+++ 飛 翔 +++


1.悲愴のまなざし


















全てが崩壊した景色。



つい先ほどまでは確かにそこで人の営みがあったはずなのに、今は見る影もない。

波にさらわれたのか、家は土台から崩れてしまっていて、どこに何があったのかさえ分からない状態だ。

子供たちの玩具や人形が砂浜に散らばり、辺りの木々さえも薙ぎ倒されている。

その景色をぐるりと見回して瞳を揺らす。




しかし青年に見られた変化はただそれだけで、またいつものように静謐な空気をまとって。

彼はふらふらとその場を離れていった。





















「これからどうしましょうか」

困ったようにカリダが呟くが、それほど深刻そうに聞こえないのは皆の命が無事だったからだろう。現に今、子供たちは全壊してしまった家を色々と眺めて遊びはじめているのだ。
なんとも逞しい。

「このままじゃ、今晩は野宿になっちゃうわ」
「恐らく大丈夫でしょう。本土の方から安否確認が来るはずですよ」

未だに怯えている子供も何人かいて、その子らの背中をさすってあげながらマルキオが答える。
ナチュラルもコーディネイターも関係なく支持されているこの導師は、失ってはならない存在なのだ。政府が動いたとしても不思議はない。

「それに、マリューさんやバルトフェルドさんも心配してくださっていると思いますわ」
「そうよねえ」

本土の方も何かしら被害は受けているのだろうが。

「それじゃあ、そのときに備えて動けるように準備しておきましょうか。といっても何もないけど」
「そうですね」
「さあ、みんな。ちょっと集まってー」

子供たちを呼び集めているカリダとマルキオから少し離れ、ラクスは不安気に辺りを見回した。いつの間にか彼の姿が見えなくなっている。

「マルキオ様、キラを探してきますわ」
「…行っておあげなさい」
「はい」

またどこかで遠くを見つめて、ひとりで立ち尽くしているのではないか。
そう考えるだけで胸が痛む。沈む気持ちを振り払うように、ラクスは歩みを速めた。




















空が灰色に染まり、いつもの澄んだ色が見えない。

それはこれからの世界を暗示しているようで。





瞬きもせずに、ただ虚空を見つめているキラは静かに近づいてくる気配に気付いた。
ただ隣に並んで、同じ景色を見つめる少女。彼女はこの事態をどのように受け止めているのだろう。



長い戦いを終え、ユニウス条約によって平和への道を歩み始めた世界。

その象徴であったユニウス・セブンが地球に与えた打撃はどれ程のものなのだろうか。
そしてそのために生まれるであろう、たくさんの混乱と悲しみ怒り。



まだ詳しい情報は入っていないが、その先が穏やかなものではないだろうということは用意に想像がつく。

「嵐が……来るのですね」

ぽつりと、鈴を転がすような声が耳を打つ。
思うことは同じなのだ、とキラは瞳を伏せた。これからどうなってしまうのか、浮かぶ未来は悪いものばかりで。

ただ一言呟くことしかできない。

「うん……分かってる」




分かってる。

けれどまだ足は動かない。

きっと同じ空を見上げて、これからの世界を憂いている仲間がいるはずだけれど。

どんどん暗さを帯びていく雲を見つめて、ただそこにいる。





その瞳が悲しみに溢れていることを。

寄り添う少女だけが知っていた。




















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