+++ 飛 翔 +++


34.愛しきもの

















格納庫へと続くハッチが開き、新たな剣が姿を見せた。
背に翼を背負った巨大な機体。兵器だとわかっていながら、意志を貫くために必要な「力」。
細部は違っているが、愛機であるフリーダムであるとキラはすぐに気づいた。

半身が戻ってきたかのような奇妙な感覚にとらわれていると。
隣に並んだラクスが表情を曇らせたのがわかった。

彼女はとても優しい。本来は普通の女の子。
戦わねばならないと強い意志を持ちながら、本当にそれでいいのかと迷っていることも知っている。
他の人間が戦いの道を歩んでいくことにも胸を痛めているのだ。
けれど彼女はそれを口にはしない。それは彼女の強さであり、優しさなのだろう。

「ありがとう」

いまはただその言葉を届けたくて、キラは微笑みかけた。
いつも迷う自分に、起き上がる力を与え光があることを教えてくれる愛しいひと。

「……これで僕はまた、ちゃんと戦える。僕の戦いを」
「キラ……」

自分のために瞳を揺らし、儚げな表情を見せる彼女を守りたい。
大切な誰かを守りたいというその気持ちが、根底にあるのが戦争だ。
皆がそれを望んでいるのに、いつからか道を見失って何も見えなくなってしまう。
そうして終わらず繰り返される争い。もう二度と、そんなことは御免だ。

だから、自分たちは戦わなければならない。戦いを終わらせるために。
それはひどい矛盾だ。それもわかっている。

「待ってて。すぐに戻るから」

ラクスの細い手を握り、わずかに距離を縮める。
普段は指導者として毅然とした表情を見せる彼女が、いまはひとりの女性として不安に心を揺らしている。
それがとても綺麗だ、とキラは思った。濡れる空色の瞳に、視線が吸い込まれそうになる。
けれどやはり、ラクスに似合うのは笑顔で。自分が見たいのも笑顔なのだ。だから。

「そして帰ろう。みんなのところへ」
「はい……!」

君の笑顔が、輝く場所へ。











フリーダムよりもさらに強化された機体、ストライクフリーダム。
ドラグーンシステムや他の新たな兵装まで加わったそれは、以前よりも火力を増していた。
フリーダムにしたって核をエネルギーとしていたため、一般の機体よりも性能は上だったのだが。
さらにそれよりも強力になっているため、制御は難度が上がっていた。

けれど戦場に出てしまえば、キラの身体はまるで手足のように機体を動かした。
エターナルを囲むモビルスーツ隊をあっさりと戦闘不能に陥らせ、ナスカ級三隻の航行能力も奪う。

エターナルへと帰艦しながら、キラは虚空に浮かぶ残骸を見て眉間に皺を寄せた。
多くのザクやグフが航行能力を失い漂っている。
これらを自分が一人でやったのかと思うと、恐ろしさが這い上がってきた。
力は必要だけれど、使い方を誤ればどんなことになるのか。
そして自分がいまやろうとしていることは、果たして正しいことなのか。

疑問、不安、迷い、それらはいつだってこの胸をとらえ続ける。

「キラ!」
「ラクス、怪我してない?」
「はい、キラが守ってくださいましたから。キラも、お怪我はありませんか?」
「うん、僕は大丈夫。バルトフェルドさんは…」
「こっちは気にせず、再会を喜びたまえお二人さん」

ガイアから姿を見せたバルトフェルドは、やたらにやにやと笑って格納庫を出ていく。
妙なむず痒さを感じるキラに、にやりと笑って砂漠の虎はハッチの向こうに消えた。

どんな顔をしていいのやらわからず、そのまま閉ざされた扉を睨んでしまう。
そんなキラはくいくいと腕が引かれるのを感じ、視線を隣へと向けた。
と同時に頬に感じる柔らかな温もり。視界を埋め尽くすピンクの色。

「……ラクス?」
「おかえりなさいませ。………無事で、本当によかった」
「………うん。ようやく会えた」

ラクスと別行動になってからの時間が、ひどく長く思えて。
けれどこうして彼女の顔を見て、その手を握ることができたら全て吹き飛んでしまう。
いますぐにも抱きしめてしまいたい衝動にかられるが。
パイロットスーツのままでいいのだろうかと一瞬躊躇った。

キラ?と小首を傾げる仕草は昔のままただ愛らしい。
うん、久しぶりの再会なんだしいいよね。
勝手にそう結論を出して、キラは腕を伸ばし細い腰を抱き寄せた。

愛しい温もりと、その香りを感じるために。









ラクスの温もりを味わいようやく落ち着いたキラは、とりあえずパイロットスーツを着替える。
エターナルに用意されているのはザフトの軍服だけで、なぜかキラはそれをあてがわれてしまった。
そういえばフリーダムをラクスから受け取ったときも着たな、と懐かしい記憶を思い起こす。
しかし今回用意されたのは、なぜか白。………なんで白?
エターナルには指揮官としてラクスがいるし、バルトフェルドだっている。なのに白はおかしいだろう。

