+++ 飛 翔 +++
28.見えぬ思惑 オーブへと向かう自分たちを迎えたのはザフト軍だった。 待ち伏せをされていたのだろう、突然の襲撃にアークエンジェルはただ驚くばかりで。 出撃しようとするムラサメ隊を押し止めたのは、キラだった。 相手の意図が分からない。ここでオーブの機体を出すべきではないと。 ザフト軍、というよりそれを指揮するデュランダル議長の考えにすでにキラは不信感を覚えていた。 彼は巧みに情報を操作する。それはベルリンでの戦いにも表れていた。そこにいたはずのフリーダムの画像が消され、あたかもザフトがあの殺戮兵器を破壊したかのように変えられていた映像。ロゴスという新たなる巨悪の示唆。 下手にムラサメを出してザフト軍を攻撃させることは危険だ。 今度はオーブまでもが世界の敵として扱われる可能性だってある。 いまは、アークエンジェルとフリーダムだけで凌ぐしかない。 どうか、海まで。 そう必死に抗う自分たちの目の前に、再び。 ミネルバが姿を見せた。 <ザフト軍艦ミネルバ艦長、タリア・グラディスです。アークエンジェル、聞こえますか?> 落ち着いた、きびきびとした声。 マリューからちらりと聞いてはいたが、本当にミネルバの艦長は女性だったらしい。 <本艦は現在、司令部より、貴艦の撃沈命令を受けて行動しています。ですが、現時点で貴艦が、搭載機をも含めたすべての戦闘を停止し、投降するならば、本艦も攻撃を停止します> とても真っ直ぐな言葉だ、と思う。 話していて気持ちの良いひとだったわよ、と悪戯っぽく笑ったマリューの顔が思い出されて、キラは操縦桿を強く握り締めた。そう、敵であろうと知り合えば皆、悪いひとではない。むしろ友人にだってなれるであろうひとが大半なのだ。 けれど。 <警告は一度です。以後の申し入れには応じられません。乗員の生命の安全は保障します。貴艦の賢明な判断を……望みます> 恐らく、ミネルバの艦長はこちらと戦うことを躊躇っているのだろう。けれど上層部の決定を覆すつもりもない。彼女ができる、精一杯の範囲で誠意を示してくれたのだ。そのことは素直に嬉しい。 だが、いまアークエンジェルが投降してしまったら。 ここにはカガリがいる。いまザフトとオーブは敵対している状況だ。 そしていまだ何を考えているのか見えないままのデュランダルの手元に、カガリを渡すことになってしまう。それだけは、とキラは手早くキーボードを取り出し指を動かした。 海へ カガリをオーブに それを第一に マリューなら恐らく汲み取ってくれるだろう、と信頼をこめてアークエンジェルへ送る。そしてしばらくして、今度はアークエンジェルからミネルバへと通信が開いた。 <貴艦の申し入れに感謝します。……ですが、残念ながら、それを受け入れることはできません> マリューの穏やかで優しい、けれど毅然とした声が流れ出す。 <本艦にはまだ仕事があります。連合か、プラントか、いままた二色になろうとしている世界に、本艦はただ邪魔な色なのかもしれません。ですが……だからこそ、いまここで消えるわけにはいかないのです。―――願わくは、脱出を許されんことを> ミネルバから出撃してきたインパルスを見て、まず脳裏に浮かんだのは搭乗しているであろうパイロットの悲痛な叫び。デストロイに乗っていた者と知り合いだったのだろう、必死に助けようとしていたのに自分がそれを阻んでしまった。 殺したくなんてないのに、助けられなかった命。 その重さを、絶望を、後悔を、知らないわけではない。 そしてそれが大切であればあるほど、悲しみは憎しみへと変わることも。 「……っ……!!」 まるで鬼神のようだ、と思った。 いままでとは明らかに動きが違う。ただこちらを倒すためだけに計算された動き。 がむしゃらで、滅茶苦茶のようにも思えるけれど。こちらの弱点をよく知っている。 