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+++ 萌 芽 +++
2.消えない悲しみ ここはどこだろう？ 何も見えない空間の中、どちらが上で下なのか感覚が分からない。 前へ足を進めてみても、はたして歩いているのかと不安になる。 「お兄ちゃん」 「…え」 明るい声が聞こえた。 驚いて振り返ると、そこに立っていたのは見覚えのある少女だった。 「きみ、は……」 「はい！お兄ちゃん」 活発さを感じさせるような笑顔。二つに束ねた髪が小さく揺れる。その少女が笑って差し出した物に、キラは息を呑んだ。 自分よりもずっと小さな手が持っている物は、折り紙で作られた花。 大きな瞳がこちらを見上げている。 「守ってくれて、ありがと」 にっこりと笑って、少女は走り出していく。 こんな光景を、以前も見はしなかったか。 待って、そっちへ行っちゃいけない。 僕はきみを守れない。守れたと思ったのに。やっと何かを成し遂げられたと思ったのに。 気が付くとキラはパイロットスーツに身を包み、コックピットの中にいた。 懐かしい場所………これはストライク？ いや、あれはもう自分の機体ではないはずだ。自分にはフリーダムという新たな剣があるのだから。 そんなことを考えている間にも、視界は悪夢を映し続けている。 横切ったのはシャトルだろうか。 「あっ…それはっ！」 この後に起こる事を思い出し、キラはがむしゃらにレバーを握り、バーニアを噴かす。 思うように動かないのは、重力のせいなのかこれが現実ではないからなのかは分からない。 もうどうにもならない事なのだと、分かってはいても手をのばさずにはいられなかった。 駄目だ！！あれに乗っているのは、戦いとは無縁のひとたちなのに！！ 自分にありがとうと言ってくれた、小さな女の子が一条の光に消えていく。爆炎に巻き込まれていく姿が見えた気がした。 「う、あ…あ…」 守れなかった、また。この手は届かない。 どうしてっ……どうして！？ 視界がぐにゃりと歪み、また景色が変わる。 たくさんのひとが自分の横を通り抜けていく。その瞳に満ちているのは、恐怖や疑念、嫌悪憎悪。 「きみは裏切り者のコーディネイターだ」 違うっ…！別に僕は誰かの敵になったわけじゃない！ ただ守りたいと思っただけなのに。守れる力があると思ったから。 「コーディネイターのくせに馴れ馴れしくしないで！！」 どうしてそれだけで相手を嫌悪することができるのだろう。彼らと僕と何が違う？ なぜ憎しみが溢れ出していくのだろうか。 きっとお互いに、違う出会い方をしていれば友達になれたかもしれない。 家族にだってなれるかもしれないのに。自分はただ、そんな存在を守りたい一心で戦った。 「キラもフラガ少佐も頑張ってんだもん。俺もちょっとはやんなきゃ！」 胸に温かい言葉が流れてくる。泣きたくなるような、もういない友達の声。 いつも自分のことを気にかけてくれていたトール。 コーディネイターだからというだけで、銃を向けられた自分を何の躊躇いもなくかばってくれた。 「こういうことになったんだしさ。俺も頑張んなきゃ。お前も、いろいろ大変だけどさ………」 いいんだ、いいんだよトール。 僕の心配なんてしてくれなくていい。それよりも何処へ行こうとしてるんだよっ……！ だいじょーぶ、と笑ってトールが向かうその先にあるのは………スカイグラスパーだった。 駄目だ！それに乗ったらきみはっ！！ 一瞬にして景色が暗くなり、キラは呆然と辺りを見回す。黒い海と灰色の空。そして目の前には凄まじい勢いで迫ってくる真紅の機体。 イージス！？ それではこの光景はまさかっ……！ そう思い当たるよりも早く、遠くからスカイグラスパーが突っ込んでくる。 「駄目だ！来るなぁぁ！」 何度このシーンを見ただろうか。いつもいつも繰り返される瞬間。 イージスの投げつけたシールドが、無造作にトールがいるはずのコックピットを粉砕する。破片と共にトールのヘルメットが飛んでいく。赤い鮮血の糸を引きながら………。 目に焼きついて離れない。 そうだ、自分だって知っているではないか。ひとを憎悪するという感情を。 大切なものを奪われ、獣のように真っ赤な機体へ突進していくストライク。あれを操縦しているのは、紛れもない自分。 悲しみは怒りへ。相手が友だったことも忘却し、ただ目の前にいるのは敵なのだと。自分から全てを奪い尽くす存在なのだと。 そして結果得たものはなんだった？ 何もなかった。 互いに怒りの咆哮を上げ、そして自分はアスランに殺されたはずだった。それが正しい結末だから。僕だって、彼の友人を死なせたのだから。 ではなぜここにいるのだろう………。 真っ暗な空間を漂いながら、キラは虚空を見つめる。 僕は何をしたかった………？ そう、守りたかったんだ。誰を？ 「大丈夫。私の想いが、あなたを守るから」 ふいに感じる温もり。