+++ 飛 翔 +++


37.願いと意思















赤い翼の新型MSと共に現れた、やはり新しいと思われる機体。
その形状はキラの嫌な記憶を引き出すもので、知らず操縦桿を握る力が強まった。

円盤のようなものを背負った、グレーの機体。
背中からはいくつもの砲塔があり、それらが同時に火を噴く。
あれは恐らく、ドラグーンだ。大気圏内だから分離できないだけ。

どうして、あの機体が。

いや、おかしなことではないのかと新型二機を相手にしながらキラの冷静な思考が告げる。
フリーダムもジャスティスも、こうして後継機が生まれている。
ならばあの大戦の折り、製造されたプロヴィデンスに発展改良された機体が生まれていても不思議ではないのだ。
けれど。
キラの肌がぴりぴりと震える。

機体だけではない。
乗り手もまた、あの戦いを思い出させる異様な空気を放っていた。
世界を、こちらを憎悪するような、地の底から這い上がってくるような得体の知れない何か。
そんなはずはない、ラウ・ル・クルーゼはもういない。
脳裏に浮かんだ影を振り払おうとするが、それは難しくて。
その些細な葛藤がキラから集中力と注意力を奪った。

「……っ……」

プロヴィデンスによく似た機体の凄まじい火力が注がれ、シールドで受け止める。
砲撃に特化した機体の威力はさらに改良されているようで、防ぐので精一杯。
そしてそれを見逃さず、赤い翼を広げた機体がビーム砲の照準をこちらへ合わせたのが分かった。

<――やめろーっ!>

通信回線に飛び込んできたのは、慣れ親しんだ友の声。
かすれた声に、キラだけでなく新型MSの動きも止まった。

「…アスラン」

分かってはいたけれど、あれほどの傷でありながら乗ったのか。
赤い機体がこちらと敵機の間に割り込む。ジャスティスによく似た、しかし細部の変化した新型だ。
かなり機能も進化して複雑化していているはずだが、問題なく使いこなしているらしい。
通信の向こうから聞こえてくるアスランの呼吸が、荒いような気がする。
あまり長時間は戦闘できないだろう。かなりの重傷を負っているのだから。

<やめるんだ、シンっ!もう、やめろ!>

赤い翼の機体に乗っているパイロットは、シンというらしい。
ミネルバを母艦としている機体のようだから、アスランとは面識があるのだろう。

<戦争をなくす。そのためにロゴスを討つ。だから、オーブを討つ――それが本当に、お前が望んだことか!?>

恐らく、私利私欲のために武器を手に取る者はそう多くはない。
大抵は、大切なものを守りたいため、より良い世界を作りたいがために戦うのだ。
悪を求め、正義をなすために、いずれは。

守りたかったはずの、大切なものと呼べるものをすら、壊して。

<聞かぬから、だから討つしかないと。あの国に刃を向けることが!?>

シンというパイロットは動かない。機体は呆然と宙に浮いたまま。

<思い出せ、シン!お前は本当は、何が欲しかったんだ……!?>

アスランの言葉は恐らく、シンという人物の心に大きく響いている。
それを察したのか、プロヴィデンスに似た機体が会話に割って入るように動き出した。
すぐ察知したキラが、二人の会話の邪魔をしないようグレーの機体にビームを浴びせかける。
仲間の危機に、シンもようやく動き出そうとするが、それを阻んだのはアスランだ。

<シン!オーブを討ってはダメだ!お前が!>

いまにも喉が血を吐きそうな声で、アスランは叫ぶ。

キラには状況は分からない。しかしシンという少年が、オーブと縁のある人物だというのは感じられた。
なのにいまはザフトのパイロットになっている、ということは…何かがあったのだろう。
武器をとらずにはいられなかった、何かが。

<その怒りの、本当の理由も知らないまま、ただ戦ってはダメだ!>

大切なものを失ったのか、傷つけられたのか。
悲しみを感じたのか、そしてそれが怒りへと変化したのだろうか。

目の前で誰かや何かを失う悲しみは、キラにも覚えがある。
それが容易に憤怒や憎悪へ変貌していくことも、身をもって体験した。
一番の親友であったアスランのことでさえ、簡単に憎んでしまえるぐらいの強い感情。

