+++ 飛 翔 +++
25.願う世界 アークエンジェルへと戻ったキラはフリーダムから降りる。 するとマードックがなんとも複雑そうな表情で迎えてくれた。あれはどういうことだ坊主?と。 インパルスのパイロットを思って思考の波に沈みかけていたキラは、最初何のことを言っているのか分からなかった。 そして思い当たる。ウィンダムのことを。 「あの機体…どうでした?」 「どうもこうもねえよ。フラガ少佐のそっくりさんが出てきて、たまげたぜ」 「………やっぱり」 「なんだ坊主、知ってたって口ぶりだなぁ」 「いえ、確証があったわけじゃないんですけど…」 すみません、と小さく笑ってキラは更衣室へ向かう。 パイロットスーツを脱ぎ軽くシャワーを浴びた後で艦橋へ向かっていると、医務室から出てきたらしいミリアリアと顔を合わせた。彼女もマードックと同じように複雑そうな表情を浮かべている。 「ミリィ!」 「キラ…」 「…その、ムウさんにそっくりだったって聞いたけど」 「……うん、そっくり。いま生体データと照合してるところだって」 「…そっか。マリューさんは…?」 「さっきまでついてたけど、いまは艦長の仕事に戻ってるわ」 「そう…」 もし本当に彼がムウなら。それは喜ばしいことだけれど。 でも、そうなると今度は疑問が湧き起こる。なぜ彼が地球軍にいるのか。 一度は自分たちと共に飛び出した陣営に、果たして彼が戻るだろうか。 では戻らざるをえない何かがあった、ということかもしれない。ならばその何かとは一体…?いくらでも問いは浮かんでくるが、結局答えは当人しか知らないのだ。 静かに医務室に足を踏み入れ、キラはそこに横たわる男を見やる。 顔には大きな傷が刻まれ、金髪は記憶の中にある彼よりも長く伸びていた。 けれど知っている、このひとを。 いつも陽気に見える言動で自分を支え気遣ってくれた。艦のもう一人の守り手。 ムウ・ラ・フラガだ。 思えばヘリオポリス襲撃のときから、彼とは共に戦ってきた。 軍人として未熟で、一般人から抜け出そうとしない自分たちを叱咤し激励しながらも支え続けてくれた大人の一人。いつだって不可能を可能にする男に、自分だけでなくマリューも救われていたはずだ。 ヤキンの戦いでアークエンジェルを守って散った彼を、皆忘れていない。 守るために失われた命。 そして守られ、遺された命。 二度と邂逅することのないはずだったふたつの命。 それらが絡み合うとき、その先にははたして何があるのか。いまは分からない。 けれど願わくば、大切なひとたちが笑っていられる未来があるといい。 そのために自分たちは戦い続け、進み続けているのだから。 そうして小さな小さな祈りを捧げているのは、自分だけではないのだろうけれど。 戦場で無数に失われる命も。地球軍もザフト軍も。 あのインパルスのパイロットだって、そのために戦い続けてきたはずだ。 そう考えて、キラは瞳を伏せた。通信から聞こえてきた、少年と思わしき悲痛な声が頭の中に響いて繰り返す。絶望に満ちたあの声を、きっと自分は忘れない。 「おいキラ、暗いぞ」 「………カガリ?」 自室のベッドに腰掛け片膝を抱いていたキラは、突然開いた扉に顔を上げる。部屋の明かりをつける気分ではなかったため、廊下から注ぐ光が眩しくて目を細めた。そんなこちらに、腰に手をあてたままカガリが溜め息を吐き出す。 「お前は気がつくと、いつもそうやって暗くなってるよな」 「………そうかな。…そうかも?」 「そ・う・だ」 「…というか、カガリにいつもそういうとこ見られてる気がする」 「なんだ、姉に頼りたくなったのか。仕方ないそれなら頭でも撫でてやるぞ」 「…やっぱりカガリがお姉ちゃんなの?」 不満げに眉を寄せるキラに、カガリは当然と笑って歩み寄ってきた。 