+++ 飛 翔 +++
23.戦火の中で 「艦長!ターミナルからエマージェンシーです!」 少し明るくなった気持ちで艦橋に足を運んだキラは、緊張を帯びた声に立ち止まった。 それは隣りを歩いていたマリューも同じで、柔らかな表情を引き締めてすぐさま艦長の顔に戻る。 「ユーラシア中央から、連合脱退を宣言した年に、地球軍が侵攻した、と。……すでに三都市が壊滅!」 「そんな……いきなり!?」 地球軍の無茶苦茶な行動にも驚くが、それより何よりすでに三つもの都市が壊滅しているとはどういうことか。驚愕の声をあげるマリューと同じく、キラは混乱した頭で情報を伝えるチャンドラに視線を向けた。 少しでも何か動きがあればターミナルはこちらに伝えてくれる。それなのに、三つの都市に被害が及ぶまで全く連絡がなかったのはおかしい。それとも同時に侵攻が行われ、あっという間に制圧されたということなのか。だがそうなると、侵攻を受けた都市もまさに寝耳に水の状態だったに違いない。 「ちょっと待ってください……いま、映像が来ます!」 チャンドラの操作により、送信されてきた映像が壁面のモニターに映し出された。 まず目に飛び込んだきたのは、赤。 たくさんの様々な赤。それは紅、緋色、朱、オレンジ、どう表現すればいいか分からない色。 あえて言うのなら、どこかで目にしたことがある地獄の絵が近いだろうか。 都市全体が炎に包まれ、建物は崩れ落ちている。 黒い煙がいたるところから吐き出され、広がる火の海から溢れる黒い血のようだった。 「これは……」 マリューがそう言ったきり絶句し、カガリもただ画面を見上げたまま硬直している。 破壊という言葉しか出てこない光景が頭に流れ込み、キラは全身に震えが走ったのを自覚した。 「こんな……!」 これと同じ光景が、他の都市でも広がっているということか。 もはや侵攻というレベルではない。これはただただ、破壊あるのみではないか。 同じ人間に対してなぜこんなことができるのかと、先の大戦でも覚えた憤りと悲しみがないまぜになって、キラは拳を握った。どうして、あれほどに苦しんだことを、たった数年でひとは繰り返すのだ…! いまにも暴れ出しそうな心を必死に抑え、キラは一度目を閉じる。 そして瞼を再び持ち上げたときには、アメジストの瞳に強い輝きを灯して。 「行きます、マリューさん」 「わかったわ」 お互いに決意を宿した表情で頷きあい、クルーたちも慌しく発進の準備に取り掛かった。 こんなことは、繰り返させてはならないと。 「どういうことだ!?何の勧告もなく、これは…!」 「どうもこうもないんじゃねえ?地球軍…つーか、ブルーコスモスのやることってこんなもんだろ」 「……核の発射といい、連中のやることは理解しがたい」 「あれ、ナチュラルめとか言わないのかイザーク」 「ディアッカ貴様…俺を何だと思っている。え?」 「わ、悪かったって」 怒りに鋭くなっている瞳が容赦なく向けられ、降参のポーズをとってディアッカは後退する。 しかしそれをさらに追及することもなく、イザークは背もたれに少々乱暴に体重を預けモニターを睨みつけた。恐らく、この映像を軍関係者は誰もが目の当たりにしているのだろう。それほど時間を置くこともなく、一般の市民にも情報は流れるに違いない。 ………また、敵に対する溝が深まることがないといいが。 いまイザークの胸に去来しているのは、連合のとった行動に対する怒りではあるのだが、正確にはこの事態から招かれるであろう一層の混乱と敵対を懸念しての憤りだ。地球軍全てが、こうした馬鹿げた行動を支持しているわけではない、ということをイザークは知っている。愚かなのは、これを発案した一部の者とそれを容認している上層部。 けれどコーディネイター全員がそうした現実を知り受け入れているかというと、別問題だろう。 ただこの情報だけを見ると、地球軍ひいてはナチュラルにたいして嫌悪しか感じない。 それは過去、自分が感じ誤ったことだ。 「それよりも、このいかれた機体はなんだ」 「すげえ大きさだよな。モビルアーマーなのか…戦艦レベルって感じも」 「ナチュラルにこれを扱えるとは思えんが」 「いやあ、けどさ。先の大戦でだってかなりの腕のヤツはいたじゃん?もしくは、複数で操縦してるとか」 「…どちらにしろ、これを止めるのは骨だろうな」 「まあな」 「これ以上、被害を広げるわけにはいかんが…」 「俺たちはただ見てるだけしかできないってわけね」 自分たちが担当しているのは宇宙域であり、地上には別の部隊がいる。 地球にいる同志たちにこの事態の収拾は任せるしかないわけだが、そのことがイザークはひどくもどかしいようだった。アイスブルーの瞳が苛立つように終始揺れているのが分かる。 隊長になっても、前線が好きなんだよなぁイザークは。 小さく溜め息を吐きながら、それでもとディアッカは笑う。 なんだかんだと、自分も同じなのだからと。 地球軍の侵攻はすでに三都市に及び、徐々に西へと移動している。 その状況をモニターに映し出された地図で確認していたバルトフェルドは眉を顰めた。 ラクスも表情を曇らせており、ダコスタが改めて状況を説明する。 