+++ 飛 翔 +++


29.違和感
















<私だって、先日名を挙げた方々に軍を送るような、馬鹿な真似をするつもりはありません>

穏やかにも聴こえる声が耳を打ち、キラの意識は浮上した。
まどろみよりも深い場所を漂っていたが、聴こえてくる言葉に揺り起こされる。

<ロゴスを討つというのは、そういうことではない。ただ、彼らの作る、この歪んだ戦争のシステムは、今度こそもう、本当に終わりにしたい。コーディネイターは間違った、危険な存在と。わかりあえぬバケモノと、なぜあなた方は思うのです?そもそもいつ、誰が、そう言い出したのです?>

うっすらと目を開けば見慣れた白い部屋。
糾弾するような声を追って視線を動かせば、モニターに映し出されたデュランダルの姿。
そして次々に研究所の様子らしき映像が映されていく。
子供が実験に使われる風景、反乱が起きたのちそのまま廃墟と化した研究所内の光景。
殺しあう子供たちや、チューブに繋がれ苦痛に泣き叫ぶ子供たち。…腐乱しかけた死体。

<私からすれば、こんなことを平然とできるロゴスの方が、よほどバケモノだ!>

その瞬間、モニターの映像がぶつりと切られた。
ぼんやりと何も映さなくなった画面を眺めていると、モニターを見ていた青年の影が視界に入る。
金髪を揺らした男は見覚えがあって、一瞬キラは自分が死んだのかと思ってしまった。

そこにいるのが、ムウ・ラ・フラガだと思ったから。

けれど自分の知っているムウよりも髪が伸び、顔に大きな傷を走らせた男。
彼はネオ・ロアノークと自分を名乗っており、地球軍に所属していた。
アークエンジェルやマリューの記憶を一切持たない、けれどムウの身体を持った男。

「あ、キラ!目が覚めたのね」
「…ミリィ…」

かすれた声しか発することができないが、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
ちょっと待っててね、と言い置いてどこかへと通信を繋ぐ。
短くやり取りを終えた後で、何があったか覚えてる?と尋ねながら枕元に腰を下ろした。
ミリアリアの笑顔を見上げながら、キラは小さく頷く。

「………アークエンジェルは…」
「なんとか無事」
「…ん」
「本当、心臓に悪いったら。マードックさんも珍しく泣きそうになってたわよ」
「はは…ごめん」
「もうあんな思いはごめんだと思ってるんだから、気をつけてよね」

むに、とミリアリアの指がこちらの鼻をつまむ。
鼻声になりながらキラはうん、と答えた。

二年前、やはりアークエンジェルでザフトから逃げ続けていた日々の中。
ストライクを駆ってひとり孤独に戦い続けていた。
あのときも、いつ自分は死んでしまうか分からず。いま以上に神経が擦り切れそうで。
管制を務めていたミリアリアも、キラの死を身近に感じていたに違いない。
…トールという存在を失ったこともある。キラだって、一度は死んだと思われていた。

「キラ!」
「……カ、ガリ……」
「お前っ……この…馬鹿野郎!」
「え…あ、ちょ」

上手く身体を動かすことのできないキラの上にカガリは飛びかかる。
彼女本人は抱きついているだけなのだろうが、キラからすれば攻撃されているに近い。
ぐふっ、という呻き声が聴こえてミリアリアは思わず笑ってしまった。
負傷しているキラにそれは酷なことだろうが、思い知ればいいと思ったのだ。
こんなにも、私たちが心配していることを。

いつだってキラは自分たちのために戦って、無理をして。
そうする力を持っているから、できることをしているだけだと。彼は言うのだろうけれど。
何もできないもどかしさをいつも感じている身としては、素直に頷けない。

「ふふ、いーっぱい心配されてねキラ」
「ミ、ミリィ」
「心配ぐらいさせてよ?」
「いいや、心配させるな私の身がもたんっ。だいたいお前はいつもいつも!」
「そ、そんなこと言われても…」
「私には前線に出るなとか言っておいて、自分はこれかっ」
「カガリが前線に出たら危ないじゃない」
「それは私の操縦技術が未熟というつもりか!?」
「そ、そうじゃないったら!」

激昂して胸倉をつかみあげる姉に、キラがあたふたと慌てる。
カガリが怒っているのは、それだけ彼のことを心配していたからだ。
だから結局はキラも困ったようにしながら笑うだけで。
心配かけてごめん、と素直に謝る弟に許さないからな!とカガリは涙声で拗ねる。
どうしたら許してもらえるだろうかと困惑するキラに、頑張れとミリアリアが笑った。

呑気なその光景を、ネオは呆れた表情で眺めていた。










デュランダルに煽られた民衆たちは、次々とロゴスとして名を連ねていた者たちを殺害していた。
暴徒と化した人々がロゴスのメンバーの邸宅へなだれこみ、全てを破壊していく。
その映像を確認していたラクスは物憂げに溜め息を吐いた。
そして別の映像を取り出すと、そこにはデュランダルの演説が映し出される。

<己の身に危険が迫れば、人はみな戦います。それは本能です。だから彼らは撃つ。そして撃ち返させる。私たちの歴史は、そんな悲しい繰り返しだ>

デュランダルはとても悲しげな表情を浮べた。
彼の言葉も、表情も、その全てが民衆の心をとらえ動かす。

<戦争が終われば兵器はいらない。いまあるものを壊さなければ、新しいビルは造れない。畑を吹き飛ばさなければ、飢えて苦しむ人々に食糧を買わせることはできない。平和な世界では儲からないから、牛耳れないからと、彼らはつねに我々を戦わせようとするのです!>