でも、根底にあるのは。
ただただ、深い悲しみだけなのだ。

悲しくて、苦しくて、辛くて。行き場のない想い。

愛する存在を悼む気持ちのままに、何かを壊していく。
振り上げた拳が、別のひとから大切なものを奪ってしまう。
そうして戦いの連鎖は続き、より大きく複雑に絡み合って終わらなくなるのだ。

自分たちが犯した過ちを、繰り返してほしくない。

願いはただ、それだけ。












ザフトの帰還信号が放たれ、オーブから撤退していく。
長く長く感じた戦闘がひとまず終わり、キラはミネルバへと戻っていく二機を見送った。
赤い翼をもつ機体、シンという人物が乗っているそれは一度だけ振り返ったように思える。
彼の中で、アスランの言葉が何かしらの意味を与えているといいのだが。

とりあえずはアスランの状態を確認しなければ、と通信越しに声をかけようとして。
ジャスティスの機体がぐらりと傾いだことに気づいた。

「…アスラン…!!」

やはり限界だったのだろう、そのまま海面へと真っ逆さまに落下していく。
慌ててフリーダムを降下させ、ジャスティスに手を伸ばす。
いくら呼びかけても応答がなく、全速力でキラはアークエンジェルへと戻った。

格納庫に自機を入れ、すぐさま操縦席から飛び出してジャスティスへと向かう。
マードックにコックピットを開けてほしいと頼む。
するとやはりアスランは意識を失っているようで、操縦席から運び出すのもひと苦労だった。
呼吸しやすいようにとヘルメットを外すと、頭部から血が流れている。傷口が、開いたのだ。

「アスランっ……!」

意識がかすかに戻ったのか、翡翠の瞳が薄く開かれる。
背後に立っていたメイリンが悲鳴のような声でアスランの名前を呼んだ。
身じろぎしたけれど、痛みのためかまともに動くことができないらしい。
息をつめる友人にキラはパイロットスーツを開いた。このままでは、身体が圧迫される。

「…っ…!?」

インナーにも血が滲んで広がっている。
青褪めたキラは、医療班をと鋭い声で指示した。

「キ……ラ………」

ほとんど吐息のような声で名前が呼ばれる。
焦点は合っていない。アスランがこちらをとらえられているか怪しいものだ。
だからキラは親友の手をぎゅっと握って、ここに自分がいることを教える。

張り詰めていた空気がふっと緩み、アスランの瞼が閉じる。
メイリンが息を呑むが、ちゃんと呼吸はしているから大丈夫だと言い聞かせた。

ようやくやってきた医療班と共に、彼をストレッチャーに乗せて医務室へ運ぶ。
こんな無茶をして!とドクターが怒りながら処置をするため駆け込んでいった。
そうなるとキラにできることはなく。いまにも泣きそうな顔で廊下に立つメイリンの肩に手を置いた。
潤む目が縋るように見上げてくるから、大丈夫だよと微笑む。

「キラ」
「ラクス。状況は?」
「…ジブリールは残念ながら宇宙へ。撤退したザフトは動きを見せていません」
「そう…」

ザフトがオーブを攻めたのは、ロゴスの盟主であるジブリールを確保するため。
そのジブリールが逃亡したのだ、オーブを攻める理由はなくなったといってもいい。
…しかし、デュランダルの目的はオーブに勝利することであったと予想していたのだが。

「恐らくは、グラディス艦長が動いてくださったのだと。カガリさんとマリューさんが」
「ミネルバの艦長だっけ?」
「はい」
「…艦長なら、確かに。そうしてくれるかもしれません」

部下としてミネルバに乗っていたメイリンも頷く。
キラは直接会話したことのない相手だ。
しかしミネルバの艦長としての判断を見る限り、冷静で適確な判断を下せる人物なのだろう。
とても気持ちのいいひとよ、とマリューが笑っていた。
インパルスにフリーダムが撃墜されたときも、わざわざ攻撃の前に警告をくれたほど。

恐らくはグラディス艦長にとっても、オーブを侵略することは本意でなかったのだろう。
だからといって、こうして実際に行動に移せる決断力はすごいものだ。

まだ、この戦いは終わらせられる。
きっと分かり合えるひとが、ザフトにだっている。
グラディス艦長はもちろん、イザークやディアッカだってザフトに在籍しているはずだ。

