+++ 飛 翔 +++


4.連鎖の光




















繰り返される憎しみの輪。

そこから生まれる悲しみも痛みも。

もうひとは。

嫌というほどに、知っているはずなのに。

























「え…バルトフェルドさん、今なんて…」
「下手をすれば、今夜にも開戦するかもしれんとさ」

ラクスと共に慰霊碑へと出かけ帰ってきたキラは、いつもより早く帰宅しているバルトフェルドに驚いた。だが彼が抱えていた情報はそれを上回る驚愕を、キラたちに与えるものだった。
隣にいるマリューも沈痛な面持ちで、彼の言葉が事実なのだということを教えている。

「開戦…って」
「公式に発表されるのも、時間の問題だろう」
「そ、んな……」
「キラ……」

ラクスが気遣うように声をかけてくれるが、それさえも遠く感じた。
まるで足元から何かが、がらがらと音をたてて崩れていくような気さえする。ずっと虚ろな世界を漂っていた自分だけれど、確かに周りには穏やかな日々があったのだと痛感させられた。それに気付くこともなく、自分は安穏と生きていたのだ。

また世界が恐ろしい方向へと転がり始めているのを感じながら、何もせず。

「連合のプラントに対する通知、なかなか傑作だよ。見てみるといい」
「はい…」

バルトフェルドが渡してくれた紙に目を走らせると、キラもラクスも信じられないというようにそれぞれが目を瞠る。全く同じ意見であるマリューとバルトフェルドも、深く溜め息を吐き出した。
そこに書かれていた内容は一方的すぎるもので。

「テログループの逮捕、引渡し……って」
「確か、その方々はユニウス・セブンで亡くなったと聞いていますが」
「らしいね。一度はその報告を大西洋連邦も認めたはずなんだが、まさかこんな強引な手でくるとは。ま、あっちらしいかな?」
「…その上、賠償金、武装解除、現政権の解体、連合理事国の最高評議会監視員派遣……こうなるとまるで植民地よね」

こんな内容を、プラントが受け入れるとは到底思えなかった。
それはいかな連合とて、承知のことなのだろう。彼らが欲しいのは降伏という言葉ではないのだから。

「つまり…これを理由に、開戦に押し切る…ってことですか」
「そう考えるのが、まあ妥当だね」
「………こんな…」
「…キラ」

手を握る力に負けて、紙がくしゃっと音をたてる。しかしキラはそれに頓着する余裕もなく、眉を寄せて俯いた。身体の底から震えが湧き起こってくるようで、それを抑えようとまた拳を握る。
そんな自分を支えるように、ラクスの白い手がそっと腕に触れてきた。青い瞳が気遣わしげな色を浮かべて、こちらを包み込んでくれる。

それだけで随分と気持ちが落ち着く。

「さてと、じゃあ僕は別の部屋にいるよ」
「まあ、どうなさいまして?」
「これから忙しくなりそうだし。情報収集は念入りに、ね」

軽くウィンクしてバルトフェルドは部屋から出て行く。身体の不自由な彼を手伝う、と言ってマリューも立ち上がった。去り際に励ますように、キラの肩をぽんぽんと叩いて。なんとかそれに笑みを返して、キラは溜め息を吐き出した。

ずっと不安定なものを感じてはいたけれど、まさかこんなにも崩壊が早いとは。

それを察知して宇宙へと飛び立った親友はどうしているだろう。

今、この空の中。

何を思っているのだろうか。





















<これより私は全世界のみなさんに、非常に重大かつ残念な事態をお伝えせねばなりません……>


テレビに映る大西洋連邦の大統領は裏切られた、というような苦渋の表情を人々に向けて浮かべている。それをキラは全ての感情を排除した顔で眺めていた。予感から確信へ、もう動き始めてしまっていたから。


<この事態を打開せんと、我らは幾度となく協議を重ねてきました。が、いまだ納得できる回答すら得られず、この未曾有のテロ行為を行った犯人グループをかくまい続ける、現プラント政権は、我らにとって明らかな脅威であります>


