+++ 飛 翔 +++


10.疑念

















「カガリ、大丈夫?」
「大丈夫だ!顔見るな!」

散々泣きじゃくってしまったカガリは恥ずかしさで顔を赤くしながら噛み付く。
元気さを取り戻したようだが、まだその目元は赤くて、腫れなければいいがと心配になる。
そんなキラに気付いてか、ラクスがふふと笑ってカガリに歩み寄った。

「それではカガリさん、せっかくですから温泉に入りません?」
「え?」
「天使湯といいまして、とても素敵ですのよ」
「え、温泉って……え、ええ!?アークエンジェルに温泉!?」
「はい。それで気分転換いたしましょう?」

にこにこと笑顔で、ピンクの妖精とプラントで愛されている少女はカガリの手を引いて歩き出してしまう。なんともマイペースな彼女らしい、とキラとマリューたちは苦笑してしまった。
カガリはなぜ戦艦に温泉があるのかと目を白黒させていて、まあそれは当然の反応だなと思う。
自分だって最初ものすごい驚いたし。

マリューやバルトフェルドら大人たちの遊び心で改造されたらしいのだが、果たしていいのだろうか。ラクスは喜んでいるようだから、それはそれでいいのかもしれないけど。そうキラは甘い判断を下した。

「さあて、じゃあ僕らは情報収集をしないとだね」
「あ、僕も手伝います」
「キラくんは少し休んでちょうだい」
「え?」
「ラクスさんの襲撃からこっち、精神的に落ち着かなかったでしょう?」
「ですが…」
「海中を進んでいけば敵は出てこないわ。スカンジアビナ王国に着くまで時間はあるし」
「休めるときに休んでおくもんだぞ、キラ」

マリューとバルトフェルドが優しい笑顔でそう言ってくれて、キラは素直に甘えることにする。
ありがとうございます、と頭を下げるとノイマンやチャンドラたちもゆっくり休めよーと快く送り出してくれた。本当に何年経ってもとても温かいクルーたちだ。ついついキラの顔にも笑みが浮かぶ。

ゆっくりと廊下を歩きながら、懐かしいアークエンジェルの姿に紫苑の瞳を細める。

温泉やら色々と改造はされているようだが、それでも変わらないなと思ってしまう。
懐かしい、白亜の艦。共に数多の戦場を駆け抜けた戦艦。
あの頃はここが自分の還る場所だったんだな、と遠くを見つめながら思った。

自分が使っていた部屋もほとんど変わっていなくて、ベッドに腰を下ろして笑ってしまう。

そっと白いシーツを撫でて、ただいまと心の中で呟いた。

また、戻ってきた。この場所へと。
悲しみと怒りと憎しみと、様々なものが交差する場所へ。
けれどもう、逃げるわけにいはいかない。今度こそ、こんなことは止めなくては。

そう思ってキラはごろりと横になって目を閉じた。





















「おい、イザークこれどう思う」
「………何だ」
「これ。いまテレビで中継やってんだけどさ」

ディアッカが開いた画面にアイスブルーの瞳を向けたイザークは、すぐにその整った顔を不快感に染めた。隠すこともない不機嫌な表情に、なんて素直なヤツなんだろうかとディアッカは心の中だけで呟く。そうしないと目の前の上司は怒り狂うに決まっているのだから。

「………これは、何だ」
「何だって…。どう見たってコンサートの様子だろ」
「違う、俺が言っているのはそこではない」
「この、ラクス・クラインってこと?」
「あぁ」
「やっぱ驚くよなぁ」

画面の中でくるくるとステージを駆け回り踊っているのは、どこからどう見ても自分たちもよく知る歌姫。
だがその奇抜な衣装と、あまりに子供っぽい仕草や表情。それらは見たことがない。
二年前に共に戦ったことのあるディアッカからすれば異様な光景だった。

エターナルの指揮官として凛とした姿を見せていたのを知っている。そして父を失ってもなお、ゲリラ活動を続け、平和のために十代の少女とは思えない意志の強さで進み続けていたのを見てきた。
対するイザークも、この画面の中にいるのがあの歌姫だとは到底思えない。
イザークは最後までザフトの兵としてあり続けたから、直接ラクス・クラインと会話をしたことはない。だがいつも平和のために心を砕き、戦争を憂いて追悼慰霊団の代表を務めていた彼女のことは記憶にいまもある。何より戦場で響いた彼女の明瞭で強い涼やかな声は、鮮明に覚えているのだ。