だがザフト軍の真意が分からないままでは、キラとしてはインパルスを撃墜するわけにはいかなかった。そして向かい合うモビルスーツから、憎悪の声と、その奥に潜む慟哭を感じ取ることもできて。 一撃一撃、鋭く激しくなる攻撃をかわすのが精一杯で。 確実に損傷は与えられ、削られていく。あと少し、あと少しで海なのだ。 換装型の特性を限界まで利用した戦いに、キラは追い詰められていく。 潜水しようとするアークエンジェルに、ミネルバの艦首から白い光が迸った。 そして母艦に気をとられた、わずか一瞬。 インパルスの長刀が振りかぶられ、接近するのがスローモーションのように見え。 咄嗟に上げたシールドが腕ごと宙を舞う。 迫るレーザー刃からは、肌を焼くような殺気が溢れて。 凄まじい衝撃のあと、コックピットに響いていた警告音が轟音に飲み込まれた。 意識が遠ざかるその前に、キラはほぼ反射のように手を伸ばす。 原子炉閉鎖のボタン。それを押さなければ、下手をすればアークエンジェルやインパルス、ミネルバまでも巻き込んでしまう。どうか、届きますようにと消え行く意識の中で願う。 けれど、はたしてスイッチに指が届いたかどうかは、分からなかった。 苛々とした足取りを隠そうともせず、廊下を進み続ける友人をディアッカはどうしたものかと眺めていた。だがいまここで下手に声をかけても、どうせ当たられるだけだろうしなぁと頭をかく。 銀色の髪が不機嫌に揺れ、前を歩く肩は怒りに張っている。 恐らく原因は、デュランダル議長の演説だろう。 なんだこりゃ、と自分だって思ったのだ。直情的なイザークが何も思わないはずがない。 「しかし、ロゴスを撃つとは言っても。具体的には何をするつもりなんでしょうかね議長は」 「名を上げた企業製品の不買運動かな」 「ははは」 「笑い事ではないわ!」 すれ違うザフト軍人たちの雑談に、いよいよイザークは足を止めて怒鳴った。 やれやれ、と内心で溜め息を吐きながらディアッカも足を止める。 友人のアイスブルーの瞳は、怒りと苛立ちに青い炎をめらめらと燃やしているはずだ。 「実際大変なことだぞ、これは!ただ連合と戦うよりはるかに」 「イザーク」 「少しは自分でも考えろ。その頭はただの飾りか!」 ふん、とそのまま歩き出すイザークを呆気にとられて見つめる視線を感じながら、ディアッカはさらに早足になった友人を追いかける。納得のいかないものをいかないと、そう言えるところはイザークの良い点なのだが。荒波を立てまくるのは問題点だ。 「お前の頭は、いまに爆発するぜ?」 「うるさい!」 隊長室に入ったイザークは、そのままどかりと腰を下ろしてモニターをつける。 そこに映し出されるのは様々な報告書であったり、上層部の決定の伝達であったり、各国のニュースなど。素早くそれらに目を通したイザークは、思い切り眉間に皺を寄せた。 (おいおい、これ以上寄せると戻らなくなるぜ) そんなことを言おうものなら、凄まじい怒声が返ってきそうである。 何かあった?と声をかければ、無言でニュースを指し示された。 「………あちゃー、やっぱりそうなるわけね」 「あんな風に大々的に名と顔を公表すれば、こうなることは予想できただろうに」 民衆が暴徒化し、次々にロゴスの幹部たちを襲撃している。 これまでの戦争を裏で操っていた、大きな敵。そう言われてこうならないはずがないのだ。人の心は暴走するととても危険で。その結果が、先の大戦であったはずだ。 「けどま、いままで一度も入れたことのなかった場所にメスを入れたのは事実だよなぁ」 「………だが、どうにも納得できん」 「それは俺も同じだけどさ。なんだろうな、綺麗にまとまりすぎ?」 「………」 「何にも見えない状況ってのは、やっぱ怖いよな。…あいつらなら何かつかんでるんかね」 「知るか」 NEXT⇒◆ |