+++ 憩いのとき +++
1 2 3 4 5 6 EX EX+α +++ EX +++ ※この話は、もしシンたちがアークエンジェルにきたらというものです。 「ミネルバとは随分違うのね」 「お姉ちゃん、あんまりきょろきょろしないでよ」 恥ずかしそうにメイリンが注意する。 しかしルナマリアはあまり気にしていないようで、いいじゃないと答えた。 「だってあのアークエンジェルよ?伝説の戦艦じゃない」 「実際にすごい強いしね」 女子の会話をおもしろくなさそうにシンが聞いている。 確かにアークエンジェルはとても強い。ミネルバですら、相手をするには難しいのだ。 だが素直にそう受け入れられるほど、自分は大人ではない。 「あ、あれラクス・クラインじゃないっ!?」 こちらを待っているのか、廊下のむこうで微笑む少女がいた。 ピンクの髪をゆったりとなびかせ、白い肌に柔らかな表情を浮かべている。まさに歌姫と呼ばれるにふさわしい姿だ。 そしてその隣で同じく優しい表情を浮かべている少年がいる。 自分と同じぐらいか、もしくは年上か。 穏やかな雰囲気に、ほっそりとした体が軍人らしさとは程遠いと感じてしまう。 「みなさん、ようこそ。ゆっくりしてくださいね」 「あ、ありがとうございます!」 背筋をぴっと正して言うルナに、ラクスは笑みを零す。 隣で寄り添っていた少年が笑みを絶やさないまま、こっちだよと歩き出す。とても優しい声だ。 「アスランとメイリンさんから、お話は伺っておりますわ。あなたがルナマリアさんですわね」 「はい!覚えてくださって光栄です!」 あぁ…ルナ。もう目がきらっきらしてるよ。 「それできみがシン、だよね?」 「あ、はい」 「よろしくね」 ふわりと微笑まれ、シンは毒気を抜かれたようにはあ、と頷いた。 「あれ?もうひとりいたよね。レイだっけ」 「あ、あいつは何か用があるとかで」 「そう、残念だね」 全く嫌味な感じがしない相手に、シンは早くも打ち解けはじめていた。とても珍しいことだ。 「僕はキラっていうんだ。キラ・ヤマト」 「シン・アスカです」 キラ………聞き覚えのある名前だ。 「キラ、ここにいたのか」 「アスラン」 曲がり角から現れたアスランに、シンはぎょっとした。 アスランの方も、少なからず驚いたようである。 「そうか、今日だったっけ」 「アスラン!お久しぶりです」 「あぁ、久しぶりだなルナマリア」 早速元気に挨拶するルナに、シンはまた不機嫌になっていく。 「アスラン、僕のこと探してたの?」 キラがさり気なく空気を変える。 「あぁ、フリーダムの調整すんだのか?」 「うん、大体はね。新しい装備が増えてて、ちょっと大変だったけど」 ………………フリーダム? 「キラさんって、フリーダムのパイロットでしったけ?」 以前アスランとキラたちの会話を盗聴したことのあるルナは、思い出したように尋ねた。 「うん。ごめんね」 キラは少し悲しそうに瞳を揺らし、微笑む。 その顔を見て、シンは噴出しそうになった怒りが収まるのを感じた。 このひとは、戦うことを望んでいない。 「どうして謝るんです?」 「どんな理由であれ、きみたちに銃を向けたし。きっと失ったものもあるだろうから……」 本当に申し訳なさそうに語るキラに、シンは黙ってしまう。 自分だってきっと誰かの大切なひとを奪っているかもしれない。 「さあさあ、暗いお話はこれぐらいにして。せっかくですから、温泉にまいりましょう?」 ラクスの明るい声に、みんな頷くのだった。 浴場に辿り着いたルナは、目の前の光景に目を見開いた。 「すっごーい!本当に温泉だわー」 「お姉ちゃん、入るなら早くしてよ」 壁のむこうからそんな声が聞こえ、アスランとキラは苦笑した。 かくいうシンも、とても驚いていてきょろきょろと辺りを見回している。 不覚にも、懐かしいと思ってしまった。 オーブは火山があり、そのために温泉が多い国家なのだ。 よく自分も家族と一緒に入ったりしていた。 「シン、ちゃんと洗わないと。泡残ってるよ」 「え」 「ここ」 隣で身体を洗っていたキラが、シンの髪を桶の水でざばっと流す。 予想していなかったため、少し目に水が入った。 「な、何すんですか。予告ぐらいくださいよ」 「ごめんごめん」 くすくすと笑うキラに、シンはそれ以上言い返せない。 「あー……癒される」 「アスラン、親父くさい」 湯船に先に浸かっていたアスランの呟きに、キラがそうつっこむ。 アスランはほっとけ、と憮然としていた。 仲が良いんだな、とそのやり取りを眺めてシンは思う。 あんなに自然にしているアスランを見るのは、初めてかもしれない。 「シン?どうしたの」 「え」 我に返ると、アメジストの瞳が不思議そうに覗き込んでいる。 ち、近っ!! 「あ、なんでもないです」 「そう?じゃあ、そろそろ入ろうか」 ほのぼのとした二人の会話に、アスランは理不尽なものを感じた。 シンのやつ、自分とキラじゃ接し方が違わないか? 「あちらも楽しそうですわね」 髪を上でまとめあげ、細い首をさらしたラクスがそう微笑んだ。 「シンがなんだか素直じゃない?」 「キラさんのおかげだと思うよ」 なんでよ、とルナがつっつくと。うーんとね、とメイリンが小声で説明する。 「なんかね、キラさんって不思議と落ち着くの」 「まあ、ほわっとしてるものね」 それはラクスもだが。 「あんまりに柔らかいから、見てるこっちも棘がとれちゃうっていうか」 「へえ」 「キラはとても優しいですから」 ラクスがにこりと笑って言う。 