「ユーラシアからの脱退を表明し、プラントへの協力を宣言した都市が予告もなく侵攻されているようです」 「全く、荒っぽいお仕置きだねえ」 「…プラントに協力を宣言した都市ということは、それぞれザフト軍が駐留されていたのではないですか?」 「はい。ですが戦力の差にどうにもならなかったようで…。何より、地球軍はいっさいの降伏を認めず、ザフトも一般市民も無差別に虐殺したとのこと」 「え…!?」 「ほとんど避難の時間もなく、非戦闘員までもが火にのまれ……犠牲者の数は、何十万か…何百万にも及ぶ可能性があると」 あまりのことの大きさに、ラクスもバルトフェルドも押し黙ることしかできなかった。 今回の地球軍の行動は、どう考えても正気の沙汰ではない。 見せしめというのなら、何も三つの都市を焼くことはない。一つで充分のはずだ。 それだけでも十分に恐怖を植えつけることはできるし、それによって恭順の遺志を示す都市だって出てくるだろうに。地球軍のやり方は、そういったものは求めていないとばかりだった。自分たちに敵対するもの全ての破壊を、血を、求めているようにしか見えない。 「…ザフトがどう動くかだな」 「はい。………きっと、キラたちも動いているのでしょうね」 「なあに、彼らは強い。大丈夫だ」 「………えぇ。それに」 「ラクス様?」 「またひとつ、大きく世界が動きます。これによって、デュランダル議長について何か見えてくるかもしれません」 ゆっくりと顔を上げたラクスの横顔は毅然としており、バルトフェルドは楽しげににやりと笑った。 暗い空気すらも払拭してしまう二人の姿に、ダコスタは改めて尊敬の念を覚えて胸を震わせる。 世界は悪い方へと転がり落ちているようにしか見えないが、まだ希望は潰えてはいない。 「あれの完成を、急がせないとなりませんね」 「あぁ。こんな力、使わずに済むならそれにこしたことはないんだがね」 大きな力で全てを止めようとするのは、結局は地球軍と変わらないのだから。 そう肩をすくめる砂漠の虎に、ラクスは静かに頷きを返した。 ベルリンを侵攻する地球軍に追いついたアークエンジェルからキラは飛び立ち、目の間に広がる光景にただ絶句した。すでに都市は炎と瓦礫で覆いつくされ、数え切れないほどの犠牲者が出ているのが分かる。 果敢にも敵に向かうザフト軍のモビルスーツ隊や戦艦が見えるが、そのどれもがたった一機の軍機に無力化されていた。そう、地球軍の戦力はほぼ一機といってもいい。だがその一機があまりにも。 「なんて大きさだ!こんな……!」 キラとて驚愕の声を上げるしかできないほど、巨大な軍機。 恐らくカガリたちも艦橋で唖然としているに違いない。 すでに戦艦と呼んでもよさそうなレベルの大きさと火力だ。むしろ要塞のようにすら思える。 攻撃力が凄まじい上に、ビームを弾き返すリフレクターを装備しているらしい。攻守共にバケモノということだ。だが驚きはさらに上塗りされ、キラはヘルメット越しに目を見開く。 瓦礫の上にそびえていた機体が動き出し、脚部が百八十度回転し円盤部分がスライドした。 すると、そこから一対の目が輝くのが見えて、その機体は巨大な人型をとる。 これはまさか…モビルスーツとでもいうのか。 通信の向こうでカガリやノイマンが呆然と同じことを呟いているのが聞こえる。 だがキラとて信じられない。目の前にそれはいるのに、どこか遠い夢の出来事のようだ。 モビルスーツと呼ぶにはあまりに巨大だが、それは頭部があり一対の湾部と一対の脚部を持っている。 すぐそばに連合軍の機体が滞空しているが、まるでミニチュアに見えるというのだから、その大きさは計り知れない。 そのモビルスーツが一歩を踏み出しただけで、燃え残った建物の残骸が潰される。 呆然と敵機の動きを見ていると、胸部に三つ並んだ砲口が臨界し、白い光を迸らせた。 自分を狙っているのだと気づいたキラは、渦を巻いて襲い掛かる光を急上昇して回避する。 しかし、そのためにはるか後方の市街地が一瞬にして焼き払われてしまった。 たった一撃で、これか。 「くそっ……どうしてこんなことをっ!?」 これではあっという間に辺りは荒野と化してしまう。 とにかく巨大モビルスーツに接近しようとするものの、カオスとウィンダムの二機に左右から攻撃されキラはその射線を回避する。距離を縮められずにいるうちに、巨大モビルスーツが片手を挙げた。 その五本の指先からビームが発せられ、それも辛うじてキラはかわす。 <援護して!ゴッドフリート照準> マリューの鋭い指示が聞こえ、彼女が艦砲を撃つつもりなのだとキラは悟った。 確かにこれほど巨大な的ならば、むしろその方が効果的かもしれない。 巻き込まれないように距離をとったキラは、そこで信じられないものを見た。 確かに、アークエンジェルの主砲は巨大な機体に命中したのに。 ビームの奔流がその機体を貫くことはなく。 虹色の輝きとともに、炎の矢は機体の寸前で拡散してしまったのだ。 「艦砲射撃も…効かない…」 圧倒的な力を前に、キラはぎりっと歯を鳴らし。操縦桿を強く握り締めた。 NEXT⇒◆ |