+五周年記念・アンケート企画「星は謳う」+


5.キララク編












《私たちは常に迷います。迷い、壁にぶつかり、ときには争い傷つけあうこともあるでしょう。けれど、それで終わりにしてはなりません。ぶつかってしまったのなら、そこから互いの手を取り合い、どうすれば理解し歩いていけるかを考え続けねばならないのです。ひとりひとりが、その答えを探し歩んでいくことで、より良い未来へと辿り着けるのだと、私は信じております》

凛としたその声に、自分は何度導かれただろうかと思う。
導く、というのとは少し違うかもしれない。ラクスはいつだって答えを与えてはくれない。
ただ問うのだ、あなたはどうしたいのかと。何を探し、何を求め、何のために進んでいくのかと。

初めて出会ったときも、迷っていた。
けれど彼女は当たり前のように自分のありのままを受け入れ、微笑んでくれた。

彼女はいつもそう。例え進み続けることに疲れ、立ち止まってしまったとしても。
それでもきっと、そのひとの全てを彼女は受け入れるのだろう。
戦いに疲れ停滞してしまった自分を、何年も見守り待ち続けてくれたように。

《見失うこともあるかもしれません、道が見えないこともあるでしょう。けれど、どうか。そのときには思い出して下さい。皆さんが、私が、真に欲していたものは、守りたかったものはなんだったのかを》

ひとは多くを望まない、本来であれば。
ただ大切なひとが傍にいて、帰るべき場所があって、穏やかな日々が過ごせれば。
それだけで幸せだと思えるはずなのに、戦いという渦は全てを飲み込んでしまう。

《………きっとそれは、とても近くにあって、けれどすぐに分からなくなってしまうもので。それでも、最後には私たちを救ってくれるものなのですから》

平和への道を歩み始めた世界。問題は山積みだ、何度もつまずくだろう。
けれど彼女の曇りない瞳があるかぎり、きっと自分は歩いていける。

自分を見守り続けてくれたその瞳が、悲しみに揺らぐことのないように。

平和を願う式典の会場を見回しながら、キラはアメジストの瞳を細めた。












晩餐会までの時間のほんのわずか、ラクスはようやく休息をとることができていた。
とはいってもすぐにドレスアップして会場に向かわなければならない。
せいぜいお茶を飲むぐらいの時間しか許されておらず、式典用の服を脱いでラクスは髪をほどいた。
少しでも彼女が休めるようにと、控え室にいるのはキラだけ。
気分が楽になるお茶らしいよ、と優しく差し出してくれるカップを微笑んで受け取る。

「とっても良い式典だったね。僕も気持ちを新たに頑張ろうって思ったよ」
「無事に終わって、ほっとしています。問題も特になかったようですし」
「うん、ちょこちょこ小さな問題が起こるのはひとが集まってれば当然だし。シンたちが警備はしっかりやってくれてたみたいだから」
「キラが式典の間、傍にいてくださって心強かったですわ」
「本当は傍にいられるような身分じゃないんだけどね」

苦笑してキラは紅茶に口をつけた。
いくら白服を身にまとっているとはいえ、キラは軍人だ。
政に携わるラクスとは根本的に所属する位置が違う。本来なら、専属の護衛がつくべきだ。
けれどいつの間にやらラクスの傍には自分、というのが定着してしまっているようで。
その辺り、プラントはなかなかに寛容だと感心してしまう。それとも、ラクスの力なのだろうか。

紅茶で喉を潤したラクスは、どこかほっとしたように肩の力を抜く。
やはり色々なプレッシャーが彼女の細い体に圧し掛かっていたのだろう。
ドレスを着る前のコルセットのようなものだけしか身にまとっていない彼女は、とても儚げで。
国や世界を想いひたすらに進み続ける歌姫とは、違った印象を与える。

普段は結い上げられた長い桜色の髪は、無造作に背中に流されていて。
むき出しの細い肩や腕は、白く柔らかな肌がのぞく。
いつの間にか、自分の前でだけ見せてくれるようになった、ありのままの彼女の姿。
歌姫ではなく、ただのラクス。この存在をこそ、キラは守りたいと想う。
本当はただ花を眺めたり、料理をするのが大好きな、普通の普通の女の子。
ちょっと不思議で、ほわわんとしていて、優しくて可愛い、愛しいひと。

「ねえ、ラクス」
「はい」
「晩餐会がひと段落したら、内緒でちょっと宇宙に出ようか」
「え?」
「ラクスと、星が見たくなった」

ここプラントでも無論星を見ることはできるけれど。
真空の宇宙は美しく、大気に光が遮られることはない。圧倒的な景色なのだ。

「最近、準備だなんだでバタバタしてたから。デートとか、どうかなって」
「まあ、とっても素敵ですわ」
「よかった。じゃあもうひと踏ん張り、頑張らないとね」
「はい。……あ、そろそろ開場の時間。キラ、手伝っていただいてよろしいですか?」
「うん」

