+++ 飛 翔 +++


24.奪われる命

















デストロイから切り離された両腕部が縦横に繰り出すビームに翻弄され、さらにはカオスの攻撃も受け、キラは身動きのとれない状況に陥っていた。
このままでは破壊を止めることができない。焦燥を覚えながら、カオスをビームで牽制し交錯する。
そのとき、さっと白い翼が視界をよぎった。
はっと距離をとれば、こちらを援護するようにカオスへ攻撃をしかける機体が。

「ムラサメ!?」

赤と黒に塗り分けられた戦闘機は見慣れたもの。
戦場を確認すれば複数のムラサメと、ストライクルージュの姿を見つけることができた。恐らく黙って見ていられなくなったカガリとオーブの人たちが飛び出してきたのだろう。相変わらずな姉と、その国の人々にキラは微苦笑を浮かべた。
こちらに近づいてきたカガリの意図は分かる。恐らく一般市民の避難を請け負ってくれるつもりなのだろう。予想した通りの提案が通信から入ってきて、そのことに感謝してキラはデストロイへと向かった。

カガリたちが後ろを守ってくれる。
ならば自分は、破壊と殺戮を広げる巨大な兵器をなんとしてでも止めなければ。











巨大なモビルスーツは、有している攻撃手段の数も生半可なものではない。サーチライトのようにビームが浴びせられ、無造作に火線が放たれていく。さらに機体円盤部から数十のミサイルが発射され、追い詰められていく。しかしその瞬間、キラの意識が静かに冴え渡り視界が澄んでいくのが分かった。
五つの銃口でミサイル群をポイントし、撃ち落す。そのまま攻撃に転じようとしたキラに、上空から赤紫の機体が迫った。ウィンダムのビーム連射を危なげなくかわしながら、ふと奇妙な感覚に気づく。

目の前にいる機体から感じる、気配。
懐かしいとす思えるこの気配は、自分の知っているものではないか。

「…いまのは…?」

そんなはずがない、と頭では思う。
けれど、身体に感じた感覚は否定できない強さがあり、本能が訴えている。あれは、自分の知る者の気配だと。いま交錯する機体を操っているのは…『彼』だと。

ウィンダムに気をとられていたキラに向けて、デストロイが再び攻撃を放つ。目まぐるしく軌道を変えるビームの筋を、キラは機体を宙返りさせ回避しながら、敵の本体にビームを立て続けに撃ち込む。だが、それは簡単に弾き返されてしまった。

「…っ…これじゃきりがない…!」

ペダルを踏み込んで舞い上がると、こちらを見上げたデストロイの頭部から、強烈なビームが放射された。そんなところからも攻撃できるのか、と目を眇めて回避運動を続ける。本当に、あのモビルスーツは全身が武器のような状態だ。
懐に飛び込めばあるいは、と思うものの。そうしようとするたびに、ウィンダムが牽制の射撃をかけてくる。このままではどうにもならない、と唇を噛むキラの視界に、立ちこめる煙を突き抜けて白い閃光が飛び込んできた。

「あれは…!」

白、赤、青をまとう機体はインパルス。
ミネルバの部隊が到着したのか、と悟るキラからウィングが凄まじい勢いで離れていく。戸惑いを感じている間に、インパルスがデストロイに迫り、サーベルでコックピット付近の装甲をえぐった。まるで恐怖に駆られるようにデストロイが無差別に攻撃を放ち、街を吹き飛ばしていく。
それに逆上したかのように凄まじい勢いでインパルスが突っ込んでいくが、その機体にウィンダムが体当たりした。その直後、インパルスの動きがなぜか止まる。

「……?」

呆然と空中に漂う機体にキラは眉を寄せた。先ほどまでの勢いがない。
可能性があるとするなら、いま体当たりしたウィンダムがインパルスのパイロットに何かを告げたか。戦闘中に攻撃も防御も忘れてしまうほど、衝撃的な何かを。

だがここは戦場だ、少しの躊躇いが命取りになる。

デストロイが巨大な足を踏み出し、キラは慌てて操縦桿を握る。
腰のレールガンを展開し、デストロイの機体に撃ち込む。
そうしながらキラはインパルスへと通信を繋いだ。

「何をやっている!的になりたいのか!?」

そのまま巨大モビルスーツに向かうが、再びウィンダムがビームを撒き散らして牽制する。しかしそれらを回避し、キラはインパルスが刻んだ装甲の傷に重ねて攻撃を叩き込む。コックピットの辺りだろうか、それが裂けていく。
ウィンダムが前に飛び込んできた。赤紫の機体の腰から投げつけられた対装甲貫入弾を、キラはシールドで受け止めた。シールドが吹き飛ぶのも構わず、むしろそれを目くらましにしてキラはフリーダムの機体を沈める。
死角に入り、上空にいるウィンダムに二筋の光条を放った。
両腕をフライトユニットごと吹き飛ばされ、ウィンダムはゆるやかに堕ちていく。

