+++ 飛 翔 +++


36.迷う強さ












<オーブ政府を代表して、通告に対し回答する>

ユウナ・ロマ・セイランのオーブ政府としての回答は、ザフトを馬鹿にしたかのようなものだった。
ロード・ジブリールという存在は自国にはおらず、引き渡すことなど不可能と。
そして武力をもっての恫喝は国の尊厳を侵害するものとして遺憾だと、そんなことまで。

<よってただちに軍を退かれることを、要求する>

こんな通告で、相手が納得してくれるはずがない。
誠意のかけらもない回答。ジブリールがオーブにいることは、もう知られているというのに。

「ラクス、急ぐよ」
<はい>

大気圏へと突入していたキラだったが、眉を寄せて操縦桿を握る。
単機で大気圏突入が可能なこの機体ではあるが、ラクスはこういったことは初めてだろう。
それなりに負荷はかかる。心配していたが、彼女はいつも通りの毅然とした表情で。
いきなり戦場に突入することになりそうだが大丈夫そうだ、と胸を撫で下ろした。

オーブに探している者はいない。
その回答はアークエンジェルがあの国に身を潜めたときにもされた。その艦はすでにいないと。
あのときはザフト軍が海上にずらりと展開していたわけではなく、砲口が突きつけられてもいなかった。
オーブは中立を保っており、プラントの敵性国でもなかったし。
さらにはあの頃はオーブの獅子、ウズミ・ナラ・アスハという大きな柱がいたのだ。

だがいまは。
オーブは地球軍に所属しており、プラントとは敵対関係に位置している。
そしていまウズミはおらず、カガリも行方不明という状態だ。
国そのものが安定していない上に、現在の首脳陣の危うさ。

重力の鎖に縛られていくのを感じながら、オーブ上空へ降下したキラは帰るべき艦を探す。
半瞬にも満たないわずかの時間で白亜の艦を発見したキラは、目まぐるしく戦況も理解した。
やはりすでにザフトとオーブの戦いは始まっている。
オーブは押され気味だが、なんとか態勢を建て直そうとしているところらしい。
敵の旗艦は………ミネルバか。確かジブラルタルにいると聞いていたのに。

<キラ、あの黄金のMS。あちらがオーブの大将機のようですわ>
「…え。………あの動き、まさか」

ラクスの言う通り、モニターには太陽の光に燦然と輝く黄金のMSが映し出されていた。
ムラサメに守られているということは、オーブの要人が乗る機体。
キラの視界に入ったその機体の動きは見慣れたもので、自分の半身が操縦していると分かった。
黄金のMSと刃を交えようとしている敵機が見える。
容赦のない猛攻にカガリが押されている。赤い翼をもったあの機体が放つ気迫は恐ろしい。

「ラクス、ひとりで飛べる?」
<はい>

繋いでいたジャスティスから手を離しカガリの元へ急いだ。
敵機の放ったブーメランが黄金の機体を狙う。直接駆けつけるのは間に合わない。
そう判断してキラは砲門を開きブーメランを叩き落とした。
カガリと、そして敵機の注意がこちらに向く。

<………キラ?…キラか!?>

カガリの驚いた声が聞こえる。どうやら無事らしい、とほっとしてキラは苦笑した。
彼女はどうしたって前線に出ずにはいられないらしい、困ったものだ。
相変わらずのカガリに少し胸が温かくなりながら、素早くアークエンジェルと通信を繋ぐ。

「マリューさん、ラクスを頼みます!」

上空に浮かんだままのジャスティス。あのままでは的になってしまう。
キラの通信にマリューが素早く応じ格納庫への道を開いてくれる。
あちらは大丈夫だ、と意識をキラは前へと戻した。
動きを止めて浮遊している敵機。あれは恐らく、この戦いの主力。カガリに相手はできない。
それに彼女にはやることがある。

「ここは僕が引き受ける!カガリは国防本部へ!」
<分かった!>

はっきりしとした声音で応え、カガリは黄金のMSを翻した。
そういえばあの機体はどうしたのだろう。オーブにひそかに用意されていたのだろうか。
後でそれも確認しておこう、と頭の片隅で考えながら操縦桿を握り直した。

我に返ったらしい敵機が長刀を振りかざし凄まじい速さで迫る。
強い憤り、深い憎しみ、そして隠れた悲しみ。

それらをなぜか感じ、キラは瞳を細めた。
この感覚。これを前にも感じたことがある。もしやいま目の前にいるのは。
怒りをぶつけるように武器を振るうのは、インパルスに乗っていたパイロットか。

自分が新たな機体を手に入れたのと同じように、彼も手に入れたのだろう。新しい剣を。

彼は、強い。
でも負けるわけにいかない。それはどちらも同じで。
胸に渦巻く様々な思いを沈めて、キラはペダルを踏んだ。









ラクスが久しぶりに見たアスランは、とても傷ついた姿で。
包帯を巻かれた身体が痛々しく、見慣れない少女に支えられてやっと立っているという状況。
アスランに寄り添っている少女がメイリンだろうか、と推測しながら彼がやって来るのを待つ。

