+++ 飛 翔 +++
33.背を押す存在 ただじっとしていることも出来ないキラは、カガリの機体を調節していた。 先の大戦でキラの愛機だったストライクの予備パーツを使って造られたルージュは、馴染みがある。 ナチュラルであるカガリ用にキラとエリカで開発したOSが搭載され、装甲部分によりエネルギーが向けられているという違いはあるけれど。 よどみなくキーボードを叩いていたキラの耳に、マリューの艦内放送が飛び込んできた。 <キラくん、すぐに艦橋へ!> 「え!?」 切迫した声に驚いて顔を上げると、マリューがさらに言い募る。 <エターナルが発進すると、ターミナルから連絡よ!> 「!!」 周囲にいたマードックらもざわめくのが分かる。 エターナルが発進、と聞いて一瞬状況が理解できなかった。 エターナルにはラクスが乗っている。けれどあれは、いま潜んで活動を続けているはずだ。 なのに発進しなければならない状況にあるということは。 彼女たちに危機が迫っているというのか。 弾かれたようにコックピットから飛び出したキラに、マリューの言葉が肯定を告げる。 <ザフトに発見されたと> リフトが下りきるまで待てず、そこから飛び降りて走った。 彼女が危険だと分かり、心には恐ろしいほどの焦燥が宿る。 自分の手の届かない場所で、ラクスに何かあったら。 艦橋に駆け込むと、カガリもすでにそこにいた。 マリューは厳しい表情を浮かべ、カガリは焦った表情をつくっている。 「どのくらいの部隊に追われているのかは分からないけど、突破が無理なら、ポッドだけでもこちらに降ろすということよ」 「…っ…」 「ポッド?」 「突破が無理なら…って…!」 思った以上にエターナルは危ないらしい。 突破が無理、つまりは撃破される可能性もあるということだ。 そんな状況に追い込まれている上、エターナルは宇宙艦であり大気圏突入はできない。 地球に逃れるという手段はなく、敵を撃破する以外に逃げ道はないだろう。 だがエターナルに戦えるモビルスーツはそう多くないはずだ。 「ラクス……!」 彼女が危ない。なのに自分はいまここで何をしているのか。 すぐにも駆けつけたいのにその力は残されておらず、それにここを離れるわけにもいかない。 失ったフリーダムを思い強く拳を握る。ラクス……! <……おい!> 迷い焦るキラの耳に、不意に着信音が飛び込んだ。 顔を上げたキラの目に映ったのは、憮然とした表情のムウ。 <なんか隣の奴が、さっきからジタバタうるさいんだけど?> ムウがいる医務室に共にいるのは、アスランだ。 <キラ行け、って> 「…アスラン?」 <ラクスを守るんだ、絶対に。彼女を失ったらすべて終わり……だ、そうだぜ?> 面倒くさそうな表情で言葉を伝えてくれるムウ。 そしていま自分が欲しい言葉をくれるアスランに、キラは胸が熱くなるのを感じた。 いつだって自分は迷ってばかりで、誰かに背中を押してもらわないと進めない。 けれど、そうして支え合って生きていくことの尊さを、自分は知った。 「カガリ、ルージュ貸して!それからブースターを!」 「あっ、キラ!」 「キラくん!」 躊躇いが吹き飛んだキラは、そのまま艦橋を飛び出していく。 驚いて見送るカガリたちに言葉を向ける時間も惜しく、エレベータのドアを閉じる。 けれどドアが閉じる直前、迷いを払ってくれた親友にだけ笑顔で言葉を届けた。 「ありがとっ、アスラン!」 いつも道を彷徨いぶつかる自分たちだけれど。 本当に大切な部分で分かっていてくれる。そのことがただ、心強い。 ロッカーでパイロットスーツに着替えたキラは、先ほどまで作業をしていたルージュに乗り込む。 マリューからの指示があったのか、マードック達もすぐに作業に取り掛かってくれた。 「坊主!電圧や他のスペックはどうすんだ!?」 「全てストライクと同じに!」 「分かった!」 ナチュラル向けに調整されていたOSをキラの指が凄まじい勢いで書き換えていく。 装甲強度を上げる仕様になっていたものを、機動性と武装を重視したかつてのストライク仕様に戻す。 そうして調整している間にも、機体は地下の発着デッキに運ばれ巨大なブースターに接続された。 ストライク単体で宇宙に上がるため、急遽シャトル用のブースターを調整したのである。 あっという間に書き換えを終えたキラは、マードックに鋭い声で呼びかけた。 すぐに了解した彼は作業員全てを退避させる。 ブースターに繋がれたストライクが発進ボートに運ばれ、岩壁に偽装されていたハッチが開いた。 すると画面にアークエンジェルからひとつの画像が転送されてくる。 マリューが用意してくれたもので、そこにはエターナルの針路が表示されていた。 <エターナルの軌道要素、いいわね?だいぶ降下してきてるわよ> 「はい、大丈夫です!」 慌しく発進シークエンスが読み上げられ、ブースターに点火される。 次の瞬間にはストライクは滑走路を駆け抜け、青空へと飛び出していた。 普通に発進するときとは比較にならないGが体にかかり、キラは歯を食いしばる。 PS装甲をオンにすれば、懐かしい白と赤そして青に機体は色を変えた。 