+++ 飛 翔 +++


32.焦燥の先
















いよいよザフトとロゴスの戦いの火蓋が切って落とされた。
宣戦布告もないままに突然攻撃をしかけてきた連合。はじめはザフトの不利かに思えたのだが。
何しろ連合はベルリンで使用した巨大なモビルスーツを複数機出してきた。一機でも凄まじい火力だったことをキラも覚えている。ザフトのモビルスーツやモビルアーマーがまるで紙くずのように散らされ、さらには降下してきた新たな部隊は地上に設置されていた兵器により壊滅。…報告によれば、あれはアラスカにあったサイクロプスの発展系であるとのこと。

アラスカでのことを思い出し、キラはわずかに目を細めた。
地球軍の本拠地であったはずのそこは、ザフト兵を多く葬るための罠が設置されていて。
そこにいた仲間たちを囮にして、おぞましい兵器で全てを一瞬のうちに消し去ってしまった。

あのときの恐ろしさをキラだけでなく、マリューらも鮮明に思い出すことができるだろう。
それと同じものを今回も使ったというのか。
どうしてあんなにも残酷な兵器を簡単に使ってしまえるのだろう、と溜め息がこぼれる。
自分だってモビルスーツを駆り、多くの生命を奪ってきた身だ。
誰かを断罪することなどできない。けれど。

こんなことは、やっぱり。

「う……」
「……アスラン?」

昏睡状態にあったアスランが小さく呻き、眉を寄せる。
慌てて彼の名前を呼ぶ。聞こえているのか、わずかに瞼が震えた。
さらに名前を呼ぶ。何度も何度も。
すると、ゆるゆると瞼が押し上げられ、アスランのエメラルドの瞳が覗いた。

「アスラン……!」
「っ……キ……ラ……?」

かすれた声ではあっても、名前を呼ぶ。
どうやら自分の顔もきちんと見えているし、誰かも認識しているらしい。
ほっと安堵に肩の力を抜こうとしたキラは、目を瞠って体を起こそうとする親友に慌てた。まだ上体を持ち上げるなど出来ない重傷なのだ。

「あっ、ダメだよ。動かないで!」

傷に響かないようにそっとアスランの身体を押し戻す。
素直に頭を枕に預けた彼は、焦点が微妙に定まらないようだ。

「おまえ……死ん……だ……」
「大丈夫だよ、アスラン!君、ちゃんと生きてるって!」

確かに死んでてもおかしくない状況だったけれど、ここは天国でも地獄でもない。
アスランに必死に声をかけるキラは真剣で、それを聞いたアスランは何やらどっと疲れた様子。
そういえば彼は自分と会話するとよくこういう顔をしていたけれど。
お前はどうしてそう突拍子もない方向に行くんだ、俺が言いたいのはそうじゃない。そう唸られたこと数知れず。

以前と変わらない空気が流れたことにキラは自然と笑みを浮かべた。
自分もアスランも、こうして生きている。それを改めて実感できたから。

「俺……は……どう……」
「キサカさんが連れてきた。ほんと、びっくりしたよ。カガリなんかもう、泣きっぱなしで……さっきまでずっとついていた」
「メイリ……彼女……は……?」
「大丈夫、無事だよ。君が庇ったんだろ?いまは眠ってるけど、彼女の方が元気だよ」

また起き上がりかけるアスランをキラが宥めていると、カガリが戻ってきた。
目を覚ましているアスランに気付いて、目をいっぱいに見開く。
そうしてその金色の瞳をあっという間に潤ませると、ぽろぽろとそれが頬に流れた。

「アスラン!」

彼女の手にはアスランから贈られた指輪。
彼と一度は道を分かたれてしまった後も、カガリはその指輪を外さなかった。
彼女が指輪を外そうと決めたのは、ユウナとの結婚を決意したときだけだろう。
だいぶここまで来るのに遠回りしてしまった。けど、また会えた。

「でもっ……どうしてこんなこと……!?」

カガリから視線を逸らしたアスランは、投げかけられた問いに目を細める。

どうして?
どうして自分たちは、こんなことになってしまったのだろう。

それは先の大戦でも常に感じていた思い。
大切なひとたちから離れ、争い、誤りに気付いて。
何度も何度も同じことを繰り返す、どうしようもない自分。

「……まも……たかった。カガ……キラも……だから、力……」
「アスランっ……」
「議長……は、それ……知っ……」

アスランの声が苦しげに荒くなっていく。
肉体の傷だけでなく、心にも彼は傷を負っている。
ずっと戦うことを避けて、別の道はないのかと模索し続けてきた。
そんな彼がもう一度戦おうと信じた相手が、デュランダル。