そんな彼女がこんなコンサートを開くだろうか。

「ファンは熱狂してるみたいだけど」
「ふん、くだらん」
「で、お前はどう思うよ」
「………このラクス・クラインの言葉によってプラント市民の暴動が鎮まったのは事実だ」
「確かに」
「だが……」
「アスランなら何か知ってるかもしんないけど」

つい先日再会した仲間の名前を挙げると、途端にイザークがぷるぷると震え始めた。
そんな名前が出ただけで怒らなくても、とディアッカはわずかに逃げ腰になる。

「アイツは…!いつもいつも勝手に行動してくれる!」
「あぁ…まあな」
「俺たちのことを何だと思ってるんだ!」
「さあ…」

そうやってすぐ感情的になるから話してくれないんじゃないのか、とは思っても口にしない。激昂されて被害を受けるのは自分だ。ふう、と溜め息を吐いてもう一度コンサートの様子を映し出している画面に目を向ける。
本当に楽しそうにスポットライトを浴びているピンクの髪を揺らした少女。
その豊かな胸についつい目がいってしまって、マズイマズイと視線を引き剥がす。

「でもやっぱおかしいよなぁ…」
「何がだ」
「……だってよ、こんな衣装キラがオッケーするとは思えないんだけど」
「………………」
「かなり際どいぜ?これ」
「凝視するな馬鹿者!!」





















「キラ、起きてくださいな」
「……ん…?」
「温泉、とっても気持ちよかったですのよ。ぜひ、キラも試してください」
「あ…うん…って」

ぼんやりと目を開ければ風呂上りなのだろう、桃色の髪がまだしっとりと濡れていて、雫を落としている少女がそこにはいて。上気した頬がまた艶やかで、キラは慌てて飛び起きた。

「ラ、ラクス、そのままじゃ風邪引くよ」
「ふふ、大丈夫ですわ」
「で…でも」

僕が大丈夫じゃないんだけど…とは言葉にできない。

「あ、ラクスここにいたのか」
「カガリ?」
「どうかなさいましたか?」
「あぁ、ちょっと来てくれ。キラも」
「僕も?」

自分たちを呼びに来たカガリもまだ髪がわずかに湿っている。タオルでがしがしとそれを拭きながら、けれど彼女の表情は固い。何かあったのだろうか、とラクスと顔を見合わせてから部屋を出た。
そのまま艦橋までやって来ると、渋い表情を浮かべたバルトフェルドとマリューがいて。

「どうかしたんですか?」
「え、えぇ…」
「驚く情報を引っ掛けちまったようでねぇ…」
「え?」

コーヒーカップであれだとバルトフェルドが指し示す。
たくさんの様々な地域の情報が映し出されている中で、一番端に映る映像にキラもラクスも動きを止めた。

そこにいたのは、笑顔で歌い踊るラクスで。

だがすぐに彼女は違う、とキラは気付いた。確かにとてもよく似ているけれど、でもラクスとは違う。別の誰かだと分かる。だがいったいこの映像は何なのだろうか、と隣に立つラクスに視線を落とした。
すると空色の瞳を曇らせてそれらを見つめている少女がいて、心配になって肩に手を置く。
こちらに気付いてラクスはすぐに笑みを浮かべたが、それは力のないものだった。

「これは…プラントの様子ですか」
「えぇ、そのようね」
「これが…私が狙われた…理由なのでしょうか」
「狙われた?どういうことだそれ」
「あれ、カガリにまだ説明してなかったっけ」

そういえば式場からカガリをさらって、そのまま押し問答で彼女を泣かせてしまって。
ゆっくりこの状況を話す間もなかったのだとキラは思い出した。対するカガリの方も、やっと自分の本心を吐露できたことですっきりしてしまい、なぜアークエンジェルが出てきたのかとかそういったことを聞くのを忘れてしまっていた。なんとも抜けているところのある双子である。

それから皆でラクスを狙ってアスハ家の別邸が襲われたこと、それがザフトの最新鋭の機体が使われていて、襲撃してきた者たちもコーディネイターであったことを話す。
信じられない、といった様子のカガリに自分たちも出来ることなら信じたくないと思っていたと打ち明ける。それにラクスを狙う理由がないと思っていたから。

でも、いまこうして画面に映るラクス・クラインを見て何かの符号が合致したような気がする。

「キラ…」
「ラクス…。もう少し、情報を集めた方がいいかもしれない」
「そうですわね、いまのままで判断を出すのは危険です」
「そうね、もうちょっと探ってみましょう」
「やれやれ、厄介事ばっかりで楽しいねぇ」

肩をすくめて笑うバルトフェルドにクルーたちの空気がわずかに和らぐ。
それを感じながらキラは画面の中で踊る少女をじっと見つめた。


君はいったい、誰。


そう心の中で問いかけながら。


























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