初めて戦場へ身を投じたときと同じ色。 あのときもただ守りたいだけだった。そしていまも、自分は守るために武器を手に駆ける。 けれどあのときと違い、すでにこの手は戦うことに馴染んでしまっている。 昔は引き金を引くことすら恐ろしくて仕方なかったのに。 「ラクス…!」 守りたい、その気持ちだけはいまも同じ。いや、前よりも強いかもしれない。 多くを失った、多くを守れなかった。だからもう、これ以上。 「……間に合ってくれ!」 もどかしい思いで虚空を突き進む。 変わらないように思える景色がより焦燥を強めるが、キラはただ前を見据えた。 どうか、どうか間に合いますように。大切なものが失われてしまいませんように。 そう祈るキラの視界に、無数の火花が飛び込んでくる。 まだ距離はあるが、恐らくあれは交戦の光。 エターナルのピンクの艦が目に飛び込んできたと同時に、キラは己の感覚が鋭敏になっていくのを感じた。 全てが研ぎ澄まされ、相手のわずかな動きの変化すらも読み取れるような気がする。 モビルスーツ隊のうちの一機がエターナルに取り付いたのが見えた。 ザクの銃口がエターナルの艦橋に向けられる。恐らくあそこにはラクスが乗っている。 「……!!」 躊躇いなくキラは引き金を引いた。 真っ直ぐに闇を裂いた一条の光は、ザクをかすめ敵の注意を逸らすことに成功する。 突然の機体の乱入に戸惑う戦場に乱入し、キラはブースターを離脱した。 そしてそのままエターナルに砲口を向けていたザクの武器だけを撃つ。 だがエターナルはいまだ多くの敵機に包囲されたままだ。 キラはレーダーを介さずとも敵機の位置を把握できるような感覚に包まれる。 すばやく機体を返すと、周囲のザクやグフを片端から撃っていく。 武装だけを狙うようにしながら、キラはエターナルへ通信を繋いだ。 そうして映し出される少女に、深い安堵を覚える。 「ラクス!バルトフェルドさん!」 <キラ!> <お前……!> 嬉しそうに綻ぶ少女と、どんな顔をしていいか迷った様子のバルトフェルド。 ラクスは任せてアークエンジェルを守れと、そう言われていたのにここまで飛び出してきてしまった。 バルトフェルドとの約束を覚えていたキラは、とりあえず謝る。 「すみませんっ!でも心配で!」 けれどゆっくり話す時間は与えられず、新たなモビルスーツ隊が接近してきた。 新たな艦影もレーダーに映し出される。 まるで雨のように降り注ぐビームを舞うように回避するものの、ストライクはすでに旧型。 ザクやグフなどの新型機には火力でも機動力でも劣る。 キラの技量をもってしても性能差はカバーしきれず、シールドごと左腕を持っていかれた。 さらにはライフルをグリップした右腕も奪われ、すかさずバルトフェルドの乗るガイアがカバーに入ってくれる。 <ばか!だったら早くエターナルに入れ!> 「え!?」 <お前の機体をとってこい!> 一瞬訳が分からなかったが、その言葉の意味を理解してキラは頷いた。 ペダルを踏み込みエターナルに向かうが、さらに凄まじい量の攻撃にさらされる。 脚部に被弾し制御を失いかけるが、エターナルのハッチが開き緊急着艦用のワイヤーがこちらの機体を確保してくれた。 収納されるストライクから、ラクスの姿を見つける。 キラ、と彼女の唇が動いたのが分かり、心が逸った。 「ラクス!」 ガラス越しに声が届くはずもないのだが、キラも名前を呼ばずにはいられなかった。 コックピットを出てエアロックに飛び込む。エアが満ちる時間さえも惜しい。 ようやくヘルメットを脱ぎ、開いたハッチに向かおうとした途端、ピンクの髪が視界を覆った。 「キラ!」 「ラクス!」 胸にぶつかってきた柔らかな温もりを、きつく抱きしめる。 ふわりと香る甘い匂い。頬をくすぐる髪、寄せられた彼女の滑らかな白い頬。 「ああ…よかった……!」 間に合った。彼女を失う前に、辿り着くことができた。 そのことが嬉しくて、ひどくほっとして、声が震えてしまいそうになる。 抱きしめる腕や指すらも震えているような気がして。 自分を抱きしめるラクスの細い腕が、ただただ愛しい。 「こうして君がここにいる。それが本当に、嬉しい……!」 「私もですわ、キラ…」 空色の瞳が潤み、こちらを見上げる。 別離の長さなどあっという間に吹っ飛んでしまうように思え、二人は笑みを交わした。 もっと彼女の温もりを感じていたいけれど、いまはまだとキラはそっと身体を離す。 「あれは?」 静かなその問いかけに、ラクスが一瞬瞳を曇らせた。 けれど彼女はすぐに表情を切り替え、こちらですと身を翻す。 いまだエターナルは攻撃されている。いまはバルトフェルドが押さえてくれているが、限界がある。 一刻の猶予もないことを報せるかのように、エターナルを横殴りの衝撃が襲った。 その衝撃にバランスを崩し壁に叩きつけられそうになるラクスに、キラはすかさず壁との間に身体を滑り込ませる。 「急がないと……!」 「はい…!」 先導するラクスの先にあるハッチ。 その先で。 新たな剣が、自分を待っている。 NEXT⇒◆ |