+++ 飛 翔 +++
40.運命という名の王 プラント本国を光の刃が貫いた。 月の裏側から放たれたというそれは、人々が暮らす砂時計を引きちぎり断ち切ってしまったのである。 無惨に宇宙に散ったコロニーのひとつヤヌアリウスが映し出され、世界が震撼する。 まるで血のバレンタインの再来のようだった。 戦う力を持たない人々が暮らす場所が、理不尽な力によって破壊される。 ほんの一瞬で、無数の命が失われてしまったのであった。 「ダイダロスにあんなものがあったなんて…」 「月の裏側から撃たれたものですが、この巨大な中継器を使ってビームを曲げたようです」 「ビームを?」 報せを受けて艦橋に集まったアークエンジェルの面々はその事実にまず驚愕した。 二度と起きてはならない殺戮がまた起こってしまったのだ。 光学兵器というものは宇宙空間ではその特性上、直線上にあるものしか撃つことはできないはず。 だというのに情報によっては複数の中継器を使うことにより、ビームを曲げることが可能になったという。 しかもこれを使えば中継器の位置を変えることによって、どこでも自在に狙えるようになる。プラントはもちろんのことだが、地球だって攻撃することができる危険な兵器なのだ。 「廃棄コロニーに超大型のゲシュマイディッヒ・パンツァーを搭載か……なるほどな」 「なんだ?そのゲシュマイ…なんとかってのは」 「ゲシュマイディッヒ・パンツァー。ムウさんも見たことがあるはずです。本来直進するものと考えられていたビームを曲げ、攻撃や防御に利用する連合の技術なんです」 「………あぁ、あれな」 敵からのビーム攻撃を無効化し、跳ね返したそれを逆に敵にぶつける。 そうした機体があったことを覚えており、ムウは傷の走る顔を不快げに歪めた。 連合にいた頃のネオとしての記憶は彼に痛みを与えるものばかりなのだろう。しかしそれから逃げるでもなく受け止め、彼は話の先を促した。 「ラクスさんの登場で、デュランダル議長の言葉に疑問を投げかけられたかと思ったけど…」 「この騒ぎで全部吹き飛んだ感じですよね」 「連合…というかジブリールは敵、って改めて見せつけたようなもんだよなぁ」 誰がどう見ても今回のプラントへの攻撃は虐殺。 あんなことをする者を許してはならない、と誰もが思うはずだ。 デュランダルの言うことは正しい。彼の言うままに戦うのは間違っていないと。 そこにある罠に気づかず、立ち止まって考えることもできずに走っていってしまうのだ。 実際、時間の余裕はない。 連合の生み出したあの兵器はあまりに危険なもので、プラントも地球も等しく危険だ。 生きるか死ぬか。生存をかけた戦いが恐らく始まる。 「同じだ……ジェネシスのときと……」 ぎゅ、と拳を握ってアスランが唸った。 撃たれたから撃ち返し、殺されたから殺し返す。 終わりのない戦争の連鎖が最終的には巨大な殺戮兵器となってぶつかり合う。 先の大戦と似たような状況に、たった数年しか経っていないのに人間は同じことを繰り返すのかと。絶望にも似た想いを感じてしまう。 ジブリールは必死だ。そしてプラントも必死。 この脅威を見せつけられた全ての人々も死に物ぐるいで武器を手にとるに違いない。 「もう、どうにもならない……!」 「うん、プラントは勿論だけど……こんなのもう、きっと皆が嫌だ」 やりきれなさを滲ませながらも、キラの口調は意外にも落ち着いていた。 ラクスも表情を悲しげに曇らせるものの、冷静さを失わない。 まるで二人には、この状況に辿り着くことが予見できていたかのようだ。 「でも…撃たれて撃ち返し、また撃ち返されるという、この戦いの連鎖を、いまの私たちには、終わらせる術がありません。…誰もが幸福に暮らしたい。なりたい。そのためには戦うしかないのだと……私たちは戦ってしまうのです」 ただ幸せになりたい。願いはそれひとつなのに。 