+++ 飛 翔 +++


30.指し示すもの















「インパルスにやられたって?」

そう声をかけてきたネオに、キラは思考の中に沈んでいた意識を持ち上げた。
フリーダムという剣を失ったキラをせせら笑うように、ムウの顔をした青年がこちらを見つめる。

「ザマミロ」

こうした対応を見るだけで、彼の中に自分たちの存在がないのだと思い知らされる。
共にあの激戦を生き抜き、信じたもののために戦った。それを彼は覚えていないのだと。
だがだからといってネオと名乗る彼に自分たちはどんな言葉を向ければいいのだろう。

思わず口を噤んでしまうのはキラだけでなく、その場にいたミリアリアやカガリも同じだ。
居心地の悪さを誤魔化すように、ネオが再び口を開いた。

「まっすぐで、勝気そうな小僧だぜ、インパルスのパイロットは。どんどん腕を上げてる」
「……会ったこと、あるんですか?」
「ああ。………一度な」

わずかに翳るネオの横顔を眺めながら、キラはインパルスとの戦いを思い出す。
通信から聞こえてきた声は恐らくまだ少年なのだろう、わずかにあどけなさが残っていた。
そしてデストロイのパイロットを庇うような素振りを見せたことを、いまでも思い出せる。
本来なら敵であるはずの存在を、ああして助けようと行動するのはなかなか難しい。
その点だけを考えても、きっと真っ直ぐな人物なのだろうと分かる。

だからこそ、守りたかった命を奪った相手、つまりフリーダムを許せなかったのだろう。

あの憎悪、憤怒、寂寥、全てがごちゃごちゃになった感情。
戦ったときにそれらを肌で感じ、自分の過去とも重なったキラは胸が締め付けられた。
自分がトールを失い、アスランがニコルを失ったあのときと同じ。

結局、繰り返している。
戦いのない世界を望みながら、自分も他の人の大切な存在を奪っている。
覚悟していたことだ。それでも胸は痛み、矛盾に息が詰まりそうになる。
だが、だからといって何もせずまた世界から逃げていては。それこそ先の繰り返しだ。

「しっかし、この艦は何をやってんだ?この間は俺たちと戦ったくせに、今度はザフトが…」

苛立ちを紛らわせるためといわんばかりに、ぐっさりとハンバーグにフォークを刺す。
そしてボヤいていたネオの言葉の途中で、ドアが開きマリューが姿を見せた。
それに気づいたネオが、さりげなさを装いながら目を逸らす。

「…敵かよ」
「…そうね」

言われるのは最もだ、という微苦笑を浮べてマリューは頷いた。
けれど意図的にネオから視線を外し、キラの傍へと歩み寄る。

「大丈夫なの、キラくん?」
「あっ……はい、もう……」
「そう、よかったわ。アークエンジェルもだいぶひどい状態だけど、見つからないようにうまくルートを選べば、何とかオーブまで辿り着けるでしょう」
「はい」

そうしたら、どうなるのだろう。
まずはアークエンジェルの修理と、キラには新たな力が必要になってくる。
………そしてオーブについたら、ネオの処遇はどうなるのか。

どうしてもそのことが気になってしまう一同は、またも何ともいえない空気を生んでしまう。
それに気づいたカガリが、気まずい雰囲気を払拭しようとトレイを手に取った。

「ほ、ほら、食べろって、お前も」
「え?あ、ああ……」
「………オーブの艦なのか、やっぱりコイツは?」

ずっと気にかかっていたのだろう、ネオが尋ねる。
アークエンジェルがオーブに隠されていたことは、公然の秘密。
しかもカガリを乗せている。そうなれば、オーブ籍の艦であると考えるのが普通だ。

しかしアークエンジェルは幾度となくザフトと地球連合軍の戦いに介入している。
ザフトだけでなく、オーブの軍にも損害をもたらした。
いったい何のために戦い、どちらの側に立つ存在なのか。不思議に思っても当然だろう。
ネオの当然といえば当然の質問に、マリューが眉を下げた。

「うーん、どうなるのかしらね……」
「じゃ、そこでどうするんだ……俺は?」

まるでこちらの考えを読み取ったかのような質問に、キラもカガリも息を呑む。
オーブについたら、ネオ…いやムウは。
マリューのことだ、罪を問うこともなく解放することだってありえる。
そうなれば、ムウとしての存在を残す彼とは、二度と会うことはできないかもしれない。

「………ムウ・ラ・フラガってのは……。……あんたの、何なんだ?」

ムウの顔で、彼は問う。
それがマリューにとってどれほど辛いものであるか、キラにはわからない。

ムウへと視線を向けているため、マリューの顔を見ることはできない。
けれど彼女はわずかに悲しげな気配を滲ませた後は、小さく笑ったようだった。
きっと、悲しみを押し殺した瞳で、気丈に。

