+++ 飛 翔 +++


14.交わらない想い














向かい合う友の瞳は、再会の喜びなどほとんど浮かんではいなかった。
それを一瞬で見抜いたキラは、恐らく自身も同じような目をしているのだろうと思う。

アスランが乗ってきた機体には見覚えがある。ということは。

「キラ…カガリ」

自分たちの名を呼ぶ声は、まるで絞り出すかのようで。
感情を抑えるためにアスランがこういう声を出すことがあると、キラは長年の付き合いで知っている。怒りを感じているときや、悲しみを堪えようとするとき、彼はこんな声を出す。
そしてアスランの整った顔には、はっきりと苦渋の色が浮かんでいた。

「アスラン…」
「どういうことだっ、アスラン!おまえっ!?」

キラが口を開くよりも先に、カガリがアスランのもとへ駆け寄る。
感情のままに突っ走るところは相変わらずで、そこか彼女らしいとも思うが。

「すっと……ずっと心配していたんだぞ!あんなことになっちゃって、連絡も取れなかったけど……でも、なんで?何でまたザフトに戻ったりなんかしたんだ!?」

視線を逸らすアスランの肩をつかみ、カガリは大きな瞳を揺らしながら問う。
その言葉に、アスランは眉を寄せてから静かに口を開いた。

「その方がいいと思ったからだ、あのときは。自分のためにも……オーブのためにも」
「そんな!なにがオーブの…」
「カガリ」
「…キラ…」

感情が爆発しそうになる姉の肩に手を置き、その名を呼ぶ。
我に返ったカガリが縋るような視線を向けてきたことに気づいて、ただキラは小さく頷いた。それからカガリと入れ替わるように、今度はキラが一歩アスランへと近づく。

お互いを見つめる瞳も、表情も、全てが固い。
久しぶりの再会だというのに、素直に無事を喜ぶことができない。

そのことがひどく、哀しかった。

「あれは……君の機体?」
「ああ」

キラの視線に促されて振り返った先にあるのは、夕日に照らされ、赤い装甲を燃えるように輝かせる真紅の機体。アスランらしい色だ、と頭のどこかで思いながらキラはアメジストの瞳を伏せる。
あの機体を自分たちは見た。それも、つい最近。

「じゃ、この間の戦闘……」
「ああ。俺もいた。いまはミネルバに乗ってるからな」

やはり、と思うものの、キラは息を呑まずにはいられなかった。
隣りに並ぶカガリも目を見開いている。

ミネルバとはつい先日戦闘をしたばかりだ。あちらの艦の陽電子砲を撃ち抜いたことは、キラとて覚えている。あの戦いで、ミネルバにだってかなりの犠牲は出たはずだ。

ずっと胸の中に渦巻いていた不安が、こうして目の前に形となって現れた。
そのことにキラは眉をひそめる。
いまここにいるアスランが、自分たちに向けているのは敵意。
それを押さえ込もうとしているから、表情が強張る。
敵対し、戦うことの愚かさを、自分たちは学んだはずなのだから。

「お前を見て、話そうとした。でも、通じなくて……」

混戦状態にあった中で、それは難しかっただろう。
自分たちはアスランが母艦としているミネルバを撃ち、そして一瞬とはいえアスランの機体とも交戦した。そうとは知らず、ではあっても。アスランの感情を波立たせるには充分だっただろうと思う。

「だが…なぜあんなことをした?あんな、馬鹿なことを」

だが、吐き捨てるようなアスランの言葉にカガリの肩が揺れる。
それを横目で視界におさめながら、キラは親友の言葉を聞いていた。

「おかげで戦場は混乱し…お前のせいで、要らぬ犠牲も出た」

確かに。いくら命を奪わないようにとしたところで、それは夢物語だ。
戦いが始まれば、人は死ぬ。尊い命は数え切れないほどに失われていく。
それが戦争。

アスランの言葉にわずかに俯いたキラの耳に、カガリの震える声が流れ込んできた。

「馬鹿なこと……?」

なぜアスランがそんなことを言うのか分からない、といった様子でカガリは一歩を踏み出す。誰よりもカガリの傍にいて、想い合っていたはずの存在。一番に認めてもらいたいひとに、理解されない哀しさ。
それを言葉にこめるかのように、少女は強い口調でアスランににじり寄った。