望むことは誰もが同じはずなのに、なぜ平和にたどり着くことができないのだろう。 穏やかな日々を追い求めながら、どうして逆の方向へと駆け出してしまうのか。 己の手を血に染め上げて、そうして手に入るものなどない。 両手の中に落ちてくる未来は、いったいどんな色なのか。 「議長は恐らく、そんな世界に、まったく新しい答えを示すつもりなのでしょう」 ラクスの言葉に顔を上げると、少女はその胸に古いノートを抱き締めていた。 何かを知っているかのように確信めいた口調で告げる。 「議長の言う戦いのない世界……人々がもう決して争うことのない世界とは……生まれながらにその人の全てを、遺伝子によって決めてしまう世界です」 「……遺伝子で?」 驚きに声を上げたマリューに頷いたのはキラだ。 「それが、デスティニープランだよ」 人々は生まれる前に、遺伝子によってその多くが決められる。 性別、能力、個性。それらの特性は細胞のひとつひとつに遺伝子という形で組み込まれる。 目の色や髪の色、生まれ持った気質。病気の有無なども遺伝子に起因していることは多い。 無論、その全てが遺伝子のせいと片付けられるわけではない。育った環境もひとを形成する大きな要素だ。 だが確かに。遺伝子はひとを構成する上で、とても大きな力を持っている。 優秀な遺伝子を持ち、戦士としての役割を求められたアスランは、すぐにその意味に気づいたようだった。 苦々しい表情を浮かべて、呻くように口を開く。 「生まれついての遺伝子によって人の役割を決め、そぐわないものは淘汰、矯正、管理する世界だ……」 「淘汰、矯正……?」 まさしく淘汰されようとしたメイリンが震える声を漏らした。 デュランダルの描く未来にアスランは不要となり、彼の逃亡を助けたメイリンまでも排除されかかった。 そうしてひとつの決められた未来から外れた者は例外なく消されていく。 「そんな世界なら、確かに……誰もが、本当は知らない自分自身を、未来の不安から解放されて、悩み苦しむことなく生きられるのかもしれない」 「自分に決められた、運命の分だけね」 アスランの言葉を引き取ったキラの声は淡々としていた。 キラもまた、何よりも最上の遺伝子をと求められて生まれた人類最高のコーディネイターだ。 彼こそ、きっと遺伝子という運命に縛られ苦しめられてきたに違いない。 だけどアスランたちは知っている。 キラが自分たちと変わらないひとりの人間で、夢を描き、それに傷つき、悩み苦しんで。 それでもなお立ち上がったその姿に、何度も救われてきたということを。 もがき諦めなかった親友の姿がアスランには眩しく、同時に勇気づけられてもいたことを。 もう道が定められているのなら、迷う必要はない。 正しい道しかないのだから傷つくことも苦しむこともない。同時に、夢や希望も必要はなくなる。道はもう用意されているのだから。 「望む力を全て得ようと、ひとの根幹…遺伝子にまで手を伸ばしてきた、僕たちコーディネイターの世界の、究極だ」 「そこに恐らく、戦いはありません。戦っても無駄だと…あなたの運命が無駄だという、と、皆が知って生きるのですから」 戦いのない世界。デュランダルの目指す世界。 それらをイメージしようとしても、そこに温かな幸せは描けなかった。 確かに戦いはなくなり、これまで続いた連鎖も断ち切れるのかもしれない。 しかし、未来という選択肢を失った世界で、ひとはどうやって生きていけばいいのだろう。 例えば、アスランは戦う能力に長けている。キラも同じだ。 遺伝子として優れた能力を持っているから、そうした道を目指すようにと提示されたとする。 しかしアスランもキラも、己の戦う力をよしとはしないし、誇りにも思えない。 これはただ傷つけるばかりの力で、守りたいと願ったものを守ることなどほとんどできなかった。 そんな力のために、一生を費やせと命じられたら。 キラはちらりとラクスへ視線を向けた。 