「戦友よ。かけがえのない」

その声には、愛しさと、消えることのない切なさを宿して。

「……でも、もういないわ」











明日からは日常生活に戻っても大丈夫、と医師の診断をもらってキラは安堵の息をついた。
よかったわね、と笑ったミリアリアがなぜかカメラを構えてくるから目を瞬く。

「キラが怪我した姿なんて貴重だから、撮っておこうと思って」
「ええ?」
「きっと見せたら面白い反応してくれると思うのよね」
「ラクスにか?心配するか、ちょっと怒るか、逆に面白がるか…どれだろうな」
「そんな真剣に考え込まれても…。ラクスを心配させたくないから、ちょっとそれは」
「すでに心配かけてるんだもの、いまさらでしょ」

ミリアリアの言葉にう…とキラは言葉を詰まらせた。
フリーダムが撃墜されたという情報は、恐らくターミナルを介してラクスにも届いている。
きっと心配してくれているに違いない。
申し訳なさが先に立つが、ほんの少し嬉しいと思うのも事実だ。

こうして仲間が時間が空いたときに顔を出してくれる。
そのことがキラの心を癒し、またさらに守りたいという気持ちを強くさせた。

「キラの情けない姿なんて、散々ラクスに見せてきてるんだろ?」
「そうはっきり言わなくても…」
「あ、そういえばストライクが撃墜された後も保護してくれたの彼女だっけ?」
「うん。あのときは本当…瀕死の状態だったから。温室のベッドで目が覚めたときは驚いた」
「温室ぅ!?」
「重傷の人間を…温室に?」
「こっちの方が気持ちいいだろうから、ってラクスが移動してくれたみたい」
「いやいやいや、なんかおかしいだろ」
「さすがピンクの妖精…」

ラクスはとても冷静で理知的なのだが、基本的には天然でどこかずれている。
けれどそれがキラにとっては愛しいと思う部分のひとつなのだ。
だからあのときも、決して不快ではなかった。
それどころかあまりの心地良さと美しさに、自分は天国に来たのかと思ったものである。

「明日からキラもベッド抜けるんだろ?んじゃしっかり働いてもらわないとな」
「え」
「ムラサメの調整がさ、人手が足りないらしい」
「あれだけ機体があったら、マードックさん達じゃ手が回らないわよね」
「あぁ…うん、できることはやるよ」

戦う力を失ってしまったいま、何かしないでいるとずっと考え込んでしまいそうだ。
仕事がある方がありがたい、と頷く。

「無事に、オーブにはつけそう?」
「いまのところはね。ただ、ザフトの方も動きが加速してるから…」
「あんまり悠長なことはしてられないよな」
「ヘブンズベース、だっけ」
「今回はロゴス対ザフトと義勇軍、みたいな感じだもんね。各国も注目してる」
「一丸となって悪を倒す!って雰囲気だ。…間違ってはいないんだろうけど」

なんだか腑に落ちない、という表情をカガリが浮べる。
それはキラやミリアリア、この艦のクルーたちも同じだろう。

正しいことを言っているはずなのに、何かしっくりこない。
それはアスランから聞いた言葉に感じたものと、ひどく似ている。
頭ではそれが正しい道なのだと理解しているのに、どうしてか感情が納得しないのだ。
その理由が分からず、自分たちも迷うしかない。

明確な答えを出すためには、時間が必要で。
けれどその時間すらもいまはほとんど残されていない。

「…ああやって、ひとつの道をしっかり定められるのはすごいとは思う」
「あぁ。為政者としてあるべき姿なのかもしれないな」
「そう?私は国民のことを思って迷走するオーブ代表が好きだけど」
「………う」
「だって自分たちが一緒に頑張らないと、って思えるじゃない?」
「人徳だね、カガリ」
「厭味か!」
「でもこれは本音よ。一緒に国を作って、未来を作っていこうと思える。そんな代表にカガリさんならなれる、って私は思う」

ミリアリアの真っ直ぐな瞳に、カガリは目を見開いた。
確かに彼女の言う通りかもしれない、とキラも思う。

いつだって一直線で、逃げることやズルすることを知らない彼女。
ときに危なっかしく、失敗することや間違うことだってあるけれど。それが人間というものだ。
彼女のありのまま生きる姿は、自分と共にいてくれる存在として力を与えてくれる。
カガリと一緒に、進んでいきたいと思わせる。

アスランも、そんな彼女の強さに惹かれたのだろう。

「…そうか」
「キラ?」
「カガリも、ラクスも、そこなんだ」
「?」
「なんだよ、ひとりで納得したような顔して」

カガリは共に立ち、一緒に悩んで迷って苦しんでくれる。
共に正しい答えを探そうと足掻いてくれる。

ラクスは静かに全てを見守り受け入れ、そして問う。
あなたが望むものは、向かうべき未来は何と。

二人とも、ひとの未来や考えに答えを出すことはしないのだ。
相手との距離の取り方や接し方に差異はあれど、そこは共通している。
傍にいてくれる、一緒に未来を探してくれるけれど、答えはそれぞれに委ねる。

当然だろう、だって生きてきた道も違えば願うことも違う幾十億の人々。
ならば答えだってきっと十人十色で、たったひとつの真実を見つけることなど不可能に近い。

けれど。

そのたったひとつの答えを、デュランダルは弾き出そうとしている。

自分たちに問うことはなく、葛藤も必要ないことだと。

答えはこれなのだと、差し出す。






果たしてそれは、人間を正しい道へと招くのか。それとも。















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