………あの機体に乗っている人物がもし『あのひと』なのであれば。

確証はない。ただ自分がそう感じるだけのことだ。
だがキラはやはり感覚を否定することはできず、アークエンジェルに通信を繋ぐ。

「マリューさん、こちらを頼みます!」
《え?》

驚いたような声が聞こえてくるが、キラは目の前の巨大な敵へと意識を戻した。
先ほどから動きが鈍っている。ウィンダムはおらず、カオスもどうやらムラサメ隊によって撃墜されたようだ。残るはこの一機、と意識を研ぎ澄ます。そのままデストロイへと向かおうとしたキラを阻んだのは。

インパルスだった。

「…っ…!?」

先ほどから様子がおかしかったが、いったいどういうことなのだろう。
ただがむしゃらに刃を振るうインパルスに、キラは意表を衝かれて後退した。
するとこちらには用はないとばかりに、真っ直ぐにインパルスはデストロイへと向かっていく。そして通信を全周波に切り替えたのだろう、インパルスのパイロットの声が響いた。

《ステラ!ステラ、俺だ!シンだよっ!》

必死な少年の声に、キラは目を細める。
ステラ、それがあの巨大な機体に乗っているパイロットの名前だろうか。
インパルスのパイロットと知り合い、ということなのかもしれないがなぜ。そう考えるものの、自分だって過去に地球軍に所属しながらザフトのアスランと戦っていた。そういうことはいくらでも転がっているのかもしれない。

では先ほどインパルスが停止していたのは、ここに来て初めて敵機のパイロットが知り合いだと知ったということなのかもしれない。ということは、ウィンダムのパイロットは何らかの形で両者の関係を知っていたということになる。後でその話を聞くこともできるだろうか。

インパルスは攻撃の意思がないことを示すように、大きく手を広げ近づいていく。だがデストロイは怯えたように両手を挙げ、指先からビームを発した。けれどインパルスは攻撃に構わず、少しずつ近づいていく。

《ステラ!大丈夫だ、ステラ!…きみは死なない!》

インパルスを握り潰そうとするかのように、デストロイの手が伸びる。
それでもなお、少年の声は痛切な響きを帯びながら戦場に響いた。
まるで誓いにも似た、力強い叫びで。

《きみは俺が……!俺が守るから!》

守るから。
その言葉がキラの胸に痛みを呼び起こす。

全てを飲み込む戦場にあって、自分はいったいどれだけのものを守れただろう。守りたいと願った。守ると誓った。けれどそれらが果たされたことなど、ほとんどない。それでも自分はいまもここに、戦場にいる。
インパルスのパイロットの声は、過去の自分と重なる。そしていまもその願いは確かに胸にあり続ける。少しだけ、形を変えて。いくつもの傷を抱えながら。

目の前の機体を操るパイロットも、きっとこの想いを抱えている。
剣をとる者はほとんどが皆そうだ。守りたいもののために、戦うのだから。

「…?」

デストロイの動きが止まった。まるで声が届いたかのように。
全ての武装を下げていく巨大な機体が見えて。
そのことにキラがわずかに安堵を感じていると、また異変が起こった。

止まったかに思えた巨体が、再び動き出したのである。
ぎくしゃくと動き出した機体に、インパルスのパイロットも戸惑う。

《ステラっ!やめるんだっ、ステラ!》

悲痛な声が響くが、デストロイは動きを止めることなく、巨大モビルスーツの胸部に並んだ三つの砲口が徐々に臨界をはじめた。はっとキラは息を呑んでインパルスを見やるが、愕然としたようにその機体は動かない。
白い光が満ちていく。このままではインパルスだけでなく、後方にいるアークエンジェルやミネルバも危険だ。そう判断し、キラは青い翼を駆った。真っ直ぐにデストロイの胸部に飛び込み、発射寸前の砲口にビームサーベルを突き立てる。そしてもう一本のサーベルを二つ目の砲口に柄まで押し込んだ。

止めたいと、守りたいと願う者がいることを知りながら、それを奪う。
その事実に唇を噛み、血の味を感じながらキラは後方に飛び退った。

光が溢れ、ついで爆発が追いかける。
暴風にインパルスの機体が吹っ飛び、パイロットの慟哭の声が聞こえた。
巨大な機体が胸から炎を噴き上げ地響きを立てて膝から崩れ落ちる。
仰向けに倒れる機体の頭部から、断末魔の叫びのようにビームが吐き出されるのが見えた。そしてそれが黒煙に覆われた空に吸い込まれていく。

「………………」

胸に満ちる苦い思いに目を閉じて、キラは機体をとって返した。
誰かの大切なひとを傷つける。自分には結局、それしかできないのかもしれない。
自分の守りたいもののために、何かを選び、捨てていく。
そんな傲慢なことが許されるはずもなく、いつか罪を贖うときが来るのかもしれない。

けれど、いまはまだ。

そう心の中で呟きながら。
この戦場に残された少年を想って、キラは小さく呻いた。


























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