それにシンというパイロットも。

アスランの必死な叫びが届くといい。
いまだ処置が続く扉の向こうへ視線を据え、キラは願った。












無事に治療を終え、アスランの容態が安定したと聞いてようやくメイリンは安堵したらしい。
崩れ落ちそうになる身体を付き添っていたミリアリアが受け止め、休ませるため部屋へと連れて行く。
残されたラクスとキラは互いに視線を交わすと、自然と手を取り合って歩き出した。

艦橋に顔を出すと、ちょうどマリューがカガリと通信を使って報告しているところだった。
艦長席の隣には当然のようにムウ――ネオの姿があり、キラはきょとんと眼を瞬く。
そういえば捕虜扱いだった彼は、どういう処遇になったのだろう。
マリューのことだ、捕虜を乗せたまま戦闘をしていたとは考えにくい。
解放する時間もなかったということだろうか?それにしては、捕虜として拘束されている様子もない。

混乱しているキラの視線に気づいたのだろう、ムウが振り返った。
そしてどこか悪戯っぽい笑顔を浮かべて二本の指で敬礼のような挨拶を送る。

「これから世話んなるぜ」
「え」
「細かいことは聞くなよ、俺にだってまだ分かってないんだ。とりあえず、あんたらと一緒に行動する。もちろん戦闘だって参加するつもりだ」
「けど…いいんですか?」

地球軍のネオ・ロアノーク。そう名乗ったはずなのに。
このままいけば、地球軍を敵として戦うことだって出てくる可能性がある。
キラの懸念も受け流し、ムウであるはずの人物はひょいと肩をすくめた。

「守りたかったものはもうなくなった。けど、ここにはまだ、気になるものが残ってる」
「気になるもの?」

首を傾げるものの、その質問に対する答えはない。
けれどムウはとてもすっきりした表情を浮かべているし、隣のマリューも穏やかな顔だ。
二人の間で何かがあったのかもしれない、と納得してキラも追及をやめる。
そしてモニターに映し出されたままの半身と視線を繋いだ。

「カガリ、状況は?」
<救援が最優先だ。ジブリールについては外交ルートを模索してるが、いまのオーブの状況ではな…。そもそも、諸外国もいまはまともに機能している国が少ない>

地球軍によって国としての力を奪われ、そしていまデュランダルによって揺り動かされた世界。
全ての境界が曖昧になっていて、統制がとれず混乱状態なのが地球の現状だ。

<とりあえず、オーブとしてはまず意思を示そうと思う>
「意思?」
<議長への回答になるだろう。それでどう反応がくるかは分からないが、まずはそれからだ>

そう告げるカガリの表情は決然としており、ウズミを思い出させる。
オーブの国家元首として頼もしく成長した半身に、キラはアメジストの瞳を眩しげに細めた。
まだ何ひとつ解決したわけではないのに、心強さを感じる。もう、オーブは大丈夫だと。

すると、それまで沈黙を保っていたラクスが口を開いた。

「カガリさん、その回答はどのようになさるのですか」
<全世界にリアルタイムで流すつもりだ>
「………それでは、議長が何か妨害をしてくるかもしれませんわね」
<想定はしている>

オーブの志は高く、これまでの実績から他国の信頼も厚い。
地球軍に与する形になってしまったが、それでもいまだオーブの威信というものは残っているのだ。
だからこそ、強い力を持つオーブをデュランダルは消しておきたかったに違いない。
いままた、大きな影響を及ぼす放送をオーブが流そうとすれば。それを阻むのは自然なこと。

「恐らく、もうひとりの私も姿を見せるのでしょう」
「ラクス」

思わずキラが声をかけると、少女は凛とした眼差しで微笑んだ。
花々に囲まれて穏やかに微笑むときとは違う、何者にも折ることのできない意思をもった笑顔。

「大丈夫です、キラ」
「……うん」
「カガリさん。声明を出すときには、私もお手伝いさせていただくかもしれません」
<ああ。そのときは、よろしく頼む>

歩み始めたキラとアスラン。
戦士二人に導かれるようにして、カガリとラクスという二人の女神も舞台に上る。

ひととして当たり前の。

ささやかな願いを胸に。












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