+++ 思い出の場所で 前編 +++





――――――――本当に戦争になるなんてことはないよ、プラントと地球で

あの遠い日々。幼く何も知らなかった少年たちの声が甦る。
また出会えると信じていたあの頃。
争いなんてものは、自分たちから最も遠く離れたものだと。


――――――――キラもそのうち、プラントに来るんだろう?


果たされなかった望み。
思い描いていた再会とは、なんて違っていたのだろう。
喜びはなく、そこにはただ驚きと戸惑い。
笑顔が互いへ贈られることはなく、向けられたのは銃口だった。






「え?コペルニクスに?」
「これから向かうみたいよ。まずは月だって」

議長のデスティニープランを阻止するために、自分たちは宇宙へ上がることになった。アークエンジェルは正式にオーブ艦隊として登録され、ネオやメイリンも新たに仲間に加わっている。
宇宙へ上がるとはいっても、拠点は必要だ。
どこへ行くのだろう、と何気なく呟いてみるとミリアリアが答えてくれた。

「クサナギはもう月に行ってるみたいだし」
「そうなんだ」

月、か。
キラは少しだけ陰鬱な気持ちになる。
それは皆同じなのだろう、あのプラントの状態を考えれば。

「レクイエム、ザフトが止めたみたいね」
「うん……。あんなのは、もう」
「そうね」

艦内放送で流れてきたあの映像。
月から放たれたたった一本の光が、プラント群を一薙ぎにしていった。いったいあの攻撃で、どれほどの命が失われたのだろうか。そしてまた、どれくらいの数え切れない悲しみが生まれたのだろう。

カメラマンとして、様々なものを見てきたミリアリアも、明るい瞳を今日ばかりは翳らせていた。
それでも気分を切り替えようと、すぐに笑顔を浮かべる。

「こんなことをどうにかするために、私たち月へ行くんだもんね!頑張らないと」
「くす。そうだね、宇宙にはディアッカもいるし?」
「………………どうしてそこでアイツが出てくるのよ」

眉間に深い皺をつくって唸る友人に、キラは誤魔化すように笑顔を浮かべた。
やはり彼は振られてしまったのだろうか。

「ううん、ただ心強いよねって」
「どうだかねー」

素っ気無い様子に苦笑を浮かべながら、キラは宇宙へ想いを馳せた。
きっと宇宙にいる彼らだって、思いは同じなのだろうと。






「コペルニクスに?」
「はい、そう聞きましたけど」

メイリンから聞いたこれからの予定に、アスランは驚いたように繰り返した。
驚かれたメイリンの方は、何が何だか分からない。

「アスランさん?」
「あ、いや」
「何かあるんですか?コペルニクスに」

きょとん、と大きな目を見開いて尋ねられると、どう答えたものかと困る。

「まあ……小さい頃、いたことがあって」
「そうなんですか!じゃあ懐かしいですね」
「あぁ…」

実際どう感じるかは分からないが。
それに自分たちはもうオーブの軍人だ、そう簡単に艦を離れることはできないだろう。
だが胸がわずかに高鳴るのも、また事実で。

だがそれより前に、自分たちにはまだすべきことがある。
集中しなければ、とアスランは中断していた作業へと思考を移していった。







大気圏を突破し、ついに宇宙へ上がった。
何にも遮られることなく、強い輝きを放つ星たちを眺めていたキラは艦橋から放送で呼び出され、何だろうと首を傾げながらブリッジへ移動する。
艦橋に上がると、何やら複雑な空気が流れていた。入りにくいな、と思いながら恐る恐る顔を出すと一番に気付いたネオがにやりと嫌な笑顔を浮かべた。

「ほらほら、お出でなすったぜ」
「キラくん」

ネオの声で振り返ったマリューは、なんだか困ったような表情を浮かべている。
いったい何があったのかと、やはりキラは理由が分からない。

「キラ」
「………ラクス?」

二人の影に隠れて見えていなかったのだが、マリューたちに向き合う形でラクスが立っていた。他の人たちとは違って、彼女はいつものように笑顔を浮かべている。
………………というか、いつもより楽しそう?

「どうしたんですか?」
「それが…」

マリューが言いよどむと、ラクスが鈴が鳴るような声音で答えた。

「市内に少しお散歩に行きたいと、お願いしましたの」
「………………………は?」

いま、なんて?