この状況を見るに、恐らくアスランはデュランダルと袂を分かったのだろう。
信じていたものに裏切られる。それはどれほどの衝撃だろう。

「……でも……彼、は」
「アスラン、もういい。いまは、喋らないで」

デュランダルがいったい何をしようとしているのか。
アスランは何を知り、こんな傷を負うことになってしまったのか。

知りたいことは沢山ある。けれどいまはアスランの治療が優先だ。
それでも彼は懸命に伝えようと、喉から搾り出すように声を発する。
その表情から、デュランダルに対しての警戒を察することができた。
恐らく何か大変なことをあの議長は行おうとしているのだろう。あまり時間はない。
けれどキラは努めて明るく笑みを浮かべ、アスランの肩に手をおいた。

「いいから。少し眠って。僕たちはまた話せる、いつでも」

いまが最後ではない。もう同じ場所にいるのだから、心配はいらない。
だから大丈夫だよと微笑めば、ようやくアスランは身体の力を抜いて目を閉じた。
それまでの緊張が溶け出したかのように、そのまま眠りに落ちていく。

眠るアスランを見守りながら、よかったとカガリはまた涙を溢れさせた。
泣いてばっかりだね、と片割れの背中を撫でれば、うるさい…と涙声の抗議が聞こえてくる。

いま何が起ころうとしているのか。

これからデュランダルは何をしようとしているのか。

漠然とした不安は、残ったままだったけれど。
それでもいまは、再びアスランと言葉を交わせたことが、喜びだった。










その後、ヘブンズベース陥落の報が届いた。
あれほどに戦力差があったものをザフトはよくひっくり返したものだ、と驚く。どうやら新鋭の機体が戦場に投入され、それによってあっという間にあの巨大モビルスーツが撃破され、ザフトの士気が高まったのだという。
ロゴスの幹部たちも捕縛され、全ては終わるかに思えた。しかし。
ロゴスの盟主と思われるジブリールが、いつの間にか姿を消していたのだという。

「そちらを優先させてほしいの」
「分かりました、じゃあそれでやりまさァ」
「悪いけど、お願いね」

補修中のアークエンジェルから出たキラは、マードックと打ち合わせを終えたマリューのもとに足を向けた。

「マリューさん」
「あら」
「どうですか、修理の方は」
「だいぶ酷くやられたから…さすがに時間かかりそうだけど。でも、みんな頑張ってくれているわ」
「…そうですか」

昼夜問わず作業を続けているけれど、それでも時間はかかる。
ろくに手伝いもできない自分がもどかしくて、ついキラは顔を曇らせてしまった。
すると柔らかいマリューの声がこちらへ投げかけられる。

「どうしたの?」
「え?」
「疲れてる?ううん、焦ってるのかな」
「あ…いえ、そんなことは…」
「いいでしょ?みんな同じだもの。ヘブンズベースのニュースからこっちは、特にね」

いつだってマリューには心を見透かされているような気がする。
初めての戦いから様々な激戦、色々な葛藤を傍で見守っていてくれたのだ。
キラにとっては頼れる姉のような存在にも似ており、どうしてだか自然と心を吐露してしまう。
マリューだって胸が詰まるような思いをしているだろうに、と脳裏に医務室にいる彼の姿が浮かぶ。

「………怖いのかもしれません、なんだか…アスランまであんなことになって」

戦争を終わらせるためにザフトに戻ったアスラン。
彼は共感できる何かがあったからこそ、議長のもとで戦うことを決めたはずだ。
だというのに、あんなに身も心もぼろぼろになって帰ってきた。

「…なんだか、分からないことだらけなのに。いまの僕には、何の力もなくて。…これじゃ、何も守れない」

ラクスに与えられた剣は折れてしまった。
いまオーブに危機が迫っているかもしれないのに、盾となる力もない。
不安だけが胸を渦巻き、じっとしていられずこうしてふらふらと歩き回っている。
いつだって自分は迷ってばかりで、マリューたちに甘えてばかりなのだ。

そんなキラを励ますように、マリューが微笑む。

「もうすぐラクスさんも戻るわ。そうすればきっと、ね?だからそれまで頑張って」
「………はい」

いけないと思うのに、もっと強くありたいといつも思うのに。
ラクスに会って、彼女の声を聞いて、いままでのこととこれからのことを話したい。
そうすればこの不安も少しは薄まるのではないかと、心のどこかで思う。

「そういえば、カガリさんは?」
「アスランと話をしてると思います」
「そう。二人とも真っ直ぐで、この世界とお互いのことを大事に思ってるんだもの。ゆっくり話せるといいわね」
「はい」

きっと二人はまた同じ道を目指して歩いていけるはずだ。
どんな悲しみの淵からも、アスランなら戻って立ち上がる。
そうして彼も共に未来を目指してくれるのなら、これほど心強いことはない。

状況は目まぐるしく動いている。間に合うだろうか。
いいや、間に合わせなければならない。希望を潰えさせてはならないのだ。

だがそのためにはやはり力が必要で。

キラはぐっと拳を握った。














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