準備されていたドレスを着せるのを手伝い、ラクスがメイクをする間にキラが髪をまとめる。
あまり器用な方ではないのだが、彼女と過ごすようになってこうしたことも覚えてしまった。
さすがにパーティ用の髪型になると緊張してしまうけれど、逆にしっかり結ぶ必要はないだろう。
政治家としてではなく、歌姫として慕われていた頃のラクスは女の子らしい髪型が多かった。
それを思い出すようにゆるく髪の一部だけをまとめ、彼女の証である月型のバレッタを差し込む。

ラクスの柔らかな髪や、まとめるときに視界に入る白いうなじなどはとても心臓に悪いけれど。
まだまだ式典は続いているようなものなのだから、しっかりしろ自分と言い聞かせた。

メイクを終えたラクスが、宝石箱を取り出して服装に合う装飾品を選ぶ。
派手にならない程度のイヤリングが彼女の耳を飾り、よく似合うよとキラは笑った。
手元はどうしようかと悩むラクスに、そっと彼女の左手をとる。
え?と目を瞬く恋人の背後から、そのまま細い薬指へと指輪を通す。

「……キラ、これは」
「ようやくひとつの区切り、でしょ?渡すならいまかと思って」
「………とても、綺麗」
「ラクスのイメージなんだ」
「私の?」

驚いたように見上げてくるラクスに、キラはうんと頷く。

「この指輪、角度で色が変わる特殊な石なんだって。まるでラクスみたいでしょ」
「そう、でしょうか」
「皆を癒す歌姫も、凛とした姿も、僕たちの前で見せてくれる穏やかな姿も。全部が、ラクスだよ」
「キラ……」
「ラクスは、たくさんの想いを受け止めて生きてるね」

指輪の嵌められた左手の甲を引き寄せ、唇を落とす。
この細く小さな手で、彼女はいったいどれだけのものを抱き締め守り続けているのだろう。

人々の弱くいまにも消えてしまいそうな声を、絶やさないようにと進んできた彼女。
志半ばで命を落としたシーゲル・クラインや、平和を願い己の存在を渇望したミーア・キャンベル。
他にもたくさん、彼女へとそれぞれの想いを預けていなくなった者たちがいる。
きっとラクスはその託された想いを、忘れない。ずっと抱えたまま、歩んでいくのだろう。

「色々な輝きを見せながら、生きるラクスを。僕は守っていきたいと思う」
「………キラ」
「笑ったラクスも、涙を流すラクスも、全部受け止めるから。君が、僕にそうしてくれたように」
「…キラ、私はすでに充分にあなたに幸せをもらっています。あなたがここにいて、触れていてくれることが…本当に嬉しい」
「うん。僕も、ここにいて、ラクスといられることが……嬉しいよ」

生きることは罪なのではないかと、己の存在に疑念を持ったこともあった。
けれど自分が生きていることを望んでくれる、そんな愛しい存在と出会えたから。

不安定に瞬いていた星が、いまは強い輝きを放っている。
それぞれが、それぞれの想いを抱いて生きていく、それが世界。
自分たちを見守る星が、謳う。
世界の美しさと、残酷さと、悲しさと、愛しさを。

あの星々のように瞬き、消えていく命。

それらを共に、見守りたいと思えるひとがいてくれる。

その幸福を。











晩餐会の会場にラクスが登場すれば、場がさざめきだす。
ドレスアップしたカガリも姿を見せ、より華やかさが増したように思えた。

沢山の国の要人が集まる晩餐会はなかなかに緊張してしまう。
腕を組んだラクスはそれを感じ取ることができたのか、くすくすと小さく笑った。
そんなに笑わなくても、と思うけれど。アスランが遠くですんなりカガリをエスコートしているのが見えた。
…さすが上流階級、こういう場も慣れているらしい。

「ラクス様!式典、中継でしか見られなかったけど素敵でした」
「ありがとうございます」
「ルナマリア、シンも。警備お疲れ様」
「いえ。大きな襲撃もなくて、暇でした」
「何もないに越したことないじゃないのよ」
「そりゃ、そうだけど。式典関連って、なんか面倒なこと起こるから」

ルナマリアはすらりとした肢体によく似合うドレスを着ており、ほんのり化粧もしているようだった。
対するシンは、正装しているものの窮屈そうにしている。彼らしいといえばらしい。

「ね、ね、シン。一曲踊りましょうよ」
「はあ?」
「ほら、アスランだって代表と踊ってるし」
「…あのひとたちと一緒にするなよな。俺は踊るのとか無縁で…」
「え!ジュール隊長が踊ってる!?」
「え、マジで」

驚いているルナマリアにシンも目を瞠った。
二人ともイザークのことをなんだと思っているのだろうか、とキラは吹き出しそうになる。
イザークもアスランと同じく上流階級といっていい出だったはずだ。
こうしたパーティなどは慣れているのだろう、うらやましいことである。

「キラ、私たちも一曲いかがですか?」
「練習はしたけど…うまくできるか自信ないよ?」
「ふふ、踊りは本来楽しむものですもの。細かいことは気になさらず」
「…そうだね。うん、楽しもう」
「はい!」

嬉しそうな笑顔は少女めいて。
彼女のこうした表情が見られる日が、増えていくといいと思う。

そのために出来ることを、常に考え探しながら。

指輪の煌く、愛しい彼女の腕を引いて、キラは歩き出した。



















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