+++ 飛 翔 +++


35.無数の道筋














<ハロ!ハロ!キラ!>
「ふふ、ピンクちゃんもキラとの再会を喜んでいるようですわ」
「相変わらず元気だね、このハロ」

自分の顔面へと襲撃してきたハロを片手でキャッチしキラは苦笑した。
パタパタと羽を動かし<テヤンデイ!>と賑やかなハロは、手を離せばまた散歩を始める。
どんなときもラクスと共に行動するこのマイクロユニットはまるで生きているかのようだ。

そういえば、あまりに急な事態だったからトリィをアークエンジェルに置いてきてしまった。
すぐ戻るだろうからいいか、と結論してベッドに腰を下ろす。

ここは先の大戦のときにキラが使用していた個室だ。
色々と新たに改装や改造されているエターナルだが、部屋割りは同じままらしい。
久しぶりなのにあまり違和感がないのはそのためだろう。
…いまザフト服なのだけが落ち着かない、と襟元を寛げる。
少し窮屈そうなこちらに笑って、ラクスがふわりと隣にやって来た。

「アスランが戻ってらっしゃったと」
「うん。かなり重傷なんだけど、意識はしっかりしてる。カガリとも話せたみたい」
「そうですか」
「…あんな風にアスランがなるなんて。議長は何をしようとしてるんだろう」
「議長の考える未来。それにアスランもそぐわなかったのかもしれません」
「デスティニープラン…?」
「はい」

小さく頷き、ラクスは膝の上で両手を握る。
悲しげに長い睫毛を伏せる横顔に、キラはそっと細いその肩を抱き寄せた。
嬉しそうに微笑んだ少女は、遠くを見るように視線を上げる。

「まだ不明瞭な部分も多くありますが、ひとつの答えを議長が出そうとしているのなら。それ以外の答えや意見は不要、と切って捨てられるのかもしれません。皆が一様に、同じ未来を描いて、定められた道を歩く。そうして管理されることによって生み出される平和」
「管理……」

それはあまり良い印象を受ける言葉ではない。
人間にはそれぞれに意思があり、様々な夢や希望があり。
喜びや悲しみ怒りを感じる理由はそれぞれに違って。だからこそ、分かり合えたときの喜びは大きい。
けれど最初からその全てが決められ、見るもの聞くものどころか、感じるものすら選べなくなったら。

それは果たして、ひとりの個人として生きていることになるのだろうか。
いいようのないおぞましさを感じて、キラは眉を寄せた。そこに喜びや幸せがあるとは、思えない。

「…確かに、争いはなくなるのかもしれない。平和で、穏やかな日々を過ごせるのかもしれない」
「はい」
「それが一番良い世界なのかもしれないって、なんとなくわかる」
「…はい」
「でもそれって、幸せ?」
「キラは、どう思われますか?」
「いまのまんまじゃよくないと思うし、戦争がなくなってほしいとも思う。けど、全部を管理されて決められる毎日って………僕には窮屈だな」
「はい」
「もともと、きっちり従うことに向いてないんだよね。課題とかいつも期限ぎりぎりでアスランに怒られてばっかりだったぐらいだし」
「まぁ、ふふ」

もちろん、守るべきルールはある。秩序というものは必要だ。
けれど個人の意思や感情が否定されるルールというのは、どうなのだろう。
もしそのシステムが完全に出来上がったとしても、必ず枠から外れる者は出てくる。
ではその場合はどうなるのだ。例外となった人達は。

…アスランのように、排除されてしまうのではないか。

「否定するのは簡単だってわかってるんだ。それでも僕は、議長のやり方に賛同はできない」
「キラ…」
「まだ何をやろうとしてるのかははっきりしてないけど…アスランがあんな姿で帰ってきたことを考えると、やっぱり嫌な感じがする」
「そうですわね…。私たちは、もっと知る必要があるのでしょう。議長が何を考えているのか」

知らないことは恐ろしい。
何も知らないままに行動することによって、意図せず何かを傷つけ壊してしまうものだから。

<キラ。そちらにラクスはいるか>

バルトフェルドから通信が入りキラは肯定の返事を返した。
どこか緊迫した声で、悪い報せだとデータが部屋に転送される。
ラクスと二人でモニターを確認し、愕然とした。

「…ジブリールが……オーブに!?」
「これは…」
<すでにこの情報はザフトにもいってる。オーブの首脳がどう動くかわからんが、あまり良い状況とはいえないな>
「…はい。恐らく、戦闘になる」
「ザフトはもう動いているのですか?」
<すでにオノゴロ沖合に艦隊が展開してるって話だ>