実際それは真実なのだろう、とも思う。
ロゴス―死の商人が裏でこの戦争を引き起こす要因のひとつではあったはずだ。
けれど、ではデュランダルのこの言葉は。戦うことを唆していないと、そう言えるのだろうか。

<こんなことはもう本当に終わりにしましょう!我々は殺しあいたいわけではない。こんな大量の兵器など持たずとも、人は生きていけます!戦い続けなくとも、生きていけるはずです!歩み寄り、話しあい、今度こそ、ロゴスの作った戦う世界から、ともに抜け出そうではありませんか!>

この言葉を聞いてデュランダルを悪だと断じる者はほとんどいないだろう。
そう、彼の言葉は正しいのだ。
誰も戦いなど望まない。けれどいつのまにか憎しみの連鎖に巻き込まれ、銃を手にとる。
戦う意味も痛みも知らず、命を落とし、命を奪っていく。

戦う世界から抜け出すことを、みなが願っているのに。

「随分と厳しい顔をしてるねぇ」
「バルトフェルド隊長…」
「大した男だよ、デュランダル議長ってのは。人心を動かす方法をよく知ってる」
「えぇ…。この言葉は真実の一端ではありますから。けれど」

何かを言いかけたものの、ラクスは口を閉ざす。
そして映像を切り、くるりとバルトフェルドに振り返った。

「情勢はどうなっていますか?」
「けっこうな数の勢力がザフトに加わるって表明しはじめている」
「ザフトと共にロゴスを討つ、と?」
「あぁ。大小さまざまな武装勢力だがね。そのほとんどが地球連合に属してた部隊だ」

そうして義勇軍がザフトに集結しつつあり、早々に連合からの脱退を表明した国もあるらしい。
世界各地が動き出し、デュランダルの元に力をひとつにしていく。
民は高揚しているだろう。これまでの垣根を越えて、全ての者が手を取り合えることに。

それなのに、胸には不安が渦巻く。
間違ってはいない、むしろ正しい方向へ世界は動いているように見える。

けれどそれは上辺の部分だけにしか見えないのはなぜだろう。

「それから悪い知らせだ。フリーダムが撃墜された」
「………え?」
「キラは無事だそうだ。ただアークエンジェルもかなりの損害らしく、国に戻ると」
「そう、ですか」
「戦った相手はミネルバとインパルスらしい」
「………………」

ザフトが直接にこちらに手を下してきた。
実際それだけのことを自分たちはしている。
どちらの勢力にも属さず、戦場に幾度となく介入しているのだ。
敵対勢力とみなされても不思議なことはない。だが、なぜいまこのタイミングで?
世界が大きく動き出しているいま、敵でも味方でもない自分たちは邪魔だといわんばかりに。

ぎゅっと手を握る。いまの自分たちに、何ができるだろう。
とても小さな灯火。それを消さずに、輝かせ続けるにはどうしたらいいだろう。

脳裏に浮かぶのは優しい紫苑の瞳。
撃墜されたということは、多少なりとも怪我を負っているかもしれない。
彼と離れてからどれぐらいの時間が流れただろうか。長くも短くも感じる。
…あの温もりに包まれて、穏やかな彼の声を聞きたい。

「それでは、あちらの製造も急がせなければなりませんね」
「あぁ。本当にあれが必要になる日がくるとはねぇ」
「こうして世界がロゴスと議長との二色に分かれるのなら…」

ロゴスという存在が消えたそのとき。次なる標的に選ばれるのは。
あの青い海に浮かぶ至宝なのではないか。

そう、ラクスには思えてならなかった。









「よう坊主、目が覚めたか!」
「わっ、マードックさんオイル臭い!もう、ちゃんとシャワー浴びてから来て下さいよ」
「ひでえな嬢ちゃん。また仕事があるんだ、仕方ねえだろ」
「怪我人に菌が入ったらどうするんですか」

代わる代わる仲間たちが顔を出してくれる。
賑やかな時間が途切れず、キラはいまだ身体を動かせないまま小さく笑った。
それからふと、自分の腕を持ち上げて巻かれた包帯を見やる。
先ほど確認したが、頭や足にも包帯が巻かれていた。しかも、なぜかがたがた。

「……この包帯って、カガリ?」
「な、なんだよ悪いか」
「もう泣きながら巻いてたのよ」
「なっ、ちょ!」
「…そっか。ごめんね、カガリ」
「あ、謝るなー!!いっそ包帯で絞め殺してやろうか!」

顔を真っ赤にして暴れるカガリに、キラは苦笑しか漏れない。
じゃあありがとう、と呟けばようやくおとなしくなる。

「………もう二度とごめんだから、こんなこと」
「うん」
「………………もう二度と、こんなことが起こらないように、しないとな」
「…うん」

世界を。
争いのない、穏やかなものへと。

その願いは、自分たちもこの世界に生きる人々も、デュランダルも。

同じであるはずなのに、なぜかそこには違和感があって。

キラは、モニターに映し出されていた議長の姿を思い出し、目を閉じた。














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