「あれは…あのときザフトが戦おうとしていたのは、オーブ軍だったんだぞ!?私たちはそれを…!」
「あそこで君が出て、素直にオーブが撤退するとでも思ったか!?」
「…っ…!!」
「君がしなけりゃいけなかったのは、そんなことじゃないだろう!?」

アスランの厳しい糾弾に、カガリは言葉を失う。
驚くほど鋭い声で、そして目で、彼はカガリを睨みつけた。

「戦場に出てあんなことを言う前に、オーブを同盟になんか参加させるべきじゃなかったんだ!」
「それは……」

そのことは、カガリが一番理解している。
誰よりもオーブという国を愛しているのはカガリだ。だからこそ、少女はアスランの言葉に反論することが出来ず、握った拳を弱く下ろす。
勝気なカガリが見せた翳りの表情に、アスランも自分の言葉を悔やむように視線を落とした。彼だって、こんなことが言いたかったわけではないのだろう。ザフトに戻ったいまでも、アスランの中でカガリは大切な人間に入っているはずだ。

それぞれが沈黙してしまい、キラは口を開く。
まだ、聞かなければならないことがある。

「でも、それで…。君が、いまはまたザフト軍だっていうなら、これからどうするの?……僕たちを探してたのは、なぜ?」
「キラ、それは…」
「やめさせたいと思ったからだ、もうあんなことは」

キラの問おうとした内容に気づいてカガリが抑止の声をかけるが、アスランがきっぱりと答えた。その視線に迷いはなく、翡翠の瞳の中で夕日がきらめく。

「ユニウスセブンのこともわかってはいるが、その後の混乱はどう見たって連合が悪い。それでもプラントはこんな馬鹿なことを、一日でも早く終わらせようとがんばっているんだぞ!」

アスランの言葉は、もっともなものに聞こえてくる。
だからこそ、キラは不可解なものを感じずにはいられなかった。

「なのにお前たちは、ただ状況を混乱させているだけじゃないか!」
「……本当にそう?」
「え?」
「プラントは本当にそう思ってるの?あのデュランダル議長ってひとは」

静かなキラの声に、アスランは虚を突かれたように目を見開く。
そう、いままでの議長の行動には善意しか見られない。いつだって誠実で、正しいことだけをするプラントのトップ。その部分だけを見れば、自分だって良いひとだと思う。でも。ならどうして。

キラの脳裏に、桜色の髪をふわりと揺らし、たおやかに微笑む少女が浮かぶ。

「戦争を終わらせて、平和な世界にしたいって?」
「お前だって議長のしていることは見てるだろう?言葉だって聞いたろう?議長は本当に…」
「じゃあ、あのラクス・クラインは?」

キラが発した言葉に、そのことをいま思い出したかのようにアスランが言葉を詰まらせる。この反応で分かった、彼は議長の傍にいる偽りの歌姫の存在を知っている。
キラからすれば、そのことが不可解でずっと引っかかっているのだ。

「いまプラントにいる、あのラクスは何なの?」

自分の語気が強くなることに気づいたが、どうしようもない。
大切なひとが、ああして勝手な偶像として使われていて。しかも、命を狙われたのだから。
いまだって鮮明に思い出すことができる、あの夜の出来事。
この腕から、するりと零れ落ちてしまうのではないかと思った、柔らかな温もり。

もう二度と、大切なものを失いたくなんてないのに。

「あ……あれは……」
「そしてなんで、本物の彼女は、コーディネイターに殺されそうになるの?」
「えっ……!?」

初めて知った事実にアスランは息を呑み、一歩踏み出してくる。

「殺されそうにって…なんだ、それは!?」
「オーブで……僕らはコーディネイターの特殊部隊と、MSに襲撃された。狙いは…ラクスだった」

向けられた銃弾は、彼女を狙っていた。
あのときマリューやバルトフェルド、そしてハロがいてくれなかったらどうなっていたか分からない。そして、地下に自分の剣が眠っていなければ、ラクスどころか自分たちの命すら危なかった。

