+++ 飛 翔 +++


27.世界を操る者
















<被災された方々の悲しみ、苦しみは、いまもなお、深く果てないことでしょう。それがまた、新たなる戦いへの引き金を引いてしまったのも、しかたのないことだったのかもしれません……>

プラントの歌姫の言葉を、ザフトの兵士たちはただじっと聞いている。
恐らくコーディネイターであれば、彼女の発する言葉は特別なものとして受け止められるだろう。平和を愛する少女、平和のために先の大戦を戦い抜いた歌姫。
そしてデュランダル議長もまた、穏健派として通っている。
だが感じる違和感に、モニターを見つめるイザークの眉は徐々に寄っていく。
それに気づいたディアッカが、他のクルーもいるんだから顔に出すなよと小突いた。

「アスランもいまはザフトだろ?彼女のことは公認ってことなんじゃないのか」
「…ならなぜ本人を連れてこない」
「なんかすることがあるとか?意外と行動的だからな、あのひと」
「だが、その言葉を他人に預けるような真似をするとも思えん」
「…お前さ、けっこう好きだろ、歌姫」
「…不謹慎だぞディアッカ」

ぼそぼそと会話を続ける隊長と副長の声は、聞こえてくる放送に紛れて消える。けれどすぐ傍に控え、また隊長の声を聞き逃すことのないよう常に気をつけている少女には部分的にその言葉が拾えてしまった。
そういえば隊長はラクス・クラインのことを尊敬しているような節を見せることがある。そしていまの副長の言葉に否定することもなかった。そのことにひどく落ち込んで、ジュール隊のエースである少女はモニターに少々恨めしげな視線を向けてしまう。
隊長と副長の前半部分の会話については、気にする余裕はなかった。













<ですが、このままではいけません!こんな、撃ちあうばかりの世界に安らぎはないのです。果てしなく続く憎しみの連鎖の苦しさを、私たちはもう充分に知ったはずではありませんか!?>

訴える言葉は自分も胸にあるもの。
けれど自分の名と存在で、違う唇から発せられる言葉にラクスは目を伏せる。

<どうか、目を覆う涙をぬぐったら、前を見て下さい!>

失う悲しみ、戦う苦しみ、それらを涙全てでぬぐうことができたらどんなにいいだろう。

<その悲しみを叫んだら、今度は相手の言葉を聞いて下さい!>

慟哭の叫びは、常に刃によって告げられてきた。
そして悲しみの咆哮を終えた後には、すでに相手など存在しない。
言葉を聞く間もないままに、今度は自分が怒りの刃を向けられる側となる。

<そうして、私たちは、優しさと光のあふれる世界へ帰ろうではありませんか?それが、私たち全てのひとの、真の願いでもあるはずです!>

誰もが願っている。優しくて、温かい世界を。
真に願うからこそ武器を手にとり、光を見失って世界は惑う。

人々は求めている。光へと向かう路を。

<なのに、どうあっても、それを邪魔しようとする者がいるのです。それも、いにしえの昔から>

ラクス・クラインにかわってデュランダルが口を開いた。
いままでと矛先の変わった話に、ラクスはそっと顔を上げ、バルトフェルドも興味深げにモニターを眺めている。

<自分たちの利益のために、戦え!戦え!と。戦わない者は臆病だ。従わない者は裏切りだ!そう叫んで、つねに我等に武器を持たせ、敵を創り上げて、撃て。と指し示してきた者たち。平和な世界にだけは、させまいとする者たち。このユーラシア西側の惨劇も、彼らのしわざであることは明らかです!>

そうして映し出されたのは、九つの顔。

<間違った、危険な存在と、コーディネイターを忌み嫌う、あのブルーコスモスも、彼らの創り上げたものにすぎないことを、みなさんはご存知でしょうか?その背後にいる彼ら…そうして、常に敵を創り上げ、常に世界に戦争をもたらそうとする軍需産業複合体、死の商人ロゴス。彼らこそが、平和を望む私たち全ての、真の敵です!>

ずらりと並んだ写真は、そのロゴスの幹部たちのようだった。
ひとりは若いが、他はほぼ老人たち。それぞれの写真の下には実名までもが添えられている。そこでデュランダルのしようとしていることが分かった。

