+++ 飛 翔 +++
19.慟哭の涙 キラたちが辿り着いたときには、すでにミネルバとオーブ軍との戦いは始まっていた。 あまりの物量の差にミネルバが追い込まれているのが見える。 戦艦から煙が吐き出されているのが見え、損傷は激しいのが分かった。 オーブ軍の機体ムラサメがミネルバに向かってビームライフルを構える。 <キラ!> 「分かってる!」 ムラサメに照準を合わせたキラは、ビームライフルを破壊する。 驚いたように戦場の空気が凍りつくのを感じて、その間にカガリが叫んだ。 <オーブ軍、ただちに戦闘を停止して軍を退け!> その声が届く可能性は限りなく低いと分かっていながらも、それでも叫ぶことをやめられない。 ほんの少しでいい、この思いを理解してくれるひとに、声が届いてくれと。 カガリの切実な叫びを聞きながら、キラは混乱した戦場の中をフリーダムで舞った。 <オーブは、こんな戦いをしてはいけない!これではなにも守れはしない! 地球軍の言いなりになるなっ!オーブの理念を思い出せ!それなくして、何のための軍かっ!?> 最初に動いたのは、インパルスだった。 突然カガリの乗るストライクルージュに向かってミサイルを放ったのである。 すぐさまフリーダムが間に入り、青い翼を広げて全てのミサイルを機関砲で払い落とす。そしてキラはインパルスへ向けて突っ込んだ。あの機体とパイロットはかなりの戦闘力を有している。このまま放置しておくのは危険だ。 ペダルを踏み込んで水上にいるインパルスへ駆け、ビームサーベルを抜き放つ。 捉えられる、と思った一閃は宙を薙いだ。 驚きに目を瞠るが、インパルスが何をしたか、キラはすぐに理解する。 スラスターの向きをすばやく切り替え、相手は機体をのけぞらせたのだ。 互いに水平に向き合ったまま、海上の上を滑空する。 だがそれだけで終わらず、インパルスはビームジャベリンを抜いた。 それを察知したキラはすぐさま機体を引き起こし、空中へと舞い上がる。 (…なんだ?あの反応速度。前とは…) あの距離で攻撃を避けられたことも驚きだったが、機体のバランスを絶妙に保ったまま攻撃をしかけてきたことにも驚いていた。この戦況が、パイロットの技量をどんどん成長させているのかもしれない。 過去に一人で戦艦を守り続けた頃の記憶が甦り、キラは眉を顰めた。 ほんのわずかでも反応が遅れていたら、自分がやられていた。 <やめろ!キラ!> 「アスラン……!」 スピーカーから聞こえてきた声に、キラは我に返る。 真紅の機体が目の前を通り過ぎ、身体を強張らせながらキラはそれを見つめた。 あれは、アスランが乗っていた機体。 <こんなことはやめろと、オーブへ戻れと言ったはずだ!> 互いのビームサーベルがぶつかり合う。 アスランの声には深い苛立ちがこもっており、キラもまた胸の奥にじわじわと広がる怒りを感じていた。 なぜ、どうして、自分たちがここで戦わなければならない。なぜ理解してくれない…! <下がれ、キラ!お前の力はただ戦場を混乱させるだけだ!> アスランの言い分は分かる。 自分たちはミネルバにとっても、オーブや地球軍にとっても曖昧な立場で。 戦場では敵と味方しか存在しない。そんな場所で自分たちのような存在はただ混乱を招くだけなのだと、分かっている。だが、その見方そのものが間違っているのだと、先の大戦で知ったのではなかったか。 アスランの言葉は、一方の側からしか見られなくなっているように聞こえる。 世界を敵か味方で塗り分けるなら、際限なく争い続けるしかできなくなる。 そのことを、自分たちは知り気付いて、止めようと戦った。なのに。 なぜまた、戦わなければならないのだ。君と。 「!」 睨み合うフリーダムとセイバーに向かって、ビームを放つ機体がある。 あれは地球軍に強奪されたという話のカオスだろうか。 すぐさま飛び退った二機のうちフリーダムがカオスの真後ろに急加速してつけた。サーベルを抜き放ち、カオスの両腕と背に負った兵装ポッドを斬り落とす。こうすれば戦闘能力は奪えるはずだ。 海面に叩きつけられるカオスをちらりと見やって、キラは再び空中を駆った。 カガリは、オーブ軍が一斉攻撃を始めたことに気付いた。 このまま地球軍の手先となってミネルバを落とすようなことがあってはならない。カガリの頭は真っ白になり、ストライクルージュをがむしゃらに駆って、ムラサメ隊の前に飛び込んでいた。 「やめろぉぉぉ!」 ミネルバに突撃をかけようとする一団の進路に、両手を広げてふさがる。 相手を撃つとか、自分の機体を守るとか、そういった考えは全く上らなかった。 ただ、目の前の彼らを止めたかった。 大切なオーブの民を、血で穢すことも、生命を失わせることもしたくない。 「あの艦を撃つ理由がオーブのどこにある!?撃ってはならない! 自身の敵ではないものを、オーブは撃ってはならない!」 どうか、声よ届け。 一度は諦めてしまったこの理念を、貫き通すために。 父が、民が、守り尊んでくれた思いを失わせないために。 <そこをどけ……!> まるで絞り出すような低い声が通信に入ってくる。 恐らく指揮官なのだろう、苦渋に満ちた声にカガリは息を呑んだ。 <これは命令なのだ!いまのわが国の指導者、ユウナ・ロマ・セイランの!ならばそれが国の意志! なれば我らオーブの軍人は、それに従うのがつとめ!> 「おまえ……っ!」 <その道、いかに違おうとも、難くとも……我ら、それだけは守らねばならぬ!おわかりか!