「君が乗っていたなんて……。大丈夫か?」
「はい。キラの言う通りにして、本当にただ乗っていただけですから」

自分の方がぼろぼろだというのにひとを気遣う優しさ。
これが彼の強さであり、戦士としての彼を苦しめる部分でもある。

「アスランこそ、大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ」
「お身体のことではありませんわ」
「え……」

アスランは身体だけではない、心も深く傷ついた。
自分たちと袂を分かってまで選んだ道だったのに、デュランダルに切り捨てられた。
アスランのことだ、並大抵の決意で銃を手にとったわけではあるまい。
正しいと思い信じたからこそ、再びザフトに戻ったというのに。道半ばで放り出されてしまった。

彼の瞳を真っ直ぐに見つめると、翡翠の瞳が迷うように揺れる。
苦しげに眉を寄せて顔を背けるアスランは、やはり痛ましい。
しかし彼は緩慢な動きでジャスティスへと視線を移した。

「……ジャスティスか」
「はい」
「……俺に?」

挑むような鋭い視線。まるで傷を負った動物のような、悲痛な色。
それだけの傷を彼はまた刻んでしまった、身体に、心に。
戦う愚かさを知りながら、それでも選び取って苦しむ。これから先も、きっと。

「何であれ、選ぶのはあなたですわ」

このまま何もしなくても、きっとアスランというひとは傷つくのだろう。
優しく、責任感の強いひとだから。何もできなかった自分を責めてしまう。
戦っても、戦わなくても傷つく。それが戦争という理不尽なものだ。
ならば自分たちにできるのは、ただ選ぶだけ。戦うか、そのままでいるか。
………どちらも辛い選択だ。

「君も、俺はただ戦士でしかないと…そう言いたいのか」
「それを決めるのも、あなたですわ」
「…っ…」

驚いたようにアスランはこちらを見る。
どうして驚くのだろう、とつい笑みが浮かぶ。自分が何者か、それを決められるのは自分だけだ。
そして自分やキラ、カガリにとっては、アスランはアスランのままだというのに。

「怖いのは、閉ざされてしまうこと。こうなのだ、ここまでだと、終えてしまうことです」

それもひとつの選択ではある。本人が選んだのなら、自分には何も言えない。
けれどここまでなのだと終えてしまったら、もうその先に道はない。
だがそれはそれで、楽になれるのかもしれないと思う。

諦めないというのは、戦い続けるということだ。
これから先も、傷つき苦しみ続けるということ。いま、すでに疲れ果てた彼に。

「傷ついたいまのあなたに、これは残酷でしょう。でもキラは…」
「え…」

親友の名前が出た途端、アスランの意識がこちらへと向く。
ずっと敵として戦い続け、仲間として手をとりあって、幼い頃から続いてきた絆。
キラとアスランの友情には他の者は入れない何かがある。
それが羨ましくもあり、心強くもあって。ラクスは笑みを深めた。

「キラは言いました」

傷ついたアスランにジャスティスを見せるのは、酷なことではないかと憂いていたとき。
何かしたいと思ったとき何もできなかったら、それがきっと、一番辛いと。

「あいつ……」

友の言葉がアスランの胸に深く響いたようで、彼の声が震える。
戦うことを憎みそれでも傷つきながら戦ってきた、同じ戦士であるキラ。
だからこそ分かること、言えることがあるのだろう。
自分はただそれを見守ることしかできない。そのことが、ラクスにももどかしく感じられるときがある。
けれど、自分には自分の戦いがある。キラやアスランに、戦うべきときがあるように。

「力は、ただ力です」

力というものは扱う者がいなければ脅威とはなりえない。
そして大きな力は、大切なものを守る盾ともなり、殺戮の兵器ともなりうる。
どういった形で具現させるかは、使う者次第なのだ。

「そしてあなたは、確かに戦士なのかもしれませんが…。アスランでしょう?」

アスランはただの人形ではない。アスランという、ひとつの人格だ。
それを失えなかったからこそ、彼はデュランダルに切り捨てられたともいえる。
そしてそんな彼が、自分もキラも、そしてカガリも大切で。
もしアスランが戦士としての力を持っていなかったとしても。その気持ちは変わらない。
アスランの戦士としての力のみに価値を見出しているわけではないからだ。

アスランは力というものに嫌悪を抱いている。
だが、守りたいもののために力を手に取る強さと優しさも持っている。
…それは愚かな選択かもしれない、と何度も迷う。迷えることも、強さだ。

アスラン・ザラは、その強さを持っている。

「きっと、そういうことなのです」

戦士としてではない。アスランというひとりの人間として。
その瞳に輝きを取り戻した友人に、ラクスは空色の瞳を穏やかに和らげた。








「……っ…あれは…!」

アラートを告げた機体に敵影を追ったキラは目を瞠った。
先ほど一度撤退した赤い翼のMSが再びやって来たからだ。
そしてもう一機、後ろについているのが見える。

胸が、ざわつく。
言い知れぬ予感が、身体を駆け巡る。

その意味は分からないまま。

キラは蒼い翼を広げた。











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