彼は、このロゴスに宣戦布告を行ったのだ。

<私が心から願うのは、もう二度と戦争など起きない、平和な世界です。……よって、それを阻害せんとするもの。世界の真の敵、ロゴスこそを滅ぼさんと戦うことを、私はここに宣言します!>

決意を秘めた眼差しをこちらに向ける議長に、ラクスは唇を引き結ぶ。
これは、彼がやろうとしていることは、大変なことだ。
戦争を引き起こし裏で世界を操作しようとする存在、ロゴス。
それを悪だと断じるというのなら。

いままた、ここで戦いを主導しようている貴方は。











そして同じ問いを、キラもモニターに向かって投げかけていた。
デュランダルがさらしたロゴスの幹部たち。そして次々に映し出されていく、連合の非人道的な行為。それらが一握りの者の利益のためになされたことだと、映像が訴えている。
こんなものを見せられ、なおかつ標的はこれだと映し出されれば。これを見た者たちがどう行動にでるか、デュランダルに分からないはずがない。見た者の怒りは、目の前の標的に向くに違いないのだ。

ではデュランダルがやったことは。
人々の心を操り、誰かを殺させる。ロゴスがこれまでしてきたことと、同じ。

「……これは……大変なことになる!艦長、キラ!」

唖然としていたカガリが我に返り、顔色を変えた。

「提示された者たちのなかには、セイラン…いや、オーブと深いかかわりのある者もいる。いや、オーブだけじゃない。彼らのグローバルカンパニーとかかわりのない国などあるものか!それをどうしようというんだ、デュランダル議長は!?」

カガリの声を聞きながら、キラは画面を睨みつける。
ロゴスは確かに存在してはならないものだ、自分もそう思う。
なのにどうして、胸には嫌なものが溢れるのだろう。釈然としない何かが、胸を占めて居心地が悪い。

「オーブが心配だ……セイランはこれから、どう…」
「戻りましょう、マリューさん」
「え?」

唐突なキラの言葉に、マリューが目を見開く。

「オーブへ」
「キラ……!」

カガリも驚いて振り向き、他のクルーたちも息を呑んでキラを見つめた。
彼らの視線を感じながらキラは、はっきりと続ける。

「いままでとは違う何かが、大きく動こうとしてる。……そんな感じがします」

デュランダルの真の目的は分からない。
だが、これだけで終わりとも思えなかった。
ロゴスを倒してそこで満足する、ということはないだろう。証拠はない、理屈ではない何かで感じ取れる。世界が彼の筋書きに沿って、急激に動き始めているということを。
恐らくそれにオーブも巻き込まれることになるだろう。
希望を宿すことのできる至宝を、守らなければならない。

キラはただ、そう感じていた。













「うーん…?やっぱ、なんかおかしいよなぁ」
「………」

演説を終え、それぞれの仕事に戻るようにと指示を出した後でイザークとディアッカは部屋に戻った。先ほどの議長と歌姫の言葉に、妙な違和感を残したまま。
コーヒーを差し出せば不機嫌な表情でそれを受け取り、無言でイザークは口をつける。
デュランダルは自分たちにとって恩人のようなものでもある、だから悪くは思いたくないが。

盲従というものがいかに危険なことかは、過去に学んだ。
だから自分たちはそれぞれに、正しいと思う道を探していかなければならない。
互いに耳を傾け話し合いながら。

「ラクス・クラインが、ロゴスの顔を公表するってことはしなさそうだと思うんだけど」
「…あれでは怒りに我を忘れた暴徒が、連中を襲撃するだろうな」
「だろ?なんつーか、先導してるみたいで怖いぜ」
「………議長は何を考えておられる」
「そりゃ、ロゴスを倒して、平和な世界にってことだろ?」
「そんなことは分かっている。……それだけと、思うか」
「さあねえ。キラたちの動きも読めないし、アスランとも連絡つかない。情報が足りない」
「………………アスラン。今度会ったらただじゃおかん」

憎々しげに拳を握って唸るイザークに、ディアッカはやれやれと肩をすくめる。
どうなってもいいけど、俺にだけは迷惑をかけてくれるなよと。
















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