> 指揮官の血を吐くような声に、この戦いが彼の意志にそぐわぬものなのだと分かる。だがそれでも彼は、オーブという国を守るために、軍人としてここにあるのだ。 その強い意志を目の前にして、カガリは言葉を失った。 自分が迷い諦めてしまった決断によって、民にこんな重荷を背負わせてしまった。 静かな決意を秘めた声で、指揮官はさらに続けた。 <お下がりください!国を出た折より、我ら、ここが死に場所と、とうに覚悟はできております!> 「おまえ……それはっ……!?」 <下がらぬと言うのなら、力をもって排除させていただく!> いきなり迫ってきたムラサメにカガリは対応が遅れる。 腕をつかまれ、後方へ思い切り投げられたストライクルージュは、身構えることもできず回転しながら投げ飛ばされた。慌てて制御を取り戻したときには、ムラサメ隊がミネルバへと降下していくところで。 カガリは声にならない叫びを漏らす。 あの指揮官と、彼に従う兵たちの意志を正確に理解していたからだ。 彼らはオーブのために、その身を犠牲にする覚悟で戦場へやって来ていた。 理念を失ったとしても祖国を守るために。 自分たちが犠牲になることで、オーブが課せられた役目を果たすために。 次々とムラサメ隊がインパルスによって撃破されていく。 どんどんと潰えていく生命を、カガリは涙と共に見守ることしか出来なかった。 さきほど言葉を交わした隊長機がミネルバへと突っ込んでいく。 爆煙と共に散るその生命を、焼き付けるようにカガリは凝視していた。 零れ落ちる涙を、ぬぐうこともできないまま。 ミネルバがムラサメ隊によって甚大な被害を受けた。 そのことを悟ったキラは、通信を通して聞こえてくるカガリの悲痛な叫びに紫苑の瞳を眇める。すぐにも駆けつけたいと思うのに、アスランの駆るセイバーがことごとく進路を妨害する。 「アスラン!」 <しかけてきているのは地球軍だ。じゃ、お前たちはミネルバに沈めというのかっ!?> アスランの怒声に、キラは奥歯を噛んだ。 いまここで自分が駆けつけなければ、カガリが。 ぼろぼろになって、悲しみに叩き落され、泣き叫んでいるこの声が彼には聞こえないのだろうか。そのことがただ悔しくて、キラは眉を寄せる。 「どうしてっ……君は!」 <だから戻れと言った!撃ちたくないと言いながら、何だ、お前はっ!?> 違う。自分たちは地球軍もミネルバもオーブも落としたいわけじゃない。 この意味のない戦いを止めたいだけなのに。 そう願う間にも生命は次々と失われていく。 インパルスが装備を換装し、オーブ艦に乗り移って次々とビームソードで破壊していくのが視界の隅に入った。炎がオーブ艦から噴き上がり、母艦を救おうと滑空したアストレイもインパルスのビームブーメランに叩き落される。 それを黙って見ていられるはずもないカガリは、ストライクルージュをインパルスのいる方向へと動かし始めたではないか。アスランの攻撃を受けとめながら、キラは焦った。 いまのインパルスの戦闘力は尋常ではない。まるで鬼神のような戦いぶりに、寒気すら覚えた。そこへ向かうカガリに危険だと頭が警鐘を鳴らす。いまのカガリに、自分の身を守るという考えなどないだろう。ただ失われようとする命を救いたい、そのことしか考えられないはずだ。 「カガリ!」 オーブ旗艦のタケミカズチが突出しはじめていることに気付いて、さらなる嫌な予感に襲われる。空母が前線に出てくることなどないはずなのに、なぜ。 だがすぐにオーブ軍のとろうとしている行動の意味を悟り、それを止めなければと心が逸る。恐らくカガリもすでに気付いている。だからこそ、あんなに必死に駆けようとしているのだ。 だが、フリーダムの進路にまたも赤い機体が立ち塞がる。 <キラ!> 「わかるけど……君の言うこともわかるけど……!」 アスランにとってミネルバは仲間だ。それを守ろうとする気持ちは分かる。 そして地球軍よりもザフトを指示したいという、その言葉も分かる。 自分たちだって、やはりプラントを指示するべきではないかと思っていたのだ。 だけど、とキラの脳裏に大切な少女の姿が浮かぶ。 ぐっと唇を噛んで、キラはアスランの機体を睨み据えた。 それにいま、自分が守りたいものは。 「でもっ、カガリはいま泣いているんだ!こんなことになるのが嫌で、いま泣いているんだぞ!なぜ君はそれが分からない!?」 早く、早くカガリのもとへ行かなければ。 その気持ちがどんどん募っていき、キラは焦りと苛立ちで激しい言葉をぶつける。 通信の向こうでアスランが息を呑む気配がするが、それを気にとめる余裕はなかった。 「この戦闘も、この犠牲も、仕方がないことだって……すべてオーブとカガリのせいだって…そういって君は撃つのか!?いま、カガリが守ろうとしているものを!!」 <…っ…キラ…!!> 「なら、僕は…君を討つ!」 その瞬間に、キラの意識は弾けた。 いまはただ涙を流すカガリのもとへと向かわなければならない。 フルスピードで突っ込みながらシールドを投げ捨て、左手で抜き打ちにサーベルを払う。フリーダムの動きを停滞させることなく、二本のサーベルを振るい、アスランの機体の頭部、腕部、脚部をほとんど同時に破壊した。 海上へと落下していく赤い機体を見送って、キラは渋面を浮かべたままカガリの元へと向かう。 自分たちはまた繰り返すのだろうか、あの戦いと同じことを。 分かり合えたと思ったあの日々が、遠い。 もう心が重なることはないのだろうか、と問いかける。 それはまるで、数年前のあの日々のような苦さだった。 NEXT⇒◆ |