定められた相手と結婚までも決められるのだとしたら。 自分は彼女とこうしていることはなかっただろう。 きっとアスランとラクスが結婚をして、自分やカガリは二人に出会えないままで。 好きという感情は、決められて抱くものではない。 将来を思い描くことも、やはり決められたレールの上に乗ることではない。 尊い自由意思が否定された世界で、自分たちは幸福になれるのだろうか。 「そんな世界で、ヤツは何だ?王か?」 「運命が王なのよ。遺伝子が。……彼は神官かしらね?」 嫌悪を隠すことなく表に出すムウを見上げてマリューが首を傾げた。 彼女の言う通り、デュランダルは王になるつもりなどないのだろう。ただ、運命を告げるだけ。 遺伝子こそがひとの道を決める者であり、自身はそれを伝える者でしかない。 あなたの道はこれだ。だから他の無駄なことはする必要はないと。 夢も、希望も、願いや望みも、全て不要なものなのだと。 「無駄……か……」 「……本当に、無駄なのかな?」 これまで歩んできた道のりも全て無駄なことで、失われた命も傷ついたことも全部。 「無駄なことはしないのか?」 からかうようなムウの言葉に、キラもアスランも互いの顔を見合わせた。 どうすべきかと考えることも大事だけれど、自分たちはどうしたいのかという気持ちも大切。 そうした自然な感情をそういえばムウはいつも教えてくれていた。 まだムウとしての記憶を取り戻していない彼だが、本質は変わらない。 ありのまま自然体で、自分の感情に正直で。そうしてアークエンジェルに戻ってきてくれた彼と。 ムウはやはりムウのまま。 ちょっとだけ不真面目で、だけどそんな明るさに救われて。 「俺はそんなに、諦めがよくない」 憮然と答えたアスランは頑固そのものな彼らしい。 だからキラも自然と笑みをこぼすことができた。 だよね、と頷いたキラに続くようにその場にいた者が口々に同意を返す。 それは静かな波紋のように広がり、それぞれの想いを改めて刻み込むかのようだった。 決められた道に従うだけで満足できたのなら、そもそも自分たちはここにいなかったはず。 敵も味方もない、戦いそのものを終わらせるために手を取り合った過去。 垣根を越えて共闘できたのは、希望を胸に抱けたからだ。 争いを終わらせる目に見える方法が提示されている。 もしかしたら、それで世界は平和になるのかもしれない。だけど。 「宇宙へ上がろう、アスラン。僕たちも」 同じ想いでいてくれる親友に、キラは一歩近づいた。 考え方も生き方も全く違う自分たちだけれど、歩く道は共にある。 「議長を止めなきゃ」 運命という名のもとに全てを管理しようとしているデュランダル。 彼が遺伝子という神を降臨させようとしているのなら、これまでの戦いはひょっとして。 全てがデュランダルの手によって計画されたシナリオの通りだったのかもしれない。 連合もプラントも、オーブの人々やレジスタンス。 沢山の命が散って国を追われ家族を失い悲劇は積み上げられてきた。 それらも全て平和を手に入れるためのさだめられた犠牲だったのだとしたら。 新たな世界を手に入れるためにひとの命を犠牲にする。そんなもの。 これまで繰り返されてきた人間の歴史と何も変わらないではないか。 自分で決め歩んでいくことを放棄し、己の責任を別の場所へなすりつけようとしているだけだ。 「未来をつくるのは、運命じゃないよ」 ひとは自分の選んだ道、決めたこと、それらに自分で責任を持つべきなのだ。 いまこうして世界が荒れ果てているのなら、自分自身の手で考えて悩んで取り戻していく。 そうした力がひとにはあると、キラは信じている。 ひとつひとつの願いや想いが築き上げられ、未来への種を生み出し空へ伸びる。 小さな希望でも、それは何より尊いものだと思うから。 キラとアスランは互いの手を強く握り、意思を確認する。 この心を、失いたくはないのだと。 NEXT⇒◆ |