飛翔

+++ 飛翔 +++

３１．戦士の帰還

アークエンジェルが地下ドックへと吸い込まれていく。
ここはマルキオの伝道所があったアカツキ島。
モルゲンレーテによる秘密のドックであり、ようやく艦の補修に手をつけられそうだ。
あとは自分の機体がどうにかなれば、とキラはモニターを見つめる。

「ジブラルタルより、ヘブンズベースへ向けての通告です！」

ミリアリアが新たに入った情報に声を上げた。

「＜我らザフトおよび地球連合軍は、ヘブンズベースに対し、以下を要求する。一、先に公表したロゴス構成メンバーの即時引き渡し。二、全軍の武装解除。基地施設の放棄＞」
「これは……」
「マリューさん、ラクスと話したい。連絡が取れますか？」
「え？」

ザフトと連合の正面対決が始まる。
恐らくこの通告文が受け入れられることはないだろう。
火蓋が切って落とされた場合、勝利するのは。

そこまで考えて、キラは眉を寄せた。

「本当に……急がないと……」

間に合わなくなる。

ラクスも考えは同じようだった。
直接連絡をとることはできなかったが、彼女もこの戦いの後に狙われるのはオーブであろうと示唆している。そのため戦力の用意を整えておく必要がある。
まず自分たちにできることはアークエンジェルの補修だ。
キラの剣については少し待ってほしい、という回答もあった。

アークエンジェルの補修が終わるまでの間、自分に何かできることがあるだろうか。
落ち着いていられないキラはアークエンジェルを出て、カガリと共にエリカのもとへ向かった。
先の大戦でもお世話になった頼れるモルゲンレーテの技術主任である。
相変わらずひどくやられてきたわね、と笑う彼女にキラとカガリは苦笑する。
いつもいつも、アークエンジェルと自分たちの乗る機体はぼろぼろになっているのは確かだ。

すると管制ブースに通信が入ったようで、エリカが通信機を操作する。
そしてモニターに現れた顔は、キラもカガリもよく知るものだった。

「キサカ！」
＜カガリ。お前も無事に着いていたか＞

日に焼けた顔に笑みを刻む、たくましい男。
レニドル・キサカ一佐であり、オーブ陸軍の特殊空挺部隊に所属するという。
彼も先の大戦での頼れる仲間だ。さらにはカガリのお目付け役もかねて、常に同行していた。
簡単に言ってしまえば、カガリの保護者のようなひとである。
そんな彼の突然の登場に、カガリはぽかんとしていた。

「キサカ…お前もこの島にいるのか！？これまでどこに」
＜ちょっと地球軍に同行して、ジブラルタルにな＞
「ジブラルタル！？ザフトのか？」
「そういえば、キサカさんの軍服…地球軍の…？」

馴染みのある襟元にキラは首を傾げる。
訳が分からない、と混乱するカガリに意味ありげな笑みを浮かべてキサカは続けた。

＜まあ、そのことはおいおい話すとして。ちょうどいい、俺の運んできたものを見てくれ」
「なに……？」
「運んできたもの、ですか？」
＜来れば分かる＞

そう言われ、エリカにもいってらっしゃいと送り出され。
意味が分からないまま、カガリとキラは地上へと向かった。

島の入江に飛行艇がつけられ、カーゴハッチからなにかが運び出されようとしている。
吹き付ける強い風に髪を押さえながら、カガリは必死に目をこらした。
待っていたらしいキサカが歩み寄ってきて、こちらからも駆け寄る。

「キサカ！…潜入していたというのか、ザフトの基地に？」
「ああ」

頷きながら彼は自分たちを飛行艇へと誘った。

「入港してほどなく、基地で騒ぎが持ち上がってな。通信を傍受していたら、スパイが逃げたの、追撃だのという単語が聞こえて」

脱走したモビルスーツを追って二機の新型機が海上に向かうのを、キサカは見たという。
そしてひそかにボートを出して、さらに追跡したそうだ。

海上でスパイらしき者の乗った機体は追いつかれ、撃墜された。
その直後にキサカは機体の落下した海域を捜索することにしたらしい。
潜入、という目的でザフトに入り込んでいる自分からすれば、助けておくに越したことはないと。
撃墜された人物が手にした情報にも興味があったそうだ。

