選んだものによる」
「おい」
「その前に、今度こそまともなプロポーズしろよ。あんな指輪の渡し方はなしだからな」
「………努力はする」
「期待せずに待っててやろう」
「カガリこそ。もう少し安定した代表としての仕事をだな」
「いまは休憩中ーその話は聞かないー」
「……はあ」

きっと来る、二人の未来。

いまはカガリの部屋の引き出しで眠る、あの指輪。

それが目覚める日は、遠くない未来。














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