その言葉にソファーに座って耳を傾けていたマルキオの表情が曇る。それはラクスも同じだった。
この放送を聴いて、プラントの人間はどう思うのだろうか。テロの犯人たちは一人残らず死んでしまったということを、プラントの人々は知っている。死んだ人間を引き渡せ、という方が無理な話なのだ。

地球のために破砕作業を行い、そしてその後も被災地への救援活動を進めてきたというのにこの言葉。

ラクスは胸の前で手を重ねて強く握った。


<よって、さきの警告どおり、地球連合各国は本日午前零時をもって、武力によるこれの排除を行使することを、プラント現政権に対し、通告いたしました>


始まってしまう、戦いが。
その事実だけが傲然と自分たちを捕らえ、そして世界を呑み込んでいく。
もうこんなことはたくさんだと、二年前に学んだのではなかったか。いくらそう問いかけたところで、目の前のモニターに映る人物が意見を翻すはずもない。こんな所で何を叫んでも、意味のないことなのだ。





それほどに。

無為な時間を、自分は過ごしてきたということなのだろう。























入浴を終えて部屋に戻ってきたキラは、濡れた髪をタオルで乱暴に拭きながら部屋の灯りもつけずにベッドに腰を下ろす。色々なことがありすぎた、今日は。
過去を受けとめるためにやっとあの場所へ足を運ぶことができたというのに。そんな自分を嘲笑うかのように、世界はまた過去の傷を抉り出していく。

「そういえば…あの子」

真っ赤な瞳を揺らして、声をかけてきた少年がいた。

あの場所にいたということは、彼も先の大戦で家族を失ったのだろうか。


戦争というものは否応なくひとを被害者にし、そして加害者にもしてしまう。あえて自分をどちらかに振り分けるのなら、きっと加害者なのだろう。数え切れないほどの命を奪い、力を振るった事実は消えないのだから。



――――――――― 誤魔化せないってことかも



静かな怒りをたたえた声が蘇る。
震える手で、ピンク色の携帯を手にした少年は吐き捨てるように言った。



――――――――― いっくら綺麗に花が咲いても 人はまた吹き飛ばす



あのニュースを聞いて、ほらやっぱりとあの炎のような瞳を揺らして呟いているのだろうか。それとも困惑の表情を浮かべているのだろうか。どちらにしろ、彼にとってきっと最悪の方向へと流れてしまったことには違いない。


あの戦いを憎悪するような目と言葉。

それはつまり、彼が何かを失い傷ついたことがあることを示している。


そこまで考えて、キラはごろりとベッドに寝そべった。なんだか不思議だな、と思って。
今日初めて会ったばかりの少年のことを、自分はなぜこんなにも考えているのだろうか。名前を聞くこともしなかったし、交わした言葉だって結局は二言か三言ぐらいのはずなのに。それでも、頭から離れない。あの赤い瞳が。

きっと彼が重なるからだ。
いつかの自分と、そして親友の姿に。

疼く胸を抑えてキラは目を閉じる。けれど今日ばかりは、眠気は訪れてくれないようだった。





















結局、キラは頭を冷やすためにテラスへと出ることにする。海から流れてきた夜風が優しく頬を撫で、髪を揺らして過ぎていく。心地良い風を感じながら目を細めたキラは、今日も綺麗に瞬く星を見上げた。

何千、何億年と輝き続けてきた星たちは、この世界を見てどう思うのだろう。
繰り返し重ねられてきた戦いの歴史。それを厭いながらも、血にまみれ続ける人間という存在。

また思考は堂々巡りになってしまいそうで、小さく息を吐き出す。

「キラ」

あえやかな声が注ぎ、ゆっくりと振り返ると寝巻きにカーディガンを羽織ったラクスが立っていた。彼女も眠れずにいたのだろうか、とわずかに表情を緩める。すると少女も少しだけ安心したように肩の力を抜いた。
夜風は冷えるよ、と言おうとしたところでもうひとりテラスへとやって来る。どうやらラクスと一緒に寝ていた子供らしい。眠そうに目をこすりながら顔を出す。