いやそれは、あなたにも言えますよ。 「ラクスさまとキラさんって、似てますよね」 「そうですか?」 「はい。なんていうか、安心させる何かを持ってて」 自分と離れている間に、ラクスと親しくなっている妹にルナは悔しく思った。 アスランと一緒に脱走したっていうのも、まだ許してないんだからね。 「お似合いのカップルですよね」 ………………………は? 「そう言っていただけると、嬉しいですわ。少し恥ずかしいですけれど」 そう言って照れたように笑うラクスは、とても愛らしい。 プラントで歌姫として愛されていた彼女だが、こんなに綺麗な笑顔を見たことはない。 きっと、彼だけがその表情を引き出せるのだ。 「ってラクスさまはアスランの婚約者じゃないんですかっ!?」 つい大声でそう言ってしまうと、壁のむこうからバッシャーンと何かが水中に沈む音が聞こえた。 しかしルナはそれどころではない。 「お姉ちゃん?」 「どうなさいましたか」 「え、いえ。だって私てっきり……」 混乱しているルナに、ラクスは優しく笑った。 「確かに私とアスランは婚約していましたが、先の大戦のときに解消されていますわ」 自分と父が反逆者として追われたため、自然とそうなったのだ。 「いまはお互いに大切な方がいますもの。ですから、とても良いお友達としてお付き合いさせていただいてます」 「そう……だったんですか」 脱力したようにルナが湯に身体を沈める。 知らなかった………。 「大丈夫?アスラン」 「げほっ、ごほっ」 ルナマリアの発言に撃沈したアスランは、しこたま水を飲んでしまい咳き込んでいる。 涙まで流している様子に、キラは苦笑しながら背中をさすってやった。 「さっきの、本当なんですか?」 遠慮がちにシンが尋ねると、キラがうんと頷いた。 「僕にとって、ラクスはとても大切なひとだから」 「うっ、ごほっごほっ」 「アスラン、うるさい」 やっと楽になったのか、アスランは身体から力を抜く。 「死ぬかと思った……」 「ってか、プラントじゃまだアスランはラクスの婚約者扱いなんだね」 「あぁ、俺も驚いた」 いきなりミーアに抱きつかれたときとか。ルナマリアから冷やかされたときとか。 「アスランにはカガリがいるのに」 「キラ、その名前は…」 慌てるアスランにキラは不思議そうにする。するとシンが不機嫌になっている事に気付いた。 「シン?どうしたの」 「別に」 「……シンは、アスハ家のこと良く思っていないから」 シンの身に降りかかったことを思い出し、キラは目を細める。 「そっか」 カガリの名前を聞くのも嫌なのだろうか。 「ちょっと残念だな」 「え?」 「カガリは僕の双子のお姉ちゃんだから」 本当は僕の方がお兄ちゃんがいいんだけどね、と笑うキラにシンは思考が停止しかけた。 ………………双子? 「ええっ!?」 「そんなに驚くことかな?」 「だって、えっ!?そんな、正反対じゃないですかっ!!」 とても感情的で喧嘩っ早いカガリ。 穏やかで、優しく微笑んでいるキラ。 確かに顔は似ているかもしれないが。 「だからね、あんまりカガリのこと嫌わないでやって。すぐには無理でも、いつかは」 ここで押し付けたり、急かしたりしないのが良いなと思う。 だからキラの言葉なら、素直に頷いてしまう自分がいるのだ。 「………分かりました」 「ありがとう」 だんだんのぼせてきた。 そろそろ上がりたいんだけど、とシンは心の中で思った。 EV+αへ +++ EX+α +++ 「じゃあ仕事にかかろうか、アスラン」 「そうだな」 「シンも手伝ってくれる?」 「え?」 風呂から上がり、水分補給も済ませてほっとしていたシンは首を傾げた。 俺が手伝うような仕事? 「もうこうなったら、シンも巻き添えだよね」 「だな」 何か不穏な言葉が聞こえる気がするのですが。 「で、何なんですか?」 「お風呂掃除」 「は?」 あまりにも予想していなかった事に、シンは間抜けな声を上げてしまった。 「使用したからには、誰かが掃除しないとだろ」 「そうですね」 「ということで、一緒に頑張ろうね」 にっこりと微笑まれれば、NOとも言えず。 「………分かりました」 「ありがとう」 その満面の笑みが恨めしい。 そうは思っても、何も言い返せないシンだった。 「はい、これデッキブラシ」 「どうも」 「アスランは浴槽の方頼める?終わったら手伝うから」 「あぁ、分かった」 「あの、ひとつ聞いてもいいですか」 恐る恐る声をかけると、何?とキラが振り返った。 「どうして……女湯の掃除を俺たちがするんですか?」 男湯なら分かるのだが、なぜ女湯。 「うん………ちょっと話すと長くなるんだよね」 「そうなのか?」 「アスランには話したでしょ」 「聞いたが………別に長くなるような話でもない気が………」 何か言った?と微笑むキラに、アスランは黙り込んだ。 ちょっと背後に黒いものが見えたのは気のせいですか? 「彼女が入った風呂を、他のやつらに使わせたくないとか?」 シンが呟くと、アスランもキラも目を丸くした。 「あ、違いました?」 「そっか。そういう捕らえ方もありかな」 「キラ………」 疲れたようにアスランが額に手を当てる。 「さあ、早く終わらそう。シンもよろしくね」 「あ、はい」 結局どんな理由で、女湯を掃除する事になったんだろう。 きっとその理由は一生分からないのだろう。 キラによって。 fin...? |