+++ 萌 芽 +++


番外編.Life



いつものように散歩から戻って来て家に足を踏み入れると、泣きそうな子供たちの声が聞こえて、キラは不思議に思った。





「どうしたの?」
「キラ……」

居間に顔を出すと、哀しげな表情を浮かべているラクスと子供たちがいる。何かあったの?と歩み寄ると、いまにも泣きそうに瞳を潤ませて子供たちがしがみついてきた。

「キラあー……」
「どうしよぉ……」
「どうしたの?」

説明ができない状態の子供たちを落ち着かせるために、そっと頭を撫でる。すると抑えていた箍が外れてしまったのか、しくしくと泣き始めてしまった。これでは全く話がつかめない、とラクスに視線を向けると彼女がそっと机の上を指差した。

「………鳥?」

クッションの上に横たえられているのは、紛れもなく鳥らしい。翼の部分に白い布が巻いてあるということは、怪我をしているのだろうか。

「もしかしたら、もうお空飛べないかもしれないってぇ」
「鳥さんかわいそう……」
「そっか、それで」

傷ついた小鳥が、もう空を飛べなくなるかもしれないと聞いて子供たちは悲しんでいたのだ。
キラもそっと鳥の様子を窺うが、確かに羽根の損傷はひどいようだった。これは回復できるかどうか、かなり微妙なところなのが分かる。

「今夜が峠だと、言われてしまって……子供たちが心配しているのですわ」
「今夜……」
「だからね!私たち鳥さんの看病してあげるの!」
「ぜったいに助けるんだから!」

さっきまで泣いていたというのに、いまは強い決意を宿して立っている。
その真剣な眼差しに、ラクスはふわりと微笑んだ。

「分かりました。じゃあ交代で看病しましょう?」
「「「うん!」」」


















夕食も終え、ベッドに寝そべっていたキラは寝付けず起き上がった。
このまま寝転がっていても、眠れない気がする。仕方なしに部屋を出てリビングにやって来ると、そこで寝てしまっている子供たちに気付いた。

時計を見るともう夜中だ。
それなのにリビングにいる子供たちは、小鳥のいるクッションを囲むようにして眠っている。たぶん看病している間に睡魔に襲われてしまったのだろう。

(毛布とかかけてあげた方がいいよね)

このままでは風邪をひいてしまう、と部屋に布団をとりに戻ろうとするとラクスが毛布を持ってやって来た。どうやら考えることは同じらしい。
苦笑してキラは子供たちに毛布をかけてあげるのを手伝う。

「………よく眠ってるね」
「はい。ありがとうございます」
「よっと」
「ずっと頑張って起きてましたけど、やっぱり限界だったみたいですわね」

そう語るラクスの目はとても優しい。
それに釣られるようにして、キラも目を細めた。

「………子供たちってすごいね」
「?」
「こんな小さな命でも、助けようとして一生懸命になるんだから」
「そうですわね」

泣きそうな顔を思い出して、キラは子供たちへの愛しさが溢れてくるのを感じる。ちっぽけなひとつの命だけれど、それを尊び大切に思うその気持ちはとても素敵だ。


「子供たちのためにも、元気になるといいねこの子」
「大丈夫ですわ。皆が頑張って看病したんですもの」
「うん、そうだね」

子供たちを起こさないように、キラとラクスはそっと小鳥の看病を続けたのであった。



















「キラ、キラ!」
「う………ん?」
「起きてよキラ!ラクスもー!」

耳元で高い元気な声が聞こえ、キラは朦朧としながら意識を覚醒させる。やっとの思いで目を開くと、視界に子供たちが入ってきた。どうやらもう朝らしく、自分はリビングで眠ってしまったらしい。

「?」

肩に重みを感じて視線を向けると、ピンクの髪が見えた。え?と目を瞬くと、ラクスが自分の肩に頭をのせて眠っているせいなのだと分かる。

どうしよう、動けない………。

「キラ、見てこの子!」
「え?」
「ほらっ!元気になったみたい!」

子供たちが差し出したクッションにのっている小鳥は、昨日に比べてずっと良くなったようだった。元気にチチチ、と鳴き声を上げている。
どうやら峠は越えたらしい、とキラは安堵してほっと息を吐く。そのときに肩が動いてしまい、ラクスが身じろぎした。

「ん………」
「あ、ごめん起こした?」
「キラ………?」
「おはよう、ラクス」

寝起きで目をこすりながらも、ラクスはあの柔らかい笑みでおはようございますと挨拶してくれる。

「ラクス、小鳥元気になったんだよー」
「まあ。本当ですわね」
「良かったね、皆」
「うん!」

カリダにも見せてくる、と子供たちは走って行ってしまった。なんともパワフルだ。

「子供たちも嬉しそうだったね」
「そうですわね」

命を愛し、慈しむ少年少女。

彼らがいるのなら、この世界もまだまだ捨てたものではないと思う。

小さな彼らが必死になって命を守ろうとする姿は、自分に少なからず勇気を与えてくれた。

「ラクス、お疲れ様」
「キラこそ」
「あとは小鳥が元気になったら、飛ぶ練習もしてあげないとだね」
「楽しみですわ」




まだ絶望するには早過ぎる。


自分の周りには、こうして大切なものを大事そうに抱えていてくれる存在がいるのだから。


希望の種は、ちゃんとここにある。


傷ついた鳥と共にまたリビングにやって来た子供たちに、ラクスとキラは眩しいものを見るように綺麗な笑顔を浮かべたのであった。







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