「幸い、コックピットの残骸をすぐ探しあててな。だが引き上げて驚いた」
「って……？」

いったいどこへ話が向かうのかさっぱり分からない。
怪訝そうに目を瞬かせるカガリに、キサカは先ほどと同じ笑みを浮かべた。
意味ありげに笑い、そして顎をしゃくる。

「お前に、何よりの土産だ」

カーゴハッチから運び出され、二台の医療用ストレッチャーがやってくる。
その上に寝かせられた人の姿に、キラもカガリも瞠目した。

酸素マスクの下に見えた、青白い顔。
シーツに散らばる青みを帯びた髪。
整った容姿には青白い影が落ちて。

誰か判断する前に、カガリは駆け出していた。
その背中を見送りながら、キラはアメジストの瞳を細める。
力なく投げ出された腕は包帯に覆われ、頭にも同じものが巻かれている。
意識のない状態と、浅い呼吸。恐らく相当の重傷なのだろうと分かった。

そして一緒に運ばれてきた、赤い髪の少女。
彼女はいったい誰だろうか。

「アスラン……！」

カガリの震える声が聞こえる。
堪えきれず、涙がぽろぽろと零れ落ちる片割れの傍へキラも歩み寄った。
そっと肩に手を添えれば、カガリは両手で口を押さえ嗚咽を必死に押し殺す。

キサカがジブラルタルから運んできたもの。
それは確かに、何よりのものだった。

医務室へと運び込まれたアスランに、隣りのベッドにいるネオは怪訝そうにしていた。
キラがようやく元気になったかと思えば新たな患者だ。しかも戦闘も何もないのに。
いったい何なんだ、という表情を浮べる彼に構う余裕もなく処置が済むのを待つ。
しばらく安静にしていれば大丈夫でしょう、と医師の診断を受けてようやくほっとした。

「……ほんと、キラもアスランも馬鹿だよな」
「カガリに言われたらおしまいかな」
「どういう意味だ」
「カガリだって、けっこう無茶してると思うよ？」
「違いない」
「キサカ、お前まで！」
「ははは、すまんな」

大らかに笑ったキサカは、報告やら打ち合わせやらがあるらしく。
また後でな、とカガリの頭をぽんと叩いて医務室を出て行った。
憮然としてそれを見送ったカガリは、椅子を引っ張ってきてアスランの傍に座る。

「カガリはここにいる？」
「ああ」
「じゃあ僕はもう一人の方を見てくるね」
「頼む」
「カガリは知ってる？あの子」
「多分…ミネルバの管制の子だと思う」
「ということは、アスランの仲間か」
「よく分からないが…一緒に乗ってたってことは、アスランの味方なんだろ。多分」

スパイとしてジブラルタルを追われたというアスラン。
撃墜されるだなんて、いったい彼の身に何があったというのだろう。
そしてそれは誰の指示によるものだったのか。

医務室を出たキラは、少女がいるであろう部屋へと向かう。
フェイスとして議長の掲げた理想を貫こうと、それが世界のためだと選んだアスラン。
だというのに彼はザフトを追われ、命を奪われかけた。
仲間だったはずの存在を彼が裏切ったのか、それとも裏切られたのか。

どちらにせよ、何か亀裂が走ったことには違いない。
アスランがザフトを脱出せねばならない何かが、あったのだ。

「………あれ、ミリィ？」
「あ、キラ」

目的地に顔を出すと、少女にミリアリアが付き添っているところだった。
眠る少女の顔色はそれほど悪くはない。身体の傷も大きなものはないそうだった。

「先生の話だと、アスランが庇ったんじゃないかって」
「そっか」
「……これでなんだかまた、きな臭くなってきたわね」
「うん…」
「アスランって、ザフトを脱走するの二度目？」
「多分。さすがにもう戻れないね、これじゃ」
「真面目一直線っぽい顔してるのにねえ」
「真面目だからこそ、とか？」
「ふふ」

あのときもそうだった。
先の大戦でも、アスランは最終的に自分の選んだ道のために全てを捨てた。
彼にはそうする強さが、ある。きっと今回もそうだったのだろう。
そして、いま目の前で眠る少女も。自分の道を、選んだのかもしれない。

「とりあえず、また無事に会えてよかった」
「確かに。キラもアスランも生死不明とかやめてよね、こっちは心臓に悪いんだから」
「わざとやってるわけじゃないんだけど…」
「この子の家族、心配してるかもしれないわね」
「…うん」
「元気で生きてるって。いつか、教えてあげられたらいいけど」
「……うん、そうだね」

お互いが、生きている。
それはとても。本当にとても、嬉しいことだから。

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