「おもしろい事言い出すよなぁ、このお姫様」
「ムウさん………おもしろがってませんか」

まだムウとしての記憶は戻っていないため、彼は今現在はオーブ軍にネオ・ロアノークとして登録されている。しかし、キラたちにとってはムウ以外の何者でもないため呼び方を変えるつもりはなかった。

「それで。どうして市内に?」

とりあえず冷静になろう、とラクスに優しく問い掛ける。しかし空気を読んでいないのか、わざと無視しているのか。
ラクスは可愛らしく柔らかな微笑みを浮かべ口を開いた。

「はい、私ずっと艦の中にいましたでしょう?我侭と分かってはいますが、どうしても外へ出たくなりまして」
「あぁ……そっか。ラクスはずっと」

オーブで彼女が狙われて以来、人目につくことは出来なかった。偽者のラクス・クラインが現れてからは尚更だ。
ずっと外へ出ることなく、自分が動くべきときまでラクスは何も不満を漏らさなかった。
そのことにいままで気付かなかったのだ。

「でもラクスさん、それは……」
「うん、行こう」

聞こえてきた明るい同意の声に、マリューとネオは目を見開いた。
いまの言葉は聞き間違いだろうか、と思っても爆弾を落としたキラ本人は笑っているだけで。

「おいおい坊主、本気か?」
「はい」
「けれどキラくん……」
「ラクスはこれまで、ずっと僕たちを支えてくれてました。何かご褒美があってもいいじゃないですか?」

確かにそれはそうなのだ。
だが世界に姿を晒してしまったいま、また再び狙われる危険は高まっている。
そんな不安が頭をよぎり、マリューは止めようと口を開こうとした。が。

「大丈夫です、マリューさん。護衛にアスランを連れて行きますから」
「アスランくんを?」
「はい」
「それでしたらメイリンさんもいかがですか?彼女も軍人さんでいらしたのでしょう?」

遊びにいく計画を立てるかのように、本当に無邪気にラクスが手を叩く。
もうどうしたらいいのか………………。
止める気力もなくなり、マリューはがっくりと肩を落とした。相変わらずおもしろがっているような表情で、ネオが慰めのつもりなのか励まそうとしているのか肩をぽんぽんと叩く。

「それじゃあ、ラクス行こうか」
「はい」

もう止めることはできないのだろう。
何しろ先の大戦を停戦にまで導いた者たちなのだから。

「まあアスランくんが同行するのなら、大丈夫とは思うけれど」
「苦労が絶えないな、艦長さん」

気遣ってくれるネオに微笑みを返して、マリューはシートに戻った。
だが確かに息抜きは子供たちに必要だろう。いつもいつも彼らには苦労をかけているのだから。

「にしても、あいつは納得するのかねえ」
「アスランくん……はどうかしらね。でもキラくんとラクスさんには勝てないんじゃないかしら」
「ごもっとも」










自室で休息していたアスランは、晴れやかな笑顔で入ってきた親友と元婚約者が発した言葉に目を見開いた。
あんぐりと口を開けたまま、言葉も出ないようである。

「アスラン?」
「………………いま、何て言った」

自分が聞いたのは幻聴だろうか。
しかしそんなかすかな期待も虚しく、キラは爽やかに笑って口を開いた。

「だから、ラクスと一緒に市内に出ることになったんだって」
「………本気、か?」
「ちゃんとマリューさんに許可はもらったよ」
「そうですわ。一緒にまいりましょう、アスラン」
「お前らっ、自分の言ってる事の意味が分かってるのか!?」

焦って声を荒げても、似たもの同士であるカップルは無邪気な笑顔を浮かべるだけで。
こういう顔をしている相手には勝てない、と長い経験で悟ってしまっているアスランはそれでも諦めきれず。

「それがどれだけ危険なことかっ」
「そのためにアスランも一緒にって言ってるんでしょ」

もうどうにもならないのだろうか。
きらきらと輝く紫の瞳と、期待に満ちた空色の瞳に結局自分は負けるのだろうなと。心の奥底で分かっていながら、それでもなんとか止める口実を見つけようと考えあぐねるアスランであった。





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