「なあに?ねえ、なに?」
「あらあら、起こしてしまいましたか」

穏やかに微笑んで子供の頭を撫でようとするラクスに、キラも笑みを浮かべる。しかし男の子の方は眠そうだった目をぱっちりと開いて、瞳をきらきらと輝かせて空を指差した。まるで流れ星でも見つけたかのような様子で。

「うわあ!」
「……あれは…!?」

少年の指差した方向を見て、ラクスもキラも絶句した。
夜空には眩いばかりの閃光が広がり、この時間では有り得ないような明るさを生み出している。そしてあの光に、キラは見覚えがあった。もう二度と、見たくないと思っていたもののひとつ。

テラスの柵に置いていた手に、ぐっと力をこめて。呻くように呟く。

「あれは……核の光だ…」
「そんな…」

信じたくない、信じられるはずがない。まさかまた、あれを使うなんて。
けれど空に浮かぶ光は、事実のみを教えている。突如開かれた戦端に、核が使用されたのだということを。そんな馬鹿な、と思っても意味のないこと。プラントは無事だろうか、罪のない者たちが犠牲になってはいないだろうか。



――――――――― それが人だよキラくん!



またあの声が聞こえてくる。暗い思考の奥、いつも自分を捕らえようと闇色の手を伸ばしてくる低い声。それに囚われないようにと頭を振るが、一度浮かんできた声は消えてはくれない。甘い毒を注ぐかのように、身体全体にゆっくりと流れ込んでくるのだ。



――――――――― この憎しみの目と心と 引き金を引く指しか持たぬ者たちの世界で!

              何を信じる?なぜ信じる?



そして響く嘲笑。そんなことない、それだけじゃないと答えたいのに、頭は上手く動いてくれない。
彼が言った通りなのかもしれないけれど、それでもそれを止めようと必死に動いているひとたちだっている。その細い身体で今もがむしゃらに働いているだろうカガリ、自分にできることをとプラントへと飛び立ったアスラン。バルトフェルドやマリューだって。他のひとたちも。

憎しみだけが全てではない、そのはずなのに。



「キラ」
「……っつ……!………あ…、ラク、ス……」
「そろそろ寝ましょう?夜更かしは良くありませんわ」
「………あの子は…?」
「ふふ、部屋で寝かせてきました」

いつの間に。
そう思ったけれど、それだけ自分が暗い思考に埋もれていたということだろう。

「さあ、キラ横になってくださいな」
「え……?」
「キラが眠るまで、お傍にいますから」
「……ええ!?ちょ、ラクス!」
「子守唄は何がよろしいですか?久しぶりに、お会いしたときに歌っていたものにしましょうか」
「え、えと……」

混乱しているうちにベッドに横にさせられ、布団を被せられて。枕元に座ったラクスが楽しげに笑って、こちらの頭をゆっくりと撫でてきた。もうどうしたらいいのか分からなくなって、キラは諦めの溜め息と共に身体から力を抜く。彼女のおかげで、なんだか色々と吹っ飛んだ。

そしてラクスの美しい歌声が室内に響き渡る。

とても懐かしい旋律にキラは目を閉じた。まだ自分がアークエンジェルに乗っていた頃、アスランと戦わなければならないことに苦悩し嘆いていたときに、ラクスと出会ったのを思い出す。
ふわふわと不思議な空気を持っていて、奇想天外な言動に振り回されもして。けれどあのとき、彼女がくれた裏のない優しさと言葉に、自分はとても救われたのだ。自分は自分なのだと、そう言ってくれたのがどんなに嬉しかったか。





その優しさに包まれ、キラはゆっくりとまどろんでいく。

また再び混迷の時代へと進む世界を、憂いながら。






















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