思い返すだけで震えそうになる記憶に、キラは努めて淡々とした声を発する。

「だから、僕はまたフリーダムに乗ったんだ」
「そんな…」
「彼女も、みんなも……もう誰も死なせたくなかったから」

茫然とするアスランに、キラは深い色を宿した瞳を向けた。
ラクスを、愛するひとを奪おうとする存在への、強い意志を滲ませて。

「彼女は、誰に、何で狙われなきゃならないんだ?」
「………」
「それがはっきりしないうちは、僕にはプラントも信じられない」
「キラ……」

ラクスがコーディネイターに襲われた理由。プラントにいるラクスの存在。
その真意が明らかになるまでは、自分たちは動くことなど出来ない。

デュランダルという人物が素晴らしいと感じられるからこそ、キラは言い知れない恐怖を感じてもいた。民から信頼され、アスランからもこうして尊敬を勝ち得ているひとなのに。

なぜ、こんなことをする?

キラの鋭い視線を受け、考え込むアスランにカガリが気遣うように名を呼ぶ。
はっと顔を上げた彼は、動揺を隠せないまま、言葉を紡いだ。

「それは…ラクスが狙われたというのなら……それはたしかに、本当にとんでもないことだ……。だが、だからって議長が信じられない、プラントも信じられないというのは、ちょっと早計すぎるんじゃないのか、キラ」
「アスラン……?」

まくしたてるように続けるアスランに、キラは眉を寄せる。

「プラントにだっていろいろな思いの人間がいる。ユニウスセブンの犯人たちのように……。その襲撃のことだって、議長のご存知ない、ごく一部の人間が、勝手にやったことかもしれないじゃないか」
「アスラン…」
「そんなことくらい、わからないお前じゃないだろう!?」
「それは…そうだけど…」

話すうちに憤りが湧いてきたのか、アスランの言葉には怒りが滲む。
そんな彼を、キラは不思議な気持ちで見つめていた。

それはそうだ、議長が犯人だという証拠などどこにもない。
アスランの言う通り、誰かが勝手に行動した可能性だって大いにある。
だが、おかしいではないか。ラクスが襲撃されたと同時に、プラントでは新しいラクスが登場していた。そのタイミングの良さは、偶然とは決して思えない。

しかも、アスランはもうひとりのラクスの存在を知っていた。
ならなぜ、知っていて黙っているのだろう。それは彼女らの偽りの言葉に加担していることになる。それほどに、デュランダルという存在を信頼しているからなのか。

つまり彼は、自分たちよりも、議長を信じようとしている。

「……ともかくその件は、俺も艦に戻ったら調べてみるから……。だからお前たちは、いまはオーブへ戻れ」
「え……?じゃあ、お前…」
「戦闘を止めたい、オーブを戦わせたくないと言うんなら、まず連合との条約から何とかしろ。戦場に出てからじゃ遅いんだ!」
「それは…わかってはいるけどっ……。じゃ、お前は戻らないのか?アークエンジェルにも、オーブにも?」

ひたむきなカガリの言葉と視線に、アスランは顔を逸らす。

「……オーブが、いままでどおりの国であってくれさえすれば……行く道は同じはずだ」
「アスラン!」
「俺は復隊したんだ!いまさら戻れない!」
「そんな……っ!」

カガリの悲痛な声と、彼女の左手に宿る指輪に、アスランは瞳を曇らせた。
このまま話を続けても、何も進まない。そう悟ったキラは、姉の肩に手を置く。
自分の名を呼ぶカガリの瞳は潤み、いまにも泣き出してしまいそうだ。
本当に、最近は彼女のこんな顔しか見ていないと胸が痛む。

そうさせてしまったのは、自分たちだというのに。
そして、会わないでいたわずかの時間に、考え方の隔たってしまった彼の。

いったい何が変わってしまったというのだろう。

ほんの少し前までは、一緒にいることが当たり前で、誰よりも信頼できる相手だったのに。
世界の状況が変わったから?それとも、自分が、彼が、変わってしまった?