「えっと…ラクス」
「まあ、よく似合ってらっしゃいますわキラ」
「なかなか板についてるじゃないか」
「…あ、ありがとうございます?」

お礼を言うところなんだろうかここは、と混乱しながら艦橋に入る。
お二人に付き合う必要はありませんよ、とダコスタがやや同情するように呟いた。
生意気な口を利くのはこれか、とバルトフェルドに絡まれている。そんな彼こそ、不憫だ。

「今回、どうしてザフトに発見されることに?」
「私が迂闊でした。デュランダル議長について調べようと、彼が以前いたことのあるメンデルへ足を運んでいただいたのですが…」
「メンデルって…あのメンデル?」
「はい。彼はもともと遺伝子解析を学んでいたそうで、メンデルの研究所にいたこともあるそうです」

メンデルと聞いてアメジストの瞳を瞬くキラに、ラクスは少し目を伏せる。
あそこはキラが生まれた場所だ。本当の父と母がコーディネイターの研究を行っていた場所。
自分という存在を作り出すために多くの失敗作が生まれた、おぞましい記憶のある地。
いまでは生きることにひどい罪悪感を覚えることはないが、それでも完全になくなったわけではない。
こんな自分が生きている価値はあるのかと、迷うことはいつだってある。

でも、こうして自分のために心を痛めてくれるひとがいるから。
傍で笑っていてくれる愛しいひとや、仲間たちがいてくれるから。
大丈夫、という意味をこめて微笑みキラは話の先を促した。

「メンデルを調べに行って、見つかっちゃったってこと?」
「そう、迂闊なダコスタくんのせいでな」
「隊長〜」
「ふふ、いつも感謝しておりますわ。ありがとうございます」
「あ、いえ!ラクス様にそう言っていただくほどでは」
「俺に対してと態度が違いやしないか」
「当たり前じゃないですか。隊長もラクス様を見習って仕事してくださいよ」

賑やかなバルトフェルドとダコスタのやり取りに、他のクルーたちも笑みをこぼす。
彼らは昔から変わらない、とキラも温かい気持ちになった。

「でも、ということはメンデルは」
「はい。どうやら警戒されていたようです」
「こっちが議長について調べることを読んでいたのか、先の大戦で拠点にしていたこともあるから張ってたのか。それはわからんがね」
「……調べてみて、何か見つかった?」
「資料はほとんど処分されていたようですが、当時の議長の同僚が書き残したノートが」

ラクスは開いたノートのある一点を指さし、キラが覗き込む。
そこにはデスティニー・プランという文字が刻まれていた。
聞きなれない言葉に首を傾げながら、その後の文字を目で追っていく。

デュランダルの言うデスティニー・プランは、一見、いまの時代、有益に思える
だが我々は忘れてはならない
ひとは世界のために生きるのではない。ひとが生きる場所、それが世界だということを

「これは…」
「議長がいましようとしていることは、プラントも地球も巻き込むものです」
「何をしようとしてるのか、わかるの?」
「まだぼんやりとですが」
「議長は地球とプラントをひとつにまとめた、新しい秩序を作り出そうとしてるんじゃないかとさ」
「新しい秩序…。つまりは全てをひとつに統一、ってことですか」
「どういう方法でそうするのかは謎だけどね」

遺伝子を学んでいたというのなら、それに関連した方法なのだろうか。
そういえばコーディネイターもよかれと遺伝子を操作された存在なのだ。
よりよい未来を、可能性を。そう信じて生み出された存在。

ひとはどうして望んだままに、明るい未来へ進むことができないのだろう。
間違ってばかりで、いつも後悔して嘆いて。

ただ、それが無駄かというとそうではないとキラは思う。
様々なすれ違いがあって。でもそれを乗り越えられたとき、より強い絆で結ばれた。
衝突を繰り返し、わかりあえたひともいる。
傷ついて、気づいたことだってたくさんあるのだ。

悲しみは少ない方がいい。傷つかないですむなら、それがいいに決まってる。
それでも。いままでもがきながら歩いてきた道を、否定もしたくないのだ。

「…全てをまとめようとしてるなら」
「はい。議長にとってオーブは邪魔な存在でしょう」
「ヘブンズベースが落ちたいま、狙われるのはオーブ…」
「ゆっくりしてもいられないようだな。ダコスタ、ファクトリーに急ぐよう連絡を入れておけ」
「はい」















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