こんな頼りない兄はいないだろ、とわしゃわしゃ髪をかきまぜられて慌てる。 頭を撫でるにしては乱暴すぎる、と訴えれば男なんだからこれぐらいで丁度良いだろ、と訳の分からないことを言われてしまった。 ひと通りこちらの髪をかき混ぜて満足したのか、カガリはどかりと隣りに腰を下ろす。その動作こそ男っぽい、と思うもののキラは口に出すことはせず、乱れた髪を手で整えた。 「…ベルリン、ひどい状態だったな」 「………うん」 「あんなモビルスーツを造ってくるなんて、思いもしなかった」 「そうだね」 「………お前さ、何考えてる?」 「え?」 「言ったろ、暗い。そういうときは、キラはどうにもならないこと考えてる。アスランと同じだ、さすが幼馴染」 「どういう理屈」 「いいから。頼れるお姉ちゃんに話してみろ」 頼れるかなぁ、と呟けばなんだとっと頭をはたかれる。 すぐ手が出るところはどうにかした方がいいと思うが、これがカガリであり自分はこんな彼女に元気をもらっているのだ。そのことを思い出して、キラは小さく笑う。 「…ねえ、カガリ」 「ん?」 「カガリはミネルバに乗ってたから、インパルスのパイロットのこと知ってるよね」 「あ、あぁ…まあ、な」 歯切れの悪い様子にキラは目を瞬いた。 そんな弟に、カガリはわずかに瞳を曇らせると重たげに口を開く。 「元オーブ国民なんだ」 「え」 「オーブでの戦いのときにご家族を亡くして、それでプラントに」 「………そう。あの戦いのときも、彼は…」 「いきなりどうしたんだ?」 「うん、ちょっとね」 家族という傍にある大切な存在を失い、今回もまた。 そのどちらの戦いにも自分たちが関わっており、デストロイに関して言えばとどめを刺したのは自分だ。大切なものを奪った自分のことを、あのパイロットはどう思っているのだろう。 自分がアスランの友を殺し、そしてトールを殺されたときの感情が甦る。 いまでも鮮明に思い出すことのできる、禍々しいほどの憎悪と怒り。 大切であるはずの親友に向けられた感情は、いま思い返してもぞっとする。 「ね、カガリ。カガリはどんな世界が欲しい?」 「そりゃ決まってる。いつもハツカネズミ状態のお前やアスランが、何の悩みもなくぽわぽわ笑ってられるような世界だ」 「…何それ」 「それを見て私がしょうがない奴等だなぁって笑って、ラクスが嬉しそうにして、そんな日常を誰もが送ることのできる世界」 「…僕とアスランに関しては納得いかないけど、まあいいや」 「キラは?」 「ん?」 「キラは、どんな世界が欲しい」 真っ直ぐに見つめてくるカガリの金色の瞳に、キラは淡く微笑んだ。 暗く物思いに沈むとき、いつでもここにいて自分の背中を叩いてくれる姉。 優しい歌声でこちらの傷ついた心を包み込み、癒し、そうして立ち上がる日を信じて待ち続けてくれる愛しい少女。 不器用ながらもいつだって他人のことに一生懸命で、それで苦しむ親友。 他にもたくさん、たくさんの大切なひとたちがいる。 皆それぞれに傷つき苦しみながら、それでも望む未来のために戦って。 愛しい存在が流す悲しい涙が、なくなる世界であればいいと思う。 「………みんなが流す涙が、嬉しくて流すものになればいいなって思うよ」 「…あぁ、そうだな」 「とりあえずは、アスランと仲直りしたい…かな?」 「お前たちの喧嘩はいつも長いからなー」 「カガリだって、アスランに謝りたいことあるくせに」 「大人の話に弟が入ってくるんじゃない」 「え、何それずるい」 「う、うるさい」 同じ未来を目指しているはずなのに、ぶつかることがある。 もう分かり合えないのではないかと思うほどに、互いを傷つけてしまうこともある。それでもきっとまた手を取り合えるはずだ。 諦めなければきっと。 あのインパルスのパイロットとも。 分かり合うことができるだろうか。 NEXT⇒◆ |