キラとラクスは頷き合い、すぐさま部屋を出て艦橋に向かう。
世界は、目まぐるしく動き続けていた。









セイランがどんな返答をするかはわからない。
しかしいまから動いておかなければ、不測の事態に陥ったときに間に合わなくなる。

「ファクトリーの皆さんはいかがですか」
「もう大丈夫だ。降下準備に入らせる」
「はい、よろしくお願いします」
「ラクス」

再びパイロットスーツに身を包んだキラがエレベーターから姿を見せる。
オーブはまだザフトに正式な返答をしていないが、時間の問題だろう。
ユウナやウナトにまともな返答を期待することはできないし、他の首脳陣は彼らの傀儡だ。
いまアークエンジェルには戦える機体がほとんど存在しない。
カガリのルージュはキラが乗ってきてしまったから、ムラサメ隊とスカイグラスパーのみ。
そんな状況でザフトと開戦になってしまえば、火力不足は否めないだろう。

「キラ」
「ちょっと思いついたことがあるんだけど」
「?」
「フリーダムの横にあった機体、あれってジャスティスだよね」
「はい。インフィニットジャスティスという機体ですわ」

キラの新たな剣としてストライクフリーダムが用意されていたように。
アスランの新たな剣もここには用意されていた。

「あれなんだけど、いまアークエンジェルにアスランもいるし持っていこうと思って」
「はい。ポッドを射出するというお話になっています」
「どうせなら、ラクスが乗らない?」
「え」

きょとんと空色の瞳を瞬く少女に、キラが悪戯っ子のように笑う。

「それなら、議長に気づかれずに地球に降りれるでしょ?」
「まあ」
「なかなか悪巧みが上手いねぇ」

議長はラクスが宇宙にいると思っている。
エターナルの所在も今回バレてしまったわけで、ここに彼女がいると思ったままだろう。
けれどジャスティスに乗って地球へ移動してしまえば。

「素晴らしいですわ、キラ」
「よかった。ラクスでも思いつかなかったってことは、議長も考えないよね」
「ふふ、キラはいつもそうです」
「え?」
「誰もが考えつかない行動をとって、新しい道をつくってしまう」

心底嬉しそうに微笑むラクスに今度はキラがきょとんと瞳を瞬いた。
不思議そうなアメジストの瞳に、「初めてお会いしたときもそうでした」と柔らかな声。

「捕虜であった私を、命令に背いて助けてくださいました」
「あれは…。だって、おかしいと思ったから。民間人を人質にとるなんて」
「そう思っても、実際に動くことはとても難しいこと。その強さが、あなたの力です」
「そう…なのかな」
「いまさら謙遜するな少年。ザフトも地球軍も関係ない、新しい道を切り開いたのはお前だったさ」

先の大戦でのことを言っているのだろう。
確かに最終的にはザフトでもなく地球軍でもなく、戦争を終わらせるためだけに戦った。

けれどそう行動できたのは、ラクスの静かな導きがあってのこと。
きっとひとりであの道を選ぶことなどできなかったと思う。そして、いまも。
ひとりで戦い続けることなんて無理なのだ。いつだって、自分は沢山のひとに支えられている。

行こうか、と手を差し伸べると「はい!」と白く細い手が重ねられた。
エターナルのことは任せておけ、とバルトフェルドが力強く頷いてくれる。

更衣室へと入ったラクスがパイロットスーツに着替え出てくるのを待つ。
扉が開いて姿を見せた彼女にキラは少し驚いた。まるで彼女用といわんばかりのピンクのスーツ。
…まさかMSに彼女が乗る可能性があったなんてことはないよな?と不安になる。
格納庫へと向かいながら、簡単に操縦の説明。彼女もコーディネイターだ、ある程度は動かせるはず。
でもかなり天然なところもあるから、少々不安だ。

「降下するまでは僕が動かすから、ラクスは乗ってるだけでいいからね」
「はい」
「ただオーブがすでに開戦してた場合、降下した後は自力でアークエンジェルに移動してもらわないといけないかもしれないけど」
「そのぐらいでしたら、大丈夫だと思います」
「うん。でも一応、気をつけて」
「はい」

並ぶ二機の前へとたどり着き、キラは新たな剣を見上げる。
手を繋いだまま同じように二機を見上げたラクスは、ぽつりと呟いた。

「アスランは、いまも苦しんでいらっしゃるのでしょうか」
「うん。身体だけじゃない、心もすごく傷ついてる。…そんなアスランに、これを見せるのは酷なことかもしれない。でも」

戦うための力。
翼を折られた戦士に、新たな剣を差し出すことはひどく残酷に思える。
すでに傷つきぼろぼろなのに、まだ戦えと言っているようなものだ。
その苦しみをキラも知っている。

けれど、だからこそわかることもある。

「何かしたいと思ったとき、何も出来なかったら、それがきっと、一番辛くない?」

自分はフリーダムを失ったとき、もどかしくて堪らなかった。
守りたいものがあるのに、奪われていくものがあるのに何も出来ない。
そのときに感じる焦燥を、忘れてはいない。

戦士としての力などいらないと思ったこともある。
しかし、この力で守れるものもある。

「行こう、ラクス。僕たちに出来ることがあるのなら」
「…はい!」

手遅れになってしまう、その前に。












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