「でも、それじゃ、君はこれからもザフトで……また、ずっと連合と戦っていくっていうの?」
「……終わるまでは、しかたない」

絞り出すようなアスランの声に、カガリが目を瞠り、ミリアリアが表情を曇らせた。しかたない、その一言で自分たちがどれほどの痛みを生み、また傷つけられてきたのか。また同じことが、繰り返されるというのだろうか。

「じゃあ、この間みたいに…オーブとも?」
「俺だってできれば撃ちたくはない!でも、あれじゃ戦うしかないじゃないか!」

アスランがぶつけた言葉は、数年前の戦いの中で自分が繰り返した言葉。
生きるために、仲間を守るために、自分は戦うしかないのだと。そう言い聞かせて、数え切れないほどの戦場を駆け、命を奪ってきた。その愚かしさに、自分たちは気付けたはずなのに。

「連合がいまここで何をしているか、お前たちだって知ってるだろう!?それは、やめさせなくちゃならないんだ!だから条約を早く何とかして、オーブを下がらせろと言っている!」
「でも、アスラン……それもわかってはいるけど……」

確かにユーラシア西側で起きている連合の非道な行いは、キラたちだっていけないと思う。だからといって、連合全てが悪で、プラントが正義を行っている、というのは違う気がした。
アスランが言ったように、いろいろな思いの人がいて、悪いことをする人間もいれば、良いことをしようとする人間だっている。それはプラントに関わらず、連合だってそうなのではないか。

そして、いま自分たちが単純に守りたいものは。

「それでも僕たちは、オーブを撃たせたくないんだ」
「キラ…!」
「本当はオーブだけじゃない。戦って……撃たれて失ったものは、もう二度と戻らないから……」

その言葉を聴いた瞬間、アスランの中で何かが弾けたようだった。
拳を震わせ、わななく唇を動かし、全ての怒りをぶつけるように怒鳴る。

「自分だけわかったような、きれいごとを言うなっ!!」

その怒りを、キラはただ黙って受け止める。
隣りにいるカガリの方が驚いたように身体を震わせた。
だが、それを見てもアスランの憤りは収まらず、さらに言葉を刺す。

「お前の手だって、すでに何人もの命を奪ってるんだぞ!」

親友から放たれた言葉は、胸の傷を抉った。
だが、事実なのだからとキラは息を深く吸い込んで、吐き出す。

怒りは、自分の中の全てを変えてしまう。大切なひとを傷つけてしまうほどに、危険なもの。いま目の前にいるアスランだって、本来はこんなことを言うひとじゃない。
きっと彼の中で、譲れない何かがあって。自分たちはそれに相対する場所に立ってしまっているのだろう。そして先日の戦いで、彼の仲間に銃口を向け、傷つけた自分たちに対する複雑な思いは、そう簡単に消せるものでもないはずだ。

だからキラは、ただ静かに答えた。

「……うん……知ってる」

知ってる。自分がどれだけの命を奪い、悲しみや怒りを生み出したのか。
アスランの仲間を奪い、守りたかった存在を守れず、この手は血にまみれている。
その罪を償うことなど、簡単には出来ない。
謝罪したところで、失われた命が戻ってくるわけでもない。
それはただの自己満足だ。

そうと知っているから、キラはアスランの言葉を肯定することしか出来ない。
自分はそれだけの罪を犯してきたことを、知っていると。

キラの静かな瞳に、アスランは自分が発した言葉の意味を悟って愕然とした。

「……だからもう、本当に嫌なんだ。こんなことは」

アスランだって同じはず。
誰よりも生真面目で、情に厚い彼は、戦争など望んではいない。
それは自分たちと同じはずだ。だからキラは、祈るように言葉を紡いだ。

「撃ちたくない……」

向かい合う互いの距離は近いのに、心の距離はどこまでも遠い。

「……撃たせないで」

また再び、あの悲しみを繰り返すことがないようにと。
その祈りだけが、夕焼けに照らされた自分たちを包み込む。

寄せる波音を聞きながら、キラは深い色を宿した瞳で友を見つめた。

この祈りが、願いが。

聞き届けられたことなど、ないに等しかったけれど。













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