求めていた言葉と優しさに、キラはただ縋りついた。そうしていないと壊れてしまいそうで。彼女の気持ちが自分にない事を薄々感じてはいながらも、甘えることしかできなかった。 彼女を守らなければならなかった。 彼女は欲しいものをくれたのに。自分は傷つけることしかできなかったから。 やっと再び会えたそのときに、彼女は閃光に包まれ宇宙に散っていった。 この手は何と無力なのだろう。 何ひとつ守れていないではないか。あの少女も、大切な友達も、そして彼女も。 もうこのまま闇に呑まれてしまえばいいのだろうか。 何も感じない、この場所で。 ………………ラ………………キラ 揺り動かすのは何。 弱々しく注ぐ光。それが自分を呼んでいるようで、キラはゆっくりと目蓋を押し上げた。だんだんと強まる光に、そっと手をのばす。 そこへ行ってもいいのだろうか。自分はここにいるべきなのではないだろうか。 ………キラ………キラ やはり呼んでいる。誰だろう、優しく降り注ぐこの声は。 戸惑いながら、キラは歩き始める。相変わらず進んでいるのか分からない空間で、少しずつ…そして最後には駆け足で。 もう少しで手が届く、暖かい何か。身体を包む眩しいものに、手が触れた………。 「キラ？」 「………………ラ、クス？」 目を開けると、暗い部屋の中に自分は横たわっていた。整理のつかない頭のまま室内を見回す。そして枕元に月明かりを浴びてラクスが座っていることに気付いた。 そっと頬に触れられ、自分の頬を涙がつたっていることに気付く。穏やかに微笑む彼女に、キラはまだ現実に戻ってこれずにいた。 「………ここ、は」 「キラのお部屋ですわ。すみません、起こしてしまって」 そうか……、ここは僕の部屋………。 確か夕飯を食べて、今日は疲れたから早く寝てしまったんだっけ。 「って……え？」 「どうかなさいました？」 ことり、と不思議そうにラクスが首を傾げる。その動作に一瞬見惚れてから、キラは慌てて起き上がった。 「どうって…！どうしてラクスが僕の部屋に！？」 子供たちの声が聞こえないという事は、もう夜中なのだろう。ラクスも寝間着に着替えているし、もう寝るところに違いない。なのになぜ自分の部屋にいるのだろうか。 「なんでもありませんわ。ふふ、少しキラの顔が見たくなりましたの」 「………え、あ……そ、そう」 釈然としないながらも、そう言われてしまうとキラは頬を赤らめて俯くしかない。 彼女はこの重大性を本当に理解しているのだろうか？深夜に、ひとりで男の部屋に来るなんて。 「哀しい夢を、見ていましたのね」 「………………うん」 あれは全て夢。けれど現実に起こったことでもある。決して取り戻せない、やり戻すことのできない過去。夢だったというのに、目覚めたいまでも鮮やかに甦るあの感覚。 またもや震えが身体の奥からやってきて、キラは咄嗟にシーツを握り締めた。そうしないと、涙が止め処なく溢れてきそうで。 「キラ」 優しくその手を覆う、白く細い手。ふわりと香る甘い匂い。 いつも揺るがずそこにいてくれる少女に、キラはたまらなく泣きたくなった。 「ラ、ク……ス…」 「はい」 「ごめ…ん、少しだけ………………」 「はい、キラが眠るまで傍にいますわ」 ラクスの柔らかい声をきっかけに、堰を切ったように涙が流れる。そんなキラを労わるように、ラクスは褐色の髪を撫で続けた。 蒼い月の光がただ、頼りなげに二人を照らしていた。 長い睫毛が閉じ、規則的な寝息が聞こえてきたのを確認して、ラクスはそっと立ち上がった。以前よりも痩せたように感じるのは、闇夜のせいなのだろうか。もう一度大好きな茶色の髪を撫で、ラクスは部屋を後にする。 リビングの方へ顔を出すと、案の定心配そうな顔をした二人がいた。 「眠ったのか？」 「はい、もう大丈夫そうですわ」 「あんなに苦しそうな声は、初めて聞いたぞ」 夜中だというのに、カガリもアスランもキラの事を案じていままで起きていたのである。そんな二人に安心させるようにラクスは微笑んだ。 「たくさん泣きましたから、少しはすっきりしたはずです」 「だといいんだけど………」 「俺たちには、何もできないんだろうか」 部屋からキラの呻き声が聞こえてきても、立ち往生するしかなかった自分たち。どんなに傍で支えようと思っても、何の力にもなれていないようで歯痒い。 そんな思考を打ち消すかのように、ラクスがぽんと手を叩いた。 「さぁ、そろそろ眠りましょう」 「え？」 「明日も子供たちと遊ぶのですから、しっかりと休養をとらなくてはいけませんわ」 「それはそうだが………」 「それではお二人とも、おやすみなさいませ」 半ば強引に追い出され、カガリとアスランは怪訝そうな面持ちだ。 しかしラクスはそれに笑顔を返すだけ。二人とも諦めたように、それぞれの部屋へ戻っていった。 「やはりキラには………私たちだけでは、駄目なのでしょうね」 そう呟くラクスの声は、夜の闇に溶けていった。 NEXT⇒■ |